星見る鳥の夢   作:斎草

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信頼

 

「白鳥。なにかあったら呼べよ」

 宿泊するホテルに着き各々あてられた部屋に移動した後、承太郎はもはやお馴染みとなった同室の白鳥に声を掛ける。彼女は泣き腫らした顔でベッドのブランケットに包まり、返事ひとつ寄越さなかった。

「白鳥さん、どうですか?」

「だめだ。いまはひとりにしてやった方がいい」

 廊下に出ると花京院が落ち着かなそうに声を掛けてきて、承太郎は静かに首を横に振る。

 

 ポルナレフと別れた後、白鳥はその場で泣き崩れて一歩も動けなくなってしまった。野次馬の目もあるため、ホテルまではアヴドゥルが彼女を背負って連れて来たのだが。

 部屋に入ってもあの調子だ。承太郎でさえもどうしたらいいのかわからない。

 

「ハイエロファントの触手を紐状にして、白鳥さんの脚に巻きつけてある。彼女が行動したらすぐ分かるようにはしてある」

「ああ。恐らく、敵が狙ってくるならこのタイミングだろうからな」

 ポルナレフがアヴドゥルと白鳥を押し切って別行動を始めたことくらい、敵はすでにつかんでいるだろう。そのために攻撃を仕掛けてきたのだから。そしてこんどは精神的に弱っている白鳥を狙ってくる可能性が高い。

 彼女をいつでも追尾できるように花京院が手を回し、2人は隣の部屋へ移動した。

「白鳥くん、様子はどうじゃ?」

 扉を開けて開口一番、ジョセフに問われるが首を横に振ることしかできない。それを見てジョセフもアヴドゥルも顔を俯けた。

「ポルナレフ……白鳥くんにあんなことッ。あんなヤツだとは思わなかった」

 アヴドゥルは悔しそうに拳を胡座をかいた膝の上にぶつける。

 

『そんなの、もう忘れた』

 ポルナレフはそう吐き捨てて白鳥の手を振り払った。

 彼らがいままでどんなことを話してきたのか、近くにいても全てを知ることはできない。だが、白鳥の言葉からして2人はしっかり信頼関係を築き上げてきたことが窺い知れる。それはレストランでの会話からも読み取れることだった。

 

「わたしのことはいくら言われたって構わん。だが女の子相手にあんな…ッ」

「アヴドゥル……」

 そう言う彼への侮辱発言も看過はできない。

 DIOから逃げ出した腰抜け。自分が肉の芽を植え付けられて洗脳されたことを棚に上げ、彼はアヴドゥルのことをそう罵った。

「それだけ切羽詰まっていた、とは言っても……」

「…………」

 妹の仇を討つ。ポルナレフはたったそれだけを胸に旅を続けてきた。そしていま、その仇が手の届くところにいる。

「わしも……いまここにDIOがいると知ったら、いてもたってもいられん。ポルナレフの気持ちは理解しているつもりじゃよ」

 ジョセフも承太郎も、ポルナレフを咎めることはできなかったし引き留めるつもりもなかった。ホリィの命が掛かった旅である以上、彼と同じ立場にあれば自分たちも同じ行動をとるかもしれない。

 

 重い沈黙が続く中、花京院が不意にハッと肩を揺らした。

「白鳥さんが動いた!扉に向かってる」

「俺が行く」

 承太郎がサッと素早く踵を返し部屋を出ていき、隣の部屋の扉の前に立つとすぐにそこが開いてブランケットに包まったままの白鳥が姿を現した。

「えっ……承太郎せんぱ、」

「どこに行くつもりだ?」

 鋭く光らせた目を見上げ震え上がる白鳥は、すぐにその目を逸らす。

「あっ、う……人、人に、下に人が、いて……」

「ポルナレフか?」

「そ、そう、です。ポルナレフさんが、下に……」

「嘘だな」

 やはりひとりにさせるべきじゃあなかった。

 目を泳がせながらしどろもどろに言葉を発する白鳥の手を承太郎はキツく握り締める。

「い、痛いです…!離してください…!」

「だめだね。カルカッタにいる間は俺のそばを離れない約束だろう。テメーから言い出したんだぜ。この手は離さねェ……絶対にな」

 そのまま大きな体躯で迫り、彼女に後退を促して部屋に押し戻す。後ろ手で扉を閉めて施錠し、窓際にヌシヌシ歩んでいくと外を睨みつけながらカーテンを閉めた。

「承太郎先輩……ごめんなさい……」

 そうして振り向いた先にはまるで怒られた小さな子供のようにポロポロと涙を流しながら顔を俯かせた白鳥の姿があり、小さく息を吐いてから彼女をベッドに座らせ、自身は床に膝をついた。

「私……私、どうかしちゃってて……胸に穴が空いたみたいで……気持ちもまとまらなくて……」

 ずっと青い顔のまま涙声を絞り出す姿に、胸の辺りがギュッと痛む。

「不安で、不安で……このままポルナレフさんが帰ってこなかったらどうしよう。これから先またこんなことが起こったらどうしよう、どうしようって……ずっと……」

 敵のスタンド使いからの妨害を受けても、この旅はわくわくするし楽しい。真に心が通い合っている仲間と一緒だからこの旅は楽しいんだと白鳥は心の底から感じていた。

 だけど。

「私は……本当はポルナレフさんに信頼されてなかったんだ……」

 みんながいるから大丈夫。俺も悩んだらお前を頼る。

 その言葉を信じていたのは自分だけだった。

 

「……だったらそれを確かめに行くぞ」

 

 黙って絞り出される声を聞いていた承太郎は、彼女の両手を包み込むように優しく握りしめた。

「え……?」

「ポルナレフにもう一度直接会って確かめろ。明日、俺も一緒にヤツを探す。ここに仇がいるのが本当なら、ヤツもしばらくはカルカッタに留まっているはずだぜ」

 優しく、それでいて強く。先ほどとは違う力強さで承太郎は白鳥の心ごと包み込む。

「お前には俺がいる。お前がさっき誰に会おうとしてたかは敢えて問わねーが……そいつは俺より頼りになるヤツなのか?」

 承太郎の目が、白鳥をまっすぐ見つめている。

 いつも彼女を見守ってくれている強く優しい眼差しを、白鳥はまっすぐ見つめ返す。

 彼女の瞳は涙に濡れていたが、モノクロのように映っていた世界に色が戻っていくように感じた。

「……承太郎先輩がいい、です……」

 その言葉は瞬きによって落ちた涙とともに、自然と滑り落ちた。

「なら、決まりだな。明日ポルナレフを探しに行くぞ。こういうのは花京院が得意だからあいつにも一声掛けとくか……」

 承太郎が明日の予定を決めながら立ち上がると、白鳥のお腹がグーっと根を上げるのが聞こえてきて思わずプッと吹き出す。

「あ、ああ…!す、すみません……安心したら、つい……」

「フッ……いや、お前らしい。腹が減るなら元気な証拠だな。じじいに頼んで何か買ってきてもらうか」

 羞恥で顔を真っ赤にした白鳥の頭をぽんぽんと優しく撫で叩いてから承太郎は部屋の扉を開けたが、すぐそこで聞き耳を立てていたらしいジョセフとアヴドゥルと花京院が「あっ!」と声を上げた姿を見て呆れたように帽子の鍔を下にさげた。

「やれやれ……盗み聞きとは随分といいシュミじゃあねーか」

「だ、だって心配で……なあ、アヴドゥル!花京院!」

「いえ、わたしは止めましたよジョースターさん」

「気になると言って飛び出して行ったのはあなただけですよ、ジョースターさん」

 スンッ、と真顔を決め込むアヴドゥルと花京院に、「そんな〜!」と両頬に手を当ててショックとでも言いたげなジョセフ。

(アヴドゥルと花京院も扉に耳つけてただろーが……)

 大方ジョセフをからかっているだけなのだろうが、3人でわざわざくっついてくるということはそれだけ白鳥のことが心配だったのだろう。

「白鳥。せっかく全員揃っているし、やっぱりレストランにでも行こうぜ」

 承太郎が提案しながら彼女を振り向くと、その表情は瞬く間にパッと明るくなって扉まで歩んでくる。

「行きます、行きたいです!」

 白鳥がいつもの調子に戻っているのを目の当たりにし、他の3人も言い合いをやめてやっと安心したように表情を綻ばせた。

(ポルナレフさんにも……もう一度みんなと一緒なら大丈夫って思ってもらえるといいな……)

 5人で廊下を歩きながら、いつもなら共にあるもうひとつの姿と声を思い返す。

 明日もし彼を見つけられたら、どんなことを話すか。どうしたら彼を安心させることができるのか。

 白鳥はずっとそのことを考えていた。

 

 

「やーれやれだ。アオイの王子様は手厳しいなァ〜」

 一方、夕方から夜に変わりつつある外から白鳥が宿泊している部屋の窓を見上げ、ホル・ホースは言葉とは裏腹に口許に弧を描いていた。

 そう、先ほど白鳥を誘ったのはこの男だ。窓に石を投げて気付かせたところまでは良かったが、そのすぐ後に承太郎が窓際に現れてカーテンを閉められた。幸い姿は見られなかったが、承太郎にはお見通しだっただろうと予想はしている。

「どう思うよ。過保護だと思わねーか?」

 ニヤついた顔を隠しもせず、ホル・ホースは路地裏の陰を振り返る。

 そこには白いローブを身に纏い、目深にフードを被った子供ほどの背丈の人影がぽつんと立っていた。

「それだけ弱いってコトじゃあないの?あたしはそう思うけど」

 まだ幼さの残る少女の声。ホル・ホースはその影に近付き、ゆっくりと恭しくフードを脱がせた。

「トばすねェ〜。もう夜になるからフードは脱ぎな。そしてホル・ホース様の手を握って歩こう、レイラ」

 藍色の髪に金色の瞳。レイラと呼ばれた少女はホル・ホースに一方的に手を取られるが、それを振り払った。

「どうして?1人でも歩けるし、DIO様の手しか握りたくないし、軽薄な男は嫌い」

「お〜〜……DIO様だっていろんな女抱いてるけどォ?」

 明らかに不機嫌そうに眉間に皺を寄せて顔までプイッと背けたのを見て、ホル・ホースはピクッと顔を引き攣らせる。

 実際、DIOはエジプトの館で女の血液を主食としているし、その女と体を重ねる夜もある。DIOのカリスマを持ってすれば、女を魅了することなど造作もないことなのだろう。

「自分が下等生物だと気付かないバカな女も同じくらい嫌い」

「言うねェ。自分を奴隷から解放してくれたDIO様に尽くしたいんだっけ?健気で可愛らしい割に口は悪くておもしれーよ、あんた」

 

 

 レイラ・タァイルは思い返す。

 奴隷として苦しい思いをしながら過ごしていた日々の中、唐突にDIOという男が現れた。

 彼は雇い主を瞬く間に殺してしまうと、怯えるレイラに優しく、甘く、囁いたのだ。

『レイラ。きみは特別な力を持っているね。わたしにも見せてくれないかな?代わりにわたしの力もほんの少しだけ見せてあげるから』

 割れた窓から爽やかな風が吹いている。

 月明かりの中、DIOの表情は父親のように優しい。

 モノクロのようだった世界が急速に色付いていくのが分かる。

(きれい……)

 レイラの中の暗闇に、星のような光が散りばめられていく。

 それがDIOという男との出会いだった。

 

 

「……あたしが信じるのはDIO様だけ。ここにもエジプトから動けないDIO様のために来た。あなたのためじゃあない」

 踵を返し、レイラは路地裏の先へと歩んでいく。それをホル・ホースは早足で追いかけた。

「ツレないねェ。ここで会ったのも縁だろう?あんたも協力してくれると助かるんだがねェ」

「…………」

 ペラペラと喋るホル・ホースの相手が面倒になったのか、レイラはついに無視を決め込み宿泊予定の拠点へとひたすら歩みを進めたのだった。

 

 

 ***

 

 

 翌朝。

 シャッとカーテンが開く音が耳を掠め、瞬間的に突き刺さった朝日に閉じた瞼がチカチカと明るい色を帯びた。

「白鳥、起きろ。ポルナレフを探しに行くんだろう?」

 承太郎がゆさゆさとそんな白鳥の体を揺すり起こす。彼女の寝起きが悪いことはつい最近知ったことだが、起き上がってぬぼーっと開ききらない瞳を晒す彼女の姿はどこか幼げに見えて頬が少し緩んでしまう。

「ポルナレフさん……」

「ああ、そうだ。メシ食ったら早速行こう」

 彼女の着替えを膝に乗せてやり、自身も学ランに袖を通していると廊下から何やらバタバタと騒がしい音が聞こえてきて次には扉をドンドン叩かれる。

「承太郎ッ!白鳥さんッ!大変だ!!」

 花京院の声だ。珍しく声を荒げていて、承太郎は足早に扉まで歩んでいくと扉を開けてその姿を視界に捉える。

「承太郎ッ!アヴドゥルさんがいなくなった!!ジョースターさんも部屋を飛び出していってしまって…!!きっとポルナレフを探しに行ったんだ!!」

「なに…ッ!?」

 承太郎が呼び掛ける前に花京院はガシッと彼の腕を掴んで矢継ぎ早に告げ、その内容に承太郎も目を見張った。

 あのアヴドゥルが何も告げずに消えた。そしてジョセフも後先考えずに出て行ってしまった。花京院も相当慌てているのか先ほどから視線が右往左往していて明らかに落ち着いていない。

「花京院。俺たちもポルナレフを探しに行こうとしていた。くそッ……なかなかヘヴィな状況のようだな」

「迂闊だった……まさかアヴドゥルさんが動くなんて予想すらしていなかった」

 今ここで完全にメンバーが分断されてしまっている。敵がポルナレフや白鳥だけをおびき寄せようとしたことを考えると、向こうからすればこれは好都合としか言いようがない。

「それでも……それでも探しに行かなくては。ポルナレフさんも、みんなも」

 着替えを胸に抱きながら、白鳥は扉まで歩んで2人を見つめる。その姿に2人はハッとすると、顔を見合わせて頷き合った。

「ああ。ポルナレフには言いたいことが山ほどあるしな」

「ハイエロファントで2人の位置が分かるようにしておけば、スタンド同士で情報の共有はできる。手分けして3人を探そう」

 

 花京院は紐状にしたハイエロファントの触手を2人の足首に巻きつけ、先にホテルを出て行った。

 白鳥の準備が整うまでの間、承太郎は部屋の窓からその後ろ姿を目で追っていたが、空が曇り始めてやがて雨が地面を湿らせていく。

「なんだか……イヤな予感がするな」

 あっという間に窓を濡らしていく雨粒を眺めながら、暗雲に包まれた街並みを眺めていた。

 

 

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