星見る鳥の夢   作:斎草

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占い師の見解

 

 何の準備もなしに連れ去られた海の中。

 呼吸もできない苦しさと、何かに引っ張られながら急速に底へと向かっていく気持ち悪さ。

 腕の辺りを何かに掴まれている。しかし、腰に巻きついた感触は一緒に引き摺り込まれた少女のものだった。

「……!!」

 白鳥は力任せに少女の腕を振り払い、水面の方へ向かって投げる。少女は必死でもがきながら白鳥に手を伸ばしていたが、白鳥はハントレスを出現させるとその像に弓を弾かせる。

「……ッ!?……!?」

 矢を少女の着ているオーバーオールに引っ掛け、そのまま海面に向かって真っ直ぐに矢は少女を連れて行ってくれた。

 

 今の白鳥葵には、それが精一杯だった。

 

 ―――

 

 晴れ渡る空とは対照的な深く吸い込まれそうな暗い海中。

 承太郎がそこに飛び込んですぐに何かが腰の辺りに巻きついてきた。

『ジョジョ!白鳥さん達を見つけたら合図してくれ。ハイエロファントできみごと引き上げる!』

 花京院のハイエロファントの触手。それを伝うかのように彼の声が頭の中に直接響いてきて、スタンドを通しての会話もできるのかと素直に感心した。

『わかった。頼む』

 スタープラチナを出現させ触手に触れながら頭の中で相槌を打つ。これで伝わっているのだろうか。いや、確かめるのは白鳥達を引き上げてからだ。

 承太郎が改めて深い海へと向き直ると、それとすれ違うように何かが急速に海面へと上がっていくのが見えた。

(……!あれは!さっきのガキ!……と、白鳥の矢か!?)

 白鳥が庇っていた少女。その小さな体は服に引っ掛かっている青く光る矢によって海面へと導かれているようだった。

『花京院!ガキが海面へ上がってきている!』

『わかった!』

 様子からして少女は自分がどういう原理で海面へ向かっているのか分かっていないようだ。――という事は、あの少女はスタンド使いではない。

(……やれやれだ)

 承太郎は再び暗い水底へと向き直ると、スタープラチナのパワーで豪快かつ素早く潜水し始めた。

 先ほど少女が来た方向。微かに青い光が見える。そこに向かって潜り続け、ようやく白鳥の輪郭を捉えた。

『白鳥ッ!』

 呼び掛けてみるが、返事はない。しかし彼女が持つ矢は承太郎を誘導するかのように青く輝いていた。

(俺が来ると、いや……誰が来ても分かるように、か)

 冷えきった白鳥の体を片腕で抱くと、彼女が持っていた矢は役目を果たしたかのように消えてしまった。

 早く花京院に合図を送らなければ。

(…………ッ!?)

 命綱のように巻かれた触手に触れようとした時、何かがすぐそこで光ったように見えて思わず目を見張った。

 それは幻覚などではなく、まるで海底でもギラつくような光を纏う眼のようで、それを持つものの輪郭が薄らと浮かび上がってくる。

 大きな水掻きを持つ手。飢えた魚のような瞳。サメほどはありそうな体躯。

(あれが白鳥達を襲ったスタンドかッ!)

 承太郎はそう直感した。同時に今ここでカタをつけてやりたいとも思った。

 しかし。

(いや……今は白鳥が優先だ!)

 己の腕の中にいる白鳥は既に意識がなく、一刻を争う状態だ。敵はすぐ目の前にいる――が、彼女をここで死なせるわけにはいかない。

『花京院!白鳥を見つけた!すぐに引き上げろ!』

『ああ!』

 敵のシルエットが完全に浮かび上がる前に花京院に呼び掛け、素早くそこから離脱する。急速に海中を進み、ぽーん!と釣り上げられたかのように海面から脱出し甲板へと戻ってこれた。

 

「白鳥ッ!!」

「白鳥くんッ!!」

「ねーちゃんッ!!」

 用意されていた毛布の上に白鳥を寝かせてやったが、呼び掛けてもぐったりしていて応答する気配はない。

「こういう時は確か、人工呼吸ですが……」

 短く咳払いしながら言い淀むように花京院がぼそりと口にした刹那、承太郎は素早く白鳥の頭部を逸らして気道を確保した後、躊躇う事なく彼女の口に己の口を押し当てた。

「ジ、ジョジョーッ!!」

 まるで今までのじれったさを無に帰すかのようなワンシーン。この間僅か1分にも満たない。花京院とポルナレフは勿論、アヴドゥルまで綺麗に声が重なり、ジョセフに至っては「オーノーッ!」と両頬に手を当てている始末である。ちなみに少女は無言で顔を真っ赤にさせていた。

「やかましいッ!人工呼吸が必要だと言ったのはテメーらだろーがッ!」

 尤も、花京院に言われるまでもなくそうするつもりだった。彼らが何を考えているかなんて手に取るように分かってしまうのだが、生憎と躊躇っている時間なんてない。

 そうしなければ白鳥が助からないのなら、唇のひとつやふたつくれてやって構わない。

「ゲホッ、ケホッケホッ……」

「!!」

 その視界の隅で咳き込むような声が聞こえ、誰もが反射的に振り向いてその姿を確かめる。

「……あぁ……えっと……?」

 横たえていた身を起こし、皆の視線を一身に浴びながらきょとんとしている白鳥に、承太郎は今一度向き直る。

「よォ。具合はどうだ?なんともないか?」

 頬に張り付いた髪を指先で退けてやり、じっとその瞳を覗き込む双眸にはつい先ほどまでの冷たさはもうなくなっており、いつも通りの空条承太郎だった。

「あ……はい。おかげさまで……?」

 いまいち状況を把握できていないのか、いまだに不思議そうな表情を浮かべている白鳥を見て、一同は「よかったよかった」と頷きあっていたのだった。

 

 

 ***

 

 

 客室に備えてあったシャワールーム。

 蒸気の立ち込めるその中で、白鳥は冷たい海水に投げ出された体を洗い流していた。

 髪も体も綺麗に洗い流し、上から降ってくるシャワーのちょうどいい水温に気持ちよさそうに目を細める。

 

 ジョセフ達の勧めで白鳥は客室で少しの間休む事になった。少女についてはまだ身元の確認が取れていないので承太郎達が監督を続けているらしい。

 

「ふう〜……」

 シャワールームから出て念入りに体の水滴を拭ってから、脱衣所に置いた着替えに袖を通す。

「たまにはこういうのもいいかも……」

 積んであった荷物の中から見つけた着替えはシンプルな白いTシャツに黒いハーフパンツという学校の体操着のようなラフなものだった。男性用なのか彼女には少し大きめだが、制服が乾くまでの着替えとして使うには申し分ない。

「白鳥くん、ゆっくり体を洗い流す事ができたかな?」

 敵のスタンド使いもいる中、1人で別の場所に居させるわけにもいかない。客室にはアヴドゥルも同行し、彼はテーブルのすぐそばにあった椅子に座って白鳥を待っていたようだった。

「はい、おかげさまで……アヴドゥルさんは何をしていたんですか?」

 アヴドゥルがいるテーブルに広げられた数十枚はありそうなカード。彼はそれをかき集めると、白鳥に向かいの椅子に座るよう促した。

「タロットカード占いさ。以前も話したが、エジプトの市場で占いの店をしていてね。よければきみの事もなにか占おうか?」

「いいんですか?あ、でも何を占ってもらえば……」

 慣れた手つきでカードをシャッフルするアヴドゥルの提案に、白鳥は俄然興味を示したようで瞳を輝かせていた。その様子を見ただけで表情が綻ぶ。

「なぁに、そんなに悩まなくてもいい。これから先のきみの成長の事とか、たとえば……恋の事とか」

 実際のところ、承太郎からの彼女への気持ちは分かりやすいほどに周知の事であるが、彼女が承太郎の事をどう思っているのかはいまだに分からない部分が多い。普段ならあまり気にしない事柄だが、これから先の旅で彼らがどうなっていくのか少し興味はある。

 しかし当の彼女はきょとんと目を丸めていた。

「恋……ですか?」

「……?ああ、いや……きみもそういう年頃だしなと思って」

 ――何人もの人間を占ってきた己にはわかる。あれは本当に何も知らない顔だ。

(まさか……1ミリも気付いていない、だと!?あんなに分かりやすいのにッ!?)

 咄嗟に取り繕ってしまったが、アヴドゥルは内心信じられない!と表情が引き攣ってしまっていた。それと同時に承太郎への同情の念も抱いてしまう。

(ジョジョ……きみの恋はかなりの難航を強いられそうだ……)

 このように。

 

(アヴドゥルさん、どうしたんだろう……具合悪いのかな)

 一方、白鳥は白鳥でアヴドゥルが急に眉間を押さえて俯いてしまったのでおろおろと密かに慌てていた。

「アヴドゥルさん、大丈夫ですか?船酔いの薬ありますよ?」

「いや……違う、違うんだ白鳥くん。大丈夫さ」

 はは、と苦笑いを溢しながら顔を上げるアヴドゥル。確かに顔色自体はそんなに悪い感じではなさそうだ。その様子を見て「よかった……」と少しホッとした心地になりながら椅子に腰を落ち着ける。

 

「ううーん、でもせっかく本職の占い師さんに占ってもらえますし、なにか……」

 話題を戻したはいいが、いざ占いたい事を考えてみると案外思い浮かばないものだ。というのも、普段己がそういった事に疎いからなのかもしれないが。

 ここに友人がいたら、間違いなく空条承太郎の事を訊くのだろうが――

「……あ。じゃあ、承太郎先輩が私の事をどう思ってるのか知りたいです」

 空条承太郎。彼の事を思い浮かべ、気付けばそう言葉が滑り落ちていた。

「ジョジョの事かい?どう思っている、というのは具体的には?」

 心なしかアヴドゥルがそわそわし始めたように感じたが、これまた白鳥は「うーん」と唸る。

「……ええと。じゃあ、承太郎先輩は私の事好きですかね?好き、っていうか……仲良くなれてますか……?」

 これは白鳥も実際気になっていた事だ。

 初めて話した時から彼は自分には吠えてこないし、自分の事を守ってくれているかのようだった。からかわれたりもするが、それは承太郎にとってはどんな気持ちからくるものなのだろうか?

 

「オーケー!占ってみようじゃあないか!」

 アヴドゥルは心なしか嬉しそうにパチン!と指を鳴らしてから再びカードをシャッフルし、山にしたものをテーブルクロスの上で無造作にかき混ぜる。

「よし!やり方はとても簡単でシンプルな大アルカナのみのワンオラクルにしよう。白鳥くんは先ほどの質問内容を思い浮かべながらこの中から1枚選び、左右どちらかで捲ってくれ」

 再びカードを山にした後きっちりと2列に並べ、白鳥に促した。

 タロットカードの大アルカナ。22枚からなるそれは1枚ずつに意味がある。そこから暗示される答えを読み解く――それがタロット占いだ。中でも"ワンオラクル"は直感で1枚を選び取るゆえに、はっきりとした意味を導きやすい。

 言われた通り白鳥はじっとカードを見つめた後、2列目の右端から2番目のものをパラッと捲る。

「ム!"ストレングス"、力のカード……の、正位置か」

 STRENGTH――白いワンピースを纏った乙女に寄り添う獅子が描かれたカード。

「どんな意味なんですか?」

 タロットカード、という名は聞いた事があっても馴染みがあまりないものに白鳥も興味津々な様子でそわそわしている。それを見てアヴドゥルは純粋に"年相応で可愛らしい"、そう感じて自然と口角が上がった。

「"力"のカードは意志や信念、強い精神力など……とても力強い意味を持つカードだ。まさしくその名の通りにね」

「前向きなカードなんですね」

「ああ、そうさ。そして"ジョジョが白鳥くんの事をどう思っているか、仲良くなれているか"という質問の答えとしては……彼はきみの事をとても信頼し、尊重しているようだね。意志の強さゆえに、少しばかり過保護な面もあるが……」

 彼女のピンチに自らの危険も顧みずに真っ先に海に飛び込み、意識がないと分かればすぐさま人工呼吸の処置を施せる。先ほどのケンカまがいなやり取りも、承太郎の白鳥を守りたいという気持ちがどうしても先行してしまったがゆえの事だろう。

 アヴドゥルから見ても、承太郎は白鳥に対して甘い――というよりは彼女の事を考え、気持ちを理解し、その上で彼女のそばについているようにも感じている。

 だからこそ承太郎は白鳥がこの旅に同行する事に、唯一最初から同意していたのだ。

「彼は彼なりにきみに歩み寄ろうとしていると思う。ならば次は、きみから彼に歩み寄ってみるのもいいんじゃあないかな?」

 これは占いの結果などは関係なく、アヴドゥル自身もそう思っている。承太郎からのアプローチは何度も目撃しているが、白鳥からは元の性格や印象もあるのかあまり見られない。

 白鳥はその言葉にハッとしたように目を見張った。

「そう……ですね。確かに……気に掛けていただいているのに、私……私からは何も……」

 思えば最初から自分は彼に何もしてあげられていなかった。最近は普通に会話できていると思っていたが、そのきっかけはいつも彼からのもので自分から話し掛けにいったりした事はあまりない。彼の気遣いに甘えているだけだったのかもしれない。

 せっかく歩み寄ってもらっているのに。承太郎だけじゃあない。他の仲間にだって。

「ありがとう、ございます。アヴドゥルさん。今の私に必要な事がわかったかもしれないです」

 対面にいるアヴドゥルにぺこりと頭を下げる。

 これから長い旅になるのだ。そうでなくても承太郎はもちろん、何かの縁で巡り会えた皆と仲良くなりたい。

「ああ。きみの助けになれたのならとても嬉しいよ」

 憑き物が落ちたように微笑みを見せる彼女にアヴドゥルもにこりと微笑む。

 彼らの行く道に幸多からんことを。そう願わずにはいられなかった。

 

 

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