それから4日後。
あれから空条承太郎を通学路でも学校で見る事はなかった。
不良のレッテルを貼られがちな承太郎だが、これでも今まで学校を休んだ事はほとんどない。
「あたし、ジョジョ先輩と一緒の高校に通いたくてここ受けたんだよね〜」
今も教室でそう話してくれる友達。彼女と一緒に学校に向かう過程で、毎日と言っていいほど承太郎とその取り巻き達を目撃している。帰りは部活もあるので鉢合わせる事はあまりないが、朝は少なくともそうだ。
「でもさ〜、だからこそジョジョ先輩が学校来ないの残念だわ……」
はあ、と向かいの顔がため息を吐く。
それを尻目に、白鳥はついこないだの事を思い返していた。
―――
「本当にありがとうございます、ジョジョ先輩。家まで送ってもらっちゃって……」
公園でゴロツキに襲われたあの日。家まで送ってもらう道すがら、互いの"秘密"を共有したあの日の事だ。
「いい。気を付けろよ」
承太郎は一言だけ告げ、踵を返して白鳥家を後にしようとしていた。その背中を見つめ、白鳥は先程の言葉を思い返す。
「あの、先輩。本当に行くんですか?警察……」
その声に承太郎はぴたりと足を止めた。
白鳥を送り届けた後、警察に自首しに行く。
確かに彼は先程そう言っていた。
「ああ」
「なぜです?先輩は私を助けてくれたのに、なぜ……」
確かに彼は不良だ。しかし、私を助けてくれたのは事実だ。それがどうして自首になるのか、白鳥には理解できなかった。
その様子に承太郎はため息を吐きながら、顔だけを彼女に向ける。
「あんたは見なかったかもしれねーが、あいつらの骨を何本かやっちまった。タマも潰してやった。俺の"悪霊"はそういうヤツだ」
悪霊。
彼は自身から出てきたあの拳の事をそう呼んでいた。
喧嘩をすればあの拳が勝手に出てきて"やりすぎ"てしまう。
今回もそうだ。そうまでする必要はなかったはずなのに、瀕死寸前にまで追い込んでしまった。
当の本人は涼しい顔をしているが、胸の内では制御できない悪霊の所業に頭を抱えるところであった。
「お前のみてェにただ立ってるだけの事は出来ねェ。だからムショに入る」
「そ、そんな……」
同じような存在を互いに認知しているが、躾の仕方がまるで違う。
承太郎はこの力をセーブするために、刑務所に入ると言っているのだ。
「お前を助けられた事だけは良かったと思っている。ただ、それだけだ」
彼はそう言い残し、白鳥の元を去っていった。
―――
「おーい、聞いてる?」
「えっ?あ……」
向かいからの声で意識が現実に戻ってきた。
「聞いてなかったでしょ!」
「ごめーん……」
機嫌を損ねて頬を膨らませている友達を苦笑いしながら宥めるが、今話の渦中にいた人物の行方を己だけが知っている事実になんだか妙な気分になってしまった。
本当にあの後承太郎が警察に行ったなら、この4日は刑務所で過ごしているはずだ。
(大丈夫なのかな、ジョジョ先輩……)
あんな事があったばかりだからか、己まで承太郎の事を考えてしまう。
すると突然、教室の外がざわつき始めた。加えて、女子のキャーキャーとした黄色い声が教室に響く。
「なんだろう?」
釣られて白鳥達も教室の外に視線を向ける。
「ジョジョ先輩!」
「ジョジョ先輩だわーッ!」
「ジョジョ先輩〜!」
そんな声が聞こえると共に、確かに教室の扉から中の様子を窺う承太郎の姿を捉えて思わず息を呑む。
「本当だッ!ジョジョ先輩がいる〜ッ!」
友達まで黄色い声を上げる傍ら、白鳥はその姿に釘付けになっていた。
(ジョジョ先輩、刑務所から出てこれたんだ……!)
よかった、と密かに安堵する。やはり自分を助けてくれた人物が刑務所に収容されているなんて事実、心のどこかでは受け入れられていなかったらしい。
承太郎は一通り教室の中を眺めた後、ぴたり、と白鳥に視線を向けわずかに目を見張る。
「えっ!なに?ジョジョ先輩、こっち見てる!」
あたし!?と友達は嬉しそうだが、白鳥はカチあった視線を逸らせずにいた。
やがて承太郎はツカツカと不躾に教室に足を踏み入れると、横にいる女子を肘で押し退け――白鳥葵を見下ろす。
「白鳥」
まるで時間が止まったかのような静寂の中で、彼から発せられる低音だけが響いていた。
「話がある。ツラ貸せ」
そうして言われるまま連れてこられたのは、階段下のスペースに位置する埃っぽい用具入れだった。
彼は小さな窓から差し込む薄明かりの中、埃を被ったパイプ椅子を二脚、向かい合わせに広げて彼女にも座るように促す。
「あの……刑務所から出てこられたんですね」
「…………」
ギシリ。承太郎が腰掛けるだけで、パイプ椅子は軋んだ悲鳴を上げる。そんな事など気にも留めず、彼は背もたれに肘を預け脚を組んだ。
「いや……"引きずり出された"、の方が正しい」
「え……?」
白鳥は緊張からかスカートを握り締める手を見つめていたが、その言葉に反射的に顔を上げる。向かいに座る承太郎はまっすぐにその姿を見つめていた。
「白鳥。あんた知りたくないか?あんたのそばに立つ"像"……その正体を」
白鳥もまた、彼の姿をまっすぐに捉えていた。
いや、正確には彼ではなく、その隣――浮かび上がるその"像"を見つめていた。
鮮やかな紫色の肌を持つ、まるで神話にでも出てきそうな戦士のような姿――それはどことなく承太郎に似た雰囲気を纏っている。
"それ"は承太郎の隣にただ静かに佇んでいた。
先日は拳しか見えなかった"それ"が、その姿を現しそこにいる。
「正体って……悪霊ではないんですか?」
ただそれだけの事だったが、白鳥はそれが"悪霊"には見えなかった。
「ついこないだの事だが……ムショに入った俺をおじいちゃんと連れのエジプトの男が迎えに来やがった」
承太郎は淡々と話を続けた。
彼の祖父の連れの男は、普通の人間には見えない"像"を使って彼を牢屋から連れ出したらしい。
熱と炎を自在に操り、鳥のような頭をした赤い肌をした"像"――それと承太郎の"像"は対峙した。
一方で、祖父の方も普通の人間には見えない"紫色の茨"を使い、インスタントカメラで念写を実行したらしい。
そして、そこに映る"星形のアザを持つ男"との因縁の事も――
「ヤツらはこの"像"の事を"幽波紋"と呼んでいた。生命エネルギーが作り出すパワーのある"像"……そばに現れ立つ……"スタンド"」
「"スタンド"……」
白鳥もまた、無意識に己の"スタンド"をすぐそばに立たせた。
同じような能力を持つ者が、承太郎や己以外にも存在する……とても奇妙で不思議な感覚だった。
「やれやれ……お前の事もおじいちゃんに紹介しなきゃあならねェかもしれない……」
承太郎は改めて白鳥が"スタンド使い"である事を認識すると、椅子から立ち上がる。
これで話は終わったのだと暗に示し、それに倣ってパイプ椅子から立ち上がって片付け始める白鳥を見つめる。
己より随分華奢で喧嘩などとは無縁なこの女が、よもや己と同じだなど不思議な感覚だった。
話が終わると既に授業が始まっている時間だった。
このまま教室に戻るのも気まずいので、今朝実は脚を怪我したという承太郎の付き添いとして白鳥も医務室に向かう事にした。
尤も、学年も違うしその場にいたわけでもないのに付き添いというのもおかしな話であったが。
授業中のしんとした廊下は身近な非日常を感じる。承太郎と白鳥の不揃いな足音だけがやけにその場に響くように感じた。
「白鳥。俺やお前以外にもスタンドを使える奴がいるって事だ。もしかしたら、もう……この学校にいたりしてな」
承太郎は白鳥を振り返りながら、今朝の事を思い返す。
今朝、確かに何者かに襲われた。この右足の怪我はそいつに負わされたものだ。そのせいで己は石段を踏み外したが、咄嗟にスタンドの腕を伸ばして木にしがみつき事なきを得たのだ。
「お前も気を付けた方がいい。下手にそいつを出して巻き込まれる事のないようにな」
とてもじゃあないが、彼女が満足に喧嘩できるとは思えない。それでも巻き込まれるようなら己が守ってやろうとは思うが。
承太郎は後ろからついてくる彼女の小さな足音を聞きながら、もしかすればまた降り掛かるかもしれない危険に神経を尖らせていた。