星見る鳥の夢   作:斎草

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守るべきもの

 

 白鳥は小走りで船内を駆け巡りながら次々と船室を開けて少女の姿を探す。

 敵のスタンド使いがいる中、守る術のない彼女が1人でいるとしたらかなり危険な状況だ。相手は関係のない水兵まで無惨に殺してしまう奴で、そんな奴は子供にだって容赦はしない。

「あ!…………」

「ん?きみは……あのジョースター達と一緒にいた子か」

 廊下を走る最中に水兵の1人と出くわして思わず立ち止まる。彼ならアンの行方を知っているかもしれない。そう思いながら身振り手振りでアンの姿を表現する。

「あの、女の子を探してるんです。私と一緒にいた、このくらいの背丈の……」

「ああ!あの密航してたガキか!あいつなら俺らと一緒に船室にいるぜ。俺はトイレから帰るところさ。気になるならついてくればいい」

 水兵の言葉に白鳥はひとまずホッとした。人と一緒にいるなら安心できる。

 しかし一方で、一般人である彼らで本当に大丈夫なのだろうかと一抹の不安が過ぎる。相手はスタンド使いで、スタンドは一般人の目には見えない。彼らに太刀打ちできる存在ではない。

(いや……そういう時の私よ)

 そうだ。自分だってスタンド使いなのだ。不安が先にきてしまうのは自分の悪い癖だと白鳥は首を横に振った。

「しかし……あのジョースターって奴らは何者なんだ?船については俺らの方が知識が上なのに、偉そうにしゃしゃり出やがってさァ。きみ、なんであんな連中と連んでるんだ?」

「えっ……」

 呆れたように水兵が白鳥を振り返りながら愚痴のように吐き捨てる。白鳥はそれを受けてきょとんと目を丸めていた。

「もしかして脅されてるの?騙されてるとか?」

「そ、そんな事はないです!私からお願いしたんです、どうしてもって」

 慌てて取り繕う白鳥に、今度は水兵の方がギョッと目を丸めてしまった。

「はあ!?正気かお前ェ!なんだってあんなイカれた連中と!?」

 声を裏返しながら放たれたその言葉に白鳥はハッと違和感の正体に気付いた。

 皆彼らの事をよく知らないからだ。そして彼らも変に気が強くて動じない。そこに温度差が生じて、不気味な異質さを醸し出してしまうようだ。加えてスタンドや爆発、沈没等の騒ぎも立て続けに起こっている。異常だと考えるのが普通だろう。

(そうか、だからアンちゃんも不安だったんだ……)

 思えばアンはずっと白鳥から離れなかった。それはきっと白鳥の雰囲気がやはりまだどこか一般人寄りだったからなのだろう。

 だとすれば勝手にアンが離れてしまったのは、彼女から承太郎達のような異質さをなにかの拍子に感じてしまったからなのだろうか。

 

 それでも――

(それでも、私は……)

 

 そこで不意に腰に纏わりつく感触が伝ってきてハッと息を呑む。

「でも大丈夫さ。俺がきみを守るからね」

 次いで耳元で囁かれた声。水兵の顔がやたら近い。

「いや、あの!ちょっと、」

「大丈夫、他の奴らもいるし……あんなイカれた連中の事なんてすぐ忘れるさ」

 腰に回された手はいやらしくそこを撫でさすり、ゾッと血の気が引く心地になると反射的に水兵の手の甲の皮をギュッとつねってしまった。

「いってェッ!このアマッ!」

「ッ!!」

 水兵もまた反射で手の皮をつねる白鳥の手首をギュッと力任せに掴み、反対の手で彼女に殴りかかろうとした。

「……ッ!?」

 しかしその拳は白鳥に当たる事はなく、空中で止まる。――いや、それは水兵の視点では"そう見える"だけであった。

 ハントレスの持つ弓の胴部分。そこで拳を受け止めガチッと軽く弾いてみせると、水兵は化け物でも見るかのような視線を白鳥に向ける。

「あ……あなたが先に不愉快な事をしたんですよ!?」

 白鳥は一歩飛び退くように後退し、水兵を睨む。

 セクハラしておいて反撃されたらあの態度。さらには暴力未遂だなんて完全に役満だ。

 

 2人の間で睨み合いが勃発する。――刹那。

「ッ!?」

 突如、対峙していた水兵の頭がスパッと飛んだ。

 本当に突然の出来事で、水兵の頭がごろりと己の爪先に当たるまでの間白鳥は絶句していたが、ギョロッと剥いた目玉がこちらを睨んだのを見てヒュッと息を呑みながら口許を押さえる。

「こ、これは……ッ!」

 どうしてこうなったのか視線だけで辺りを探ると、すぐそこの床に換気扇のプロペラが血塗れの状態で落ちているのが見えた。恐らく凶器はアレだろう。

 しかしどうやって?今この場には己と水兵しかいなかったはずなのに。

「きゃあああああッ!!」

「ッ!アンちゃんッ!?」

 考えるより先にすぐ近くの船室からアンの悲鳴が聞こえ、水兵の死体は一旦置いて慌ててその扉を開け放った。

 

「――ッ!!」

 しかし、船室内の状況はもっと最悪だった。

「ひどい……ッ」

 床や壁にこびり着いた血飛沫。それを辿ると一緒にこの船に来た水兵達が変わり果てた姿で転がっていた。生首が天井からぶら下がっていたり、体を無惨に切り刻まれていたりとどれも悲惨な状態で、喉奥から何かが込み上げてくるのを感じる。

「ねーちゃんッ!!」

 だが不意に聞こえてきた己を呼ぶ声にハッと込み上げるものを堪え、その場から周囲の様子を窺う。

「アンちゃんッ!?」

 少し離れた場所からシャワーの音が聞こえそちらに駆け出して行くと、その音が聞こえる室内を遮るようにそびえ立つ毛むくじゃらの何かの姿に息を呑んだ。

「……ッ!?」

 それはゆっくりと白鳥の方を振り返る。

「…………」

 猿。――いや、オランウータン。

 先ほど皆で見たオランウータンが静かに佇んでいる。奴はニヤついた顔を隠しもせずに白鳥に向けていて、思わずごくりと固唾を飲んだ。

「ね、ねーちゃん……!助けて!」

 オランウータンの後ろからひょっこりとアンが顔を覗かせる。彼女はシャワーを浴びている最中だったのか、裸にタオル一枚を当てただけの姿だった。

「……あなた、アンちゃんになにするつもりだったの?」

 オランウータンの手にはよく見るとグラビアアイドルのピンナップが握られていて、こいつが何のためにここに来たのかすぐに理解すると白鳥はハントレスの弓を握る手にギュッと力を込める。

「いや……あなたは言葉を話せないものね。聞いても無駄だったわ」

 不思議といつも、ハントレスの弓を握ると気持ちが落ち着いてくる。

「水兵達をやったのもあなたでしょう?あなたがスタンド使いね」

 矢を射る体勢になると、背筋がきゅっと引き締まる。日常的にやっている動作だからだろうか。

(と、啖呵切ったはいいけど……こいつがどんなスタンド使いなのかは分からない!今は私しかいないし……私が戦って判断するしかないわ!)

 虚勢でもなんでもいい。猿相手に舐められるわけにはいかない。

 

 ――だから、今だけはこの言葉を彼から借りる。

「あなたを裁くのは……私のスタンドです!!」

 

 キェェェェッ!!と白鳥を敵と認識したオランウータンが突進してくる。

 その姿に一瞬気圧されそうになったが、すぐにグッと気を取り直して弓を弾く。

『百花繚乱ッ!!』

 オランウータンを蜂の巣にしようと次々に矢を分裂させる。

 しかし、突然シャワー室の大きな換気扇がミシミシッ!と軋む音を響かせたかと思うとバキッ!と音を立てて外れ勢いよくこちらに飛んできた。

「ッ!?」

 換気扇のプロペラが分裂した矢を弾き、急カーブしながら白鳥の身を斬りつけようと牙を向く。

「くッ!!」

 間一髪、ガキッ!と弓の胴部分で受け止めるが、押し進む力が強すぎて腕が震える。ギリギリと不快な音を立てながら必死で踏ん張るが、少しずつ押し負けて後退していくのが足の裏から伝わってくる。

「うあッ!!」

 ガツッ!と勢いよく弾かれ、白鳥の体は後方へ吹っ飛んでそのまま背中から壁に激突した。へたりと床に腰を落とし、チカチカする視界の中でオランウータンがこちらにズシズシ向かってくるのが見える。

(い、いまのは……今のは奴のスタンドの仕業!?でも、像が見えない……奴のスタンドはどこ!?)

 オランウータンは人間の5倍ほどの腕力があるというのは花京院が先ほど教えてくれたが、換気扇を手も触れずに外すなんて芸当はスタンドにしか出来ない。なのに肝心のその姿がどこにも見当たらない。

(とにかく、本体を倒せば攻撃も止む!それは分かっているのだけど……"見えない敵"……薄気味悪いわ)

 廊下で一悶着あった水兵を殺したのも同じ手口だと思われるが、あの時確かに己と水兵しかその場にいなかったのを確認している。そして、凶器も同じく換気扇である。

 

「――ッ!!」

 しかし、思考が答えを導き出す前にドロッとした気持ち悪い感触が手と足を這うように伝ってきてゾクリと肩を震わせる。

「な、なに!?」

 まるで床が波打ったかのように見えた刹那、がっちり手と足が床に埋め込まれたように動かなくなって血の気が引いた。

(まさか……!!"見えない"んじゃあないッ!最初から"見えていた"ッ!?)

 とても信じられないし途方もない事だが、この貨物船自体がスタンドの像だとしたら、換気扇を外すのも床を変形させるのも容易い事ではないだろうか?

 しかし時すでに遅く、動く事も逃げる事も出来ない白鳥の目の前まで来たオランウータンは「ウヒ」と短く笑うように声を上げたかと思うと、彼女の胸を両手で鷲掴みにした。

「うッ、あ……ッ!?」

 直後、下着ごと服の布地を剥ぎ取り、ぷるっと柔らかく熟れた乳房が露になった姿を見て下卑た笑みを隠しもせずに白鳥に向ける。

 その顔と己の状況に白鳥は頭の中が真っ白になりかけたが、ギリッと歯を食いしばりオランウータンを睨みつけた。

「……ッ、私を襲うっていうの?あなたみたいな猿が?この私が怖がって何もしないと思ってるの?」

 ――以前は怖くて何もできなかったくせに。――今だって震えているくせに。

 そう自嘲しながらも気の強い女を演じながら口許に弧を描いてみせる。

 案の定奴は下卑た笑みからピグッと目元を痙攣させて白鳥の前髪を力任せに掴んだ。

「ッ!!……へえ!あんたでもバカにされてるのが分かるのね!さすがにスタンド使い、そこまでおめでたくはないわね!」

 そのままガツッ!と壁に頭を叩きつけられ、ぬぶっ…と気持ち悪い感触を纏いながら頭の右半分を壁の中に埋め込まれ始めた。

(そうだ……もっとこっちに集中しろ!)

 歯を剥き出しにしながら白鳥の頭を壁に押し付けるオランウータンの背後。白鳥は左目だけでそこに視線を向けると、ハントレスをそこに出現させて弓を構えさせる。

 しかしその行動はさすがに読まれていたのか、ハントレスが弓を弾き矢をオランウータンの背中に刺した直後、その像もズブリと床に吸い込まれるように上半身まで埋まってしまった。それと同時に白鳥の体も本格的に床に沈んでいき、見えていた左目もついに壁に埋まる。

「ウキャキャキャキャッ!!」

 見えない視界の中、オランウータンの笑い声が壁に貫通するほどに響いていた。

 

 だが白鳥は壁に埋もれて奴には見えないであろう口許に再び弧を描いた。

(いいわ……それでいいッ!それがベストッ!)

 心を平静にし、オランウータンにまだ刺さっているであろうハントレスの矢を思い浮かべる。あの図体のデカさでは矢が通らない事は既に想定済みだ。

 ――ならば、単純に大きければいいじゃあないか。

 

『獅子奮迅ッ!!』

 

 そのイメージをより強固にし、具現化する。

 直後、バリッ!!と弾けるような音と共にオランウータンの笑い声が止まった。

 

 ―――

 

「白鳥ッ!!」

「ねーちゃんッ!!」

 バンッ!と船室の扉が勢いよく開け放たれる。

 白鳥がオランウータンの気を引いてくれたおかげでアンが船室を出ていった事に奴は気付かなかった。助けを呼びに行こうとした時、ちょうど向こうの曲がり角から承太郎が来たのを見つけて一緒にここに戻ってきたのだ。

 承太郎は船室に転がっている水兵達の死体を見て息を呑んだが、なにより驚いたのは檻に入れられていたオランウータンがそこにいた事と、既に息絶えていた事だった。

(奴に刺さっているのは……巨大な矢、か!?)

 承太郎の背丈ほどはあるであろう大きくて太い矢。それはオランウータンの胸の辺りを貫通して床に突き刺さっている。

(この青い光……とどめを刺したのは白鳥、なのか?)

 肝心のその姿をきょろりと探ると、扉のすぐ近くの壁際でゆらりと何かが動いて反射的に素早くそちらに視線を向けた。

「うう……んしょ!っと……!」

 ずぽっ!と壁から頭を抜く人影。次いで床に埋まっていたらしい体をどうにか起き上がらせている。

「白鳥……!」

「ん?……承太郎先輩!スタンド使いは倒しましたよ!」

 その名を呼ぶと、ぱっと表情を安堵したように明るくさせながら彼女はそこにいる串刺しのオランウータンを指差していた。

 

 実を言うと承太郎がここに向かっている最中も船がおかしな変形をしたり床にぬかるみのような感触があったりと妙な事があり、この船自体が巨大なスタンドなのではないかと予想はつけていた。しかし、まさかこのオランウータンがスタンド使いで、己が来た時にはもう決着がついていたとは。

 しかも、いつも己が背にして守っていた彼女が。

 

 承太郎は素直に感心して褒めてやろうと白鳥に一歩踏み出したが、その姿を視界に入れハッと息を呑んだ後着ていた学ランを素早く脱いで彼女に被せるように投げた。

「わっ!!な、なにするんですか!」

 被せられた学ランからひょこっと白鳥が顔を出すと、承太郎は帽子の鍔を下にさげながら顔ごと彼女から視線を逸らしていて眉間に皺を寄せる。

「ねーちゃん……あのー……その、オッパイ……」

 アンも気まずそうに視線を背けながら尻すぼみに呟いたのを聞き、改めて今の己の状況がどうなっているかを思い返す。

「…………ひぃッ!!」

 そうだ。思い出した。

 それと同時に急速に羞恥心が襲ってきて顔を真っ赤にさせながら彼の学ランで胸元を覆う。

「みっ!みみみみ見たんですかッ!?」

「……チッ!てめーが見せびらかしたんだろーがッ!」

「見せびらかしてませんッ!事故ですッ、事・故ッ!!」

「なら俺が悪りぃみてーな言い方してんじゃあねェッ!!」

 ギャンギャンと言い合いをしている2人に挟まれ、ちゃっかり服を着てから助けを呼びに行ったアンはおろおろと困り顔を晒していた。

「ね、ねーちゃんもジョジョも落ち着きなよ!なっ?ヤバいのはもういなくなったんでしょ?それでいいじゃんか!」

 あはは、と愛想笑いを浮かべながら2人の間を取り持とうと必死で言葉を選ぶ。それを聞いた2人はピタリと言い争うのをやめ、何かに気付いたように黙りこくる。急に2人して冷静になったかのような雰囲気についていけず、アンは先ほどとは違う戸惑いを覚えた。

「……承太郎先輩、ところで……」

 ゆっくりと白鳥が口を開く。

「ああ?なんだ」

「本体を倒したという事は、スタンドであるこの貨物船は……どうなるんでしょう」

 通常であればスタンド使い本体が再起不能になった場合はスタンドも能力を解除され像も消える。逆も然りである。

 

 では、今乗っているこの貨物船自体がスタンドの場合は?

 

 そう考えた直後、船内の床が突然ぐにゃりと波打ち、壁もペラペラの紙のように歪み始めた。

「チッ!そういう事かッ!!」

 承太郎は白鳥を担ぎ上げ、スタープラチナでアンを抱えて波打つ床を蹴りつけるように駆け出す。

「先輩!窓の外、救命ボートが見えます!!花京院先輩達が乗ってる!」

「そうか、ならそっちに飛び移るッ!よーくつかまりなッ!」

 白鳥が指差した方向にグイッと方向転換すると、窓を勢いよくバリィィンッと突き破り外に飛び出した。それを花京院のハイエロファントの触手がキャッチし、救命ボートの方へ引っ張り乗り込ませる。

「承太郎ッ!白鳥にガキもッ!」

「間一髪といったところかのう!」

 承太郎達の姿を見たポルナレフ達は安堵の表情を浮かべていた。

「見て!貨物船がどんどん縮んでいくわ」

 アンが指差した方向を見てみると、貨物船はしぼんだ風船のようにみるみる小さくなっていき、やがて元の形であっただろう小さなボロ船になって海底に沈んでいってしまった。

「あの大きさからあそこまで……とんでもないエネルギーを持つスタンドだった……わたしも今まであんなのとは会った事がない」

 アヴドゥルですら恐ろしいものを見た顔になっている。実際、とんでもない化け物級のパワーを持つスタンドだったのだから仕方がない。大きさだけでなく、スタンド使いではないアンや水兵達にも視認できて触れられる代物だったのだ。

 

 だから、アンも薄々気付き始めた。

 彼らが普通の人間ではない事と、その力は己の目に見えないものなのだという事。

 そして命懸けで戦うのは、守るべきものがあるからなのだと。

(あたしの事も、ちゃんと守ろうとしてくれてた……)

 見ず知らずの、しかも密航者である自分をいつも守ってくれた。本当なら見殺しにされたっておかしくないはずなのに。

「アンちゃん、大丈夫?」

 暗い顔をしていたアンの隣に白鳥が腰掛ける。そんな彼女に、アンはぎゅっと抱きついた。

「……ごめんなさい。勝手にはぐれたりして」

 自分が黙って離れたりしなければ、彼女だって危険な目に遭わずに済んだかもしれないのに。

「いいのよ。あなたも無事だったから、それで十分よ」

 それなのに、彼女は抱き締め返して優しく頭を撫でてくれるのだ。

 己も彼らの"守るべきもの"のうちに入っているのだろうか。

「……助けてくれて、ありがと」

 今はただ、このぬくもりを享受していたかった。

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