星見る鳥の夢   作:斎草

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乖離

 

 インドカレーを食べ終えた白鳥は、承太郎に手を引かれながら他の面々が待つレストランへの道を辿っていた。

「承太郎先輩、手が……ちょっと痛いです」

「これくらい握ってないとすぐまたどっか行くだろ」

「気になるところがたくさんあるかもしれないが……いまは我慢して、ジョースターさん達と合流しましょう」

 ギュッと承太郎に握られた手が少し窮屈で困ったように眉を下げる白鳥だが、インドの街並みにいちいち脚を止めてしまいそうな彼女の様子を一歩後ろから見ていた花京院はくすくすと楽しそうに笑う。

「こうすればもっといいか」

「ひえッ!?」

 握った白鳥の手ごとズボンのポケットにズボッと手を突っ込んでヌシヌシ歩く承太郎の背中は彼女を気遣うように少し曲がっている。

(承太郎、よほどさっきの事が引っ掛かっているんだろうなぁ……)

 少々過保護と言ってもいい迷子対策の徹底ぶりに花京院は笑みを苦笑いに変えるが、自身もふと先ほどのことについて考える。

 実際、あのエセカウボーイの存在は看過できない。もし彼が敵で、なにか目的があって白鳥に近付いたとしたら。敵だとして戦闘にならなかったことが不可解だったが、もしかすれば彼は白鳥にわざと親切にして付け入ったのかもしれない。

(白鳥さん……厄介事に巻き込まれなければいいが)

 彼女の性格上、不安で心細い時に親切にされてしまえば簡単に情を断ち切ることはできない。それをあの男が知っていてやったのなら、こうして承太郎が警戒するのも無理はない。

「承太郎。あんまりやりすぎても白鳥さんが怖がってしまうよ」

「…………」

 しかし当の白鳥を困惑させてしまうのも良くないだろう。花京院はそう思って承太郎の背中に声を掛けるが、彼は押し黙って帽子の鍔を下げる。

(承太郎先輩、また……)

 白鳥は気付いていた。また彼の手の力が強くなり、汗が滲んだことに。

「……承太郎先輩。これから先はどうなるか分からないけど……カルカッタにいる間、あなたのそばを離れません。約束します」

 そうやって白鳥が優しく手を握り返して、ようやく帽子の鍔の下の表情が少し緩まった気がした。

 

「いや〜、白鳥くんが無事に見つかってよかったよかった」

「ご心配お掛けしてすみません…!」

 合流地点であるレストランに入り、ジョセフとアヴドゥルとポルナレフと再会してやっと安心しながら席に座ってチャーイという紅茶を啜る。やはり6人揃うと底なしの安心感があって肩の力が抜ける。

「迷子になったのにのんきに知らん男の金でカレー食って帰ってくるたぁ、白鳥らしくてアッパレだぜ」

 あのエセカウボーイのことは共有済みだ。彼の風貌は特徴的だったので一目見れば分かる。

「気ぃつけろよ?白鳥。まっ!そのナンパ野郎がまた絡んでくるよーなら、このポルナレフ様が一刀両断してやるさ!」

「心強いです、ありがとうございます。あ、でもおいしかったですよ、カレー。ポルナレフさんもどうですか?」

 ドンと胸を張りながらそこを叩くポルナレフの姿にくすりと笑いながらもホッとしたように胸を撫で下ろす白鳥だが、メニューを持ったまま注文に悩んでいるらしい彼にその写真を指差してみせる。

 ポルナレフは俄然興味を示したようで、写真を吟味するように見つめていた。

「ほぉ〜!白鳥が言うならウマいに決まってる!どれにするか悩む……が、ここは敢えて白鳥セレクションってことでおすすめを頼むぜ、白鳥」

 トイレ行ってくる、と唐突に白鳥にメニューを突きつけ、彼はトイレへと続く廊下を歩いていってしまった。

「ええ!?せ、責任重大です…!!」

 そんな背中とメニューとを交互に見つめ、白鳥はあわあわとページを行ったり来たりしていた。

 先ほど食べたカレーはホル・ホースに注文させてしまったし、どれが同じものなのか分からない。それに食べ比べをしたわけでもないのでおすすめと言われても困る。

「まあ要するに、なんでもいいってことですよ」

「あいつならなんでもウマいって言うぜ」

 そんな白鳥の様子を見かねたのか、花京院と承太郎が彼女の両脇に椅子を移動してメニューを覗き込み、彼らも昼食を決めるべく吟味し始める。

「あっはっは!それもそうだな。白鳥くん、メニューを読むのも一苦労なんじゃあないか?わたしが教えてあげよう」

「ア、アヴドゥルさん…!ありがとうございます」

 そこにアヴドゥルも合流し、彼女の背後からメニューを覗き込んで文字を指差しながら料理の解説を始める。

「オー……すごい絵面じゃのう」

 大男に囲まれるちんまりとした女子高生の姿。そんな奇妙な光景を向かいの席から見るジョセフは、自分だけそこから外れていることにムスッと唇を尖らせながらなんとかして入り込めないかと試行錯誤していた。

「あ!そうじゃ!他のみんなのメニューはわしのセレクションってのはどうじゃ?」

 ピーン!と閃いたようにジョセフは席を立ち、身を乗り出して皆が見ているメニューを覗き込む。

 しかしその様子を4人はシラーっとした目で見ていた。

「……じじいには前科があるからな。遠慮しとくぜ」

「え?」

「香港でのことをお忘れですか?僕が頼もうとしたのに張り合って、言ったものと全く違うものを注文したじゃあないですか」

「いや、でも味はウマかったし……」

「アヴドゥルさんに教わって、みんな好きなものを頼んだ方がいいと思いますよ」

「う、ううん、しかし……」

「ジョースターさん。畏れながら、わたしもその方が良いと思います」

「ア、アヴドゥル!お前までッ!」

 承太郎を皮切りに花京院、白鳥、そして頼みの綱だったらしいアヴドゥルにまで散々に言われてしまえば、ジョセフもさすがにガックリと肩を落としてしまった。

「みーんなわしのこと嫌い?そんなに言う?フツー……」

 ツンツンと人差し指の先をいじけたように合わせている姿は爺の割に体格の良い容姿とは絶妙にアンバランスで思わず笑い声が漏れ出てしまう。

「ふふ…!ジョースターさん、誰もそこまでは言ってませんよ。一緒にメニュー選んだらいいじゃあないですか」

 どうぞ、と白鳥がメニューをジョセフに見せると、彼はやっと仲間に入れてもらえた!と言わんばかりに表情を明るくさせる。

「えっ!えっ!いいのぉ〜?」

「もちろんですよ。ほら、これとかさっきアヴドゥルさんが――」

 

 刹那、バリィィィィン!と何かが砕ける音が聞こえたと思えば、トイレに続く廊下からポルナレフが飛び出してきてジョセフ達はもちろん他の客もそちらに視線を向けた。

「スタンド使いッ!!」

 彼はそう呟き、弾かれたようにレストランのいろんな場所を引っ掻き回した挙句、外に飛び出していく。その尋常でない行動に一同は顔を見合わせた後、続くように外へ繰り出した。

「どうしたポルナレフ!何事だ!?」

 彼は雑踏を険しい表情で見渡していた。――通行人の両手を注視しながら。

「いま……いま鏡の中から攻撃を仕掛けてきたッ!あれがスタンドなら……ついに、ついにヤツが来たッ!承太郎ッ!」

「……!!」

 

 遡ることシンガポール。

 ケーブルカーで花京院に変装して承太郎を襲った敵のスタンド使い、"黄の節制(イエローテンパランス)"のラバーソールという男から今後襲ってくるであろうスタンド使いの情報を得ていた。

 その中に"吊られた男(ハングドマン)"の暗示を持つ両手とも右腕の男のスタンド使いがいることを知り、ポルナレフはその機会をずっと窺っていたのだ。

 

「俺の妹を殺したドブ野郎……ついに会えるぜ……!!」

 そのスタンド使いは鏡を使って攻撃してくる。情報と一致する能力を目の当たりにしたらしいポルナレフの目は血走っていた。

「ジョースターさん。俺はここであんたたちとは別行動を取らせてもらうぜ。妹の仇がここにいると分かった以上、もうあの野郎が襲ってくるのを待ちはしない。こっちから探し出してぶっ殺してやるッ!」

 ポルナレフが吐き捨てるように言って歩き出すのを皆唖然としながら見つめていたが、アヴドゥルは静かに首を横に振ってその背中に声を掛けた。

「相手の顔も、スタンドの正体もまだよく分かっていないのにか?両手とも右腕という情報だけで単独行動するつもりか?」

 ポルナレフは彼の言葉に一旦立ち止まるが、ゆっくりと顔だけ振り向いてさっさと行かせろとでも言いたげな険しい表情を見せる。

「ああそうさ。それだけで十分だ。それにヤツも俺が追ってきていることを知っているはずだ。寝首をかかれないか心配で夜もねむれないはずだぜ」

 前を向き、ポルナレフはその一歩を踏み出そうとする。

「……コイツはミイラ取りがミイラになるな」

「なにィ?」

「ポルナレフ、別行動は許さんぞ」

 しかしアヴドゥルの静かだが強い言葉に、彼はついに踵を返して詰め寄った。

「おいアヴドゥル……テメー、俺が負けるとでも言いてェのか!」

「ああそうだ!敵は今お前をわざと1人にするために攻撃を仕掛けてきたのだとなぜわからんのだッ!白鳥くんと同じ手口だぞッ!」

「俺はそこのバカ女とは違うッ!!」

 つい大声を張りながらビシッと白鳥を指差したところでハッとする。反射のように彼女に目を向けてみれば、その顔はショックを受けたかのように青い顔のままフリーズしていて、すぐにそれを承太郎が背に隠していた。

 そんな一連の動作を見て彼女に弁明しようと口を開きかけるが、もう引き返せないところまで来てしまったことを悟りグッと唇を噛んで言葉を飲み込んでから再度口を開く。

「……いいか。この際だからここではっきりさせとくぜ。俺はもともとDIOなんてどうでもいいんだ。香港でも言ったはずだぜ、俺は復讐のために同行すると……それはジョースターさんも承太郎も承知の上のはずだ」

 

 皆には共通の目的がある。承太郎の母親であり、ジョセフの娘であるホリィを救うためにDIOを目指して旅をしている。しかし、途中から同行したポルナレフには別の目的が最初からあるのだ。

 妹の仇を討つこと。彼はこの数年間、ずっとそれだけを胸に戦ってきたのだ。

 

「俺は最初からひとりさ。ひとりで戦っていたのさ」

 香港で聞いた彼の悲愴的で凄惨な過去。

 承太郎も、花京院も、ジョセフも、白鳥も、誰も彼を引き止める言葉を絞り出すことすらできなかった。

 

「……勝手な男だ」

 ただひとり、モハメド・アヴドゥルを除いては。

 

「DIOに洗脳されたのを忘れたのかッ!DIOが全ての元凶であることを忘れたのかッ!?」

「俺に説教垂れるってのかよッ!テメーに妹を殺された俺の気持ちが分かってたまるかッ!!」

 アヴドゥルが詰め寄ればポルナレフも負けじと彼に踏み込む。押し問答のような言い争いが繰り広げられ、その剣幕に通行人が足を止めて彼らを野次馬のように見つめていたが、2人はそんなことは気に留めていないようだった。

「DIOといえば、以前DIOに出会った時に恐ろしくて逃げ出したそうだなッ!そんな腰抜けに俺の気持ちなんて分かんねーだろォよッ!!」

「なんだと…ッ!!」

 堪らずアヴドゥルがポルナレフに掴み掛かろうとした時、小さな影が2人の視界の隅に飛び込んだ。

「もうやめてくださいッ!!アヴドゥルさんッ!ポルナレフさんもッ!」

「し、白鳥くんッ!」

「白鳥ッ!テメーッ女が割り込んでくるんじゃあねェッ!」

 白鳥はアヴドゥルを押し除けてポルナレフから離させ、彼女を軽く押し出そうとしたポルナレフの手を両手で握って受け止めると、彼の表情が少しだけ強張った。

「やめてくださいッ!こんなの、こんなの誰も望んでませんよ!」

「う、うるせェ〜ッ…!この手を離せッ、白鳥!お前に何がわかるッ!何ができるッ!ひとりじゃ何もできん奴が俺に説教すんじゃあねェッ!!」

 ポルナレフはその手を振り切ろうとしたが、思うように振り払えない。彼女の力が予想していたより強かったのか、それとも彼女の瞳に涙が溢れているのを見て己が無意識に加減してしまっているのか、とにかく振り払うことができなかった。

「わかんない、です…!ポルナレフさん、言ってくれたじゃあないですか。私たちがいるからもう大丈夫だって、抱え込まずに相談しろって、俺も悩んだら頼るって、言ってくれたじゃあないですか!嘘だったんですか!?」

 彼女の手が震えているのが握られた手越しに伝わってくる。頬には涙が伝っているし、こんな顔させたかったわけじゃあないのに。

 なのに、ポルナレフの胸中はずっとあの両手とも右腕の男のことばかり渦巻いていた。

 こうしている間にもあの男は遠くへ逃げるかもしれない。俺のことを嘲笑っているかもしれない。

 

 煮え立つように黒く澱んだドロドロの憎悪が喉を上がって胃酸と共に吐き出されそうな不快感。

 

「そんなの……」

 彼女の力は最初からそんなに強くなかった。

「そんなの、もう忘れた」

 振り払うのは本当に簡単なことだった。

 

 

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