星見る鳥の夢   作:斎草

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星と鳥の距離

 

 ポルナレフが対峙した呪いのデーボ、そして学生3人が成敗した眠りの天才。

 6人合流した後もさまざまな敵のパターンの考察も交えながら今後の進路について話し合った。

 結果的に列車を使っての陸路を行く事を決め、その日は解散となった。その頃にはすでに陽もとっぷり落ちていて、対策を練るだけでこんなにも時間が掛かる旅なのだと白鳥は改めて実感する事となった。

 

「先輩、お風呂空きましたよ」

 小さな足音がバスルームからこちらに向かってくるのを聞き、承太郎はベッドに横たえていた身を起こす。声のした方を振り向いてみると、寝間着である薄い7部丈のTシャツとショートパンツを身に纏った白鳥が頭をバスタオルで拭きながら己を見下ろしていた。

「……ちゃんと髪乾かしてからにしな」

「早く入りたいかと思って……」

「そういう気遣いはいらねェ。……女は物入りだろ」

 彼はフイと顔を背けて再びベッドに横になる。髪を拭きながらしばらくその様子を白鳥は眺めていたが、すごすごと脱衣所の方に戻ってきてドライヤーを手に取る。

「とか言って、横になりたいだけじゃあないかな……」

 そんな小さな呟きはドライヤーの音にかき消され、承太郎の耳に届く事はなかった。

 

(人の気も知らねーくせに、無防備にも程がある……)

 承太郎は脱衣所から聞こえてくるドライヤーの音に背を向けてジッと目を瞑る。

 普段はタイツを履いて、セーラー服の上からカーディガンを羽織ったりもする姿や弓道着くらいしか見た事がなかった。いくら眠りやすいからといって寝間着としてあんなに脚を露出する必要があるだろうか?華奢な腕も七分とはいえ丸見えだった。

(もうこのまま眠って……朝あいつが起きないうちに風呂に入って……次は絶対花京院かアヴドゥルを説得してやる……)

 こんな調子では心臓も理性もいくつあっても足りない。

 花京院は信頼できる奴だし、アヴドゥルも白鳥に対してそういった気を起こした事はない。そうでなければあの時、暗青の月(ダークブルームーン)が引きずり込んだ海の中から助けた後の休息で同室させたりしない。

 承太郎は帽子を脱ぎ、本格的に眠りに就くために掛け布団を頭まできっちり被った。

 

 

 ***

 

 

「ハァ!?なにもなかっただァァ〜ッ!?」

 翌日。

 そんなポルナレフの素っ頓狂な声がプールサイドのビーチパラソルの下で響いた。

「はい。なにもなかったですけど……なにかないとまずいですか?」

 ポルナレフの向かいには白鳥がいて、彼女はビーチパラソルの下にあるテーブルの席に座りココナッツジュースをのんびり飲んでいる。

「かァァ〜〜ッ……マジかよ承太郎…ッ!」

「承太郎の奴、見た目に寄らずオクテだよな……」

 酒のようにココナッツジュースを煽るポルナレフの隣ではココナッツミルクの中にいろんな具が入った"ボーボーチャチャ"というスイーツを食べながら花京院がため息をついていた。

「……そんなに問題ですか?確かに先輩、先に寝ちゃっててあんまり話せなかったのは残念だったけど……」

 昨晩の承太郎は白鳥が髪を乾かし終えて脱衣所から戻ってきた頃には既に眠っていた。迷路の事もあったし白鳥も疲れていたので彼女自身も早めに就寝したのだが。

 ポルナレフと花京院は顔を見合わせた後、呆れたように白鳥に視線を投げかける。

「……あのな白鳥。お前わざとなのか知らねーけどよォ。承太郎がお前のこと好きなのはさすがにわかるだろ」

「白鳥さん。あんまりトボけるのも承太郎が可哀想ですよ。そろそろ答えてみてもいいんじゃあないかな」

 なにもなかったと聞いて最初はガッカリしたが、あの空条承太郎のことだ。無理矢理彼女を組み敷くなんて乱暴なマネはよく考えたらできそうにない。彼女を本当に想うのならなおさら、あの男はその段階に踏み込めない。その点においては彼は真の漢だと評価できる。

 しかし彼女はどうだろう。あれだけアピールされていまだに気付かないなんて鈍感にもほどがある。度を越したその態度はさすがに承太郎が哀れに思えてしまう。演技ならなおさらだ。

 すると白鳥はココナッツジュースの入った容器を落ち着かなそうに指でもぞもぞと弄りながらわずかに頬を染める。

「やっぱり……そう、なんですかね。承太郎、先輩……私のこと、そういう……」

 ポツポツと口にした言葉。次第に赤くなっていく顔。

 いつもと違う反応の白鳥を見て2人はガタッ!と勢いよく席を立った。

「お前ェェッ!よ〜〜やく気付いたかッ!!」

「一生気付かないのかとヒヤヒヤさせられたぞッ!!」

 突然大きな声を響かせた2人に白鳥はビクッ!と肩を跳ねさせながら目をまんまるく見張る。

「そ、そんなになんですか?」

「そんなにだよッ!あ〜〜スッキリしたッ!」

 ポルナレフが大袈裟に息を吐きながらどっかりと椅子に座り直したのを見て、花京院も席につく。

「まぁ、昨日の承太郎の態度を見て気付かないのはさすがにマズいが。それで、きみはどうなんだい?」

 手を組んで頬杖をつき、花京院は白鳥を見つめる。ようやくこの段階までたどり着いたのは喜ばしい事だし承太郎にとっても報われるところだろうが、肝心の彼女の気持ちの方はいまだに見えない。

 

「わから、ない……です。先輩のことは頼りになるし、信頼もしています。でも……」

 白鳥は顔を俯かせる。

『お前が俺のことをどう思っていようと俺がお前を守る』

 昨日の迷路の中、承太郎はそうやって気持ちを伝えてきた。握った手から伝わる体温と汗が彼の気持ちに気付くきっかけになった。

 だけど。

「私、は……人にそういった気持ちを向けたことが……なくて。きっと、いまのまま先輩の気持ちに答えたら……失礼になっちゃうと思います」

 いままで己は弓道一筋だった。異性に目を向ける時間なんてないくらい、弓道に関わっている時間が楽しかったし充実していた。

 彼の想いは真剣そのものだ。それが分かったからこそ、肝心の己がこのようでは彼の気持ちを踏み躙る結果になるかもしれない。

 白鳥葵はそれが怖かった。

 

 これを思ったより深刻な事態だと受け取った花京院とポルナレフは、今一度顔を見合わせ眉を下げる。

「それは……すまない。きみの事情を考慮しなかった僕らも悪い」

「まぁ〜……ちょっぴり進展があっただけでも見てる側としてはひと安心だぜ」

 白鳥葵は真剣に彼の気持ちを受け止め、自分なりに考えていた。とりあえずそれが分かったのだから進展と言えよう。

 しかし余計に問題が拗れたような気もして、2人は各々の両腕を組んでうんうん唸る。

「けどよォ〜、白鳥って全くモテないワケじゃあねーだろ?俺だってもうちょい若けりゃコクってたかもだぜ?」

「きみは誰にでもコクるだろ、ポルナレフ。……とは言え、白鳥さんがモテないというのは想像しにくいな。告白された事とかないのかい?」

 ポルナレフが「なにおう、花京院ッ!」と文句を言いたげにしているのを無視しながら、花京院は浮かない顔をしていた白鳥を見る。

「え……っと、されましたよ。高校入学してから3回くらい」

「そうなのか。全部断ったんだ?」

「はい。よく知らない人だったし興味ないし……その時もらった手紙も全部捨てちゃいました」

 持ってても仕方ないので。白鳥はケロッとした顔でそう付け足す。これには2人も鳩が豆鉄砲でも喰らったかのような唖然とした顔を晒してしまっていた。

「……ケッコー潔いな、白鳥……告白してきた男共には同情するけどよ……」

「承太郎はまだマシな方だったんだな……」

 空条承太郎は彼女と接点があって、信頼関係も出来上がっていたから彼女に気持ちを汲み取ってもらえたのだ。そうでなかった頃に承太郎から気持ちを伝えていたら、きっとそれまでの男と同じように切り捨てられていただろう。承太郎がどれだけ他の女性からモテていようが、彼女にとっては興味がないのだから関係のない事である。

 恋よりも弓道。彼女がその道にストイックだったからこそスタンド能力を遺憾なく発揮できている、といったところか。どうやら白鳥葵、鈍感というよりは筋金入りの弓道バカだったらしい。

「友達には羨ましがられましたけど、同じ事話したら"そういうあんたが好き"って笑ってましたよ」

 教室でケラケラ笑ってる友人の事を思い出す。彼女は元気だろうか。心配掛けてるだろうなぁ。白鳥はそんな事を考えながら表情を綻ばせる。

 その一方、花京院とポルナレフは苦笑いを溢していた。

「女ってこえー……」

「やはり男の僕らとは思考回路が違ってるんだな……」

 このように。

 

「まっ、気楽にいこうぜ?承太郎と接しているうちに自分の気持ちもちゃーんと見えてくるだろうよ」

「これからどうする?白鳥さん。買い物が必要なら付き合うよ」

 ココナッツジュースやらを平らげ、一旦ホテルに戻ってくると各々の部屋まで移動しようと廊下を歩く。

 しかし花京院とポルナレフの部屋の前にジョセフとアヴドゥルがいるのを見つけ、3人は疑問符を浮かべながら彼らに近付いた。

「ジョースターさん、アヴドゥルさんも。どうかしましたか?」

 白鳥が声を掛けると2人がそちらを振り向く。その瞬間、彼らは白鳥の隣にいる花京院を見て驚いたように目を見張った。

「えっ!!花京院ッ!!」

「花京院ッ!!承太郎と一緒じゃあないのかッ!?」

 まるで幽霊でも見たかのような驚きように花京院は思わず少し仰け反る。

「えっ!?いや、僕は承太郎に置いていかれて……ポルナレフと白鳥さんと一緒にさっきまでプールサイドで話をしていましたよ」

 

 そう。花京院は本当は今日、承太郎と一緒に列車の切符を買いに行くはずだった。しかし部屋を訪れた時にはすでに承太郎はいなくて、同室だった白鳥も起きたばかりで彼が部屋を出て行った姿は見ていなかった。

『承太郎、そんなに待ちきれなかったんだろうか?』

『昨日の先輩は早寝でしたから、散歩ついでに行っちゃったんでしょうね』

 そんな会話を白鳥としたのが今朝の事である。

 

「ち、ちょっと待ってくれ。だとすると……承太郎たちが危ないんじゃあ……ッ!!」

 

 ジョセフとアヴドゥルの記憶はこうだ。

 承太郎は朝早くに彼らの部屋を訪れ、駅に切符を買いに行く事を伝えてからホテルを出た。その時にはすでに花京院が隣にいたし、アンが「一緒に行く!」と駄々をこねて結局3人で駅に向かったのだ。

『若いの達は元気じゃのう。わしはもうちょっと寝ようかな……』

『では、わたしはコーヒーの準備でも』

 そんな会話を2人でしたのが今朝の事である。

 

「白鳥くんッ!?」

「白鳥さん!ひとりで行っちゃあだめだッ!」

 白鳥はそれを聞くなり弾かれたように廊下を走って行ってしまい、花京院がすぐにそれを追いかける。

「あぁ〜ッ…!と、とにかくジョースターさんたちは部屋で待機しなッ!見つけたら連絡すっからよ!」

 そう言い置いてポルナレフも「待ってくれ〜!」と2人を追いかけ始める。

 

 そんな風に3人でホテルの外に飛び出しては、シンガポールの町をあてどなくぐるぐると承太郎を探し回った。

「ちくしょうッ!とんだシンガポール観光だぜッ!」

「一度ケーブルカーに乗って、上から探す場所の見当をつけてみるか?」

 花京院のハイエロファントなら、ケーブルカーに乗っていても承太郎を助ける事ができる。彼が少し遠くの空を滑るケーブルカーを指差したが、すぐに唖然としたように口を半開きにした。

「どした?花京院」

「いや……なんだかあの車両だけおかしい」

 息を切らして地面を見ながら肩を上下させていた白鳥もようやく空を見上げる。

 豆粒のように見えるゴンドラの大群。その中のひとつだけがゆらゆらと軋むように揺れている。やがてその床部分が抜けたのか、破片と一緒に塊が落ちていくのが見えた。

「あの先は海だッ!」

「どう見てもフツーじゃあねえッ!きっと承太郎だッ!」

 2人が声を張り上げるのを聞き、白鳥は上半身を起こすと足をもつれさせながらもケーブルカーの方へ向かって走り始める。

「承太郎……先輩……ッ!!」

 眉間に皺を寄せ、滴る汗を気にも留めずに彼女は走っていく。

 

 承太郎なら大丈夫。いままで何度もピンチを乗り越えてきたのだから。

 けれどもやはり、彼も人間だ。いつでも大丈夫なんて事はない、ただの人間なのだ。

 まだ伝えられていない。伝えなければならないことがひとつだけある。

 

 懸命に足を動かしてようやく波止場までたどり着いた白鳥は、承太郎の姿を大げさに首を振って探した。

「承太郎先輩!」

 やがてその視界が黒い塊を映すと、そちらまでふらふらになりながら駆けつける。名を呼ばれた彼は振り向き、彼女の姿を映しては目を見張りながらこちらに来るまでジッと捉えていた。

「大丈夫ですか!?」

「……ああ。ちょいとヘヴィだったがな」

 自分ひとりでも上がれるのに、差し出された小さな手に己の無骨な手を重ねてようやく海から地面へと足をつける。

「ッ!おい……ッ!!」

 しかしすぐになにかが胸に飛び込んできて思わず声を上げながら目を丸くさせ、視線を下げる。そこには自分も濡れてしまうのも構わずに己に抱きついている白鳥葵がいて思考が固まった。

 

「……大切、なんです。あなたのことが。私はあなたが思っているよりも、あなたを大切に思っています」

 

 か細い涙混じりの声、ギュッと背中に回された手が学ランを握り締めている感触が伝わってくる。彼女の背中に片手を回してみると、海に飛び込んだわけでもないのに震えていた。

 

「いま、それだけは確かに言えます。……あなたの気持ちに答えられるその時まで、生きていてくれないと困ります」

 

 承太郎が危ないと聞いた時、昨日繋がれた手から伝わったぬくもりと汗を思い返してゾッと血の気が引く心地になった。承太郎ほどの人間でも、なにかを失うのは恐ろしいことなのだと。そしていま、彼は自分の見えないところで危険に晒されている。

 彼があまりにも強いから、どこか麻痺していたのかもしれない。彼がこの先の旅路で死なない保証なんてどこにもない。――そしてそれは己も同じだ。なにかを失うのが恐ろしいことも、大切なものを守りたいという想いも、全部。

 承太郎は白鳥をゆっくりと包み込んで抱き締めた。伝わるぬくもりを受け入れ、震える体を優しく抑えるように。

 

「……俺は生きる。お前も生きろ。いまはそれで十分だ」

 

 背中をさすってやると、彼女は堰を切ったように嗚咽を漏らす。

 ――やれやれだ。いつもの己ならきっとそう言っているだろうが、その時は出てこなかった。

 

 

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