星見る鳥の夢   作:斎草

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法皇の緑

 

 医務室にやってくると、女医先生と不良2人がすでにそこにいた。

「あら、ジョジョ!と、あなたは……」

「あ、すみません先生。1年の白鳥です。足を怪我したジョジョ先輩の付き添いで来ました」

 ぺこりと白鳥が頭を下げると、先生は珍しい事もあったものだと首を傾ける。

「ジョジョが女の子を連れて来るなんて珍しいわね〜!年下が好みなんて知らなかったわ」

「ホントっすねェ〜!まさかあのジョジョが〜ッ」

 先生と不良達は笑っているが、承太郎はバツが悪そうにしながら先生の向かいの椅子に腰掛ける。

 一方の白鳥も、気まずそうに視線を逸らした。

(どっちかと言うと、私はいまだにジョジョ先輩がちょっと怖いんだけど……)

 確かに助けてもらったし、同じスタンド使いとして気にかけくれる面もあったわけだが、そのイメージを完全に払拭したかと言えばそういうわけでもない。現にいまも、いろいろ勘違いしている3人に囃し立てられても気まずそうにしている事以外の彼の感情がよくわからないのだ。

 たぶん私も、友達みたいに彼に惚れていたならば勘違いするだけの事は出来ただろうが、そうではないために複雑な心境である。

「あらあら、ごめんなさいね?付き添いしてくれてありがとう。授業に出づらいならここに座ってていいわよ」

 先生もそれを汲み取ったのか、そこらの女子達とは違ってそういったリアクションを寄越さない白鳥を戸惑わせてしまっている事を謝りながら、教室の隅から椅子を引っ張ってきてそこに白鳥を座らせた。

「それで?足を怪我したんですって?」

 先生は承太郎の向かいに座ると怪我をしたという足を診てみる。確かにズボンが破けてそこから血が滲んでいた。

「石段で転んだ」

「転んだ!?そんな事言って……また喧嘩したんでしょう!それと、室内なんだから帽子を脱ぎなさい、帽子をッ」

 そうやって小言をぶつけ始める先生に対し、承太郎はやれやれと言った様子で椅子の背もたれにギシリと寄りかかる。

 実際のところ、白鳥もそう思っていた。承太郎の怪我は先ほど医務室に入る前に見せてもらったが、転んだ時に出来る擦り傷とは違ってぱっくりと何か鋭利なもので斬られたような傷だったからだ。

「先生ェ〜、喧嘩してジョジョが怪我した事あるゥ?ンなわけないっつーの!」

「そーそー、ヒヒッ」

 しかし、ベッドに寝転ぶ不良2人はそう言って笑っていた。

 白鳥は詳しくないが、確かに承太郎が喧嘩して負けたり怪我したりというのはあまり想像できない。彼女ですらそう思うのだから、この不良達の言う事は間違っていないのだろう。

「ホホホ!それもそうね!じゃあ転んだっての信じるわ、あわてんぼさん」

 先生も同意するように笑うとハサミを取り出す。それを見て承太郎は椅子に座りながらも体を後ろに引く。

「おい待ちな。ハサミなんて出して何するつもりだ……?」

「何って、ズボンを切るのよ。手当て出来ないわ」

 オドけるようにハサミをチョキチョキ空で動かすのを、承太郎はついに椅子から立ち上がって逃れようとしていた。

「冗談じゃあねーぜ。脱ぐよ、もったいねー」

「あら、意外とセコい奴ね〜」

 クスクス笑う先生を尻目に、承太郎はズボンを脱ごうとベルトを緩めようとする。その過程で、隣にいた白鳥と目が合った。

「あ、いえ……私見ませんから。早く脱いで終わらせてくださいね」

「…………」

 ほんのりと頬を染めながら顔ごと承太郎から視線を外す白鳥に、彼はなんと声を掛けていいか分からなかった。

 今まで関わってきた女子とは明らかに違う彼女を目の当たりにして、どう扱うべきか――少なくとも同じような能力を持つ者として、関わる機会は多いはずの彼女とどう接するべきか、彼なりに考えているところではあった。

 

 しかし今はこの場をさっさと終わらせる事が先決であろう。承太郎はベルトを再度緩めようとそこに手を伸ばす。

 その過程で、先ほどポケットにしまった物が床に転がり落ちた。

 先ほど石段で襲われた時、ここの生徒だという男から受け取ったハンカチ。拾い上げようと身を屈めると、折り畳まれた布の隙間から文字のようなものが見えて慌ててそれを広げる。

「な、なんだ?これはッ!」

『空条承太郎 本日中にきさまを殺す わたしの幽波紋で!』

『花京院典明』

 ハンカチに躍る文字。花京院典明。このハンカチを渡してきた男の名。

 

「ジ、ジョジョ先輩……!」

 そこで白鳥の声がすぐ近くで聞こえて彼女に視線を移すと、彼女は怯えた表情で承太郎の学ランを握りながらベッドの方に視線を釘付けにさせていた。

「せ、先生!な、何をしてるんです!?」

「ヒィィィィ!」

 その視線の先では先ほどの不良2人まで怯えた表情を晒して彼らの前にいる人物を見ている。

 何かが激しく空を切る音。その音の正体はすぐに分かった。

「何を?って……」

 不良達の前にいる先生は万年筆のインクを飛ばしながら、それを何度も振り下ろしている。

「体温計を!振って!目盛りを戻してるんじゃあないのッ!」

「た、体温計って!せ、先生!」

「そ、……それは万年筆ですゥッ!」

 こればかりは不良達が正しい。先生は体温計と言い張っているが、手に持っているのは誰がどう見ても万年筆だった。

「万年筆ゥッ!?」

 それでも先生はそれを振るのをやめない。様子までおかしい。

「万年筆ですってェ!?これがッ!?」

 よく見ると、先生は白目を剥いて泡まで吹いていた。

「ジ、ジョジョ先輩……!どうしよう……!」

 白鳥は突然の先生の豹変っぷりにすっかり怯えてしまい、承太郎に助けを求める。

 学ランを握る手も、か細い脚も震えている。彼女自身ですら情けなくなるほど、白鳥の頭の中は混乱していた。

「なんて頭の悪い子達でしょうッ!あなたたちにはこの体温計がッ!万年筆に見えるのッ!?」

 先生は泡を吹きながらも狂ったように万年筆を振り回し続けていた。その尋常でない様子に、承太郎は無意識に白鳥を己の背後に隠した。

 

「それじゃあよくッ!見てみなさいッ!!」

 

 万年筆の先が不良の1人に構えられる。次の瞬間、何の躊躇いもなく先生はそれを不良の目にズンッと突き刺した。

 途端に不良達の痛みに悶えるような悲鳴が医務室中に響き渡る。承太郎は背中越しに己の学ランを握る手に更に力が籠もったのを感じる。

 

「ジョジョォ……」

「……!」

 不良達が逃げるように医務室を飛び出すのを尻目にしながら、承太郎は一瞬だけ先生の足元を何かが這ったのを視界に入れる。

 これがこの先生に何かを――そう考える矢先、先生は彼を振り返ると一気に距離を詰めた。

「まさかあなたまでこれが万年筆に見えるなんて……言わないわよねェェーーーッ!?」

 奇声にも似た声を響かせながら、先ほど不良にもやったように彼の目に万年筆の先を突き立てようとする。

 それを承太郎はいとも容易く受け止めた。……はずだった。

「……ッな!?」

 動く。それでもこの先生の腕は動いた。普通の女性の力であれば、彼が受け止めきれないわけがない。ましてや1ミリでも動かすなんて。

 そのまま万年筆は軌道をずらされたとはいえ、承太郎の頬を抉っていく。一歩後退り、背後にいる白鳥に視線を投げると、彼女は恐怖でさらに顔を歪めていた。

「白鳥ッ!俺から離れろッ!!」

 このままでは彼女まで危険に晒してしまう。承太郎の声に我に返った彼女は、震える脚を懸命に動かして医務室の隅へと走った。

 

「彼女を離してしまって良かったのかな?」

 

 そこで不意に今までこの場にいなかった第三者の声が響く。

 その人物は窓枠に腰掛け、不敵な笑みを浮かべながら承太郎達を見ていた。

「その女医にはわたしのスタンドが取り憑いて操っている……わたしのスタンドを攻撃する事はその女医を傷つける事だぞ、ジョジョ」

「き、きさま!何者だッ!?」

 承太郎が動揺している。その様子だけでも、こないだのゴロツキ達とは違って相手が格上だという事が伝わってくる。

「先ほど名乗ったはずだが?花京院典明……わたしのスタンドは『法皇の緑(ハイエロファント・グリーン)』わたしは人間だがあのお方に忠誠を誓った」

 男――花京院典明は手に持った木製の操り人形を片手で器用に操りながら淡々と喋る。白鳥には半分も分からない話だったが、これだけははっきりと分かる。

(ジョジョ先輩がさっき言ってたのは……もしかしてこの人の事!?)

 

 医務室に来る前、そんな事を話した。自分達以外にもスタンド使いがいる。この学校にすでに潜んでいる可能性がある。

『下手にそいつを出して巻き込まれる事のないようにな』

 承太郎は白鳥をこの戦いに巻き込む事だけは避けたいと思っていた。彼女もスタンド使いである事は間違いない。しかし、それ以上に彼女は普通の女の子だった。喧嘩はできないし、今だってこのように怯えて己の背に隠れてしまうような人間だ。

 彼女には荷が重すぎる。

 

「きゃあッ!」

 不意に短い悲鳴が響き、承太郎は咄嗟に声のした方を振り返る。

「なッ!!」

 そこに映し出された光景に思わず息を呑んだ。

 白鳥が退避した教室の隅。その壁に、彼女は磔にされていた。よく見ると先ほど先生の足元を這ったあの気色悪い緑色の触手が白鳥の両手首と脚を縛っている。そこに、極め付けと言わんばかりにもう一本触手が伸びて首に巻き付いた。

「ハイエロファントに攻撃すれば、彼女にも危害が及んでしまう事だろう」

 花京院は勝ち誇ったような笑みを顔に貼り付ける。承太郎とは真逆のようだった。

 首を緩く締め付けられながらも、白鳥はその様子を見る。

 きっと承太郎は、白鳥にスタンドを出させる事だけは避けたがるだろう。彼女を巻き込まないために。

 しかし、ここで見ているだけなんて出来るはずがなかった。

(なんとかしなければ……!でもどうやって……!)

 息苦しくて、上手く思考が回らない。それでも、考えなければ。

 白鳥はうっすらと隣に己のスタンドを浮かび上がらせながら、その機会を窺っていた。

 

 

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