あなたの終わりを眠りと共に 作:アメフラシ
トロイアの戦士ヘクトールによって次々と討ち取られていくギリシアの戦士たち、その最中に現れたアマゾネスの大軍団の弓によって多くの兵は遂には気力を失い倒れ伏してしまいます。
ああ、幾度となく続いたトロイア戦争も遂には奴らの勝利で、ヘレネを奪い去った憎きトロイアの勝利で終わってしまうのか……。
何者にも劣らぬ勇気を持ったギリシアの兵隊たちですら諦めかけたその時です。
トロイアの軍勢を一筋の流星が駆け抜けました。
誰もが息を呑むような静寂、戦場を駆ける流星に劣勢に陥っていたギリシア兵の中にいたミュルミドン人たちはいち早く気づきます。
あれはアキレウスだ。
我々の英雄が来てくれた。
古今無双を誇る英雄アキレウスが現れたのです。
これによりギリシアの勇者たちは再び立ち上がりました。アマゾネスの弓もヘクトールの投げる槍すらも恐れず突き進む彼らに遂にはトロイアの兵も散り散りになって城へ逃げていきます。
雄々しき兜を身に纏い、勝鬨を上げるアキレウスをこの戦場に集まった勇者たちは称えます。
これにより戦線を巻き返したギリシアの軍勢は背水の陣で挑むトロイアの精強な軍勢との激しい決戦に身を投じることとなります。
次回、アマゾネスの女王
オデュッセウスの知略
ヘクトールの苦悩
っと、こんなところでしょうか」
ウェイバーの住まうマッケンジー夫妻宅にて、合流したライダー陣営とキャスター陣営は銀の牝鹿の語るトロイア戦争の物語に瞳を輝かせる者たちと地下に冥界へと続く転移用の魔方陣を設置する者たちに分けられた。
結局、トロイア戦争の記憶すら曖昧になっていたキャスターの代わりにアキレウスのことを語ることにした銀さんはあの小僧の足を育てたのは私だと胸を張って朗々と詩人のように語り始めたのだが、初戦の夜を終えてから丸一日拘束されるとは思わず途中からは目が死んでいた、がむさ苦しいおっさんの隣にいるサクラが熱心に話を聞いていたことで、何故かズボンを履いていない教育の悪いおっさんの意識がそちらへ向かないようにするため止めるにも止められなかった…‥らしい、私は後から聞いたから事実は知ることはできない、銀が艶々した表情をしていたため事実は異なるだろうが。
「なあ、この魔術って僕にも出来たりするのか?」
「いえ、これに関してはサーヴァントとしてのスキルに近いですね。私の在るところに冥界あり、故に私は冥界にいつでもいるため結界の中にいつでも転移できるといったところです」
イスカンダルに関しては生前から知っている相手のため気軽に接することができて助かるのだが、聖杯から最低限の知識を与えられた程度で一応は現代に適応できるレベルの生活を送れるような人間ではなかったと思う……まあ、征服や興味があることに関しては誰よりも熱心に学ぶ人間のためこの世界を征服するために現代のことを学んでいるのかもしれない。
また、イスカンダルが知識を得るため襲撃したという図書館がいつの間にか修復されていて、周囲の人間には破壊の記憶すらないという奇妙な事件もあったが些細な問題だろう。監督官である教会が何とかしたに違いない。
そのマスターも何か特別な要素のない普通の人間だ、魔術師であるが故にプライドもあるけれど良識を捨て去ったわけでもない良くも悪くも一般人寄りの魔術師。
サクラの教育に悪いことはなさそうなため今は問題ない。というか、セイバーのマスターとバーサーカーのマスター以外は基本的にサクラの未来を暗くするような相手ではない。
問題があるとすればディルムッドは顔が駄目だし、ギルガメッシュは王としては尊敬できても人としてはちょっとアレなため論外なことだろうか。
これでランサーのマスターがセイバーを持っていたなら文句もないのだがその辺は仕方のないことだろう。
それと教会に所属していながら聖杯を求めるという面白い点から、個人的にはアサシンのマスターが気になるため機会があれば会いに行ってみるのもいいかもしれない。
そんなことを考えながら中途半端というか意味が怪しい程度の暗示に騙されているわけでもないお爺さんを眺める。
家の中にクラシカルなメイド衣装の女が現れた時には驚いていたが、数時間も経てば謎のおっさんと少女を含めた意味不明な一団にも順応できているのが笑いを誘う。
孤独とは何よりも唾棄すべきものだ、それを知っているからこそ彼の感情を見ずともこの妙な一団を受け入れて匿うことを選んだ心が理解できる。
果たして、サクラは魔術師になるのが幸せなのか民間人になるのが幸せなのか、魔術師になるのなら生前の知り合いで生きていそうな老骨どもに話を通せば良いし、民間人になるのなら遠坂の家に戻すのも、このような本当の一般家庭に住まわせるのも良いのだろう。
少しだけ騒がしくて、それ以上の愉快な感情を内包した日常というものは私が女神になるまでに辿ってきた道のりと似ていて……それが聖杯なんぞに頼んでも実現できないだろうことを憂い白い息を溢す。
テレビを見れば連続殺人犯のニュース、子どもを狙うという悪辣なそれに言葉を紡ぐ老婆はスープを飲むサクラの方を心配そうに見つめた。
自衛手段などなくともとは思うし、子どもが戦う力を持つべきではないとも考えているのだが……ライダーがサクラに攻撃系の魔術を教えるべきじゃないかと提案しているのも、サクラが私の役に立ちたいと奮起しているのもあって現状は言い訳の数が足りていない状態だ。
子どもに力を与えたらの最悪の例であるアルテミスのようなことにはならないだろうが、人間の善性というものが存在するとそれよりも質の悪いことが起こる可能性がある。
善性を持つ人間は戦える力を持つと他者を助けるという選択肢が働くのだ。
例えば、バーサーカーが暴れている姿を見て民間人が襲われているとしたら普通の人間は逃げることが最初に浮かぶ手段だろう……善性で戦う力を得た人間は戦うことを選べてしまう。
それが逃げることを遅らせるどころか自分の命を縮める愚かな行為だと悟る前に行動に移せてしまう。
サクラにそんなリスクは負わせられない。
何かあれば助けることはできるとしても、護衛に魔獣を用意すれば並みの存在は対処できても、格上の一部に勝利することは絶対にない。
あの娘の平穏を。
奪われて虐げられてきたのだ。
千里の瞳は数多の命を覗いてきたけれど、彼女と同じような境遇の人間なんて腐るほど見てきた。
それでも、手を伸ばすことを選らばなかった記憶にすらないあの頃の私とは違う……きっと我慢していたはずの私の成せなかったそれをこうやって人を嫌う私が選ぼうとしているのはどうにも滑稽だ。
今まで、お前は流された涙に応えただろうか……感謝に混じった悲鳴を聞き取っていただろうか……。
女神なのだから。
そうやって誤魔化してから擬物の体に息を吹き掛ける、感じられた冷やかな感触は私が生きているのかと錯覚させてしまう。私は死んでいるのだろうか、それとも生きているのだろうか、そんな答えのない問いは記憶のない冥界の女神が口にするのは、やはり滑稽なように思われた。
衛宮切嗣という人間は機械になることのできない人間であった。
聖杯を呼んだ願いは恒久的な平和というその生き様に相応しくない創作のようなものであると同時に、その生き様が故に誰よりも強く願ったものであった。
天使の宗教にとって唾棄すべき罪を重ね、その生来の優しさから涙を枯らして怪物と成り果てることも許されず、死に場所を探して彷徨う人間だった。
そして、最初の戦闘を終えてから彼が選択したのはランサーのマスターの抹殺とそのためにその拠点となるホテルへの直接攻撃であった。
そして、その全てを終えた瞬間……。
『衛宮切嗣』
声は全てを静止させた。
『貴方の手段を私は肯定しましょう』
それは魔術師殺しの肉体であり、放火によって燃え盛るホテルであり、この世界の時でもあった。
『貴方の生き様を私は肯定しましょう』
その声は全てを失っても聞いてみたいと思わせるような蠱惑的な魅力を内包しているが、同時に人間を含む全ての生命にとって唾棄すべき呪いと同質の力を多大に含んでいた。
『ですが、その願いは少し残念です』
彼の目の前にいるそれは女神だった。
「キャスターか……」
衛宮切嗣から声が漏れた。
相棒である久宇舞弥も動くことができないどころか虚ろな眼差しで女神を眺めるだけの様子から、視認こそできていてもこの存在を排除するような行動に移ることはできないだろう。
『キャスター……子どもは確かに好きですが、私が青髭に見えますかね?』
反射的に漏れ出た声に律儀に答えるその女神は先日の戦闘で合間見えたキャスターに少しだけ似ていた。それも声の抑揚レベルの変化であり注意しなければ気づくことはなかっただろう。
彼が普通の魔術師であったならサーヴァントにここまで接近されている時点で逃げ出す……いや、命乞いですらない崇拝の念を抱いていたかもしれない。
それは魔術の腕前ではなく単純に……眼前の女性と出会ったことがないというのに女神だと嫌でも理解させるような覇気と清純なオーラを漂わせているからだ。
やがて、時が取り戻されると同時に崩壊しかけていたホテルから一欠片の欠損もないことを標的であったケイネス・エルメロイ・アーチボルトが切嗣の策から既に退避していることとその工房の破壊を確認することができた時に、切嗣は眼前の女神が何を行ったのかまるで理解できなかった。
ランサー陣営への援護ならば、工房への干渉すら遮断していただろう。
けれど、この女神の行ったことはホテルの再生だけ。貴重なリソースを何の利点もない行為に浪費したのだから意味がわからない。
『意味がないなんてことはありませんよ?』
我が子を慈しむ母のように、女神は切嗣の頭を優しく抱擁した。感じたことすら稀釈になりつつあるそのピタリと当てはまる温もりは恐怖すら感じさせる洗脳に近い行為である抱擁を舞弥も受けたのだろうか、その果てが物言わぬ虚ろな人形なのだろうか。
そのような恐れを抱いていなければ人が取り込まれてしまうような温もりは名を付けるなら無償の愛と呼ぶのが相応しいのだろう。
嘗ては、受けていたかもしれない感情であると同時に自らの手で投げ捨てたそれは衛宮切嗣という人間の心に突き刺さるが決してその堕落を許さない。
『人の子が短い命を懸命に使って、長い時間を掛けて作られたこの施設が残ることはきっと素晴らしいことですから』
その言葉は女神の発する言葉として完璧だった。
人を誰よりも愛していると同時に、その技術や造り出すもの何もかもを愛していると言わんばかりに女神は微笑んだままだ。
それは美しさと世界規模の独善であるが彼女の言葉であるなら正しいような気さえしてくる。
それが気味が悪かった……。
『あら、呑まれたなら記憶を消すつもりでしたが耐えきりましたか!』
女神は微笑みのままに手を叩く。
『それではご褒美に私の名前を……あら、眠ってしまいましたかね』
女神は笑う。
聖杯に願われたわけでもなく、自分が消えてから千年後の人間を見てみたいと、生前の自分の姿を見てみたいと思って単独顕現してみたのだが無理矢理とはいえ役割が当てはめられるとは思わなかった。
『ふふふ……こうやって眺めているだけでも楽しいものですねえ』
女神は笑う。
当てはめられた役割を全うするために魔術を行使しながら、女神は人々の安寧を切に願うのでした。
祈りの先など存在しないというのに、神が誰に祈るのだろうかと自問自答を繰り返しながら。
どちらが先?
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