星見る鳥の夢   作:斎草

16 / 54
密航者

 

 みゃあみゃあと海猫が空を舞う。

 甲板では各々が自由に過ごしているくらい、船旅は順調だった。承太郎と花京院は置いてあったビーチチェアで寛いでいるし、ポルナレフも手すりにもたれかかりながら海を眺めている。ジョセフとアヴドゥルはテーブルに地図を広げながら次の進路を細かく調整しているようだった。

 

 白鳥葵も海をしばらく眺めていたが、ふと3日間世話になるこの船の事を何も知らないのを思い出して船の中へと歩みを進めた。

「わあ……船の中ってこうなってるんだ……」

 たった6人のための船にしては広い船内をぐるりと見回す。長い廊下に客室がいくつか存在し、6人全員で個室を取ってもまだ余るほど部屋があった。その客室も豪華なもので、ベッドはもちろん個室のトイレやシャワー室まで備え付けてある。

 本当にジョセフ・ジョースターという爺はとんでもない金持ちだ。もはやどんな感情なのかもわからないため息しか出てこない。

「厨房まであるんですけど……」

 簡易的だが一通りの料理はできそうだ。厨房の中も調べてみると、冷蔵庫の中にはしっかり食料も積まれていた。

「他に見られそうな場所はあるかな」

 しかし見ていくうちに冒険心が湧いてきてしまい、いつのまにか意気揚々と廊下を歩んでいく白鳥葵がそこにいた。鍵が締まっているところはさすがに見られなかったが、他にも船員専用の部屋や船長室も発見してだんだんと好奇心がそそられていく。

「ここは……倉庫かな」

 下へ続く階段を降りていくと、ダンボールが所狭しと並んだ部屋にたどり着いた。封の開いたダンボールから覗いたのは衛生用品で、わざわざ香港で買い込んだのは杞憂だったのかもしれないと1人苦笑いを溢す。

 

「でも、承太郎先輩と買い物をしたのはちょっと楽しかったかも……」

 昨晩の買い物。あの空条承太郎と、しかも異国の街で。

 この1週間とちょっとの間に普通に会話ができるような仲になるとは思わなかった。相変わらず威圧感はあるが、話してみると案外普通なような気がする。まだ詳しく知らない間柄の頃は、遠巻きに見ていても響くくらい凄みのある怒鳴り声しか聞いた事がなかったのに。

(そういえば私、あんまり吠えられた事ないな……)

 先輩や、今朝写真を頼んできた女性たちには「やかましいッ!」と一蹴していたはずなのに、なぜか白鳥にはそれがない。それどころか白鳥と話す時、どこか声音が優しく感じるのだ。それに、敵と遭遇した時には必ず背に隠して守るように立ち回る癖がある。

(信頼されてきた、って事なのかな……)

 しかしどうも腑に落ちない。どうしてかは分からないが、喉に張り付いた魚の小骨のように何かが引っ掛かる。

 

「……?」

 そんな気持ち悪さと少しの間葛藤していたが、しんとした倉庫内に静かに響く音が耳に入ってきて考えるのを一旦やめ音を聞こうと意識を集中させた。穏やかな呼吸音のようなそれの元をたどり、倉庫の隅へとゆっくり音を立てないように慎重に歩みを進め、発生源らしきダンボールの陰をそっとしゃがんで覗き込む。

「……!」

 目にしたものにヒュッと息を呑むが、今一度よく確認しようと再度覗いてみた。

「……男の子だ」

 リュックを抱え込み、すやすやと穏やかな寝息を立てる少年。

 まさか自分達以外にも人が乗っているとは思わずしっかり驚いてしまったが、どこからいつ乗ってきたのだろうか?

 それに、こういうのは所謂"密航"というやつではないのか。

(ど、どうしよう……知らせるべきなのかしら。でもまだ子供だし……)

 何か事情があって昨晩のうちから乗り込んでいたのかもしれない。それにこんな子供を突き出すなんて、純粋に心が痛む。

「う、ううん……」

 白鳥がこの少年をどうするべきか心の中で唸りながら考えていると、少年が静かな呻き声を上げながらゆったりと身じろぎ、目覚めるように瞼を開けていく。

「「あ…………」」

 かちりと2人の目が合う。そのまま少しの間瞬いたが、状況を理解した少年の顔色がサーッと青ざめていった。

「ワーーーッ!!違うッ!違う違う違うッ!違うんだッ!」

「えっ、ええッ!?」

 青ざめながらあたふたと慌ててザッと白鳥から離れようとした少年は、そのままゴンッ!と勢いよく壁にぶつかって体をよろめかせ、その拍子に被っていた帽子が床に落ちた。

「……!!」

 しかし、その下にあった頭髪は想像していたものとは全く違っていた。

 背中まである黒く長い髪。体もよく見ると胸の辺りが少し膨らんでいるようにも見え、顔立ちもどちらかというと少女に近い。

「お、女の子……!?」

「な……なんだよッ!悪いかよッ!女だとナメられるからこうしてるんだッ!」

 少年――いや、少女は慌てて帽子を拾い上げ被り直そうとするが、ひどく動揺しているようで上手く髪を中に仕舞えていない。「あれ?あれれ……?」と悪戦苦闘している姿を白鳥は暫しおろおろと見つめていたが、だんだんその姿が可愛らしく見えて思わず静かな笑い声を溢してしまっていた。

「なっ!なに笑ってんだ!」

「ふふ……!ごめんね、つい……」

 白鳥はくすくす笑いながら少女に近寄り、その手から帽子を取って買ったばかりの携帯用の櫛を彼女の髪にあてて軽く梳く。

「せっかく綺麗な髪なんだから、このままの方が可愛いよ?」

 ね?と整えた髪を優しく撫でてやると、少女は蒸気でも出そうなほどに顔を真っ赤にして白鳥から一歩飛び退くように距離を取った。

「か、可愛いとかッ!違うからッ!言っただろ、ナメられるからこーしてるんだってさぁッ!」

 バカなんじゃあないの!?とキャンキャン仔犬のように吠えている姿はやはりどこか可愛らしさが勝ってしまっていて、微笑ましく思いながらも彼女をどう鎮めるか、白鳥は心の中で唸る思いで悩んでいた。

 

「白鳥、騒がしいがどうし――」

 そこに白鳥を探しに来たのかヌシヌシと承太郎が倉庫に入ってくるが、不意に言葉を切ってぴたりと動きを止めた。――少女を見据えながら。

「……おい。なんだこのチチくせーガキは」

「チ……!?はあ!?」

 途端に眉間に皺を刻む承太郎と、突然現れた巨体に肩を揺らしながらも果敢に立ち向かおうとする少女。その間で白鳥は再びおろおろと双方を諌めようとしながらも視線を彷徨わせていた。

「やれやれだ……こいつは"密航"ってヤツじゃあねーのか?白鳥もなに呑気してやがる。早いとこ突き出さねーと」

「けど、相手はまだ子供じゃあないですか……それも女の子ですよ?」

 承太郎の矛先が自分に向いて肩を跳ねさせる白鳥だったが、少女を背に隠すように立ち回ってみせる。しかし彼は呆れたようにため息を吐いてから彼女を睨み付けた。

「だからどうした?敵が全員コワモテの男だとでも思ってるのか?」

「そ、それは…………」

 痛いところを突かれたか言い淀む彼女の隙をつき、その背後にいる少女の腕を引っ張って素早く米俵のように担ぎ上げる。

「お前はまだそういうトコが甘めーんだよ。とにかくこいつはじじい達に判断つけてもらう」

 少女が「離せ!離せよッ!」とポコポコ背中を叩くのもモノともせずに承太郎はまたヌシヌシと来た道を戻っていく。

 彼の言った事は尤もだ。見た目で判断して油断して、先ほど庇おうと背に隠した時、もしかしたら彼女のスタンドで背後から攻撃を仕掛けられたかもしれない。

 自分たちの旅はそういう旅なのだ。だからこの船には仲間たちと身辺調査を念入りに行った少数の船員しかいない。身元の確認の取れない人間なんて、たとえ赤子だろうと気を許してはいけないのに。

「ま、待ってください、承太郎先輩!」

 それでもこの少女は違う気がして、止まってくれないのは分かっていながらも白鳥はだいぶ先に行ってしまったその背中に呼びかけ小走りで後を追った。

 

「フムゥ……まさか密航者がいたとはな。しかもまだ子供ときたか……」

 相変わらず天気のいい甲板。しかしその場の空気は少しだけ重苦しく感じた。

 事の顛末を聞いたジョセフもまた少女を見据えながら唸っている。船の点検は船員たちに任せていたので安心しきっていたが、思わぬ落とし穴だった。

「密航となると立派な犯罪ですからね……やはり海上警察に突き出すしかないのでは」

「それに、この女の子が敵のスタンド使いである可能性も全くないわけじゃあない……」

 シンガポールに到着次第、警察に彼女を引き渡す。しかしその間、今は白鳥の背に隠れたまま出てこない彼女が果たしておとなしくしてくれるだろうか?

 花京院とアヴドゥルもあらゆる懸念を考慮しながら案を絞り出す。

「そ、そんな……この子は敵なんかじゃあないですよ!なにか別の理由があってここまで来たんじゃあ……」

「そ、そーだそーだ!あたしはシンガポールにいる父ちゃんに会いたいだけなんだ!だから警察だけは勘弁してくれよぉ〜ッ」

 白鳥が反論すると少女もまた及び腰ながらも主張し始める。

 これが一番の困り事だった。

「けどよォ、白鳥お嬢さんよ。こいつが敵じゃあないってどうしてわかる?見るからにあやし〜ぜ、親父がシンガポールにいるってのも確証がねえしよ」

「白鳥くんの気持ちはわしも分かっているつもりじゃよ?わしもこんな年端のいかない子供を疑うなんて事は、出来ればしたくなかったんじゃが……」

 敵はポルナレフのような強い正義感を持つ相手ですら意のままに操ってしまうような輩なのだ。今はどんな相手であろうと油断はできない。それなのに白鳥は少女をずっと庇っていて一歩も譲らないつもりでいるらしい。これにはポルナレフやジョセフも唸り声をあげる始末だった。

「白鳥。いい加減にしねーとテメーも船から引きずりおろすぜ」

 さすがの承太郎も痺れを切らし、威圧感を伴う鋭い眼光を向けながら白鳥を見下ろしていた。

「承太郎ッ!それは言い過ぎじゃあ……」

「そうかな?こうまでするなら覚悟はあるんだろう?なあ……白鳥」

 一歩、また一歩と、ジョセフの静止の声を振り切るかのように承太郎は白鳥と距離を詰める。彼女もまたそれに合わせて後退り、甲板の手すりにまで追い詰められたが、ジッとその冷たい瞳を見つめていた。

「あります。この子が本当に敵のスタンド使いなら、私はとっくにあの倉庫でやられてます」

 自分が敵なら、相手が1人でいる間に既に攻撃を仕掛けているはずだ。それをこの少女はしてこなかった。それどころか、"ナメられるから"というどうでもいい理由から必死で少年の装いを直そうとしていた。だから今ここで自分が無傷でいる事が何よりの証明だと白鳥は思っている。

 しかし承太郎もこれから何が起こるか分からない旅で、たとえ子供であろうと素性の分からない人間を彼女のそばに置いておきたくないのだ。もしかしたらこの少女は、敢えて弱いフリをして彼女に取り入ろうとしているのかもしれない。

 2人の譲れない思いが視線の間でバチバチに火花を散らしている。これにはジョセフ達も、そして少女もごくりと固唾を飲み込み様子を見る事しかできなかった。

 

 だから、そこに近付く影に気が付かなかった。

 

「ッ!!」

 それは一瞬の事だった。

 突然手すりの向こうの海から鱗の生えた水掻きのある大きな手が素早く伸び、声を上げる間もなくドボン!と白鳥と少女を海の中へ連れ去っていったのだ。突然の出来事にその場にいた誰もが唖然としたまま立ち尽くしていたが、反射なのか承太郎は手すりを乗り越えていち早く2人が連れ去られた海へと飛び込む。

「白鳥ッ!!」

 ――叫ぶように、その名を呼びながら。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。