あなたの終わりを眠りと共に   作:アメフラシ

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 投稿再開からまた長々と待たせてしまって申し訳ないです……。
 書こうという気力の欠如といざ筆を取れば思うように手の動かないスランプによって半分死んでいたのですが、ここまで見てくださった方のため完結させないと死んでも死にきれないので再び筆を走らせています。



AC7

『ふーむ、これはこれは幼子に読ませるには刺激的、凄まじい内容の書物ですねぇ……』

 

「……銀さんって本当に見えてないの?」

 

『ええ、霊感があろうと魔術の才があろうと私を見つけることは出来ませんとも!』

 

 

 学校に通うことが出来るようになって二日目、ウェイバーさんからの再三の要請を受け護衛はやっぱり必要ですか……と渋々といった様子のキャスターがサクラに着けてくれたのはお世辞にも潜入任務や護衛任務に向いているとは思えないお喋りな鹿さんこと銀さんであった。

 間違いなく強いことは知っていても、あの時見たバーサーカーやアーチャーには決して届かないであろう彼女がここにいることに疑問を感じているサクラだったが、勉強するために訪れた図書館にて辞典や大百科程の分厚さをしている漫画本を見ながらも分からない問題のヒントを出してくれる鹿メイドになんだかんだ感謝はしているのだった。

 そんなサクラが図書館にいる理由は先日の夜の英雄大集結、そこに現れた英雄について調べるためである。

 その名はウェイバーさん曰く聖杯戦争、キャスターが語るにはサクラは気にする必要ないですとのことだが、名前を捨てたサクラという人間が改めて得ることの許された日常を、ただ一日であったとしても結ぶことのできた縁を守るために何もせずにいることはできなかった。

 彼女の保護者たちは流れ出た赤い汚れを血飛沫で洗うような戦いに赴くには小さく、決して消えないトラウマを抱えた少女を守られるだけのお姫様でいさせてあげられたのならどれ程良かっただろうかと口を揃えて嘆いたが、現状では聖杯戦争という舞台に上がるには貧弱であり無力な弱点でしかなく、残酷なことに死の景色に身を置いてきたサクラはその事に気付かずにいられる程鈍感ではなかったのだ。

 

 死にたくない……キャスターへ託した願いを叶えるため、そのために何ができるのかとキャスターに内緒で目の前にいる鹿メイドへ尋ねれば、魔術師の知識ならばと引きずられてきたウェイバーさんによる講義が始まった。

 この中で彼から教わったマスターの役割には魔力を供給することで英雄たちを万全な状態で戦わせることと英雄が持っていない知識を与えることで戦いを優位に進めること、相手が指揮能力や戦闘能力の乏しい英雄や聖杯により与えられた知識が不十分であった場合は作戦の立案や可能であれば暗殺の実行などがあった。

 けれども、冬木にある霊地の大半を掌握したので常に霊体化せずにいられるだけの魔力はありますと知識不足のサクラですら並みの存在では不可能だと思われる行為を自信満々に話していたキャスターの様子からして人間の魔術師から供給される程度の魔力は必要ない。

 おまけに供給されている魔力も主にライダーさんが実体化するために使われているようでウェイバーさん共々魔力は必要とされていない。作戦の立案や敵対存在の暗殺などは言わずと知れた大英雄にして数多の戦場を駆け抜けてきた征服王と紀元前から人々の営みを、争いを二千年もの間見てきたキャスターのためサクラではきっと役に立たないだろう。

 ならば自分に必要とされているのは知識だと考えたサクラはマスターが知らない英雄でしたらディルムッドくらいですかねとアドバイスを受け、銀さんの助力によって早々に終わった宿題を置いてから黙々とケルトの文献を読み漁っている。

 とっくの前にウェイバーが調べ終えてしまったであろう情報収集をメイドは止めない。それに意味がないことを知っていたとしても幼子の学びを止めるなんて愚かな行いをするのは無粋だ。故に必死で頭を捻る少女の浮かべた疑問に答えながらにんまりと笑って自身も漫画本をはらりと捲るのだ。

 

 

「……なんでだろう」

 

「んー、どうかしましたかね」

 

「えっと……」

 

 

 ページを捲る度に現れる疑問を聞く年長者としての役目は神の言葉を届ける神獣としての役目と通じるところがあるようでメイドは久しく主を除いた存在とぺらぺらと口を開いては笑う。

 ケルトは微妙にギリシャと似通ったところがあるため、時代のギャップを埋めることは出来るだろうと自信満々でいた鹿の元には様々な疑問が投げ掛けられる。聞いている限りでは弱点になるだけであり制約に見合っただけの価値を持たないように見えるゲッシュであったり、名前や描写ではどのような姿か理解できない怪物などの挿絵を書いて見せたりとサクラのサポートに徹する。

 そして、一冊目を読み終えたと同時にギリシャ神話の書籍を一冊抜き取って机の上にいた少女はキョロキョロと周囲を見渡してもう一つの何かを探している様子である。

 その姿に軽薄な笑みを浮かべたままの鹿さんは忙しなく動く小さな頭をポンと叩いて笑った。

 

 

「ギリシャ神話とローマ神話はほとんど同じようなものですから、うちのボスのことが知りたいなら当時の世俗系の書籍を読むのが良いかもしれませんね」

 

 

 この期に及んで己が好かれているか不安視している鈍感な主が喜びに悶えるだろうなと微笑んだ銀の神獣は既に濁った紫に染まっている少女の髪を弄くる。

 神霊モルス、今回の分霊は悪意すら感じられる極端な一側面を切り出した状態の召喚であるが、それでも悠久を共に過ごした彼女には、あの女神としての姿であったとしても、正しく死神であり、天使であり、悪魔である主の一つの形であると断言できる。

 まあ、今回は聖杯戦争のシステム的なイレギュラーが一つ、二つ、召喚されるサーヴァントのイレギュラーもギルガメッシュとかいうバチクソに面倒な存在がくっだらない理由で現れていることもあって考えなくてはならないことが多すぎるのだ。特別頭脳労働に秀でているわけでもない従者は何も考えず呑気に過ごしていたいものであると重い息を吐く。

 

 

「はぁー……人類史に名を残す大英雄にして王の英霊が三基と神霊が一基、おまけに無駄に強くて制御が難しい狂戦士に加えてセイバーのマスター、こんだけの神秘の秘匿を破りかねない存在がいるんだから予想はできていたんですけど」

 

 

 ()()に供給される魔力に後ろめたさを覚えながら、お気楽なままでいたい銀の牝鹿は主の好きな紫の少女へ魂の運び屋を象徴する蝶々結びを贈った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 モルスという神話の英雄を召喚する場合、魔術師は暗殺者の側面を表層に出した『彼』を選ぶ。

 それは神秘というものが古ければ古い程に強さを増していくという一般的な事実の他に、十中八九同じ触媒を元として召喚される可能性が高い魔女キルケーの怒りを免れるために決して大魔女が召喚されないタイミングを狙っての選択であったり、アサシンと呼ばれるサーヴァントの中でもトップクラスの存在であることが上げられるが、最も重要なのは『彼』が暗殺者、影の側面を凝縮した霊基であるためである。

 それは事務的であり、命令に背くことのない『奴隷(サーヴァント)』としての働きを期待する者にとって彼の英雄は最適の存在であるからだ。

 

 故に、彼女たちと交流を持たない多くの陣営はキャスターという役割を羽織った状態での召喚に強い疑問を抱く。聖杯によって召喚される英霊は大抵の場合正しい英雄、アサシンであろうとバーサーカーであろうと人々に尊敬されるようなヒーローとしての側面を抽出されたサーヴァント、普通に考えれば『彼』が呼ばれるのだ。

 間違ってもフルスペックを発揮できない魔術師を選ぶ者はおらず、ルール違反の神霊を召喚しているとなればそれは聖杯戦争を整えた御三家への挑発だと捉える者もいるだろう。

 アインツベルンのアハト翁はアンリマユ程の格はないが神霊の召喚を成した間桐桜を真のマキリからの刺客だと考えており、英雄王を相手に渡り合ったバーサーカーすら視界に入っていないようだ。

 また、送り出した娘を心配していると同時に自陣営に引き込めないかと画策している遠坂時臣は教会の人間であり女神が不審に思わないであろう言峰綺礼をメッセンジャーとして使いに出そうとしている。

 正義の怒りを燃やす間桐雁夜は刻印虫がもたらす痛みに狂いながらも彼の中では囚われの姫となっている桜を助けるため、宿敵である時臣を倒す手段を得るため、翅刃虫の増産を進めている。

 

 そんな中で一つの疑問を浮かべるのは衛宮切嗣。アハト翁からキャスターを優先して仕留めろと聞かされた彼はランサーのマスターを襲撃した際に出会ったサーヴァントの言葉を反芻していた。

 

 

「『私が青髭に見えますか?』だったか」

 

 

 青髭、悪名高いその人物はグリム童話に収録される程の知名度を誇る物語のキャラクターである。

 山奥の屋敷へと妻を幽閉し、開けてはならない部屋の存在を伝えて外出する貴族の男であり、開けてはならない扉を開き禁を破った娘を殺す。

 そんなどの国にも一つはあるようなお伽噺に登場する悪役のはずの青髭を召喚するのはそれが反英雄的な存在である以上に聖杯戦争を戦い抜く相方としては戦闘力が足りないという理由からあり得ないことだ。

 一般論で問題があるとすれば一般人に危害を加える可能性が高いため、神秘の秘匿が破られる危険性を孕んでいることだろうか。

 

 だが、衛宮切嗣という人間にとってそれ以上に問題なのは『女神』がキャスターに青髭が召喚されていることを当然だと認識していることだ。

 

 征服王が好き勝手に暴れまわった痕跡も消失しているらしく、ビルの倒壊を防いだことから聖杯戦争によって起こる一般人への被害を減らすことが目的の存在だと考えられる『女神』は教会に使役されているサーヴァント、もしくは聖杯によって呼び出された存在である可能性が高い。

 実際はキャスターかアサシンで喚ばれるであろう青髭が召喚されていることはないだろうが、そんな彼女が反英雄の存在を仄めかすのならば……。

 

 

「聖杯の機能にも疑問が生じる……か」

 

 

 聖杯戦争という舞台に悪性の化身を選ぶ願望の器が己の願いを叶えてくれるのだろうか。

 

 恒久的な平和の実現という願い。

 

 紛争地帯の映像をテレビで見た小学生が口にするような願いを、善良な全ての人間が望み叶えたいと足掻き続けてきた願いを実現させるのだろうか。

 それとも、人間という生物の成長の可能性を停止させるある意味で『人』を滅ぼす願いを、器に願うには具体性が欠けているその望みを切嗣の欲する形で叶えてくれるのだろうか。

 

 信じるしかない。

 

 縋るしかない。

 

 祈るしかない。

 

 愛する人を犠牲にして、争いを生み出す英霊なんてものを召喚し、キャスターのマスターのような子どもすら手段を選ばずに殺し、そして獲られるものが不確定な願望器、揺らぐはずはないと思っていた決意が鈍るのを感じる。

 

 信じるしかない。

 

 人間であることの証明である情を完全に捨てきれない彼は最後に残った大切な者を賭けるこの戦いに少しの疑問を抱き、同時にいつものように手遅れであることを確認すると偵察に出した使い魔の映像を確認する。

 

 

「イリヤと同じくらいの子どもか……」

 

 

 救うべき人、救いたかった人、救われて欲しいと願った善良な人々、理想のために、理想に反する悪人を、理想を体現する人々を殺す。摩耗した彼の心はその矛盾に気付きながらも目を逸らし続けたことによる歪みを自覚しながらも『愛する人を殺せなかった』という呪いに縛られて今日を生きている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おい、ライダー」

 

「なんだ、坊主。残念だが余はキャスターの使い魔が書いたトロイア戦争を読むのに忙しいが」

 

「はぁ、急ぎじゃないから別にいいけど……って読みながらでいいから一応は聞け!」

 

「おお!流石はヘラクレスの弓」

 

「あー、もう!モルス、お前が生きてた時代に見た死神モルスはあんな姿をしてたか?」

 

「うむ、男の姿をしていたが余はすぐに三人の裁判官に引き渡されたからな」

 

「だよな……」

 

「だがな、坊主」

 

「なんだよ」

 

「あれが本当に死神モルスであろうと、それを騙る不届き者であろうと、本人の記憶すら曖昧な状態ともなれば確かめる手段もあるまい」

 

「まあ、そうだけど……」

 

「現状は、だ。坊主の疑問もそう悪いものでもない。万が一最後に裏切られた時に一撃必殺の宝具でも使われたら全滅しかねんからな」

 

「……なんかさ」

 

「なんだ」

 

「仲良くなった人を疑うのって気分が悪いな」

 

「ふん、余が生きていた頃の魔術師なら絶対に口にせん台詞だな」

 

「悪かったな!」

 

「いや、疑うことを嫌悪するだけして周りを見ないのも愚かだが、疑いだけで友や部下を見るような者を誰が慕うものか。捨てろとは言わん、時として抑えることはあってもその甘さを忘れるな」

 

「……」

 

「ふむ、アキレウスの鎧、こうして挿し絵付きで見ると少しばかり格好悪いが、実物を見れれば変わるかもしれん。坊主、彼の大英雄の遺品が残っている博物館などはあるか?」

 

「……神話の産物なんて表に出るような場所にあるわけないだろ。あったとしても魔術師が握ってる」

 

「がはは、坊主。魔術師が握っているというのなら略奪すればいいだけであろう。誰の目にも触れていないというのなら、トロイアの地を掘ってみれば案外簡単に見つかるかもしれん」

 

「ふん、聖杯戦争が終わったら博物館巡りでも発掘作業でもいくらでも付き合ってやるよ。だから今はこっちに集中しろ」

 

「ほお、坊主も随分と言うようになったな。あい判った、少しばかり乱暴にはなるが、このままアーチャーに各個撃破され続けるつまらん戦争をするわけにもいくまい。盤面を動かすとするか」

 

 

 旨い酒が売っている店はあるか?

 いつかやろうと準備はしておったがキャスターは下戸で酒を選んだりはせんそうだからな。

 

 にんまりと子どもが泣きそうな壮絶な笑みを浮かべたライダーに、振り回されっぱなしのウェイバーはその酒を誰の金で買うと思ってるんだと叫んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ただいま、キャスター」

 

「ええ、おかえりなさい。サクラ」

 

 

 己のマスターを軽く包容しながら、キャスターは魔術による探知に引っ掛かった獲物へ目を向ける。完全な神となってから手に入れた千里を視る瞳は此度のアーチャーの規格外を除けば誰にも悟られることのない古今最強の索敵手段だ。

 その目が映したのはアサシン、召喚された初日に襲い掛かってきた骸骨の仮面を被った彼らが一切の悪意も害意もなく気配遮断をしたまま道路に佇んでいる。

 自分が気付かなければ何時間もコンクリート塀に張り付いていたのだろうかと思うと少し笑えてきた。身をもってその危険を味わったであろう結界の中にマスターの命令で入ってきたその健気さに免じて使者でも送ってやろうと思った女神は平和の象徴と呼ばれている鳩を、現代日本に存在してはならない人が乗れるほどの大鳥を外へ放つ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ライダー、ランサー、アサシン、三基のサーヴァントとそのマスターが様子見の段階にあった聖杯戦争の盤面を大きく動かす。

 衛宮切嗣によるホテル爆破、ランサーとセイバーによる戦いと全てのサーヴァントの真名の判明、ここまでのことが起きながら大きな衝突が一度しか行われていない異色の戦いは中盤戦に突入することになる。

 

 

 また。

 

 

「愉悦……か」

 

 

 一人の男が、この聖杯戦争の舞台にて大きな決断の時を迎えようとしていた。





 これからもゆっくりになると思いますが頑張って更新していく予定なので温かく見守ってくださると作者はとても嬉しいです。

どちらが先?

  • 一話完結のギリシャ異聞帯
  • 短編のオケアノス
  • 幕間の二人
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