「
「ふむ、却下だ」
「そんなぁ……!?」
放課後、俺と先輩の二人しかいない文芸部の部室。
勢いよく下げた俺の頭に振ってきたのは、俺の想いは届かなかったという無情な現実を告げる言葉だった。
「君が私に告白するのは、これで合計五回目といったところか。そろそろ諦めたまえよ」
「い、いや……まだ、諦めませんよ!!」
喜びも悲しみも感じられない淡々とした物言いに、バッと頭を上げる。
先輩は既に俺の方を見てはおらず、文芸部の部長らしく部室の椅子に腰掛けて手持ちの文庫本に視線を落としていた。
うぅ、ぞんざいな扱いを受けてしまうと心が折れそうだ。
しかし日の本の男子たるもの、これくらいで諦めていられるか……!!
「なんやかんやで先輩、五回ともこうやって話はしっかり聞いてくれるじゃないですか!! 先輩が俺の話を聞いてくれる限りは、俺は先輩への愛を叫び続けますよ!!」
前を向くためにも、先輩が俺にしてくれる事を思い出す。
そう、今は視線すら向けてないからと言っても、この人が告白そのものを無視したり、邪険に扱うようなことはないのだ。
そういう誠実なところもやっぱり好きだなぁ、と強く思う。
「そりゃあ君は、貴重な文芸部員っていうのもあるし……何より、『ミッション』を毎度こなしてくれているからねぇ。その分ぐらいは、ちゃんと応えるってだけさ」
そう言いながら先輩が視線をやるのは、先輩の座る机に置かれた答案用紙。
赤い丸が紙中を埋め尽くすように描かれたその答案の右上に書かれている名前は、「
他でもない、俺の名前だ。
「今回は『現代文のテストで満点を取ってこい』。よく頑張ったじゃないか、文芸部の部長として鼻が高いよ」
「そりゃ、ミッションは達成しないと次の告白を聞いてもらえないって話でしたからね!! 頑張りましたよ、現代文は苦手科目だってのに!!」
この満点の答案をここに持ってくるまでの涙の日々を、思い出す。
現代文はいつも赤点スレスレだったもんだから、授業が終わったら先生や友達を納得がいくまで質問責めにし、学校が終わったら教科書と壮絶な睨めっこを繰り広げ、程よい時間が経った頃にひたすら漢字を書き取り……
そんな激闘の果てに掴んだ満点の答案が、今日の俺の告白を聞く条件だったのだ。
先輩のこんな『ミッション』こと無茶振りは、初めて俺が告白をしてからというもののずっと続いている。
「今回は、俺の苦手科目を聞いてからの無茶振りでしたしね……今日まで何度、失敗が頭をよぎって泣きそうになったか……」
「はっはっは、結局クリアできたんだからいいじゃないか」
「それで先輩が告白をOKしてくれればもっと良かったですよぉ〜……」
軽い口調の割に表情は鉄面皮な先輩に、言っても仕方ないとはいえ泣き言が漏れる。
そりゃあ告白を真面目に聞いてくれるだけで御の字なのだから、それ以上を望むのはカッコ悪いというもの……という理屈は分かっていても、それでも期待というのは捨てられないもので。
「……それで、次のミッションは?」
吐き出すことである程度感情が落ち着くのを見計らって、俺は先輩に問いかけた。
……そう。期待は、捨てられないのだ。
だったら、次こそはと目指して、また頑張るしかない。
そんな決意を込めた、問いかけだった。
「……ふむ。まだ、諦めないんだな」
「当然です!!」
「とはいえ、次か……さて、何をさせたものかな」
顎に手を当てて、先輩は考え込む。
今日以外にも色々な難関を用意してきたからか、流石にすぐには思いつかないようだ。
前回は運動部に所属した経験がないのに体育祭のリレーで一番を取らされたり、前々回はクラスのみんなに人気な図書委員の座を獲ってきたり、色々あったもんな……
でも逆に言えば、俺はそれだけのミッションをこなして来たということだ。
今回がどんなミッションだとしても、やってやる……!!
「……そうだな。今回は文芸部らしく、こういうのはどうだろうか。この本は、私のお気に入りなんだがな……」
パタン、と先輩は手に持っていた文庫本を閉じる。
文芸部らしい、とはどういう事だろうか。
その本の読書感想文とか……? 小学校以来やったことないけど、それぐらいなら何とかなるかな……?
幡ヶ谷先輩はそんな俺の予想を軽々と超えてくるような、そんな一言を言い放った。
「この本ぐらいに面白い文章を、書いてきたまえ。私が満足できたら、ミッション達成としようじゃないか」
「わ、わからん……面白い文章って、なんなんだ……」
帰宅後。
机に向かって今回のミッションに挑んでいた俺は、その壮大な難しさに頭から煙を吹き出しながら机に突っ伏していた。
先輩にミッションを告げられた時は『バチクソ夢中になる文章を書いてきますよ!!』と意気揚々と口にしたものだった。
しかし、実際に原稿用紙をもらって書き始めようとすると、これがさっぱり進まない。
「俺の名前は……!!」と主人公の名前を書いたはいいものの、その後何をさせるかなどが何も思いつかなかったのだ。
小学校の読書感想文ぐらいしか作文の経験がないことを、ここまで悔しく思ったことはなかった。
同時に、立派な名前の門の下で追い剥ぎをする話とか詩人が虎になる話だとかの作者ってすごかったんだな……と、この前やった現代文に思いを馳せたりもした。
「今回こそ、ダメか……? いや、でも……」
一瞬、ミッションを失敗するイメージが頭をよぎったが、慌ててブンブンと頭を振って追い払う。
今までだって、失敗するかもしれないミッションを超えてきたんだ。幡ヶ谷先輩を、こんなことで諦めたく、ない。
でも、いくら前向きになっても、文章なんて思いつかない状況は変わらない。
「はー……幡ヶ谷先輩……」
代わりに脳裏によぎるのは、こんな無茶振りをしてきた幡ヶ谷先輩の顔だ。
幡ヶ谷先輩、今日も綺麗だったな。
でも、今日もやっぱり、笑わなかった……あの人の笑顔を、初めて会った時から俺は見たことがない。
あの人の笑顔を見たいって思ったのも、俺が告白した理由の一つだったっけ……
現実逃避だろうか、今回のミッションには関係ないことばかりが頭に浮かんだ。
先輩への想いだったら、いっぱい書けるんだけどな……でも今回のミッションは、面白い文章……
「待てよ、『文章』……? そ、そうか!! それなら……!!」
ガバリと、俺は姿勢を起こす。
咄嗟に思いついた、あるアイディア。
それを逃さないように、思いついた高揚が冷めない内に。
さっきまでの停滞具合が嘘のように、俺は原稿用紙にペンを走らせることができたのだった。
次の日の放課後。
文芸部がこの日も活動日だったのは、幸いだった。
「幡ヶ谷先輩、できました!! どうか、読んでください……!!」
「おぉ……随分と、早いな……」
流石に一日で持ってくるのは予想外だったらしく、滅多に表情を崩さない先輩が目をパチクリとさせていた。
俺が差し出した数枚の原稿用紙を、先輩はゆっくりと受け取る。
「勢い任せの短期決戦ということか……? しかし、面白くするには、勢いだけじゃ……何だ、コレ」
原稿用紙に目を滑らせる先輩が、ふと動きを止めてこちらを見る。
いつも本に目を通しながらついでに喋る事が多い先輩としては、とても珍しいことだ。
「『先輩のことがとっても好きです』『初めて会った時から、先輩に目を奪われました』……おいおい。これでは、文章というより恋文だろう」
「はい、俺から先輩へのラブレターです!! 先輩にとって面白い文章になるよう、頑張りました!!」
ラブレター、という言葉に殊更に力を込めながら、俺は先輩の質問に答えた。
「いやいや、私が言ったのは……」
「『満足するような面白い文章』、ですよね!! ほら、ラブレターだって文章じゃないですか!!」
「……確かに、私はそう言ったな。なるほど、これは確かに……目を通さない訳にはいかない、か」
いやー、昨日それに気がついた時には、あまりに名案だと自分で自分を褒めたくなったものだ。
自信満々に告げた俺の言葉で、先輩は納得してくれたらしい。
幡ヶ谷先輩はふー……と大きな溜め息をついてから、改めて俺の原稿に向き直ってくれた。
「しかし……認めるにしても、面白いかどうかは別だぞ。なんだ、この『先輩のことは俺が絶対に幸せにします!!』って。告白の言葉としてはヒネリがないぞ、いくらなんでも」
「え、えぇっ!?」
「それに……こことここ、それにここ、『先輩の笑顔を見るまで俺は諦めません!!』って三回も繰り返し言ってるじゃないか」
「だ、駄目でしたか……!?」
「繰り返し書くのは少々、しつこいぞ。そんなに書かなくたって、十分……」
しかし、今回のミッションがこれで終わりという訳にはいかなかったようだ。
先輩の口から次々と発されるダメ出しは、自分では気づかなかった文章の未熟さを浮き彫りにしてくる。
恋文、いい考えだと思ったんだけどな……
これがダメだったら次は何を書こうかな、と俺が考え始めた時だった。
「……そうだな。十分、だ。君の気持ちが……私に伝わるには、とっくに……」
絞り出すような言葉と共に、先輩が原稿用紙をギュッと抱き締めた。
「あぁ……分かって、いたさ。君が私を好きな気持ちが、本気なことぐらい……無茶振りすれば諦めるだろう、ぐらいの気持ちだったのに……君は本当に、全部のミッションをクリアしてしまったんだもの、な……」
「……え!? ミッションって、そんなつもりだったんですか!?」
先輩の口から告げられた驚愕の真実に、思わず大きな声を出してしまう。
てっきり、俺が必ずクリアしてくれると信じてくれているから、無茶にも見える試練を課していると思ってたのに……!!
「……あぁ。だからこそ、私の負けだ。はっはっは、まさかこんな事を言う日が来るとは……」
そう言って、幡ヶ谷先輩は笑った。
初めて見る笑顔はとても眩しくて、俺はこの日の事を一生忘れないだろうな、と思った。
「これで、君は……全てのミッション、クリアだ。ご褒美を、あげなくてはな」
そこまで言い切ったあと、なぜか先輩はすー、はー、と深呼吸をする。
緊張するぐらいには大事なことを、言おうとしているみたいに。それこそ、初めて俺が告白した時、みたいな、様子で……
「……私も、君が好きだ。つ、付き合って……くれないか……」
普段の鉄面皮が嘘のように、顔を真っ赤にした先輩。
そんな彼女を、たまらなく愛おしいと思って、俺は返事の代わりに彼女を抱き締める。
「……はい!! こちらこそ、よろしくお願いします!!」
ミッションは全部クリアした、と彼女は言ったけれど。
彼女をこれから幸せにすることを今後のミッションにしようと、俺は自分に強く誓うのだった。