あなたの終わりを眠りと共に   作:アメフラシ

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 ケイローン先生に勉強を教わりたい人生です。



出会いと少年期

 

「ええ、構いませんよ。教えを乞いに来た相手をそのままに追い返すようなことはしません」

 

「ありがとうございます。あ、それと父がこれを渡しておけと」

 

 

 私は現在、驚きの絶頂にいる。

 賢者ケイローンの話を聞いていて私は「ふぉっふぉっふぉっ、ワシが賢者ケイローンじゃよ」系のお爺ちゃんか仙人のような神を想像していた。

 理由としては農耕と時間というどうしてその二つを司っているのかと聞きたくなる古い神の息子だと聞かされていたからだ。農耕キャラクターといえば鍬を持ったお爺ちゃんであり、その息子なら外見と年齢に繋がりがない神であったとしてもお爺ちゃんのような外見をしているものだと思っていたのだ。

 しかし、今、私の目の前にいるのは私を見下ろせるほど長身なイケメンである。果たして頭何個分の差があるのかはわからないが、少なくとも十数頭身はあるであろう高い背丈をしている……まあ、そんなことがどうでも良くなるようなインパクトがある。

 

 下半身が馬なのだ。

 そりゃ、頭身も高くなるだろうなとぼんやり眺めていればケンタウロスを見たのは初めてだろうかと尋ねられた。

 ふふん、私とてケンタウロス程度は知っている。毎日星座占いを見て来たのだから、眼前にいる賢者の種族が射手座のモデルであることはまるっとお見通しである。生前の私の誕生星座が射手座であったため、彼らの種族のデザインは良く知っているとも。

 そんな良くわからない感情で胸を張り、知識では知っていたと答えれば逆に驚かれた。

 曰く、ケンタウロスという種族は野蛮で思慮のない種族らしい。確か星座のケンタウロスは人間を守るため蠍座に向けて矢を構えていたはず、モロス叔父の講義にスパルタとか、アテネとか知っている地名が出てきたため自分のいる場所が地球説があったのだが、ケンタウロスという種族の性質が違うのならここは地球ではないのだろう。

 どうでも良いことに頭を廻らせていれば、賢者がついてきてくださいと口にしてから歩き始めた。歩幅が大きく違うため駆け足になりながらそれについていけば広間に出ることとなる。はて、何をするのかと思いながらケイローンの修行はもっと危険だぞと殴り合いの度にネメシス姉貴が口にしていた言葉が蘇ってきた。とりあえず柔軟をしておこう、咄嗟に槍とかで突かれないためにも。

 

 

「柔軟ですか、とりあえず基礎体力を測ろうと思っていたのですが、良い心がけです」

 

「女神ネメシスから、戦場で無理な動きをして足の腱が切れたら死ぬと再三言われたので……」

 

「ああ、貴方を鍛えていたのは彼女でしたか。彼女の息子もここにいるので、余裕ができれば顔を会わせてみると良いでしょう。それでは、この円の外周を走ってください」

 

「それは、もしかしなくても」

 

「ええ、動けなくなるまでです」

 

 

 物腰が柔らかく優しい御仁だと思っていたが、やはりスパルタな方である。とはいえ、加護がない昼であろうと無限に走り続ける程度の体力は持ち合わせているつもりだ。

 一定のペースで計算としては三日は続けられる程度の力で足を動かせば、数分後に少しペースを上げましょうかと声が聞こえた。言葉に従って二日続けられるペースまで引き上げれば、また数分後にペースを上げるように指示、これを繰り返して三時間は保つかといった速さで外周を駆ける。一つ、面白いことがあるとすればペースを緩めようとすると背後から矢が飛んでくることだろうか。

 一定の速さで継続して、それを繰り返さなければそのままのペースで走り続けたのなら避けることができる速度に調節して矢を放つのだから、流石は射手座の種族といったところだろうか。

 遂には、夜まで耐えることができれば、もしくは雲が太陽を隠せばギリギリ間に合うといった速度で走らされ、遂には限界かと倒れる寸前に止まっても構わないと声をかけられた。

 

 

「すぐに止まってはいけませんよ。勢いを殺しながらゆっくりと歩いてください」

 

 

 言われなくともと言葉を返そうとしたが、口から漏れるのは掠れるような息であった。体力測定ではあるため毎日のようにこれをさせられるわけではないのだろうが、夜の超回復がなければ筋肉痛で翌日は動けなくなっていたところだろう。

 

 

「これなら、他の生徒たちに混ぜてしまっても良いかもしれませんね。ああ、もう座っても大丈夫ですよ、木陰でしっかりと体を休ませてください」

 

 

 なんというか……私は教師というものに逆らってはならないという前世での知識があるためおとなしく言うことを聞いてみたのだが、この体力測定の最中にぶちギレる男とかいたりするのかという考えが頭を過った。その後にあの弓の腕前を思い出して、ハリネズミが量産されるだけかと思い直したが。

 木陰の闇で急速に体力を回復させながら十数頭身の背中を見上げる、鍛え上げられた上半身に天性の力を持つ下半身、共に強力な武器に成り得るだろう。生徒とは教師を越えるもの、彼を越えるにはどれだけの月日が必要か、そんなことをふと思い、心地よい風の音と共に私は眠りについた。

 

 

「朝……朝!?」

 

 

 射し込んできた日の光に、夕方になる前に眠っていた私が10時間程度の睡眠を行っていたことを察すると、ヤバいと呟いて立ち上がった。

 初日に教えを乞いに来た人間が疲れて眠ってしまうというのは流石に不敬が過ぎる。完全に回復した体を走らせながら、非常に目立つ賢者の姿を探す。

 住み家は洞穴だと聞かされているが、時間としては六時前であるため既に起床している可能性が高いだろう。だとすれば、昨日の広間へ足を進めれば確かに先日の賢者がそこにはいた。

 足を立てているためわからないが瞑想をしているのだろうか、ピクリとも動かずに広間に中心に佇んでいる。眠っているわけではない、それは少し見ただけでわかる。

 邪魔になるのなら声をかけるべきではないか、それともすぐに謝罪の言葉を口にするべきか、迷いながらも私の下した結論はとりあえず賢者の前に立つことであった。馬に後ろから話しかけた者の未来など容易に想像がつく。

 そろり、そろりと足音を殺して歩けば、当たり前のようにそのことがバレた。

 

 

「おや、早い起床でしたね。前に訪ねてきた少年はあの後丸一日眠っていたのですが」

 

「えーと、あーと、大変申し訳ないです……」

 

「いえ、生徒たちそれぞれの用事もありましたから、今日は休憩の日にする予定でした」

 

「……「でした」ですよね」

 

「はい、色々とお話を聞かせてもらおうかと」

 

 

 瞳を開いた賢者は魔術か何かで自らの足を人のものへと変え、構えの体勢を取った。

 貴方の素性についても聞いておきたい部分はありますからね。その言葉と共に賢者はこちらへ迫ってきた。

 

 

「まず、その目隠しは何のためにあるのでしょうか?」

 

 下段の蹴り、横に躱すことで回避する。

 

「! 私の魔眼の力を抑えるためです」

 

 続けて低い姿勢で放たれるアッパー気味の拳を根性で受け止める。

 

「わかりました、でしたら目を閉じたまま戦える方法を授業に組み込みましょう」

 

 それなりに強く掴んでいたつもりの腕を簡単に振りほどかれ、逆にこちらの腕を掴まれる。

 

「次に、使ってみたい武器はありますか?」

 

 技術では絶対に勝てない、ならば力で強引にと掴まれた腕を振って投げ飛ばす。

 

「そういうのって適性とかあるものじゃ……あ、特にこだわりはありません」

 

 綺麗に受け身を取った向こうと腕を大きく振ったことで体勢が乱れた私、最初の攻防では完敗だ。

 

「その者が意欲的に使うことができる得物は、それだけで上達の速度が早いですから」

 

 次に見せたのはボクサースタイル。

 

「それでは、ヒュプノスから何かしらの加護を受けてはいますか?」

 

 鋭い拳が甘い私の守りを砕く、距離を離せば身長差によって負ける。

 

「わからないです。祖母と祖父から加護もらっていますがっ!」

 

 とはいえ、近づいたところでさっきのようにボコボコにされるのは自明の理だ。距離を取りすぎずに相手が掴みかかることを視野に入れない距離に。

 

「回復の早さはそれによるものですかね。わかりました、ネメシスから何かの流派などは教わっていませんかね」

 

 こちらの意図がわかったのだろう、迎撃のために右腕が放たれる。

 

「いえ、教わったのは喧嘩の仕方だけです!」

 

 その拳をあえて頬に添える、これで引き戻すまでは拳を放てない、当たりやすい胴体へ!

 

「そうですか、ですが良い動きです」

 

 振り上げた拳が相手に当たることはなかった。当然だ、左は放置していたのだから、腕が戻っていないため踏ん張りが効かなくとも……

 

「かはぁ……!」

 

 私の腹に拳を叩き込むことは可能だ。

 吐き出された胃の中の空気と勢いのままに放たれた一撃を簡単に回避する相手の姿、勝てるとは思っていなかったが流石に強い。

 

 

「大体はわかりました。貴方専用の授業も必要になるでしょうが……」

 

 少しだけ勿体ぶって賢者は語る。

 

「改めて、ケイローンの私塾へようこそモルス。私は貴方を歓迎しましょう」

 

 

 その言葉に気の効く返事を返せなかったことは、後悔することの少ない私の人生の中で最もやり直したい過去となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「パンクラチオンの授業はこれで終わりですね、次は目を閉じて戦う訓練ですが、動ける余裕はありますか?」

 

「……わかってて言ってますよねそれ、動けるのは確かですけど本気で戦うのは無理です」

 

「素早く動く必要はないのですから、その状態でも問題ありませんよ」

 

 

 彼の授業を受けるようになって6年が過ぎた。

 パンクラチオンでは、殴る蹴るができるレスリングみたいな格闘技である、既に数千回は組み合っていながら、一本を取れないままでいる私は賢者の教え子の中では中の上程度の上達速度ではあるらしい。

 曰く、組み合いからの駆け引きが行えるようになるまでに数年はかかるところを三年で思考が体に追い付くようになり、時には自分に痛打を与えることもあるのだから悪い上達速度ではないらしい、が共に研鑽する従兄がごく稀に賢者を地に伏せさせることができるのを見ていると、自分の未熟さを痛感するばかりである。

 地理や薬学などの座学では五年の間に単位を取り終え、一年前からサバイバル術を学び始めたが、11歳の段階で、165cm程度はある、肉体の成長が止まってしまったのは予想外であった。賢者と共に、これから後六年くらいは伸びるよねとスケジュールを組んでいたのが台無しになったりとハプニングもあったがそれなり楽しい日常を送ってはいる。

 身長の件は、もしかしたら私は早死にするのではないかと不安になったのだが、後述する外見が陰気な兄弟子から今から60年は生きると保証されたため気にならなくなった。

 

 

「瞳を開いた瞬間に首を絞め落としますよ」

 

「……」

 

 

 サバイバル術を学ぶことと同時に学ぶことになったのは瞳を閉じての戦い方である。私自身、常にゴーグルをつけていれば良いのではないかと思っていたのだが、この眠りの魔眼というものは強力な武器になると賢者は語った。

 効果を確かめるために、一度自分も受けてみようと提案した賢者の対魔力という能力を突破してその日の授業を休講にさせたこの瞳、戦闘中に使うことができたのならこれ程頼もしいものもないだろう。

 しかし、戦いの中でゴーグルを取り外していたら殺される、ならば瞳を開閉するだけで使えるようになれば便利な能力になるだろう。そんな賢者の言葉に従い、今は瞳を閉じていても普段と変わらぬ戦いができるようにと矢を避ける訓練を行っている。気配のない場所から弓の音が聞こえたり、たまに直接拳を叩き込みにくることもあるため欠片も心が休まることはないがあのような猪が跋扈しているこの世界で生きていくためにはこの程度の努力では足りないことも強く感じていた。

 

 

「少しキレが増したな」

 

「瞳を閉じると守りを意識して間合いが遠いですかね、でも近付くのも怖いんですよね、反撃とかカウンターが……」

 

「無理に攻めようとするな、お前は待ちに強い戦士だからな。まあ、実際の戦いではその目で見られた瞬間に敗北させられるだろうが」

 

 

 唐突にはなるが、共に研鑽する仲間たちのことについて語ろうと思う。現時点では私より総合力で上回っている尊敬する兄弟子が二人いる、一人だけ弟子か微妙なのもいるが。

 そのうちの一人が、カストロ、私の従兄であり、ごく稀に賢者に勝つこともある尊敬できる兄弟子である。とはいえ、今でこそアドバイスをくれたりする優しく強い兄弟子なのだが、最初に顔を合わせたときは怖かった。一言も口を開かずにこっちを見てくるからだ。

 後から姉貴のことについて聞かれたり、パンクラチオンの試合で紛れで一本が取れるまでは恐怖の対象だった。

 実際は話す話題がないだけで、無視をしていたわけでも気に入らない存在というわけでもなかったようだが。

 それと、可愛い妹さんがいるらしく、私と同い年くらいですかねと尋ねたら双子だと返された。カストロさん相当イケメンだし、妹さんも美人なんですかねと聞けば、妹さんの良いところを無限に語り始めるマシーンになった、ここがなければ手放しに称賛できるのだが。

 ちなみに座学は私の方ができる、彼の出身地では計算が禁じられているらしく、賢者のもとへ来るまでは算術を学んでこなかったとのことだ。

 

 

「怪我はないか?」

 

「いえ、治りました」

 

「……お前は治療のしがいがないな、一応見せてみろ、急速に損傷が治った体はお前が思うより不安定だ」

 

 

 二人目がアスクレピオス、薬学に医学とかを履修している理系である。文系気質な私としては相容れないところもあるが、わからなかったところの復習をしている時に教えてもらったことをきっかけに仲良くなった。けど、私が深傷を負った時に急速に再生する体を観察し始めた時から、こいつは危険人物だということがわかった。

 曰く、肉体が回復する瞬間を目に見えて確認することができるのは、今のところお前の肉体だけだとのことだ。

 別に実験するのも構わないし、私が寝ている時になら私の不利益にならない程度にサンプルの採取を許したけど、指を切り取るとかをしてたことがわかった時は流石に引いた。

 とはいえ、そういうところを除けば勉強を教えてくれるお兄ちゃんではあるため、尊敬はしているし、体の相談とかもしている。パンクラチオンにも付き合ってもらっているから文句を言うほどの相手でもない。

 

 

「あ、見つけた」

 

「げ、何でここにモルスの野郎が……」

 

「ケイローン先生が探してたよ、座学もちゃんと受けなさいってね」

 

 

 そして最後がイアソン、一応は兄弟子になるクソガキである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一人だけ兄弟子のおまけとして付け加えるならそれは『ヘラクレス』だろう。彼の名前を聞いて実際に出会った時に私はこう叫んだとケイローン先生から聞かされた。

 

「この世界はガイアである」 

 

 古代ギリシャ語だとこうなってしまったその言葉は、私の英雄譚の名言として残ることになるのだが、それはまた別のお話。





 次回は後方師匠三人の視点です。

どちらが先?

  • 一話完結のギリシャ異聞帯
  • 短編のオケアノス
  • 幕間の二人
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