ジョセフの行きつけであるという料理店に入ると、中は昼時を過ぎている事もあってか比較的空いていた。
それを喜ぶでもなく、神妙な面持ちの男女5人がテーブルを囲む。
「なんとしても50日でエジプトに辿り着かなければ……こんなところで立ち往生している時間はない」
飛行機が墜落したからといってホリィの命が危険である事に変わりはない。だが、また飛行機で多数の無関係な人間を巻き込むような戦闘をするわけにもいかない。そうなってくると移動手段はかなり限られてしまう。
今頃ならとっくにエジプトに着いていたはずなのに。
誰もがそう考えてしまう。
「しかしまぁ、まだ案ずる事はない。100年前のジュールベルヌの小説では80日間で世界一周4万キロを旅する話がある。汽車とか蒸気船の時代じゃよ?飛行機でなくとも50日で1万キロのエジプトまで行くのは不可能じゃあない」
しかしここで早々に諦めるわけにはいかない。そんな気持ちもあるだろう、ジョセフは務めて気丈に笑みを見せながらテーブルに地図を広げると現在地である香港を指す。
「そこでルートだが、わしは海路を行くのを提案する。適当な大きさの船をチャーターし、マレーシア半島をまわってインド洋を突っ切る……いわば海のシルクロードを行くのだ」
皆が額を突き合わせる中、すいすいと指が地図上の海を泳いでいく。
「私もそれがいいと思う。陸は国境が面倒だし、ヒマラヤや砂漠もある。もしトラブったら足止めを喰らう危険がいっぱいだ」
「僕はそんなところ、両方とも行った事がないので何とも言えませんね。ジョースターさんとアヴドゥルさんに任せます」
「同じく」
花京院に続き、承太郎も頷くと自然と視線は白鳥に向く。
「白鳥くんもそれで異存はないかね」
ジッと地図に視線を落としたままだった彼女はジョセフに呼び掛けられるとハッとしたように顔を上げた。
「あ……はい。すみません、ボーッとしちゃって……」
決して話を聞いていなかったわけではない。しかし思うように集中できず、ついぼんやりとしてしまっていた。
「大丈夫かい?疲れているのかな……」
「無理もねェ、飛行機に乗るのは初めてだったようだし外国も初めてだろ。その上慣れない事ばかりだ」
花京院が労わる傍ら、承太郎は長いため息を吐きながら首を左右に傾けてコキコキ鳴らす。
息をつく間もなく日本を出て、しかもその飛行機内では刺客のスタンド使いとの戦闘。そして飛行機の墜落と不時着。
白鳥だけでなく、皆気を張っていたからか多少の差はあれど疲れてはいる。加えてあまり眠れてもいない。
「ヌゥ……船は既に財団に頼んでチャーターしてある。それに乗ったら交代で休憩を取ろう」
疲労を残したまま進んで全員行き倒れなんてそれこそ本末転倒である。急ぎの旅であっても休息は必要だ。
休憩の話になりほんの少しだけ肩の力が抜けたタイミングで花京院は茶瓶の蓋を半分ずらした。その少しの陶器の擦れる音に承太郎と白鳥は視線を向ける。
「フフ。これは"お茶のおかわりがほしい"というサインだよ。香港では茶瓶の蓋をずらしておくとおかわりを持ってきてくれるんだ」
喉が渇いていたからか、皆の茶碗にはお茶が既になくなってしまっていた。まだ食事を頼んでいない事も考慮してか、彼が気を利かせてくれているのだろう。
「また、人にお茶を注いでもらった時は人差し指でトントンと2回テーブルを叩くと"ありがとう"のサインになるのさ」
店内が空いている事もあってか、店員がすぐに5人分の茶碗にお茶を注いでくれたのを見てすかさず花京院はトントンと指でテーブルを叩いた。
「先輩、詳しいんですね」
「香港は何回か旅行に来ているからね。メニューも一通り読めますよ……」
ここに来る前のお粥といい、その話を聞いて納得した。エジプトにも旅行に行ったと言っていたし、意外と彼の家は旅行好きなのかもしれない。
「あの〜、すみません。ちょっといいですか?」
花京院がテーブルに置いてあるメニューを取ろうとしたその時、テーブルの外から男が声を掛けてくるのが聞こえて一同の視線がそちらに集まる。
「わたしはフランスから観光に来たんですが、どうも漢字が難しくてメニューがわかりません。助けてほしいのですが……」
独特な、例えるなら電柱のような形に銀髪を整えた筋肉質な男。彼は困ったように眉を下げながら愛想笑いを浮かべて花京院を見ていた。
「やかましい。向こうへ行きな」
しかしなぜか承太郎が男を突っぱねる。知らない人間が急に絡んできたのが気に入らなかったのだろうか、連れにそんな邪険な態度を取られて銀髪の男は愛想笑いをやめて気まずそうに肩を落としていた。
「おいおい、承太郎。まあいいじゃあないか。これも何かの縁じゃよ。君も同席するといい」
その様子を見たジョセフが承太郎を嗜めながら男に席を勧め、メニューを開き始める。
「わしだって香港には何度も来とるからメニューの漢字くらいは読めるさ。で、何を食いたい?エビとアヒルとフカヒレとキノコの料理?」
そういえばここはジョセフの行きつけだと紹介された店だ。しかしなんとなく不穏な空気を感じながらジョセフが店員を呼びつけるのを眺める。
「コレとコレとコレと……そう、あとソレもだ」
――本当に大丈夫なのだろうか。
「なあ、どう思う」
「うーん……ダメな気がします」
「僕も不安だ……」
「失礼ながら、私も」
4人がそんな事をヒソヒソ話している間、なにも知らないジョセフは得意げに注文を続けていた。
数分後。
テーブルにドジャァーーン!と並んだ料理にジョセフは目を丸くさせていた。
「牛肉と魚と貝と、カエルの料理に見えますが……」
「言ってたのと全然違う……」
「やはり僕が頼むべきだった……」
「こうなると思ってたぜ」
カエルの丸焼きに貝料理、お粥と魚の煮物。
もちろん不味そうという意味ではない。あれだけ得意げにペラペラと注文したくせに、彼が口にした料理と全く違うというジョセフに対しての文句が4人の口から呆れ混じりにこぼれ落ちる。
これには銀髪の男もあんぐりと口を開けて料理を眺めていた。
「あ、ああー……でもこのお粥は私がさっき食べたやつと同じみたいですね」
「あっ……ああっ!そうじゃ!そうじゃよ!白鳥くんが食べていたヤツ!ハハハッ!まあ案外なに注文しても美味いモンじゃよ!わしの奢りだから食え食えッ!」
白鳥が先ほど食べたものと一致するものがあって思わず指差したのを、ナイス!とでも言わんばかりにジョセフも指差しながらカラカラと笑っている。
お前は見てなかったくせに。そんな4人の視線が刺さってももうお構いなしだ。
とは言っても、注文しておいて全く手を付けないというのも失礼な話である。先ほども述べた通り見た目のインパクトは絶大だが不味そうな雰囲気はない。
各々が思い思いの料理に手を伸ばし始める。花京院は貝を、アヴドゥルは魚、承太郎はお粥を皿によそう。
「お嬢さんはそれを?ずいぶん勇気ありますねェ」
銀髪の男はカエルの丸焼きを皿に乗せた白鳥を見て「はぇ〜ッ」と声を上げる。
「お出しされるという事は食べられないわけではないと思いまして……それにどんな味かちょっと気になります」
「見た目に寄らずチャレンジャーですなァ〜」
丁寧に切り分けていく白鳥を、アヴドゥルを挟んだその先にわざわざ視線を向けて見つめる銀髪の男は少しニヤついているようにも見える。やはりこの筋肉質なメンツの中にいる華奢な女性というのは何にしても目立つという事か。アヴドゥルはこの男が何か変な素振りを見せようものならと目を光らせる。
「お兄さァん。心配しなくてもお嬢さんにはなァんにもしませんよォ」
彼のそんな視線を間に受けながらも下心が見え隠れする細められた目はそのままに、男も料理に箸を伸ばした。
「!あ、おいしい……」
「ム!悪くないな……」
「結構イケるかもしれん」
アヴドゥルと銀髪の男の会話など露知らず、学生3人組が料理を口にして目を輝かせるのを互いに見た後、自分が食べたものをお構いなしにそれぞれの皿に乗せていく。
「先輩方も食べてみてください、カエル!」
「それならこの貝もみんな食べるべきだ」
「この粥もなかなかだ。白鳥は知っているかもしれないがな」
3人の皿はごちゃごちゃと料理が乗せられ、まるでバイキング状態だ。3人の皿を見て銀髪の男も思わずプッと笑い声を漏らす。
「いや〜、仲がいいって羨ましいですなァ!わたしももう少し若ければなァ」
微笑ましそうに見守る傍ら、どれを取るか迷っていた箸はようやく皿に手を伸ばす。
「しかしずいぶん手間暇掛けてこさえてありますなァ〜。ほら、このにんじんの形」
箸の扱いも覚束なそうだった男だが、カエルの皿からにんじんを摘んだのに自分の皿に乗せずにその形を凝視する。
「星の形……なーんか見覚えあるな〜」
その言葉に全員の箸がぴたりと止まった。
「そうそう。わたしの知り合いが……これと同じ形のアザを首筋に持っていたな……」
おもむろに星型のにんじんを己の首筋にピタァ、と貼り付けるように置き、男は不敵に笑いながら一同をねっとりと見つめていた。
「きさま……!新手の!」
花京院の声に皆が一斉に椅子から立ち上がる。
それと同時に突然大皿に盛られたお粥がゴボボボ!と沸騰したように沸き立ち、中からグバッ!とレイピアを持った手が飛び出した。
「ジョースターさん危ないッ!!」
それは一番近くにいたジョセフに向かって素早く振り下ろされたが――
「くッ!」
彼は間一髪、自身の左手で受け止め後ろに身を引く。
「義手でなければ今頃手首が吹っ飛んでおったわ……!」
そう呟く束の間、アヴドゥルがテーブルを蹴飛ばしてひっくり返し盾にしながら自身のスタンドを繰り出していた。
赤く、鳥のような頭部を持つそれは現れただけでその場の気温が上昇していく。
「"
アヴドゥルのスタンド――マジシャンズ・レッドの炎による攻撃がレイピアを持つ腕に向かって炸裂した。
しかし――
「なにッ……!」
レイピアが炎を受け流すようにぐるりとその場で弧を描くとシババッ……と炎が規則的に絡みつき、その出立ちはまるで炎を纏った剣のようであった。
「な、なんという剣さばきッ……!」
アヴドゥルの攻撃をも自分のものにしてしまったその姿に、その場にいた誰もが息を呑む。
「俺のスタンドは"戦車"のカードを持つ、
そのスタンドの像が徐々に男の背後に現れ立つ。
名前の通り銀色に光るボディ。その姿はまるで鎧を纏った細身の騎士のようであり、像はレイピアをシバッ!と振るうと一向の盾のように倒されたテーブルに炎を撒き散らした。
「モハメド・アヴドゥル。始末してほしいのはきさまからのようだな。そのテーブルに火時計を作った!火が"12時"を燃やすまでにきさまを殺すッ!」
テーブルに散らされた炎はよく見ると時計の文字盤のように数字の形になっており、中央から秒針が伸びている。
ここまでの精密動作性。承太郎のスタープラチナや白鳥のハントレスと同等かそれ以上なのか。その剣技に誰もが圧倒され息を呑んでいた。
「恐るべき剣さばき。見事なものだが……」
しかし指名されたアヴドゥルはスッと前に出て火時計をチラリと見遣る。中央から伸びる秒針は9の辺りを指し、ゆっくりと上に向かって移動していた。
「この針が12を燃やすまでに私を倒すだと?少々自惚れが過ぎないか?ああーっと……」
アヴドゥルが挑発するようにニヤリと口角を上げながら男を見つめる。
「名乗らせていただこう。ポルナレフだ。ジャン・ピエール・ポルナレフ」
それに乗る事なく、銀髪の男――ジャン・ピエール・ポルナレフもズン!と前に出て口角を上げた。
「
スッとアヴドゥルが手を払うように動かすと、マジシャンズレッドも同様に腕を振り下ろす。
「なにッ!」
瞬間、テーブルの下半分だけが炎に包まれてドバァァンッ!と崩れ落ちた。
「アヴドゥルさんのスタンドが腕を下ろしたら下半分だけが綺麗に焼け落ちた……!」
炎は床を焼く事も、残った上半分に立ち上る事もなくその場に留まり続けている。
「ムッシュ・ポルナレフ。私の炎が自然の通りに常に上や風下に燃えていくと考えないでいただきたい。炎を自在に操るからこそ"
その言葉はポルナレフに掛けられたものであったが、彼の戦闘を初めて見る白鳥もごくりと息を呑んでいた。
何物をも焼き尽くす炎。それをここまで操り己の物としている。普通に対峙したのなら勝ち目はないに等しい。
「フム。この世の始まりは炎に包まれていた。さすが"始まり"を暗示し"始まり"である炎を操る"
ポルナレフも顔色ひとつ変えないものの素直にその能力を賞賛する。
「しかしこの俺を自惚れというのか?」
だが彼はポケットからコインを5枚取り出すとバッと宙に放り投げ、自身のスタンドに剣を構えさせた。
「この俺の剣さばきを――自惚れだとッ!?」
ドシュッ!と剣が空を切る音が響くが、その一振りの軌道は肉眼で捉える事が叶わない程に素早い。"あっという間"というのは真にこの事だろうか。既に動きを止めていたチャリオッツの剣には先ほど彼が投げたコイン5枚が串刺しになっていた。
「いや、よーく見てみな……」
承太郎の声に誰もがその光景を注視する。
「ム……なるほど。コインとコインの間に火炎をも取り込んでいる」
串刺しになったコイン。その隙間に揺らめく小さな炎は全ての隙間に均等に立ち並んでいた。
「これがどういう意味を持つか理解したようだな。自惚れではない……俺のスタンドは自由自在に炎をも切断できる。空気を切り裂き、空と空の間にも溝をつくれるという事だ」
ポルナレフは剣身からコインをシュピン!と抜き去り床に落とす。
「つまりきさまの炎は俺の
チャリーンとコインは床を転がり、炎を纏ったままアヴドゥルの爪先に当たった。
それを見た後、ポルナレフは一向の横を通り過ぎ店の外へ出て行こうとする。
「俺のスタンド……戦車のカードの持つ暗示は"侵略と勝利"。そんな狭っ苦しいところで始末してやってもいいが、その炎の能力は広い場所の方が真価を発揮するだろう?そこを叩きのめすのが俺の
扉を開け、顔だけ振り返る彼は同じようにこちらを振り向く一向を見て目を細める。
「他の奴らだってそうだろう?大振りな拳やアーチェリーも」
既に手の内を知られている。
ギクッと肩を揺らした白鳥とすぐにその前に立ち塞がった承太郎を見て、ポルナレフは鼻を鳴らすように嗤う。
「全員表へ出な。順番に切り裂いてやるッ!」