一行は傷だらけになった爺――もとい、
彼はずっとトイレでスタンドを遠隔操作していたらしい。おかげで探すのに少々時間を食ったが、花京院のハイエロファントで見つける事ができた。
「それにしても……こんなお爺さんもスタンド使い、しかもDIOの刺客だなんて……信じられません」
まだ傷だらけになった人間を見慣れていないのか、白鳥は承太郎の背に隠れながら様子を窺う。爺の様子はジョセフやアヴドゥルが調べてくれているようだった。
「それだけDIOの奴も必死という事だろう。やれやれだ……一筋縄じゃあいかねぇだろうな」
このままエジプトに突入出来たとして、立ちはだかるであろう刺客の相手をしなきゃあならない。DIOを探す道中が面倒になりそうだと、承太郎はため息を吐く。
「しかし、まぁ……お前にしてはよくやった方だな。手はもういいのか?」
「あ……はい。そんなに深い傷ではなかったので」
承太郎は白鳥の右手に巻かれた少し汚れた包帯を見る。珍しく労わるような声音を聞き、彼女も意外に思いながら頷くと「あー……」と思案するような低い声が上から漏れ出る。
「まぁ……あまり無茶な事はするなよ」
そんな言葉と共に、おもむろに大きな手が白鳥の頭にポンと乗せられた。そのままぐしゃぐしゃと掻き乱すようにそれは動き、思わず白鳥は顔を俯かせる。
「わっ……!な、なんですか!?」
「あ?」
彼女の驚いたような声を聞いて承太郎は手を頭から退ける。すかさず白鳥は頭を押さえながら承太郎を見た後、ポケットから手鏡を取り出して己の頭を見つめていた。
「ぐしゃぐしゃです……」
「…………」
褒めたつもりだったのに、何か間違った事をしただろうか。
手櫛で髪を整える白鳥を見て眉間に皺を寄せる承太郎。
その様子を眺めていた花京院は思わずプッと噴き出してしまった。
「なに笑ってやがる花京院」
承太郎は自分に向けられた笑い声に眉間の皺を濃くさせながら花京院を睨むが、それでも彼は漏れ出る笑い声を抑える事が出来ないらしく肩を震わせている。
「いや……!ジョジョ、君ってモテる割に……!」
変わらずころころと笑う花京院に苛立ちすら覚える。
こいつは何か感じているのにそれを教えるどころか笑っている。それが気に食わない。
「おい、なんだ。さっさと言いやがれ」
「フフ……!すまない、ジョジョ。さすがに不器用すぎて……!」
不器用。言われ慣れない言葉に思わず「は?」と声が漏れ出る。
「承太郎先輩……撫でるにしてもあまりぐしゃぐしゃにしないでくださいね」
「…………」
ようやく整え終えた白鳥が眉を下げながら承太郎を見つめていた。承太郎が思わず己の手をしげしげと見つめている様子を、花京院はまたくすくす笑い始める。
しかし、なにか違和感に気付き花京院は笑うのをやめて棒のように立ち尽くす。
「どうした?花京院」
「いえ……気のせいか、機体が傾いているような……」
突然顔を強張らせた彼を怪訝に思ったが、そう言われればと承太郎も改めて重心を推し量る。
確かに傾いている。しかもそれはだんだん角度を増している。トイレにいたジョセフとアヴドゥルもその事に気付いたようで、ガバッとそこから顔を出した。
「おいッ、まさかとは思うが……!」
すかさずジョセフが機体の先頭へと駆け抜けていく。
「お客様、この先はコクピットで立ち入り禁止です!」
「知っているッ」
そんなスチュワーデスの静止を振り切ってズンズン進んでいく彼の後を一行も追いかけて行く。
「お、お客様!」
今はなりふり構ってはいられない状況だが、事情を知らない彼女らから見たらとんだ迷惑客だ。
しかし彼女らは後に続く一行の中に承太郎の姿を見つけると、ハッと息を呑んで顔を蕩けさせていた。
(まあ、素敵な人……)
きっとそんな事を思っているのだろう。白鳥は毎朝と言っていいほどそんな表情を見ている。もはや恒例だったが、まさか承太郎が知らずに魅了してしまう女性はうちの高校の生徒だけじゃあなかっただなんて。
「どけ、アマ」
「きゃあ!」
しかし承太郎はそんな彼女らを押し退けてジョセフに続いていってしまい、思わず呆れのため息すら吐いてしまう。もう少しくらいデレデレしたってバチは当たらないはずなのに、とすら思ってしまう。
「おっと、失礼……」
そんな彼女らを受け止めたのは花京院だった。彼は先に進んでしまう承太郎を見遣り、ため息を吐く。
「女性を邪険に扱うだなんて許せん奴だが……今は緊急事態なのです。許してやってください」
「はい……」
そうやって儚げに目を伏せながら囁く彼を見て、再び目を蕩けさせる彼女。
(花京院先輩も天然誑しの才能ありそう……)
そんな光景を白鳥はシラけた目で見ていた。
「なんてこった……やられたッ!」
だがそんなジョセフの声で意識が現実へと引き戻される。白鳥も早足でコクピットの方へ向かうと、壮絶な光景がそこに広がっていた。
「ひッ……!」
思わずヒュッと息を呑む。
血飛沫が至る所に飛び散ったその空間には、パイロットと思しき男性3人が口から血を噴き出しながら白目を剥いて死んでいた。
未だ見慣れない死体の存在に足が竦む。ドクドクと動悸のように心臓が早鐘を打つ。見たくないはずなのに、視界はそれを捉えて離さない。
(よく見たら舌を抜かれている……!あのクワガタのスタンドの仕業ッ!)
「いかん、降下し続けている……自動操縦装置も破壊されている!この機は墜落するぞ!」
操縦席の方から聞こえるジョセフの声がなぜか遠くのように聞こえる。墜落、その言葉だけが頭の中で反響していた。
「白鳥くんッ!」
そんな中、不意に己を呼ぶ声が聞こえて反射的に意識がそちらへ向く。
「えっ……」
「ぶわばははははァァァーーッ!!」
刹那、イカれた笑い声が響き渡り振り返ると、すぐ後ろ数センチといったところにの本体である爺が血塗れになりながらも襲い掛かろうとしていた。
その壮絶すぎる状況に白鳥は足が竦んだまま動けない状態で目を見張る事しかできなかった。
「白鳥くんッ!!」
「きゃっ!」
間一髪、動けない白鳥を引っ張り己の腕の中に収めたのはアヴドゥルだった。爺はそのまま白鳥がいた位置にベチャッと身を伏せたが、よろよろ起き上がりゾンビのように体を揺らしながら一行をおぼつかない視線のまま見つめていた。
「わしは事故と旅の中止を暗示する"塔"のカードを持つスタンド使いッ!お前らはDIO様の元へ辿り着く事はできんん〜ッ!!」
真っ二つに割れた舌をちらちら見せながら不気味に笑う姿は異様であり、その場にいる誰もが圧倒されたように目を見張る。
「たとえこの機の墜落から助かったとしてもッ!エジプトまでは1万キロッ!その間わしのようにあのお方に忠誠を誓った者どもが四六時中きさまらを付け狙うのだァァッ!きさまらはDIO様の元に辿り着けやしないィィィ〜〜ッ!!」
舌が割れ、血でイカれたあぶくのような声は他にも何か言っていたような気がしたが聞き取れたのはそれくらいだった。
爺は事切れたように自分で作った血溜まりの中に倒れ、それを見たスチュワーデス達がヒュッと息を呑んで震えている。
「さすがスチュワーデス。プロ中のプロ……悲鳴をあげないのは鬱陶しくなくていいぜ」
承太郎がそう彼女らを褒めたが、その声は届きそうにない。
「仕方がない。この機を海上に不時着させる!各自しっかりしがみついておるんじゃぞ!」
ジョセフが操縦席に座りながらあれこれと基盤を操作して客席の方にもアナウンスを掛け始める。
花京院は自らのスタンドで体を固定し、それをアヴドゥルと白鳥にも伸ばした。
「アヴドゥルさん、白鳥さんの事頼みますよ」
「任せておけ」
姿勢を低くし、それに倣って白鳥も腰を下ろすと己を支えてくれているアヴドゥルにしがみつく。
「しかしのぅ……これでわしゃ3度目だぞ。人生で3回も飛行機で墜落するなんて、そんなヤツあるかなぁ」
だがこんな状況でも、ジョセフがポリポリとこめかみの辺りを掻きながらゆったりと呟くのを誰もが聞き逃さなかった。
「もう二度とテメーとは一緒に乗らねえ」
―――
承太郎達が乗った飛行機は香港沖約35キロの辺りで不時着した。
今でも救助活動が続いているそんな昼下がり、彼らはまさしく香港で立ち往生を余儀なくされているところだった。
香港。
世界有数の観光都市であり、毎年多くの観光客が日本からもやって来る。
世界三大夜景のひとつとも知られ、古くから"100万ドルの夜景"と称されるその光景は夜をロマンチックに彩ってくれる。
「お兄さん達、観光客かい?お粥どう?香港に来たらお粥食べなきゃ!」
ジョセフが公衆電話でスピードワゴン財団と連絡を取っているのを遠巻きに眺めていると、すぐそばにある屋台からそんな呼び込みが聞こえてきてそちらに顔を向ける。
「白鳥さん、気になりますか?お粥は香港では主食として食べられているくらいお馴染みの料理なんですよ」
花京院はジーッと屋台の前でメニューを見ている白鳥の背後にそっと近付くと表を指でなぞる。
「僕らにとっても食べやすいのがこのピータンと豚肉のお粥ですかね」
「た、食べてみたいです……」
屋台から漂ってくる香りと花京院に解説してもらったお粥の想像図だけでごくりと喉が鳴る。お昼ご飯を食べていない事もあってか、余計にそそられるのだろう。
結局勧められたものを注文し、やがてお粥が出てくると白鳥は誰が見ても分かるくらいに瞳を輝かせていた。
「いただきます」
ほくほくと立ち込める湯気を見るだけで温かさが伝わってくる。ピータンと肉とひたひたのお米を同じレンゲの中に掬い、ふーふーと冷ますように息を吹き掛けてからぱくっと口の中に入れ、まだ熱いのをはふはふ耐えながら噛み締めゆっくり味わう。
「おいひい……!」
ふにゃりと蕩けた表情を晒す白鳥。
ピータンの独特な風味と豚肉の奇跡のマリアージュ。知ってしまったら戻れない!現にまだ咀嚼している最中だというのに二口目をレンゲによそってしまうのだ。
その様子を眺めていたアヴドゥル達も思わずごくりと喉が鳴る。
「白鳥くんは相変わらず美味そうに食べるな……どれ、私も頼んでみるか」
「その一杯で足りるか?追加があればついでに言ってやる」
「それでも足りなければ僕のを半分あげよう」
お粥に舌鼓を打つ白鳥を尻目に他の3人も屋台へと並び始めたが、承太郎と花京院が早速連携プレーでからかっているのを標的にされた彼女は聞き逃しはしなかった。
「ち、ちょっと!私そんなにがっついてませんってば!」
「そうか?食い足りねえって顔に書いてあるぜ」
「書いてませんー!!」
しかし白鳥の手の中にあるのは既に空になった皿。あまりにも説得力がない。ついにアヴドゥルまで噴き出して小さく笑い始める。
「学生達は仲がいいなァ」
子犬のように吠えてまわる白鳥と、何食わぬ顔でからかう承太郎に悪ノリしながら笑う花京院。歳がさほど変わらないのもあってか、各々タイプは違うが波長は合うのだろう。
自分があの中に入ろうとは思わないが、ずっと見ていたくなるほど微笑ましい。アヴドゥルは3人を眺めながら微笑ましげに目を細めていた。
「ム!皆こんなところにいたのか。いまからわしの馴染みのレストランに行くのだから、ここで食っている場合じゃあないぞ!」
そこに電話から戻ってきたジョセフが合流し、騒いでいた3人に向かって声を張り上げた。
「……まあ白鳥くんは大丈夫か」
「ジョースターさんまで!?」
しかし空になった皿を持ったままだった白鳥を見て呟いた一言に、承太郎達は一斉に噴き出す。すかさず白鳥がツッコミを入れた事もツボに入ったのか、花京院に至ってはまだ笑い声を漏らしていた。
「ちょっと!花京院先輩!?」
「ええッ!?白鳥くんはよく食べるから大丈夫じゃろうという意味なんじゃが、ええー……わしなにか変な事言ったかのう」
ひとりだけ事情を知らないジョセフは困惑した様子だったが、気を取り直すようにオホンと咳払いをすると向こうの道の先を指差す。
「まあいい。花京院もいつまでも笑うんじゃあないッ。レストランはあの向こうじゃ。そこで腰を落ち着け、食事を摂りながら今後について話をする」
皆がハッとしたように思い出す。自分達は依然窮地に立ったままなのだ。本当ならもうエジプトに着いている時間だというのに、ここは香港。猶予は50日間、約1ヶ月半。
今後の進路と対策を今一度練らなければならない。
各々気を引き締めながら、ジョセフを先頭に目的地へと足を向けた。