「あれは……!!」
太陽の眩しさに細めた目を凝らしながらよく見れば、チャリオッツがポルナレフの体を支え持ち上げているのが見える。チャリオッツが手を離すと体操選手のようにくるくると宙返りをしてポルナレフは地面に着地した。
「ふっ……呆気にとられているようだがこの状況を説明せずに君達を始末するのは、騎士道に恥じる闇討ちにも等しい行為……どういう事か、説明する時間をくれるかな?」
そんな事を宣うほどに彼は冷静に、かつ余裕そうに顔に笑みを浮かべていた。
しかしよく見るとチャリオッツの姿は先ほどまでと違う。纏っていた甲冑が外されていて、銀色に光るスリムなボディが露わになっている。
第二形態というものだろうか?
「畏れ入る。説明していただこう」
明らかに異質なスタンド。闇雲に戦っても勝機を掴むのら難しいだろう。
アヴドゥルが会釈のように軽く頭を下げると、ポルナレフはチャリオッツを自分のそばに呼び戻した。
「スタンドはさっき分解して消えたわけではない。俺のスタンドには"防御甲冑"がついていた。今、脱ぎ去ったのはそれだ。お前の炎に焼かれたのは甲冑の部分だ……だから俺は軽傷で済んでいるのだ」
コキコキと軽く首の骨を鳴らしながらポルナレフは続ける。
「そして!甲冑を脱ぎ捨てた分身軽になったのだ!俺を持ち上げたスタンドの動きが君らには見えたかね?それほどまでのスピードで動けるようになったのだ!」
甲冑の重みで持ち上げられなかった本体を、空高くまで飛び上がりながら持ち上げられるようになった。
それこそが強みであると言いたいようだが、恐れ入った様子で軽く手を叩くアヴドゥルはさほど動じていないように見えた。
「なるほど……先ほどは甲冑の重さゆえ私の攻撃を喰らったという事か。しかし逆に言えば今のきさまは鎧がない分身を守るプロテクターがないという事だ」
剥き出しのボディ。まるで痩せ細った乞食のようで言ってはなんだがとても打たれ強いようには見えない。アヴドゥルの攻撃を一撃でも喰らえば今度こそひとたまりもないだろう。
「ごもっとも。だが攻撃を当てるのはきさまには無理だね」
「ほう。なぜだ?」
「今から"ゾッ"とする光景をお見せするからだ」
瞬間、ズララァァーーッとチャリオッツの体が増殖し始めた。それは横並びに7、いや8体にまで数を増やしていく。
「なっ……!承太郎先輩、これって!」
「ああ……俺のスタンドには見える。増殖したんじゃあねぇ。高速で移動を繰り返し、残像を生み出している。スタンドの体はひとつきりだ」
ただ、スタープラチナの動きでも捉えきれるか怪しい。そうなれば、アヴドゥルのマジシャンズ・レッドではどれが本物かを見極める事すらもままならない。
「"ゾッ"としたようだな。フフ……視覚ではなくきさまの感覚に訴えかけるスタンドの残像群。きさまの感覚ではこの動きにはついてこれまい」
今のポルナレフは一撃でも喰らえば終わりだが、それは"喰らったら"の話であり"喰らわなければいい"というだけの事だ。単純だがそれゆえに脅威的であり、そしてそれほどまでにスピードが上がったという事は――
「そしてこの剣さばきも避ける事はできないッ!」
何体にも分身したかのような数から放たれる渾身の剣さばき。承太郎のラッシュにも劣らないその手数は文字通り目にも止まらぬ速さでアヴドゥルに襲い掛かる。
「アヴドゥルさんッ!!」
「よすんだ白鳥さんッ!あの手数、僕や君の範囲攻撃でも通用しない!」
思わず駆け出そうとした白鳥の身を花京院が押さえつける。
分身前の剣さばきですら、エメラルドスプラッシュを片手間で弾き返されたのだ。広範囲を攻撃できる2人が束になったところで、数倍にまで手数を増やした相手にそれが通るとは思えない。
現に今クロスファイヤー・ハリケーンを繰り出したアヴドゥルの炎は瞬時に消えた分身を通り抜け地面に大穴を開けるだけに終わり、それと同時に彼の顔にアンク型の傷がブワッと血と共に浮かび上がる。
「くッ……!速い上にこの正確さ!こ、これは相当訓練されたスタンド能力ッ!」
「ワケあって10年近く修行をしていた。さあ、次のきさまの攻撃でとどめを刺してやる」
顔だけじゃあない。膝をつくアヴドゥルの体中から剣撃による傷の出血が滲んでいる。その様子をただ眺める事しかできないのが白鳥にとっては歯痒かったが、ポルナレフのそんな言葉にふと引っ掛かりを感じていた。
「じ、10年……それってちょっと辻褄が合わないような……」
これほどの技量、並大抵の理由ではここまでにはならないはずだ。そしてDIOが復活したというのは4年前と聞いている。
つまり彼はDIOへの忠誠以上の目的があって修行をしていたはずである。
「騎士道精神とやらで手の内を明かしてからの攻撃、礼に失せぬ奴……ゆえにわたしも秘密を明かしてから次の攻撃をさせてもらう」
しこりのようなわだかまりを抱えながらも白鳥はまさに彼と対峙しているアヴドゥルを見つめる。
「実は私のクロスファイヤー・ハリケーンにはいくつかのバリエーションがある。アンクの形の炎だが1体だけではなく分裂させて複数飛ばす事も可能なのだ」
アヴドゥルの纏う服の裾がはためき、再びグワッと気温が上昇する。
「かわせるかッ!クロスファイヤー・ハリケーン・スペシャルッ!!」
熱から炎へ、明瞭な像となって浮かび上がるそれは複数の巨大なアンクとなり、分身したチャリオッツに向けて猛火の如く四方八方に分かれながら突進していく。
「甘いッ!甘いぞアヴドゥルッ!!」
ポルナレフはそれを向かい打つべく分身したスタンドを自身を取り囲むように展開させた。
「どこまでも甘ちゃんなんだよアヴドゥルッ!!」
死角がない。取り囲んだところで弾き返される。
案の定ポルナレフは分身を使って光のような速さで炎のアンクを捌くとそれを己の剣に纏って真正面にいるアヴドゥルに向けてシュピン!と弾いた。
「何倍にも膨れ上がったこの威力のまま弾き返して――ッ!!」
しかし不意に喉に詰まったかのように言葉を止める。
次の瞬間、視界の隅にあった大穴からボッ!と勢いよくアンクの形の火柱が噴き出し、攻撃を弾き返すために前に出ていた残像ごとスタンド本体を焼き尽くさんと一瞬で炎上した。
「言っただろう?クロスファイヤー・ハリケーンは複数飛ばす事も出来る、と。一撃目はこの穴を掘るために放ったのだ。きさまのスタンドに向けられた炎の他に、この穴に潜む炎も存在したのだよ」
スタンドの像は消え去り、ポルナレフの体からも発火して再びその身が炎上している。
今度こそ終わりだ。なにしろ、今度こそあのポルナレフの体はぴくりとも動きやしなかった。
そんなポルナレフのそばに、アヴドゥルは一本の短剣を放って地面に突き刺す。
「炎に焼かれて死ぬのは苦しかろう。その短剣で自害するといい」
くるりと踵を返し承太郎達に合流していくアヴドゥルの背後、ポルナレフはゆっくりと短剣に手を伸ばし地面から抜き、その背中をぐらつく視線の中で捉えていた。
短剣をその背中に投げつけてやろうか。そう思いながら腕を上げかけるが、やがてそれを引っ込めると喉笛に突き立てる。
「自惚れていた……炎なんかに俺の剣さばきが負けるわけないと」
しかしそう独りごちながらナイフをゆっくりと地面に置き、また地面に倒れ伏した。
「このまま潔く焼け死ぬとしよう……それがきみとの闘いに敗れた俺のきみの能力への"礼儀"……自害するのは無礼だな」
DIOからの命令であっても、己の中にある騎士道を曲げる事は出来ない。それが真に彼の信じる道なのだから。
そのままゆっくりと目を伏せ、彼の意識がプツリと切れた瞬間、アヴドゥルは指をパチンと鳴らして彼に纏わりついていた炎を消し去った。
「あくまでも騎士道とやらの礼を失せぬ奴!しかもわたしの背後から短剣を投げなかった!DIOからの命令をも越える誇り高き精神!」
ツカツカと彼に歩み寄り、その額の髪を手で押し退ける。彼の纏っていた奇妙な違和感の正体。そこには花京院に付いていたものと同じ肉の芽がヒクヒクと蠢いていた。
「やっぱりこの人、何かワケがあるんじゃあ……!」
「彼からもDIOの情報が聞けるかもしれないな。ジョジョ、頼む」
「ああ」
アヴドゥルに言われるや、承太郎は花京院にそうしたようにスタープラチナを使って肉の芽の摘出を始めた。
「うええ〜!この触手が気持ち悪いんじゃよなァァ〜っ!肉の芽を早く抜き取れよ、早くッ!」
そんなジョセフの声を聞きながら。
「……と!これで肉の芽がなくなってにくめない奴なったワケじゃな!」
ジャンジャン!
「花京院、オメーこういうダジャレ言う奴ってよォ、ムショーに腹が立ってこねーか!」
「…………」