ポルナレフに連れられるままジョースター一行は歩く。
広い場所での戦闘を所望したポルナレフの奇妙な騎士道。彼もまた肉の芽によって操られているのだろうか。
「ここが戦闘の場だ」
ドン!とポルナレフがある場所の前で立ち止まり顎をしゃくる。
「なんだここは……!?」
「ここは……タイガーバームガーデンか!」
承太郎も思わず声を上げ、花京院も目を見張る。
タイガーバームガーデン。
香港でも特に奇妙な庭園と云われているその場所には至る所にギラギラの彩色の不思議な動物達の彫刻が置かれている。中には動物ではない何かの姿も――
人によってはグロテスクに感じるその場所は意外にも広い。(ちなみに今は閉鎖されている模様。)
「わあ……」
「やれやれ……DIOの配下ともなるとセンスもイカれちまうモンかね」
不気味な彫刻の数々にいちいち声を上げ立ち止まりそうな白鳥の手首を掴みながら承太郎は前を歩くポルナレフの背を見つめる。
ポルナレフは今までとは明らかに何かが違う敵だ。何か訳アリのような、そんな雰囲気の男。
「先輩、あの彫刻の色使いすごくないですか?」
「……白鳥。修学旅行じゃあねェんだぜ……」
呆れながらそれでも一応視線はくれてやるが、ここの彫刻は全てが独特なセンスなので白鳥がどれを指して言っているのか分からない。
「お前はどう思う?これからの戦いの事を……」
白鳥のマイペースさに疑問を感じつつも長く息を吐き、彼女を見遣る。すると呼び掛けに応えるように彼女は己を見上げてきた。
「アヴドゥルさんなら大丈夫だと……思ってます。さっきの戦いの時もそうですし、先輩を牢屋から出したのも彼なんでしょう?」
全ての発端である1週間ほど前の事。
アヴドゥルは承太郎にスタンドでの戦闘をけしかけ、彼を牢屋から引きずり出した。
承太郎にとって初めてのスタンドバトルの相手。まだスタープラチナを上手く操れなかったとはいえ、アヴドゥルとマジシャンズ・レッドは一枚も二枚も上手だった。
「きっとアヴドゥルさんならやってくれます」
「ふーん……」
白鳥のマイペース加減はそんなアヴドゥルへの信頼と実績があるからこそのものだろう。が、それはそれとして承太郎は面白くないとでも言いたげに声を漏らす。
「ずいぶん信頼してるんだな」
「勿論です。承太郎先輩の事も信じてますよ」
白鳥は立ち止まり、それに釣られるように承太郎も足を止めていると彼女の手首を掴んでいた大きく無骨な手に幾分小さなその手を重ねる。
「この手が握る拳は、なによりも心強いです」
そうやって慈しむように微笑む姿に、彼は思わずスーッと息を長く吸い込んだ。しかし次に出てきたのは舌打ちで、彼女が声を上げるのも気に留めず、グイッと強く手首を掴んだままの手を引いて歩き始める。
「さっさと行くぞ。置いてかれちまう」
「えっ、あ、はい……!」
やはりこいつとの接し方がいまだに分からない。取り巻きやキャーキャー言いながら声を掛けてくる女とこいつは全く違う。
花京院が間に入ってくれればこんなに動揺する事もないのに。
(あの野郎……)
視線に気付いたらしい、花京院が2人を振り返ると承太郎が白鳥の手首を掴んでいるのを見ておどけたように肩をすくめていた。
庭園の中でも一際広い広場のような場所に辿り着き、一行は周辺を見渡す。幸い人の通りはなく、関係のない人々を巻き込んでの戦闘にはならなそうでそこのところは安心ではあるが。
「ここで予言をしてやろう。アヴドゥル」
広場の端と端。ポルナレフとアヴドゥルが対面する。
「きさまはきさま自身のスタンド能力で滅びるだろう……と!!」
ドン!とポルナレフがアヴドゥルを指差し不敵に笑ってみせる。
「アヴドゥル……」
「大丈夫です、ジョースターさん。この広さなら私の能力も存分に発揮できます。心配いりません……他のメンツの手は煩わせません」
ジョセフが隣に並ぼうとするのを、アヴドゥルは片手で制しながらニッと口角を上げてみせた。
彼は強い。能力も、その言葉も。
ポルナレフに視線を移す頃には既にスタンドと共に構えていた。
「ホラ〜〜ッ!!」
先手を取ったのはポルナレフだった。その素早い剣捌きに誰もが息を呑むが、マジシャンズ・レッドはヒョイといとも簡単に避ける。
「どうした!得意の炎は吐かないのか!?それなら俺から行くぜッ!!」
ヒュン!とチャリオッツの剣が閃く。
「ホラホラホラホラァァーーッ!!」
まるで承太郎のラッシュのような連撃。鋭利なレイピアによる刺突である分当たれば蜂の巣である事は明確だ。
「くッ!」
「おっと!」
アヴドゥルは咄嗟に炎で壁を作ろうとするが、チャリオッツはその炎を巻き上げるかのように剣で去なすように掬い上げて捌き、受け流す。
それだけじゃあない。
「あれは……!」
一同の視線の先。そこには今までなかったはずのマジシャンズ・レッドを模した彫刻が出来上がっていた。
「フフン。なかなかこの庭園に馴染んでいるじゃあないか?きさまのスタンドは」
余裕そうにコキコキと首を鳴らすポルナレフ。彼は承太郎の背に隠れながら様子を窺っている白鳥に視線を移す。
「きさまだけじゃあ物足りないな。来なよ、お嬢さん。ハンデくれてやる。二対一だ」
彼は白鳥に向けて手のひらを出し、くいっと指を折り曲げている。
「なっ……!急に何を言い出すッ!」
挑発されている。そう受け取ったアヴドゥルの炎がポルナレフに降りかかる。それを再びポルナレフは剣捌きで霧散させた。
「何って言葉通りだが?理解できないほど切羽詰まっているか?アヴドゥル」
ニヤリと口角を上げながらレイピアの先をアヴドゥルに向け、それをすいっと白鳥の方へ動かす。
「なんのつもりか知らねーが、白鳥を出せと言うなら俺も出るぜ」
ヒュッと息を呑む白鳥を背に隠しながら、承太郎が一歩前に出る。深く刻まれた眉間の皺を見て、ポルナレフはヒュゥ!と口笛を吹き優雅に手を叩いてみせた。
「へえ〜?いいねェ。惚れた女守ろうってか?悪いがどれだけ増えても俺の剣捌きに敵う者はいない。後ろの2人も出てこいよ。まとめて切り刻んでやる」
ポルナレフが更に挑発を吹っ掛けた時には既に承太郎は地面を蹴っていた。
「オラオラオラオラオラオラオラッ!!」
瞬間的に繰り出される物量のある拳のラッシュ。
「エメラルドスプラッシュ!!」
それを援護するかのように後方から飛んでくる緑色の光。
しかしそれを見てもポルナレフは動じていなかった。
「フンッ!甘い甘い甘い甘〜〜いッ!!」
「ぬうッ!?」
あの素早い剣捌きが、スタープラチナの拳を刀身で受け止め跳ね返している。全てをピタァッ…とまるで押し止めるかのように正確に受けている。
「気ぃつけろよ。仲間にも被害が及ぶぜ?花京院クン」
「なッ……!?」
跳ね返したのは拳だけではない。
ハイエロファントの放ったエメラルドスプラッシュの光がこちら側に勢いを増しながら返ってきていた。
「マズいッ!皆彫刻の陰に隠れろッ!!」
銃弾並みの威力がある光は拡散しながら岩や彫刻を削り、穴を開けていく。ガラリ、パラパラと音を立てて形を崩していく岩の音を聞きながら、白鳥は素早くポルナレフの背後へとまわっていく。
「正面突破がだめならッ!」
彼の背後を取り、素早く弓を弾く。それをポルナレフのチャリオッツはいとも容易く弾いた。
「ノンノン。お嬢さん。俺の背後がガラ空きだからとそこに気を巡らせていないワケはあるまいよ」
チッチッチ、と舌を鳴らしてみせる彼だったが、白鳥が別段動揺した様子ではない事にすぐに気が付いた。刹那、ガシッ!と何かがチャリオッツの持つレイピアの刀身に絡み付く。
「掛かったな、ポルナレフ!これを捕えられたら手も足も出ないじゃろう!?」
ジョセフだ。彼のスタンド――
「今じゃ!アヴドゥルッ!!」
名を呼ばれた彼はズォォォ…と気を溜めるかのように腕をゆっくりと動かす。
来る――本気で。
『クロスファイヤー・ハリケーンッ!!』
アヴドゥルの放つ猛炎が巨大なアンクとなってポルナレフに向かっていく。その熱が辺り一体を包み込み、ムアッと広場の気温を上昇させていく。
(やったかッ!?)
たちまち炎に飲み込まれ見えなくなっていく男の姿に誰もがそう息を呑んだ。
「いや……大抵の場合、そう思った時というのは……」
花京院が呟いた刹那、炎の中に一筋の光が閃いた。
「ッ!?ワシのハーミット・パープルが!」
茨の蔦がハラリと地面に落ちる。炎で焼き切れたような焦げはなく、ぷっつりと切断されたかのように見える。
それを認識した直後、モーゼのように切断された炎の渦の隙間から無傷のポルナレフが姿を現した。
「茨を断ち切るなんて造作もない事。この炎も――」
ゴアッ!と炎は再び彼を呑み込もうと取り囲むが、目にも止まらぬ剣捌きが炸裂して最後の一振りがアヴドゥルのマジシャンズ・レッドに向けて降ろされる。
「忘れたか?この剣捌きは空と空の間に溝を作り、炎を弾き飛ばすとッ!!」
ドシュッ!!と至近距離での炎のカウンターが炸裂する。
避けきれない。マジシャンズ・レッドは自身によって繰り出された炎に呑み込まれ鳥人のような姿はたちまち悲鳴と共に炎上し、主であるアヴドゥルもダメージを受けて地面に膝をついた。
「アヴドゥルさんッ!!」
「フハハハッ!!さしずめ焼き鳥だな!その姿ッ!予言の通り自分の炎で焼かれて死ぬのだ、アヴドゥル!!」
それでもマジシャンズ・レッドは再び攻撃を仕掛けようと雄叫びをあげながらチャリオッツに向けて手を伸ばす。
「あーあ、やれやれだ。悪あがきで襲ってくるか!見苦しい!我が剣でとどめを刺してやろうッ」
炎の熱さに悶えるかのように揺らめきながら向かってくるその像にズン!と一閃を走らせる。いとも容易く真っ二つになった像は重力に従って地面に倒れ伏そうとしていた。
「いや……違う。妙な手応えだ。これは……!!」
ぱっくりと割れた像。しかしそれの中身は空洞のように見える。
いや、見えるのではない。
「なにッ!?」
まるで卵から生まれたかのように割れた像の中から猛炎が噴き出し、たちまちにチャリオッツの体を包み込んでいく。
ガシャッと音を立てて崩れた像。それを見届けるとアヴドゥルは何事もなかったかのようにむくりと起き上がった。
「炎で目が眩んだな。今斬ったのは先ほどきさまが得意げに彫った彫刻だ!私の炎は自在だと言ったろう?お前が打ち返した炎が彫刻の関節部をドロドロに溶かし、動かしていたのだ。自分のスタンド能力でやられたのはきさまの方だったようだな!」
割れた彫刻に群がる炎を手を払うような動作で消し、アヴドゥルは再び、今度は本物のマジシャンズ・レッドを出現させる。
「占い師の私に予言で戦おうなどとは、10年早かったようだな?ダメ押しのクロスファイヤー・ハリケーン、改めてくらえッ!」
「な、なッ……!!」
炎に悶えるポルナレフに向けて、再びあの巨大なアンクの形をした猛炎が飛んでいく。なすすべなくまともに受けたポルナレフは悲鳴をあげながら吹っ飛び、岩に身を打ちつけながらその体を炎上させ続けていた。
「あ、あんなのまともに喰らったら火傷どころじゃあないんじゃないですか……!?」
「しかたねー事だ。DIOの配下についたのが運の尽きだな。ありゃあ死ぬだろ」
一度アヴドゥルと対峙した承太郎には分かる。いや、素人目でも助からないのは一目瞭然だ。
アワアワと真っ青になっている白鳥の手首を再び掴み、承太郎はさっさとその場を後にしようと踵を返す。それを合図にするかのように、他の面々も庭園を出ようと踏み出していた。
「どちらにせよ、3ヶ月は立ち上がれんさ。それより早く旅を続けよう。我々には時間がないのだからな」
アヴドゥルの言う通り、ここでいつまでも立ち往生というわけにはいかないし、立ちはだかる者は何であろうと倒して進まなければならない。今回はそれがあの男だったというだけの事である。
「いちいち敵の事なんて考えてる暇はねーぜ。お前も変に情をかけたりしなくていいからな」
「は、はい……」
そうだ。我々の旅はそういうものなのだ。
だが、今まで平穏な日々を過ごしてきた白鳥にとってそれは慣れるのに時間が掛かりそうな事柄である。鎮火したとはいえ、人の体が炎上したのだ。敵であれ心配にはなる。
「……?」
やはりどうしても心配で倒れ伏した男の姿を振り返る。
しかしその指先がピクリと動いたのを見て、白鳥は思わず承太郎に握られている方の腕をグイッと引っ張った。
「ッ、なんだ白鳥。もうポルナレフの事は――」
「いや、生きてる!動いてます!!」
彼女の声に承太郎以外の者も一斉に振り返る。
瞬間、彼の隣で同じように倒れ伏していたチャリオッツの鎧がボンッ!と分解するように勢いよく弾け飛んだ。その衝撃で彼自身の体も空に打ち上げられるかのように高く高く飛んでいく。
「ブラボー!!おお〜、ブラボー!!」
炎上したはずの体に火傷痕は見当たらず、パチリと目をしっかりと開き、薄笑いすら浮かべながら手を叩いている。
その奇妙な光景を承太郎達は唖然としながら見上げる事しかできなかった。