星見る鳥の夢   作:斎草

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白いカラス

 

 幸い通り雨だったようですぐに空には光が差し込み、承太郎と白鳥がホテルを出る頃には濡れる心配もなく外に出ることができた。

 しかし、そこかしこにできた水溜まりを避けながら早足でポルナレフ達を探す2人の脳裏には別の心配事があった。

「承太郎先輩。ポルナレフさんが追っていった"吊られた男(ハングドマン)"は鏡を使って攻撃してくる……って聞いたんですよね?」

「ああ……そうだ。ひょっとすると、俺とお前はいま同じことを考えているのかもな」

 最悪だ。こんなことより違うことを一緒に考えたかった――というのを置いておいても、このフィールドはポルナレフにとって最悪の戦場になる。もし今敵と対峙したら、ポルナレフだけでは勝てないかもしれない。

「早く見つけないとポルナレフさんが心配です」

 運良く彼がアヴドゥルたちと合流できていたら良いのだが。

 そう思いながら2人で並走していたが、不意に隣にいた白鳥の姿が消えて承太郎は勢い余って滑りながらも立ち止まり後ろを振り返った。

「白鳥ッ!」

 脚がもつれたのか地面に倒れ伏している彼女の姿を視界に入れ承太郎はすぐに駆け寄る。しかし近付くにつれて状況が分かってきてハッと息を呑んだ。

「い、痛い……あ」

 白鳥も突然低くなった視界に困惑しながら起き上がり、転んだ時に擦った傷を見ようと脚に視線を向けるが、違うものが視界に飛び込んできて思わず目を疑った。

「なっ……これは!擦り傷じゃあない…!!」

 白鳥の左脚のふくらはぎがぱっくりと切れていて、瞬く間に地面を血液が汚していく。幸い傷はそこまで深くはないようだが、ジリジリとした痛みが脚全体を覆い尽くしたかのように駆け巡っていく。

「白鳥、大丈夫か?立てるか?」

「た、立てますけど……走るのはちょっと」

 どう考えても転んでできた傷じゃあない。なにか鋭利なもので斬りつけられた傷だ。

 承太郎は周囲を警戒しながら白鳥を支えて立ち上がらせ、水溜まりに目を向ける。

 

 鏡を使って攻撃してくるスタンド。

 それは恐らくこういった水溜まりやガラスの反射も利用できるのではないか。

 承太郎と白鳥が危惧していたのはまさしくこの事なのだが、ひとつ不可解なことがある。

(ヤツはなぜ白鳥を狙った?分断しているとはいえ、今こいつを狙う理由がヤツにはない。一体なにが目的だ?)

 真っ先に思いつき、最も考えたくないことだが、まさかポルナレフをすでに殺害したからこちらに来たのか。

 いま攻撃されたことを花京院に伝えるべきか。承太郎は花京院が結んでくれた触手の糸に触れようとした。

 

 刹那、パァン!と銃声のような破裂音が聞こえてきて弾かれたようにそちらに顔を向ける。

「い、いまのって…!!」

「フツーじゃあねェな、この音はッ!悪りぃが急がせてもらうぜッ!」

 承太郎は走れない白鳥を横抱きにすると銃声が聞こえた方向へ踏み出そうとした。

 

「いまはだめ」

 

 すれ違いざまのように聞こえた幼い声。

「ッ!?」

 直後、ブシャッ!と己の左のふくらはぎから血が噴き出す。

「なにッ…!!」

「承太郎先輩ッ!!」

 駆け巡る鋭い痛みに思わず膝をつき傷口を確認してみると、白鳥と同じようにぱっくりと切れていた。

「いまはだめ」

 あの声が、こんどは頭上から降り注ぐ。

 白いローブに目深に被ったフード。奥から覗くのは不気味に光る金色の瞳。

「テメー……何者だ」

 両手は左右正しく存在しているし、背丈も声も少女のようだ。"吊られた男(ハングドマン)"ではない。

「答える必要はない。ここで死ね。承太郎、白鳥」

 少女は彼らを見下しながら冷たく言い放つ。そんな彼女の纏うローブの裾がブワッとはためき、承太郎は咄嗟にスタープラチナを、白鳥はハントレスを繰り出した。

「なにかヤバいぜッ!スタープラチナッ!」

「ハントレス・ブルーッ!」

 スタープラチナの拳とハントレスの矢が同時にグワッ!と少女に向かって放たれる。

 しかし、少女はそれらが当たる寸前に瞬時にその場から脚を動かさずに後退した。

「ッ!!」

「瞬間移動…!?」

 遠くなった少女の姿に目を白黒させている間に今度は2人の肩からブシュ!と血が噴き出す。

「次は首を刎ねる」

 変わらず抑揚のない声が2人に向けられている。再びローブの裾がはためいた。

「……白鳥」

「……やってみます」

 承太郎と白鳥は少女とその周囲を注意深く観察する。

(あのガキの周り……まるで風が取り囲んでいるかのようだ)

 先ほどもそうだが、少女の周りだけに風が吹いているかのようにローブが常に動いている。

 それだけじゃあない。

(なんだか風の向きがさっきと変わったような……)

 少女と遭遇してから、風が彼女に対して追い風に流れているように感じる。

 

 次は首を刎ねる――言葉通りであるなら。

 

「!!」

 少女は目を僅かに見張った。

 攻撃を放った、まさにその瞬間的なタイミングで承太郎と白鳥は地面に伏せ、首を刎ねるはずだった刃を避けてみせたのだ。

「テメーのスタンドは……風を操るスタンドで合ってるか?」

「…………」

 肩や脚を傷付けた見えない斬撃は風の刃。そして先ほどの瞬間移動のように見えた動きも、足元に風を起こしそれに乗ったことによって実現できた現象なのだろう。

 承太郎の言葉に少女は瞬きだけを繰り返し、表情を一切変えなかった。何を考えているのか分からない、どこか空虚のようにも見える眼はただ2人を見つめている。

「まんまと当てられて言葉も出ねーか。だが立ち塞がると言うなら倒すまでだ」

 承太郎は白鳥を支えながら立ち上がり、彼女から離れてゆっくりと少女に近付いていく。その間、少女は逃げなかった。

(なんだろう、この胸騒ぎ……子供にしては冷静すぎる。それに、さっきから表情ひとつ変えない……まるでよくできた人形みたいだわ)

 白鳥もいつでも援護できるように弓を構えるが、対峙する少女を見つめているとその不気味さにゾクッと緊張が体中を駆け巡る心地になる。

 なにかヤバい。このまま終わらせてくれるわけがない。

 そう思っている間に承太郎と少女の間合いが攻撃の射程圏内に入ってしまった。

 なにかある――それでも承太郎はスタープラチナの拳を少女に向けて振りかぶった。

「オラァッ!!」

 掛け声と共にスタープラチナの拳とハントレスの矢が炸裂する。子供を攻撃するのは些か抵抗があるが、相手が敵で明確な殺意があるのだから仕方がない。仕方がない――白鳥はそう自分を言い聞かせた。

 しかし。

「ぐッ…!!」

 まさに少女に攻撃が当たる寸前のところ。承太郎は呻き声を上げて拳を前に突き出したまま動かなくなった。

「ハッ…!まさか!」

 己の放った矢が少女に当たらず、不自然に弾かれたことで白鳥も思わず声をあげる。

「風の障壁…!!」

 風は目に見えないのでどうなっているのか視覚では判断できない。だが、スタープラチナの拳を押し返すような渓流のごとき勢いを纏う風が少女の前に見えない壁となって吹いているのを感じる。

「くそッ!風なんてどうやって攻撃を……うッ!!」

 どうにかして風を突破できないかと思考を巡らせようとしたが、それを阻止するかのように瞬間的な突風が承太郎に向けて吹き、足を掬われた隙に承太郎の体が風に煽られて後方へ吹き飛んだ。

「なんてパワーッ!俺を吹き飛ばすほどの…ッ!!」

「承太郎先輩ッ!……って、うわあああッ!」

 ちょうど真後ろにいた白鳥に激突する寸でのところで承太郎は錐揉みのように体を咄嗟に回転させて白鳥に腕を伸ばし、抱き込む体勢を取ると己の体を下にして背中から地面に滑り込んだ。

「せ、先輩!大丈夫ですか!?」

「これくらいなんともねェ。しかし、どうやって近付く……ヤツに」

 すぐさま白鳥が起き上がり下にいる承太郎を気遣うが、彼も起き上がって次の攻撃に入ろうとする少女を見据える。

 単純な能力ほど強い。風を封じでもしない限り、ここは彼女の独壇場になる。

 対策を考えなければ同じことの繰り返しだ。

「次。次で殺す」

 少女の周りに再び風が集まるのを感じる。考えながらでも動かなくては。そう思うのに思考がまとまらない。

 

 刹那。

「ハーミット・パープルッ!!」

「……ッ!!」

 突如、視界の隅から茨の蔦が飛び出してきて少女をがんじがらめに縛り付けた。

「間一髪と言ったところじゃのう!承太郎ッ!白鳥くんッ!」

「じじい!!」

「ジョースターさん!!」

 少女の背後にある路地からハーミット・パープルの蔦を引き、少女をその場で縛り上げながらジョセフはコォォォ……と独特の呼吸法を始める。

波紋疾走(オーバードライブ)ッ!!」

「ううう…ッ!!」

 茨の蔦を通して流れた波紋に、少女は縛られながら苦しそうに悶えてやがてぐったりと意識を失ってしまった。

「じじい、助かったぜ。こいつは……」

 能力を解除し少女を肩に担ぐジョセフのもとへ、白鳥とともに歩いてきた承太郎はその少女を顎で指す。

「気絶させただけじゃ。敵とはいえまだ子供じゃからのう。しかし……」

 ジョセフも顎に手を添えながら思考を巡らせる。

「連れて行ってもかなり抵抗するじゃろうな。どこかに監禁でもした方が安全かもしれん」

 するならホテルの方がいいだろう。下手な場所に置いてくれば簡単に抜けられたり現地の人々が被害を被る場合もある。

「わしはこの子をどうにかする。2人は引き続きポルナレフ達の捜索を頼みたいんじゃが……」

 そこで承太郎と白鳥に結ばれたハイエロファントの糸から振動が伝ってきて2人は足元を見た。

『承太郎、白鳥さん』

「花京院。なにかあったのか?」

 振動が声となって伝わってきて糸をたぐり寄せるように手に取り、ジョセフもその声が聞こえるのか2人にいま一歩近寄る。

『いまポルナレフと合流して町から少し外れた場所まで車で走っている。"吊られた男(ハングドマン)"……僕らはヤツと対峙した。ヤツが追ってこないとは思えない。一旦この能力を解除するかもしれない』

 花京院がポルナレフを見つけて行動を共にしている。その事実を知り、一同はホッと胸を撫で下ろした。

 あとはアヴドゥルさえ見つかれば。そう考えた時、花京院が僅かに息を詰まらせたように感じた。

『……アヴドゥルさんは。アヴドゥルさんも見つけたんだ。しかし……』

 歯切れの悪い花京院の言葉に嫌でも悪い予感が過ぎってしまう。

「花京院先輩…?アヴドゥルさんが、どうしたんですか?」

 嫌な予感を振り切りたくて、白鳥は声を上げる。

 敵の襲撃で大怪我を負ったのでは。生きてはいるが、大怪我を負った。だから言い出しにくいんだ。

 きっとそうに違いない。一同はそう考えようとしていた。

「か、花京院……大丈夫じゃ。わしらにはSPW財団の凄腕の医療班がいるんじゃ。このインドにも支部がある。すごいじゃろう?アヴドゥルもきっと大丈夫じゃ!」

 ジョセフが自分にも言い聞かせるように花京院に伝えるが、彼は少しの沈黙の後に鼻を啜る音を静かに響かせる。

 

『……死んだ人間を、生き返らせることも……ですか』

 

 その一言は、ゾッと一同の背筋を凍らせるほどに冷たくした。

 悪い予感ほど当たるものだ。

 花京院典明がこんな時に嘘をつくような性格をしていないことくらい誰だって知っている。いや、この緊迫した状況で嘘をつく方が難しい。

 だが、明かされた事実はそうであるほどに重くのしかかる。

『……今度ヤツが襲ってきたら、僕とポルナレフが必ず決着をつけます。まずは状況の確認をお願いします』

 嗚咽を無理矢理抑え込むように絞り出された声に、3人は彼には見えずとも静かに頷くほかなかった。

『それと、白鳥さん』

 不意に白鳥が指名され、彼女は繋がれた糸に注目する。

『アヴドゥルさんを殺したのは"吊られた男(ハングドマン)"だけじゃあない。あの男……ホル・ホースも共犯だ。だから今後あの男に出会ったら、決して心を許しちゃいけないよ』

 花京院は子供を諭すように言い置き、それ以降声を返さなくなった。

 

「やれやれ……やはりか」

 彼の言葉に唖然としたように口を半開きにしている白鳥を見て、承太郎は最初から分かっていた風に小さく肩を竦める。

「白鳥。これでわかっただろ。今後、俺たち以外の人間を簡単に信用するな。俺たちのそばを離れるなよ」

 ぽん、と白鳥の肩に手を置くと彼女はハッと意識をこちらに向けて頷いた。

 

(気を強く持たなければ……あんな風に落ち込んでなんていられない。みんなに心配や迷惑を掛けてしまう方がつらいわ……)

 あの時の自分はどうかしていた。いまになって思えばホル・ホースは最初から怪しかったのだ。不安なところを簡単に突かれて無防備についていって、簡単に騙されて。バカ女だと罵られて当然のことだ。

 しかし気を強く持とうとすればするほど喉奥から何かが上がってくる感じがして自分でも顔色が悪くなっていくのがわかる。

 また迷惑を掛けたら。また気付かないうちに騙されたら。

(でも……たったひとつだけ真実があるわ。この人たちを信じて、一歩ずつでも前に進んでいけば……私はもう大丈夫なんだ)

 承太郎たちと一緒にいると、勇気が湧いてくる。自分は大丈夫なんだと思える。

 彼らの後ろをついていくのではなく、彼らの隣を歩いていたい。そう思える。

 

「まずはアヴドゥルだ。アヴドゥルの容態を確認しに行く。もしかすれば……あのエセカウボーイともまた会えるかもしれねーしな……」

 気付けば周りの通行人たちが次々と掃けていっている。

「向こうで死体が見つかったらしい!」

「さっき変な喧嘩してたよなぁ、あっちの方」

 噂話を撒き散らしながら駆けていく野次馬たちの次の標的はおそらくアヴドゥルなのだろう。この通行人たちについていけば、彼のもとへ辿り着ける。

「わしは後で合流する。あくまでアヴドゥルが優先だ。深追いはせんように」

 ジョセフは改めて少女を抱え直し、大通りを避けて路地裏を早足で進んで行った。

「俺たちも行こう、白鳥」

「はい……」

 承太郎に手を引かれ、彼の隣を歩きながら白鳥も進んでいく。

 確かめなければ。アヴドゥルの無事を祈らなければ。悪いことばかり考えてはだめだ。

 足取りが重いのはきっと、怪我のせいだけではなかった。

 

 

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