pixivより転載
「言っておくが、汚いぞ」
そう言って、黒川は自室の鍵を開いた。
先に靴を脱ぐ黒川に続いてひょっこりと顔を覗かせた赤井は、「俺んちよりはマシですよ」と宣う。汚いと言う事実は否定しなかったことに黒川は少々むっとしたが、先に断ったのは自分だったので彼は言葉を飲み込む。代わりにコートを脱いで壁のフックに引っ掛け、どたどたとリビングに入る。そして冷凍庫を漁ると、2つの白い塊を取り出した。特に勧められるでもなく勝手にリビングの椅子に座っていた赤井は、「それなんですか」と尋ねる。黒川は目を瞬いた。
「冷凍ご飯だよ。見たことないのか」
「へー、ご飯って冷凍できるんだ。ウチ、いつもレンジでチンするご飯しか食べたことなくて」
「……炊飯器はあるんだよな?」
「あるんですけど使ったことないですね」
(これはあまり突っ込まない方がよさそうか……?)
黒川はとりあえず電子レンジに冷凍ご飯を入れてあたためモードを入力する。そしてその間に冷蔵庫を漁った。
最近まともにスーパーに行っていなかったから食材にはあまり期待していなかったが、冷凍庫に豚バラ肉、野菜室にピーマン、長ネギがあった。乾燥ワカメもある。調味料は揃っていた。ふむ、と振り返った。
「えーと、赤井くん」
「赤井でいいですよ」
「じゃあ、赤井。ピーマンは平気か」
「好き嫌いはないです」
「ならよかった。適当に今炒めるから待ってろ」
言いながらフライパンを取り出す。丁度ご飯の解凍が終わったので、代わりに冷凍豚バラ肉を突っ込んだ。解凍ボタンを押す。その間にピーマンの下処理を済ませることにした。半割りにして種を抜く。黒川は形にはこだわらないのでいつも通り乱暴に。そして細切りにした。丁度豚バラの解凍が終わったので、フライパンにサラダ油をかけた。火を点けて豚バラとピーマンを同時に放り込む。適当に炒めながら、その間に流しの下から取り出したボールに味噌と砂糖と醤油を溶かす。菜箸で攪拌してから再びフライパンの面倒を見る。肉にもピーマンにも火が通ったのを確認してから、用意しておいた調味料をかける。じゅわっとわずかに蒸気が上がった。慣れたものだから驚かない。そこでそう言えばみそ汁を作るのを忘れたことに黒川は気付いたが、インスタント味噌汁が残っていたことを思い出した。今回はそちらで勘弁してもらおう。さらにそういえば宣言では炒飯を作る予定だったが、まぁ予定は未定である。卵の賞味期限も気になるところだったし……。黒川はあれやこれや考えていたが、手先はてきぱきと動いていた。
そして皿に2つ、炒めた豚バラとピーマンを盛り付ける。解凍したご飯を茶碗に乗せ、インスタント味噌汁を2つ、それぞれの椀に注ぎ……。
「できたぞ」
「めっちゃ良い匂いしますね!」
箸を差し出した黒川に、赤井は喜色満面だ。あまりにもいい笑顔だったので、「あるもので作っただけだが……」と謙遜してしまう。しかし彼は挫けない。
「あるものだけでこんな美味しそうなもの作れるなんてすごいですよ! 俺、食材を見てもなんも思い浮かびませんもん!」
「そうか……まぁとりあえず食ってくれ。いただきます」
「いただきます!」
茶碗を片手に豚バラとピーマンのみそ炒めを頬張った赤井は、途端にきらきらと目を輝かせた。
「凄い美味しいです、人の作ってくれたご飯ってこんなにおいしいんですね……! 久し振りに食べました!」
「そうか。そりゃよかった」
つまりは嘗ては食事を作ってくれる存在がいたらしい。それが母親か父親かはわからないが。黒川は同じようにおかずを頬張る。そう言えばまともな食事はこのところ摂っていなかった。思わぬ形でまともな栄養が摂れて、内心で赤井に感謝する。彼がいなければ、今夜もろくに夕食を摂らずにシャワーを浴びたらベッドに倒れるところだったろう。
そうこうしているうちにあっと言う間に皿はすべて空っぽとなる。赤井は嬉しそうに腹を撫でていた。
「こんなにまともなご飯、久々に食べました! 有難うございます」
「あぁ……」
言いながら、黒川はふと思い立って皿を片付けた後冷蔵庫を漁る。
取り出したるは、タッパー。目を瞬く赤井に、黒川は言う。
「中身は生姜焼きだ。小麦粉を振ってあるから冷めても美味しいはずだが温めてもいい。……電子レンジの使い方はわかるよな?」
「あ、はい、さすがに」
「ついでに冷凍ご飯も持たせるから待ってろ」
「あ、あの、そこまでしてもらわなくても」
さすがに赤井も恐縮してきたらしい。しかし黒川はにやりと笑う。
「どうせならちゃんと美味しく食べてくれる奴に食べてもらった方がいい。それにタッパーは返しに来いよ。また飯食わせてやるから。……連絡先交換するから」
そう言って、黒川は放りっぱなしだった鞄からスマートフォンを取り出す。
赤井もスマートフォンを取り出し、LINEのIDを交換した。
2人はそうして縁ができたのだった。
これがどう転ぶかは、このときの彼らは知らなかった。
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