星見る鳥の夢   作:斎草

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白昼夢の迷宮

 

 突如ホテルの廊下内に現れた巨大な迷宮。

 花京院は床に片手を置きながらハイエロファントで出口を探っていた。

「だめだ……どこを探っても暗闇しか見えない。ズルはできないというわけか……」

 自身のスタンドを通して見えるのは行けども行けども真っ暗な闇だけだった。通路どころか承太郎達の姿すら見えない。

「話し声だけはとても近くに聞こえるのに……不思議だ」

「やはりハイエロファントでも無理か」

 承太郎の声がまるで隣にいるかのように響く。もしかしたらこの迷路は見せかけで、本当はとても近いところに互いにいるのだろうか?

「こんなフィクションのような事が本当にあるんですね……」

「事実は小説よりも奇なり、とはよく言うが……ま、それを可能にしてしまうのがスタンドなんだろうけどね」

 今までも想像を超えるような事は短期間のあいだにこれでもかというほど体験してきたが、改めてその摩訶不思議さを思い知る。きっとこれから先もこんな調子だろうし、今はもうこの体験も慣れつつある。

「さて……こうも2人と声が近いと、どう進めば合流できるのかも分からないね」

「そうですね……階段や坂道もたくさんあるけど、どれを上ればいいのやら」

「下りもあるな。いちいちどう進んだか報告し合うのも面倒だ」

 承太郎はふと立ち止まると壁の方を向く。釣られて白鳥も立ち止まり彼を振り返ると、彼は自身のスタープラチナの拳をまさに壁に向かって振りかぶるところだった。

「えっ、まさか…!」

「オラオラオラオラオラオラオラオラッ!!」

 白鳥は嫌な予感がしたが、見事に的中かのようにスタープラチナのラッシュが壁に向かって炸裂する。

「オラァッ!!」

 ゴギャッ!!と最後の拳が壁にぶつかると、そこはガラリと音を立て瓦礫を撒き散らしながら大穴を開けていった。

「あ……!!」

 砂埃が晴れ、そこに予想外のものが立ち尽くしているのが見える。

「花京院先輩!?」

「嘘だろ承太郎…ッ!!」

 はぐれてしまったはずの花京院が穴の向こうで2人を見つめながら驚いたように目を丸めている。

「本当に白鳥さんと手を繋いでるッ!!」

「いま驚くべきところはそこじゃあねェだろ」

 せっかく合流できたというのに途端に不機嫌そうに眉間に皺を寄せる承太郎だったが、状況を顧みるに彼女の手を振りほどく事はできなかった。

「しかし……やれやれ。声が近いのは本当に隣にいたから、らしいな」

 こんな理屈でいいのだろうか。だがそうなっているのだから納得するしかないのだろう。

 ところがため息を吐いた刹那、突然崩れていた壁が音を立てながら急速に修復し始め、花京院はハイエロファントの触手の先を向かいの壁にあるランプに括り付け、承太郎達のそばにギュン!と高速で移った。

「崩れたまま……というわけじゃあないみたいですね」

 キチッと完璧に修復されてしまった壁を3人で見つめながら唸る。――承太郎以外は。

「花京院。迷路の攻略法って知ってるか?」

「え?知ってるさ、それくらい。左手を壁について進めば出口に辿り着けるっていうアレだろう?」

 

 通称、左手法。要は常に壁は繋がっているため、それを伝っていけばいつかは出口に辿り着けるというアルゴリズムである。

 

「だが、今いるこの迷路で通用するかといえば……」

 花京院は無造作に設置された複数の階段と先が見えない廊下を眺める。とてもじゃあないが通用するとは思えない。承太郎もそれを判っていないわけではないだろう。

「いいや。もっとシンプルな方法だ」

 案の定彼は首を横に振った後、壁をコツコツとノックした。

「と、言うと……?」

「壁を破壊して突っ切る」

「な、なんだってッ!?」

 花京院と白鳥もだんだんわかってきた。承太郎はこういう時、大抵涼しい顔でとんでもない事を言い出すのだと。

「ですけど先輩!さっきも見ましたよね?壁は直されちゃうんですよ?」

「それに何度も壁を破壊していたらさすがにまた道を変えられてしまう!キリがないぞ!」

 やいやいと抗議を始める2人の声に涼しい顔を維持しながら承太郎は白鳥に向き直る。

「白鳥。エテ公を倒したデカい矢は出せるか?」

 その言葉に彼女はハッと何かに気付いたようにハントレスを出現させるが、次には唸りながら考え込む。

「出せますけど……アレ、大きすぎて弓では直接飛ばせないんです。通路の前後はどっちも先が見えないですし、さっき先輩が壊した壁は近すぎて……大きくさせるとしたら当たってからになっちゃいますから、突き抜けるほどの威力は保てないです」

 すみません、と彼女が頭を下げる姿を見て承太郎はため息をつきながらその首根っこを掴んで無理矢理頭を上げさせた。

「ぎゃっ!」

「それで十分だ。顔上げな。花京院、さっきのハイエロファントでこっちに移ってきた方法は俺たちを連れても出来るか?」

「えっ。ああ、できるが……きみはもっと女性の扱い方を学ぶべきだと思う」

 まるで悪い事をした仔猫を叱っているかのような姿。仮にも好意を抱いている女性をそんな風に扱った承太郎に軽く引きながらも花京院は頷く。

「よし。ガクセー舐めてんじゃあねえって教えてやろうぜ」

 

 3人は少しの話し合い後、改めて壁と向き直る。まずは白鳥が前に出て、弓矢を構えた。

「とにかくスピード勝負だ。気取られないうちに頼むぜ、白鳥」

「準備は出来ている。いつでも大丈夫だよ、白鳥さん」

 白鳥が振り返ると2人も構えながら大きく一度だけ頷いてくれた。

「では、私から……いきますッ!」

 その声と同時に白鳥は矢を射る。青く光る矢はまっすぐに壁に向かって飛んでいき、そこに刺さると同時に――

『獅子奮迅ッ!』

 ドンッ!と巨大化して壁にめり込んだ。大きさはオランウータンを倒した時と同じ、承太郎ほどの背丈を誇るものである。

「次は俺だッ!」

 次いで承太郎が素早くスタープラチナを巨大な矢まで向かわせ、それをボコッ!と壁から引き抜いた。

「オラァッ!!」

 スタープラチナは片脚を高く上げながら矢を振りかぶり、再びそれを壁に向かって投げつける。

 同じスタンドであれば、像である矢に直接触れる事ができる。それを利用し、推進力のなくなった巨大な矢を再び槍投げの要領で飛ばしたのだ。

 元々の矢の威力に、スタープラチナの投げるパワーが加われば――

「すごい!!本当に壁をぶち抜いていく!!」

 壁の向こう側に続く更なる壁を大きな音と砂埃を伴いながらどんどん破って矢は進んでいく。

「次は僕だッ!このままぶち壊し抜けるッ!」

 その声と共にハイエロファントを出現させた花京院は、その触手を目にも止まらぬ速さで矢筈に結びつけ飛翔するように矢に引かれるまま前身していく。

「承太郎!白鳥さん!大丈夫かい!?」

「ああ、どうやら上手くいっているようだぜ!」

「まさかこんな切り抜け方があったなんて……!」

 あらかじめ承太郎と白鳥にも触手を伸ばしておいたため彼らも追従するように前進してきているが、無事ついてこれているか確認のために顔だけ振り返ってみると、ちゃっかり承太郎は白鳥を小脇に抱えていて思わず小さく笑いが漏れ出てしまう。

 しかし彼らの背後の壁がものすごいスピードで修復されていくのを目視し、ハッと息を呑むのと同時に確信する。

(どうやらこの道が正解のようだ…!修復スピードが速くなっているッ!)

 先ほど承太郎が穴を開けた時よりも遥かに修復速度が速い。加えて迷路自体がグニャリと歪んで音を立てながら全体的に崩れ始め、思わず血の気が引いた。

「まずいッ!このまま下敷きにするつもりだッ!」

 壁どころか天井までが崩れ始め、少しでも速度が落ちようものなら倒壊に巻き込まれてしまう。

 そんな時、ガンッ!と鈍い音を響かせ矢が壁に突き刺さった。花京院達はようやく床に足をつけ、そばにある扉に駆け寄る。

「きっとここがゴールだ!」

「でも鍵掛かってますよ!」

「そんなモンは俺が破る!」

 ガチャガチャとドアノブを回そうとする白鳥を押しのけ、承太郎は片脚を上げたかと思うと勢いよく扉を蹴破る。そのまま何事もなかったかのようにヌシヌシと不躾に部屋に押し入り周囲を見渡してみると、ベッドに人1人分の膨らみがあり穏やかに上下に揺れ動いていた。

「あの〜……すみません、お休み中のところ……」

 花京院が外を見張り、白鳥がベッドに近付いて布団の中を覗き込む。そこには初老の男が穏やかな寝顔を晒しながら眠っていたが、ゆさゆさと体を少し揺さぶったくらいでは起きないようだった。

「まどろっこしい。おいじじい、起きろ」

「せ、先輩ッ!」

 承太郎が男の首をギュッと掴んで布団から引きずり出すと、男は「ぎぇッ!」と短く苦しそうに呻いてからぱっちり目を開けた。

「おっ、おおおお?おたくら急になんだねッ!?ワタシは気持ちよく昼寝をしていただけなのにッ!」

 目を白黒させている男を構わずベッドの上に正座させる。こんな怪しい場所でただ眠りこけていただけだなんて到底信用できない。承太郎が尋問を開始しようとしたところで、花京院が2人の方を振り返った。

「ふたりとも!倒壊した迷路が……!」

「なに?白鳥、こいつを見張ってろ。俺が行く」

 男を解放した承太郎が花京院のいる扉まで歩いていく。白鳥はもう一度男と向き直ると、彼は愛想笑いを浮かべていた。

「へへ……お嬢さんはわかってくれるよね?ワタシ、昼寝してただけ!なにもしてないしなにも知らない!ね?」

 ごまをするように両手を擦り合わせている。その仕草と言葉に白鳥はため息しか出なかった。

「あの……私たちまだなにも言ってないですよ。あなたは眠っていたはずなのに、なぜ"なにかあった"と分かるんです?」

「あッ……!」

 眉間に皺を寄せながら呆れた表情を見せる白鳥に、しまった!と男は仰々しく両手で口を塞ぐ。刹那、扉の方からも声が上がった。

「迷路が消えているッ!何事もないただの廊下だ!」

 承太郎と花京院は廊下に出ると、注意深くそこを観察する。

 しかし見れば見るほどただのホテルの廊下。階段なんて生えていないし、まっすぐな通路には扉がいくつも並び、突き当たりにエレベーターが見える。

「そこのじじいが昼寝から起きたら迷路が消えた……いや、元からこことは別の空間だったんだろうな。なるほど、本体が眠っている間に発動するスタンドってワケか」

 対象を複雑な迷路に閉じ込め、更には倒壊させ下敷きにする事もできる。本体は安全な場所でただ眠っているだけでいいお気楽便利なスタンド。

「……バレちゃあしょうがねえ!!男どもをもう一度閉じ込めてやるッ!!」

 男はガバッと布団の中に潜り込んで目を瞑ろうとしたが、白鳥がすぐさま掛け布団を引っぺがして馬乗りになりその目を無理矢理両手でこじ開けさせた。

「ギャーーッ!!やめろッ!!いやケッコーいい眺めかもしれないがいまはやめろッ!!クソアマァァ〜〜ッ!!」

「だめです!寝かせません!」

 ジタバタ暴れ回ってどうにか逃れようとする男と必死で押さえつけながらこじ開けさせている手を離すまいと歯を食いしばる白鳥。そのさなか、男が気付かれないように彼女の胸に手を伸ばそうとしていた。

(いくらなんでもオッパイ揉まれたら手を離すだろ〜〜ッ!ついでに楽しめるし一石二鳥ォォ〜〜ッ!)

 ニヤける口許を隠しきれない。その様子に白鳥も一瞬疑問符が浮かぶ。

 

 しかし、彼は目の前の彼女に集中しすぎて忘れていた。

「わ……ッワーーーッ!!」

 白鳥葵には強力すぎるボディーガードがいることを。

「きさま、なんだその手は?白鳥さんになにをしようとしていた?ン?」

 花京院のハイエロファントの触手がガッチリと男の両手を捉えている。その目は鋭く突き刺さるほどに冷酷だった。

「フーン。ケッコーいい眺めとはどんなモンだ?教えてくれよ」

「ヒーーーッ!!」

 承太郎が白鳥を男の上から優しく押しのけ、代わって自分が男に馬乗りになりながらスタープラチナに針と糸を構えさせる。そのオーラは沸騰しきった熱湯のような、触れなくても分かるほどの恐怖を纏っている。

 

「オラオラオラオラオラオラオラオラッ!!」

 

 いつものラッシュの掛け声と共に、スタープラチナは男に向かって目にも止まらぬ速さで手を動かしていた。傍目ではなにをしているのか全く分からない、それほどの速さと精密さでなにかを施し終えるとぴたりと手が止まる。

「殴って気絶させても発動するとしたら厄介だからな。今回は特別サービスだぜ」

 針を投げながら承太郎が男の上から退く。遮られていた視界が映したのは――

「ギャーーッ!!そ、そんなッ!!」

 瞼を二度と閉じられないように眉の辺りで縫い付けられた男の姿で、花京院と白鳥は思わずプッと吹き出してしまった。

「確かに、これならもうあの迷路が出来上がる事はないな!」

「さすが、名案です!承太郎先輩!」

「やれやれ……ケッコー神経使ったぜ」

 コキコキと首のあたりを鳴らす承太郎と、くすくす笑う花京院と白鳥。ひとしきり笑って3人は部屋を退散しようと踵を返したが、視界の隅で男が声を上げながら起き上がったのを見て顔だけ振り返る。

「ま、待ってくれーッ!ワタシは金で雇われただけなんだッ!それにワタシは眠りの天才と言われるほどに睡眠が生きる力なんだッ!名誉なんだッ!眠れないとワタシの価値がなくなるッ!頼む見逃してくれよ〜ッ!!」

 この通りッ!といまにも充血しそうな目で懇願しながら土下座を決め込む男。それを3人は冷ややかで哀れなものを見る目で見つめ、承太郎が呆れたように短く息を吐きながら帽子の鍔を手で下げる。

「なら……目ェ開けたままでも眠れるようにしとくんだな。眠りの天才サマ」

「ヤダーーーッ!!見捨てないでェェーーーッ!!」

 男の悲痛な叫びが閉めた扉越しにこだましていた。

 

「カヤトースト、せっかく買ったのにあの迷路に食べられてしまったな」

「それならあとでみんなで食べにいきましょうよ。私たちも朝ごはん足りなかったし」

「俺は足りてないとは言ってねーけどな」

 3人は普通の学生が廊下で何気なく話すように談笑しながらエレベーターでジョセフ達の待つ12階の部屋に向かう。

 

 一方、ポルナレフも別のスタンド使い相手にバトルを繰り広げていたのは、また別の話である。

 

 

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