星見る鳥の夢   作:斎草

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星から見た鳥

 

 ジョセフがチャーターした船が到着したのは陽が落ちてからの事だった。

 敵のスタンド使いに狙われている以上、視界の悪い中、しかも海上となると、船員の安全まで確保する事はできない。加えてポルナレフの事もあるので、今日のところはホテルに宿泊する事となった。

 

「白鳥くん。1人で心細いかと思うが……何かあったらすぐ呼びなさい」

 そう言ってジョセフから渡されたキー。部屋割りはジョセフとアヴドゥルとポルナレフ、承太郎と花京院、そして1人部屋に白鳥、という風になっていた。

 キーをぷらぷらと弄ぶように揺らし、ばふっと座った姿勢からベッドに倒れ込む。

「配慮してくれるのはありがたいんだけど……配慮しすぎでは」

 柔らかくて広いベッド。広い部屋は窓から海が見える。ソファやテーブルまで置いてあってどう考えても1人用の部屋ではない。

 聞いてはいたが、ジョセフ・ジョースターは本物の金持ちだ。だからって羽振りが良すぎて畏れ多すぎる。

「どーしよ〜、落ち着かないよハントレス〜……」

 思わず己のスタンドを呼び出しながらごろごろと悶えてしまう。そんな主の姿を見て、スタンドもさすがに困っている様子だった。

「喉渇いた……」

 むく、と起き上がるとキーを握りしめながら唐突に部屋の外へ繰り出す。しっかりと鍵を締めたのを確認し、自販機の置いてあったロビーへ向かおうと踵を返したその視界が映したのは廊下ではなかった。

「あ、っと……承太郎先輩」

 近くで見ると圧迫されそうなほどの大柄な体躯。首が痛くなるほどに見上げてみれば、そこにいたのはやはり空条承太郎だった。

「どこか行くのか」

 そう言う承太郎も自販機で飲み物を買ってきた帰りだったらしい。缶コーラが手に握られていたが、なぜか彼が持つと小さく見える。

「あ、はい。飲み物買おうかと思って。……あ、でも……外に出て買い物もしたいですね」

 飛行機で寝泊まりして、目が覚めたらエジプトだと思っていたために荷物は最小限にしか用意してこなかった。何かと物入りになりそうな予感がする旅で、備えはあって良いはずだ。エジプトに向かうまでにしっかり買い物ができる町に行ける機会がどれくらいあるかもわからない。

 承太郎は興味なさげに「ふーん……」と息を漏らしながらコーラを開けて一口飲んでいたが、やがて元来た道を戻るように踵を返すと1人で歩き始める。

「もう外も暗い。ついてってやるよ。お前1人じゃあ危なっかしい」

 明日の朝、店が開く頃にはもう自分達は海の上だ。今ならまだ店も開いている時間だろう。

「え、あ、はい……あ、ちょっと!待ってくださいよ!」

 そんな承太郎をぽかんと見つめていた白鳥だったが、行くと言ったのは自分なのに先にヌシヌシ歩いていってしまう承太郎の広い背中を追いかけ駆け出していった。

 

 街頭の灯りと光る看板で満たされた道を2人で歩く。

 異国の街並み、馴染みのない景色をうろうろと視線を行ったり来たりさせながら歩く白鳥を承太郎は横目にしながら歩みを進めていた。

 

 ――白鳥葵。

 彼女に初めて注目したのは、実はあの日――ゴロツキに襲われていたあの日――ではない。

 白鳥が所属する弓道部の地区大会をたまたま見学する機会があって、その時に初めて彼女を見かけたのだ。

「あの1年の白鳥って子、前の中学では主将だったらしいよ」

「マジ?強豪?」

「そこまではわからん」

 前の席にいた人達の話を聞きながら、今まさに矢を射る構えをしている白鳥に目を向けた。

「…………」

 弓の弦のように凛と張り詰めた表情。的を見据える真っ直ぐな瞳。美しい立ち姿。

 まるで"白鳥"の名をそのまま体現するかのような出で立ち。

(白鳥……)

 スパッと矢を射る音で、承太郎は目が醒めるかのようにハッと頭を上げた。

(…………)

 

「……先輩、承太郎先輩!」

「……ン?」

 その時の情景をふと思い出しながら目を伏せていたが、白鳥の声と学ランの袖を引っ張る感触で意識がこちらに戻ってきた。

「何度も呼んでるのに……私、ここで買い物したいです」

 視線を下にさげると困ったように眉を下げながら己を見つめ、ちょうど脇にあるドラッグストアを指差す白鳥の姿。

「ああ……そうか」

 なんとも味気ない返事をしながら彼女と共に入店する。彼女は見慣れない文字に悪戦苦闘しながらも所狭しと並んだ棚を行ったり来たりしていて、承太郎はそれに逐一ついていった。

「あ、あったあった……衛生用品、絶対必要ですよね」

「まあ……そうだな」

 手に持ったカゴに絆創膏や包帯、消毒液なんかをポイポイ放っていくのをぼんやりと眺める。

 

 己が白鳥葵に抱くこの感情はなんだろうか。

 大会の日に見たその時から、無意識に一目置いている場面が多いような気がしてくる。

 通学路でも、彼女をよく見かけたものだ。取り巻きに囲まれてなかなか思うように動けないが、彼女がその友人と共に己を見ていたのを知っている。

 彼女がゴロツキに襲われていたあの日の事は偶然だったが、結果的に彼女を助けられて、しかも同じスタンド使いだと知れて、今日がほんの少しだけいい日に思えたものだ。

 

「先輩、大丈夫ですか?なんかボーッとしてません?」

「……ン」

 棚の前でしゃがみ込んだ白鳥が、ポケットティッシュを手に持ちながら不思議そうに見上げてくる。

 こんな風に共に歩き、気軽に話すような日が来るとは思わなかった。はじめは彼女だってあんなに緊張しながら己と接していたというのに、今やこんなに距離が近い。

「もう、やっぱり承太郎先輩も疲れてるんじゃあないですか?無理してついてこなくてもよかったのに……」

「いや。やはり女の夜の一人歩きは心配だ。ましてや今の状況じゃあ、2人で行動するのは理に適ってるはずだぜ」

 一緒になってしゃがみ込みながら、ちょうどいいところに置いてあった綿棒のケースを摘んでカゴに放る。

 実際、DIOからの刺客に狙われながらの旅になる。1人で行動しているところを奇襲してくる奴だっていてもおかしくはない。

 白鳥もそこに考えが行き着いたのか「確かにそうかも……」と改める。

「本当はじじいも、お前を1人部屋にするのは心苦しいだろうよ」

 ホテルのチェックインの手続きの際、ジョセフが部屋割りの事でうんうん長い間唸っていたのは記憶に新しすぎる。結局レディーへの配慮とやらで白鳥を1人にする事を選んだようだが、ジョセフをはじめ他のメンツも心配である事は明確である。それはもちろん承太郎も同じであった。

(こいつが男だったらこうはならなかっただろうか)

 この悩み事も、己の中に芽吹きつつある感情も。

 それでもあの日見た張り詰めた弓と共にある姿が思い浮かんで、きゅっと奥底で疼くのを止められなかった。

「それなら、花京院先輩に頼みましょうよ」

 その声とおもむろに伸ばされた手で意識がこちらに戻ってくる。こちらに伸びてきた白鳥の手は手持ち無沙汰だったらしい承太郎が弄んでいた綿棒のケースを掴み、ふたつはいらないとばかりに棚に戻した。

「花京院先輩のハイエロファントなら、触手を張り巡らせて鳴子のような罠を作れるんじゃあないですか?」

「なるほどな……俺たちの部屋は隣同士。ハイエロファントなら余裕で射程圏内か」

 蜘蛛の巣のように部屋に張り巡らされた触手に敵が触れれば花京院は飛び起きるだろうし、承太郎を起こして隣の部屋に駆けつけるなんて造作もない事だ。

 しかし睡眠中でもスタンド能力は使えるものだろうか?

「早速帰って花京院に提案してみよう」

 やってみない事には分からない。だがこれが成功すればこれからも活用できる。

「はい!あ、じゃあこれのお会計よろしくお願いします」

 2人揃って立ち上がったと同時に押し付けられたカゴ。承太郎は思わず受け取りながらそれに目を向けてぱちぱちと瞬いた後、顔を上げて既に違う棚に移動しようとしている白鳥を見る。

「おい、待て。お前が会計すればいいだろう」

 自分でもわかるほどに眉間に濃く皺を寄せながらカゴをがさがさゆすってみせれば、彼女はくるりと振り返ってレジを指差していた。

「私、まだ買うものあるので。とりあえずそれお願いします」

「それもまとめて買えばいいだろう」

 なぜ分けて買う必要があるのだろうか。それに納得がいかず、またカゴを押し付けられた事にもイライラが募っていく。

 すると彼女は一転して頬をほんのりと赤く染めながら視線を逸らし、もじもじとスカートの裾を指先でいじり始める。

 そんな様子にガラにもなく息を呑んでしまえば、続く言葉がどんなものか容易に想像できてしまう。

「その……じゃあ、一緒に選んでくれますか……?私の、し、した……」

「いい。もうわかった。わかったから買ってきやがれ」

 言わせるほどバカでもない。承太郎は帽子の鍔をグッと下げながらレジの方へヌシヌシ歩き始める。

 ドラッグストアなんかに女性用の下着が売ってるはずもないが、この時の承太郎はそこまで気が回っていなかった。

 

 先に会計を済ませ店の外で待っていると、少し遅れて白鳥がやっと合流してきた。

「欲しい物は買えたか?」

「はい、おかげさまで。ありがとうございます」

 互いに紙袋を抱えながら来た道を辿る。そのさなかに己が会計をした袋の中からクッキーの袋を取り出し、隣の白鳥に渡した。

「先輩……私餌付け動物じゃあないんですよ?」

「嫌いか?」

「……好きですけど」

 ジトッとした目で見つめられるが、一応は「ありがとうございます」と受け取ってくれるその姿が堪らず顔を綻ばせる。

「白鳥。中学の時、弓道部の主将だったというのは本当か?」

 むくれながらクッキーの袋をしまい込む彼女に、ずっと前から疑問だった事を問い掛けてみれば、彼女はパッと顔を上げて意外そうに目を見張りながらこちらを見上げてきた。

「えっ、なんで知ってるんですか?」

「たまたまだ、たまたま。教室で弓道部の部長が話してたのを聞いた事があってな」

 実際には違うが、この程度は誤差だろう。それに弓道部の部長(今は引退済みだが)と同じクラスである事は嘘ではない。

「まあ……はい。主将やらせていただいてました。そんなに有名なところではなかったですけどね」

 弓道は幼い頃からずっとやっていた。だから高校に入学した時も真っ先に弓道部に入り、部活に勤しんでいた。だがまだ一年生である己には主将という肩書きはない。完全に過去の事であった。元部長もそんな白鳥に対して過度にプレッシャーを与えないように接してくれていたのを覚えている。

「ほう……ならそのスタンド能力は真に才能、というワケか」

 ハントレスの姿を思い出しながら、承太郎は納得するように頷いていた。

 白鳥は喧嘩とは無縁の生活を送っていたにも関わらず、そのスタンドは人の口の中、喉元に近いような小さな的であっても命中率が高い。いくら弓道部といえど、そこまで正確にというのは一発勝負では難しいのではないだろうか。

 先ほど戦ったポルナレフが10年修行を積んであの域に達したのであれば、あの命中率は白鳥葵の才能と実力が成せる技、と言っても差し支えないだろう。

「さすが主将、だな」

「もう、あんまりからかわないでくださいよ〜」

 彼女はそう言いながら照れくさそうに頬を染めながらそこを掻いていた。からかっているのではなく本当にそう思っているから言ったのだが、今まであまり見なかったその表情を己だけが今見ているという状況は悪い気はしなかった。

 

 

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