あなたの終わりを眠りと共に 作:アメフラシ
ヘスティア様はロリお母さんです。
『君の子ども、とんでもない厄ネタを抱えてるみたいだから、君が直接保護してあげて』
炉の女神ヘスティアは家庭の神でもある。
同時に捨てられた子どもたちの神でもある、彼女の神殿が孤児院として使われていることから、それが筋金入りであるといえるだろう。
そんな要素もあって大半の職業を司っているおかげで無差別に信仰される神々の遣いヘルメスと同じくらい無差別で雑多な人々から信仰されている……が、数年後にはギガースとの戦いに向けて、ディオニソスというお酒の神に表向きの十二神としての地位を譲ることになったりする。
もっとも、宇宙艦隊のメンバーが入れ替わるわけではないのだが、既に母艦を失った彼女たちには人間と交信するための端末程度の力しか残されていない、若い土着の神を迎え入れなくてはならない程度に彼女たちは弱体化している。
そんな彼女を悩ませていたのは一人の孤児であった。
ただの捨て子であったのなら、もし半神であったとしても近くの信者へ神託を行って孤児院に連れていってあげれば良い。しかし、その孤児が持っている力で周囲を傷つけてしまうのだとしたら、救済のために伸ばした腕が噛み千切られるのだとしたら、彼女はその場所へ信者を向かわせるのを躊躇った。
『え、めんどい』
そんな彼女を躊躇わせた孤児は、眠りの神であるヒュプノスの息子であり、親譲りの眠りの力を持っていた。
それだけならば、大抵の魔術を無効化できる神であるヘスティア自らが回収すれば問題はない、友人を作ることも難儀するだろうがヘファイストスに対策装備を作ってもらえば普通の生活を送ることだってできるだろう。
しかし。
『拒否権はなし、ただでさえアポロンの馬鹿が「将来有望そうだから僕が育てよう」とか言って被害にあってるんだからさ』
既にアポロンが、太陽の神であり、私よりは間違いなく強く眠りという現象に耐性のありそうなアポロンが無様に眠っている姿を見ると、直接回収なんてしようものなら同じ様にぐっすりと眠ることになるだろう。
アポロンがあんな感じなのは構わない、無様な醜態を晒していたとしてもざまあみろ、お前の出した孤児を誰が育ててやってると思ってるんだと愚痴を吐いてやりたいくらいだ。昔のことになるが求婚とかもされたし、設定とはいえ端末を見た瞬間に叔母に性的な感情を向けてくるド変態にはちょうど良いクールダウンの眠りだったのだろうね。
『……仮に保護するとしてさ、半神とはいえ普通の人間がニュクスの館の瘴気に耐えられるわけないでしょ』
『別に耐えられないのは良いのよ、ただ逆恨みで赤子を殺したのなら、仮にも予言の神で太陽の神のアポロンがこれ以上醜態を晒すと信仰にも関わってくるでしょ?』
『手遅れじゃない?』
ちなみに、炉の女神である彼女と眠りの神であるヒュプノスとの相性はすごぶる良い。君の息子がいたから回収してあげてとプライベートで連絡することだって容易いような気軽な関係の友人である。
これはヒュプノスという神が善神であるから安心してできるのであって、これが自分の身内であるポセイドンやゼウスの息子であったのなら例え何があったとしても自分で預かるのだが。
渋々といった形で承諾した彼を見守れば、馬鹿が弓を乱射している姿とボヤけた眼差しでそれを見つめる赤子の姿、勢いを持った矢が頭を垂れるように地面へ突き刺さる、それが幾度となく繰り返されたあとヒュプノスが現れた赤子と一眠りをして帰っていく。
ニュクスの館に漂う瘴気に関してはヘメラやアイテールによって中和されている状態ならヒュプノスの息子なら絶対に耐えられるはず。ヒュプノスかネメシスか、大穴でニュクス本人に気に入られたのならそれも磐石になる。
少なくとも、オリュンポスで育てるよりはまともな子どもに育ってくれるだろう。
『はぁ、上手くいってくれると良いのだけど』
「大丈夫でしょうか、美しき少年」
「ん……ふぁ~、おはようございます。大丈夫ですよ、少し休憩をしていただけなので」
上手くいったみたいです。
あの時の赤子はアレスを幼くしたような美少年へと成長していました。心配になって時折ヒュプノスに連絡していたが、母さんが溺愛してるだとか、父がめっちゃ甘やかしているとか、モロス兄さんの厳しい教育もしっかりと吸収しているだとか、ネメシスから可愛がられてるだとかの断片的な情報を整理していっても立派に成長しているであろうとわかってはいたのだが、こうして少しの時間、たったの五年で随分と大きくなったものである。
ニュクスの教育がどのようなものなのかと少しばかり気になったけれど、今のヘスティアは女神ではなく人間の老婆、それを尋ねることはできない。
ぐぅ~。
「ふふ、お腹が空いたのですかね。よろしければ、我々の村にいらっしゃいませんか?」
「えーと、お願いしましょうかね」
空腹の証であるお腹の音が高らかに鳴り響く。
少し気まずそうな少年へ、うちの村へ来ないかと誘うとほんの少しの躊躇いの後に承諾した。
まあ、オリュンポス山の南だし老婆なんて見たら警戒するよねとわんちゃん断られそうになっていた自分に言い聞かせつつ、杖をついて少年と歩いていると、ご老体で地平にも見えない村まで歩くのは大変でしょうと背中におぶることを提案してくれた。交信端末とはいえ物質としての密度が高いのだから重たいはずなのだが、軽やかな足取りで少年は歩き出す。
歩いているだけでは退屈だろうと旅の目的を聞けば、賢者ケイローンのもとへ研鑽のために行くのだと返される、山の正確な場所を教えてくれないだろうかと逆に尋ねられた言葉に結構近くだよと答えていれば村の景色が見えた。
予定では月が出るまで歩いているつもりだったのだが、夕日が落ちるギリギリに村へ辿り着くこととなった。人々が寝静まった夜にと思っていたのだがこうなってしまったのなら仕方がない。
炉の女神であるが故にヘスティアは煙というものをある程度操ることができる。それでちゃちゃっと覆い隠してしまおう、家そのものは村外れにあるが、バレないために村の中心に人払いの結界とかを作ったら面倒なことになるのは目に見えている。
見つかりませんようにと願いながらこっそり家に入る、村人たちが慌てている様子や驚いている様子はないためおそらく見つかってはいないのだろう。
さてはて、彼に何を食べさせてあげるべきだろうか。若い男なのだから肉が好きなのは確実として塩辛い味が好きなのか、薄味が好きなのか、野菜は食べれるのか、そもそも地上のご飯を食べれるのか、様々な考えが頭を廻った後、作り置きしてたのを暖めた形にした方が自然かなと思い、温かいスープを渡すことにした。
共に食卓を囲んでスープを飲むのだが、何か気になるのだろうか熱心にこちらを見てくる。あれだろうか、神様だということは察しているから言動からどの神なのかを当てるつもりなのだろうか。
そんな風に考え事をしていた食事だったが、そういえばと思い出すことがあった。それは、ここらを荒らしている巨大で凶暴な猪のことである。テッタリアの広い範囲で村々を襲っている怪物の存在をである。
目の前の少年は戦いに身を置くタイプの英雄かどうかわからないが、自分を持ち上げて軽々と動ける身軽さと力強さから戦うことができる人間に違いない。
女神らしく無茶振りでもしてみるか、そんなことを思いながら猪の件を口にすると、少年は二つ返事でその依頼を承諾した。どうやら自信がある様子だ。
ああ、運が良かったと内心で呟いた後、夜の森は危険だし今日は寝ていってねと提案する。あんなに深い森に夜入ってしまったら迷子になることは確実だろう。
しかし、少年は問題ない、夜の方が都合が良いと胸を張り答える。それなら止めはしない、何か策があることは間違いないだろう。迷わないような呪いをこっそりと唱えて水筒の中に水を入れておく。
駄目そうだったら帰ってきてねと見送る……眷属に頼んで見張っててもらおうかな。危険そうなら手を出しても構わないし。
そんな思いで眷属と視覚共有をして少年を眺めていたのだが、想像の三倍は森を歩くのに手間取っていない。本人は起きているニンフたちから道を聞いているだけなのだろうが、大半のイケメンを性的な視線で見て隙あらば襲うような精霊たちがおとなしく言うことを聞いているのは酷く異質な光景だ。
実際は精霊たちは夜と闇の加護を恐れているだけなのだが、ヘスティアから見てみれば例え相手がゼウスの子どもであろうと集団で襲いかかる彼女たちが、ちょっと良いことあったなくらいの感覚でイケメンを見逃しているのはギリシャ的にはホラーである。
そのまま、精霊に頼んで川の流れを止めてもらうことで激流を難無く突破した少年は警戒するように分厚いナイフだけを取り出し洞窟の中へ入っていった。
そして、数分後に巨大な猪の亡骸を持って出てきた、邪魔になったら不味いなと思って眷属をいれなかったため、どうやって倒したのか気になるがおそらくはナイフで暗殺したのだろう。
そのまま歩いて村まで戻ってきた少年は猪を置く場所としてたまたま祭具とかが少なくてスペースのあった私の祭壇を……「私」の祭壇を選んでから眠りについたのだった。
なんか……ニュクスの神殿で育ったからだろうか、基本的にそういうのはアルテミスみたいな狩猟の神とか、主神であるゼウスに捧げた後にみたいな流れなんだけど、その辺の常識がわかっていないのかもしれない。
とはいえ、嬉しいのは確かだ。祭壇の神だから他の神の祭壇に捧げた捧げ物の5%くらいの信仰を貰えたりすることはあるけど、そのせいで直接私の祭壇に生け贄とか捧げ物とかを捧げる人間は少ないんだよね。確かに、私の祭壇がそれぞれの国の会議室みたいな扱い受けてるし、村の広場とかに置かれることもあるから手厚く信仰されてることはされてるんだけど、捧げ物がどかーんと贈られることは本当にない。
ゼウスとかに捧げとけば勝手に届くからいらないよね!みたいな空気感がギリシャに蔓延してるんだよ。スカした若者なんかは私の祭壇を作らずにヘルメスの祭壇作ったりさ、私はオリュンポスの十二神だよ!?
っと、人間への愚痴はこれくらいにしておいて。
私は今、すっごく気分が良い。捧げられたのが猪とかいうアルテミスに渡すのが最適解なものを捧げられてることを棚に上げられるくらいには嬉しいし、自分の言うことを聞いてくれる英雄とかいなかったから新鮮だし、頼まれたら結婚と性行為以外なんでもしてあげよう。
そんな上機嫌な私はとりあえず朝になるまで眠るであろう少年に毛布をかけ、硬い猪の皮ではなく私の膝を使って眠らせてあげることにした。
やがて、村人たちが目を醒ますと横たわっている忌々しい巨大な猪とそこに眠る一人の少年、といっても見た目だけならば青年だ、となれば答えはひとつである。
この子がテッタリアの怪物を打ち倒し、新たな神話に刻まれるような出来事を成した英雄ということだ。
そんな彼らの前に降臨してちょっと声を抑えようねーとお願いすれば彼らは口を押さえて少年を称えた、非常に不思議な光景である。
さて、このような騒ぎがあれば流石の眠りの神の子であろうと目を醒ますのだろう。なんだなんだと彼が起き上がると村人たちは押さえていた口から手を離し大きな歓声を地平の先まで響かせた。
「うっまそ~、食ってみろ旅人」
「あはは、いただきますね」
その後は猪の肉を使ってのパーティーとなった。
作っているのはこの私ヘスティア、家庭の守護神なのだから当然料理が上手い自信があるし、家事も得意な方であるつもりだ。
皮の近くすれすれまで完璧に食べ尽くされた猪の残骸をヘファイストスに贈りつつ、美味しそうにお肉を食べる人の子の姿を眺める。
幸せだ、孤児たち、といっても彼らは既にそうではないが、の親である私からしてみれば自分の子どもたちが仲良く何かを食べている姿というのはどのような舞や儀式よりも幸せな感情を与えてくれる。地球という星へ来て、感情を獲得して、確かに母艦は破壊されたが、これ程までに充実した生活を行うことができているこの日々は真に幸せな時間なのだろう。
さて、パーティーもお開きのようだ。
既に旅支度を終えている少年へ声をかける。
『もう、行ってしまうのかな』
「はい、賢者ケイローンのもとまであと少しですから、急げば今日のうちにでも」
『うんうん、それも良し……あ、そういえばさ、君は何で倒れていたのかな?』
少しばかり気になっていたのだ。ヘファイストスに作って貰った便利グッズを手渡しながら尋ねた。
あの猪を簡単に狩れるのならば獣を仕留める腕が悪いわけではないのだろう。にも拘らず腹を空かせていたのだから、何も食べていなかったのだろう、嫌いな食べ物もないようだし。
「それは……」
母の雷霆が炸裂した。
『運命の三女神の次回予告のお時間です』
『女神ヘスティアとの縁を結んだモルス』
『英雄として上々の滑り出しを見せます』
『そして遂に賢者ケイローンと出会い』
『様々な英雄との縁を結ぶこととなります』
『そして遂にモルスは気づいてしまいます』
次回 出会いと少年期
『『『さて、今日も糸を紡ぎましょう』』』
どちらが先?
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一話完結のギリシャ異聞帯
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短編のオケアノス
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幕間の二人