星見る鳥の夢   作:斎草

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幽霊船

 

「次は何について占おうか?」

「えっ、もう一回いいんですか?」

 カードを戻し、束にしてトントンとテーブルで突いて整えているアヴドゥルの言葉に白鳥は再び瞳を輝かせた。やはり彼女も年頃の可憐な乙女だ。こういった事に目がないのだろう。

「もちろんだとも。きみと仲良くするきっかけにもなるからな」

 実際、2人きりでの会話はこれが初めてになる。案外機会がないものだと思っていたが、こうしてのんびり言葉を交わせるチャンスが巡ってきたのだから時間が許す限り親交を深めたい。

 白鳥は先ほどのように唸りながら悩んだ後、あっと閃いたように顔を上げた。

「じゃあ、今度は私自身の事を……私がこの先どうなっていくのか占ってもらいたいです。目的を果たせるのかどうか……とか」

 白鳥がこの旅に同行した理由。それは、自分にある"スタンド"という力がなぜ自分を選んだのか、そしてこの力の意味を知りたい――そういった思いからくるものだった。

 その目的を己は果たす事ができるのか。決して占いの結果だけを信じるわけではないが、指標にはしてみたい。

「わかった、占ってみよう。だが悪い結果が出たとしても、きみの努力次第で覆す事も不可能じゃあない。それは伝えておこう」

 占いというのはあくまで暗示だ。悪い結果が出ても自分を信じて諦めなければ達成できることもある。そもそも、占いは外れることもある。

 アヴドゥルは念のため白鳥に伝えるが、彼女もそれを理解していた。

「はい!お願いします」

 どこか晴れやかな顔で頭を下げるのを見てそう感じ、アヴドゥルは再びカードをシャッフルした後にテーブルに置いて無造作にかき混ぜる。山にしてから先ほどと同じようにカードを2列にして彼女に1枚選んでもらおうとした。

 

「ッ!!」

 ところが白鳥がカードを半分ほど捲ったところで船体がドンッ!と地震のように激しく振動して思わず辺りを見回す。

『白鳥さんッ!アヴドゥルさんッ!』

「か、花京院ッ!?」

 ぬるりと天井から花京院のハイエロファントが顔を覗かせ、その像を通して彼の声が2人に呼び掛ける。

『先ほどの水の中のスタンドは、船長に成り代わった偽物が本体だった!そいつはジョジョがやっつけたんだが……奴は船のあちこちに爆薬を仕込んでいたようだッ!急いで救命ボートに乗ってくれッ!!』

「わ、わかった!!行こう、白鳥くんッ!!」

「は、はいッ!!」

 アヴドゥルは急いでタロットカードをしまい、白鳥も荷物を持つと彼に手を引かれながら甲板に繋いである救命ボートへと急ぐ。ハイエロファントも2人がそこまで無事に辿り着けるよう横についていた。

(しかし……!先ほどの占い、カードの絵柄が僅かに見えていた。あれは……ッ)

 

 緑のリースに囲われた人物が描かれたカード。

 THE WORLD――世界。

 その逆位置。

 

(まさか……まさか、な)

 ギュッと白鳥と繋いだ手に力が籠る。

 この占いの結果を彼女にいつ話せばいいというのか。ただ、それに導かれるのはまだ早いという気持ちが懸命に脚を動かしていた。

 

 ***

 

 救命ボートに乗りながら、先ほどまで乗っていた船が爆発しながら沈没していくのを見届けた。

 不思議な気持ちだ。なにかに乗ればこんな調子だ。なのに、覚悟が据わった後だとこれが普通なのだと飲み込めるようになってきてしまうのだ。

 船長を除き、あの船に乗っていた船員は全員無事だった。もちろんジョースター一行も、そして密航していた少女も。

 

 誰もが目を瞑り、こんな海の真ん中で漂流している事実を受け入れている様子を少女は怪訝そうな顔で見渡した後、隣にいる白鳥の腕にしがみついた。

「どうしたの?アンちゃん」

「どうって……ねーちゃんはなんとも思わないの?あたしは、ちょっと……」

 少女――先ほど改めて名乗ってもらった――アンは不安そうに白鳥を見上げている。

 確かに、白鳥にも不安が全くないのかと言われれば嘘になる。しかし、どうする事もできないのだ。自分たちの旅はこういう旅で、それを受け入れなくてはならない。尤も、この少女は巻き込まれただけだが。

「仕方のない事よ……ジョースターさんも救難信号を送ってくれたし、あとは救助を待って……それまでは天気もいいし、うーん……」

「ちょっ、ねーちゃん!?うっそ、こんな状況で寝れるかよフツー!!」

 アンは必死で白鳥をゆさゆさと揺さぶってみるが、眠そうな唸り声が聞こえてくるばかりで焦りが募る。周りを見てみても、ポルナレフや花京院は既に夢の中で船を漕いでいるし、その他も目を瞑ったまましんと口を閉ざしている。ますます不気味で、ゾッとする光景だった。

(みんな正気かよーッ!信じられねぇ〜ッ!いくら天気がいいからってそうはならないだろォォ〜〜!?)

 自分が異常なだけなのか?いや、こいつらが異常だ。そもそもこいつらはなんなんだ?

 アンは先ほどの――白鳥とアヴドゥルが客室に休みに行った後の事を思い返す。

 "スタンド使い"だとか、"タバコの煙を吸うと鼻の頭に血管が浮き出る"だとか、特にイカれた事を言うのは白鳥の隣にいる"ジョジョ"と呼ばれている大男だ。あのジョジョがそんな事を言い始めたから船長の様子がおかしくなった。

(ねーちゃんはあたしが守らないとだめだ……きっと騙されてるんだ!)

 白鳥は最初から己の味方でいてくれた。それに優しい。そんな人がこんなイカれた連中と一緒にいちゃだめだ。

 アンは決意するとまずは彼女と承太郎を引き離すべく彼女の体にしがみついて引っ張る。――が。

 

「おいガキ。なんのつもりだ?」

「ひ……!」

 反対側から白鳥の腕を大きな手が掴んでいる。

 いちいち見なくたって分かる。承太郎の手だ。彼は白鳥の腕を緩く引きながらアンを見下ろしていた。

「あ……!」

「あ?てめー……なぜ白鳥を移動させようとした?」

 決して己の隣から剥がされようとしたから咎めようとしているわけではない。その行動の意図を知りたいだけだ。なのに彼女はあんぐりと口を開けたまま弁明すらしようとしない。

 これには承太郎もイラつきかけたが、アンの視線の先が己に向いていない事に気が付いて後ろを振り向く。

「な……っ!」

 

 思わず目を疑った。

 まるで突然そこに沸いたかのように、霧を纏いながら巨大な貨物船がすぐそこまで迫ってきている。

 

「おい!てめーら起きろ!」

 承太郎のその声に何事かとすぐに皆が目覚め、彼が指差す方向に視線を向ける。そして誰もがギョッと目を丸めた。

「か……貨物船だと!?デカいッ!」

「おい!タラップが降りてきているぞ!」

「救難信号を受けてくれたのか!助かった!」

 巨大な貨物船は承太郎達が乗る救命ボートのすぐ近くに停まり、どうぞと言いたげにタラップを降ろした。

 しかし承太郎はジッと救命ボートから降りずに貨物船を見つめている。

「どうした?承太郎……何を案じておる?まさかこの貨物船にもスタンド使いが乗っているかもしれない……そう考えているのか?」

 一向に降りようとしない承太郎をジョセフは振り返る。

「いいや……タラップが降りているのになぜ誰も顔を覗かせないのか、と考えていたのさ」

「!!」

 

 言われてみれば、と今一度貨物船を見上げる。

 これだけ巨大な貨物船、しかも救難信号を受けてくれたはずなのに、この船からは人の気配がしない。それどころか、貨物ではなく不気味な沈黙を乗せているかのような雰囲気さえ纏っている。

 そもそもこんな巨大な貨物船、どこから沸いてきた?なぜ誰もこんなに近くに来るまで気付かなかった?

 

「ここまで救助に来てくれたんだ!誰も乗ってねーわけねえだろうがッ!たとえ全員スタンド使いだとしても、俺はこの船に乗るぜッ」

 そんな一抹の不安を払拭するようにポルナレフが先陣を切ってタラップに足を掛けて昇り始める。それを皮切りに、他のメンツも次々と救命ボートを降りて貨物船内へと続くタラップを昇り始めた。

「……やれやれだぜ」

 承太郎も呆れたようにため息を吐いて救命ボートからタラップに移り、白鳥に手を差し出す。

「大丈夫なんでしょうか、これ……」

「さあな。様子を見るしかねえ」

 彼女が手を取るのを確認してからグイッと引っ張り、タラップに着地したその身を支える。

「つかまりな。手を貸すぜ」

 次はアンにも手を差し伸べる。しかし彼女はその手を見つめた後、ぴょん!と白鳥に向かって飛びついた。

「わっ!もう〜、アンちゃん危ないよ?」

「ねーちゃんなら受け止めてくれるって思ってたし!」

 数歩よろめきながらも抱き留めてくれた白鳥にアンはニッと笑いかけた後、承太郎に「べーっ」と舌を出す。

「先輩……アンちゃんになにかしたんですか?」

 それを見た白鳥はジトッとした目を手持ち無沙汰になった彼に向けた。

 まるで2人を引き離すかのようにぎゅーっと白鳥に抱きついたまま離れなさそうなアンに舌打ちし、承太郎は2人を追い越してタラップを昇り始める。

「やれやれ……とんだ濡れ衣だな」

 少女が己に向ける感情はどういったものだろうか。考える時間もバカバカしい。

 白鳥は不機嫌そうな大きな背中にきょとんとしていたが、やがてアンに「行こ!」と手を引かれて貨物船の中へと足を踏み入れたのだった。

 

 

「おかしい……操舵室に船長もいないし無線室に技師も乗っていない!なのに機械類は正常に作動しているぞッ!」

 広い甲板にも、船内の各部屋を見ても人っ子1人いない。しかしこの船は動いている。ますます不気味さに拍車をかける状況に誰もが内心動揺していた。

 あまりにも静かすぎるのだ。これなら派手に敵が登場してきた方がまだ理解が追いつく。

「全員ゲリ気味で便所入ってんじゃあねーのかッ!?おいッ!いい加減出てこいよッ!」

 ポルナレフが声を荒げるがそれでも返ってくるのは沈黙のみで、参ったと言わんばかりに頭を掻く。

「ねえ!みんなこっち来てみて!この部屋!」

 そこにアンが皆を呼びつけ、操舵室のすぐ隣の船室の扉を開ける。

 その部屋の奥。鉄格子の中で、何かが蠢いていた。

「猿よ。檻の中に猿がいるわ」

 まるで囚人のようにその一角に収まっている猿。しかし猿にしては体は大きく、毛並みも少し違っているようだった。

「オランウータンだ」

 花京院がぽつりと呟く。白鳥はもっとよく見ようとふらりと前に出て行こうとするが、すぐに花京院が腕を掴んで引き留めた。

「おっと!白鳥さん。オランウータンは人間の5倍近くの力があるんだ。あんまり近付いて手でも出したら怪我をしてしまうかもしれない」

「そ、そうなんですか?詳しいですね」

「ああ……動物園はよく家族と行ったからね」

 そういえば以前花京院と2人で話した時、よく旅行に行く家庭だったというのは聞いている。白鳥の家は両親が仕事ばかりなので、純粋に羨ましいと思った事もある。

 ゆえに、この旅は危険だと理解しつつもワクワクしてしまう自分もいる。白鳥の心境は少しばかり複雑であった。

「だがここに猿がいるという事は、こいつにエサをやっている奴がいるはずじゃ。手分けして探すしかない」

 ジョセフの一声でハッと意識をこちらに戻すと一行はすでに甲板の方へと戻っていっていて、この部屋の中に残っているのは白鳥とアンだけだった。

「アンちゃん、私達も行こっか」

「う、うん……」

 アンはこの不気味な状況に終始不安げで、白鳥の手をずっと握りしめている。己のものより幾分小さな手が震えているのを感じ、白鳥もそれを包み込むようにぎゅっと優しく握り直していた。

 

 ――しかし。

「……ッ!?」

 甲板にある大型のクレーンがギギ……と錆びついた音を響かせながら1人でに動き始め、グラグラと振り子のように大きく揺れ動く。

「アヴドゥルッ!後ろの水兵が危ないッ!!」

 そうジョセフが叫んだ頃には時すでに遅く、ドガッ!!と鈍い音を立ててクレーンの先が水兵の頭を貫いて血飛沫を散らした。

「う……ッ!?」

 白鳥はジョセフが叫んだ時に咄嗟にアンを背中に隠して何が起きたか見せないように立ち回ったが、白鳥本人の目にはしっかり映っていた。

 水兵の喉奥から生えるように後頭部に貫通している血塗れのクレーン。ドロドロになって元の形が分からないそこから、ぼろりと歯が抜け落ちていく。

「白鳥、あまりじろじろ見るモンじゃあねえ」

 そんな視界を遮ったのは黒く大きな背中――空条承太郎だった。

「いえ……これから嫌というほどこういう状況になるだろうから……平気でなければ困ります」

 それでも白鳥は首を横に振る。

「そうでなければ……私がこの旅に同行した意味がなくなります。守られるだけじゃあなく、皆と肩を並べて闘いたいんです」

 

 それを聞いてアンはヒッと血の気が引く心地になった。

 彼女は自分の意思で承太郎達と一緒にいる。騙されているわけでも、嫌々ついてきているわけでもない。危険に自ら身を投じているのだ。

(そんな……ねーちゃんまでそんなこと……)

 彼女と繋いでいた手から力が抜けて、するりと落ちる。

「……?アンちゃん?」

 繋いだ手の感触がなくなってすぐに白鳥は少女がいた背後を振り向くが、そこに彼女はいなかった。

(アンちゃんがいない!どうしよう……)

 承太郎達は甲板にいる水兵達に船室にいるように促しているところで、少女がいなくなってしまった事に気がついていないようだった。

(いや……でも、この短時間ではそんなに入り組んだところには行っていないはず!すぐに追い掛けないと!)

 自分にも戦う術はある。なにかあっても応戦できる。

 白鳥は踵を返し船内へと足を踏み入れ、つい先ほどまで一緒だった少女の姿を探し始めた。

 

 

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