星見る鳥の夢   作:斎草

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04.確固たる絆
国境、峠道


 

 途中デリーに立ち寄りSPW財団から物資を受け取り、ジョースター一行は足早にそこを後にした。ベナレスで警察騒ぎを起こしてしまった以上、インドにいる間は都市部への滞在は避けるべきだろう。

 一行の乗る車は北部、パキスタンに向かって走っていた。

 

「インドも北部に来るとさすがに肌寒いな……ブランケットやら上着やらを手配したのは間違いじゃあなかったか」

 デリーで受け取ったのは主に防寒具の類だ。そのほかにもジョセフの念写用のカメラなど、各々必要なものを取り寄せてもらっていた。

「白鳥もいいモンもらったなァ」

 ポルナレフはバックミラーに映る白鳥の姿をチラリと見遣る。彼女はジョセフの念写用カメラと同じポラロイドカメラを膝に乗せてずっとニコニコしながら眺めているようだった。

「それでなに撮るんだ?旅行記でもつけるのか?」

 運転しながら微笑ましそうに話し掛けると、白鳥はカメラを運転席の方に構える。

「旅行記というか……みんなの写真を撮ってみたいなって思って。フィルムもたくさんもらったのでいっぱい撮りたいです!」

「おわッ!?」

 そうやって前の座席に身を乗り出し、運転するポルナレフの横顔の前でシャッターを切る。いきなり後部座席から生えてきたかのように現れた彼女の姿にポルナレフは思わず声を上げ、助手席にいた花京院もビクッと肩を揺らす。

「こらこら!危ないだろ〜ッ!?俺は運転中なのッ!座った座った!」

 ポルナレフは前を向いたまま片手を上げ、白鳥の顔に軽く手の甲をぶつけて後ろに押し戻す。彼女は「んっ!」と短く声を上げながら大人しくシートに収まっていった。

「山道が多くなって道幅も狭くなるのは確かだから、この先本当に危ないですよ。カメラ、壊さないようにしまっておいた方がいいんじゃあないかい?」

 やけに上機嫌な白鳥を振り返り、花京院も苦笑いを溢す。よほどカメラが嬉しいのだろう、白鳥は出てきたばかりのまだ真っ黒な写真をジッと見つめていた。

「そ、そうですね……もらったばかりで壊すのはちょっと気が引けます」

 しかし花京院の言葉にハッと我に帰り、写真を承太郎に預けてカメラを荷物の中にしまった。その様子にホッとしながら花京院は前を向いて地図に視線を落とす。

 

 この先の山道を抜け、パキスタンに入る。道は変わらず荒地なのでガタガタだが、この車は四輪駆動のランドクルーザーなので特に心配することはないし、ポルナレフの運転技術も危なっかしい様子は今のところない。敵の襲撃さえなければ順調だ。

(まあ、そうやすやすと上手く行くとは思っていないが……)

 荒野でキャンプをした時や、デリーに立ち寄った際は運が良かったのか敵のスタンド使いと遭遇することがなかった。しかしこれから先はどうなるか分からない。

 

「あ!結構よく撮れてませんか?さっきの写真」

 後部座席から聞こえた白鳥の声に花京院はバックミラーをチラリと覗き見る。彼女は承太郎の持っている写真を見ようと手元を覗き込み、ジョセフも「どれどれ?」と身を寄せている。承太郎は彼らが見やすいように写真を真ん中の方に寄せていた。

「ム!さすが運転しているだけあって真剣な顔じゃのう。いつもこうなら結構ハンサムなのかもしれんな〜」

「ポルナレフもこんな顔が出来るんだな」

「え?どんな感じだい?僕にも見せてほしいな」

 ジョセフと承太郎の(若干失礼な)感想に興味が湧いてしまい、気付けば花京院は後ろを振り返り手を伸ばして承太郎から写真を受け取っていた。

「あっ!ずりぃぞ花京院ッ!俺にも見せろよ〜ッ!」

「だめですよポルナレフ。脇見運転なんて、こんな荒地じゃあ余計に危ないだろう」

 花京院がしれっと写真を眺めているのをチラチラ横目に見てポルナレフは悔しそうに声を上げる。

 

 確かに、花京院の言う通りここは舗装された道路なんかじゃあないしどんどん狭くなっていくだろう。脇見運転なんてもってのほか、公道だとしてもよくないさ。しかし、しかしだ。自分がカッコよく写っている写真なんていますぐ見たいに決まってるだろう!――彼はぐぬぬと歯を食いしばりながらも運転に集中しようとしていた。

 

「本当だ。まじめな顔は結構イイんじゃあないか?いつもはあんななのに」

「どんなだよッ!俺はいつだって超〜ッハンサムなイケてるお兄さんだろ〜ッ!?」

 ポルナレフがツッコミついでにそう自分の容姿と中身を訂正しようとしたが、他の4人はシーンと急にしおらしくなって盛大なため息が出てしまった。

 相変わらず自分の扱いはこうだ。わかりきっていたことだしいまさら真面目に訂正しようとも思わない。

 けれども、ここ数年1人でいたからかこの空気感は案外悪くないもので、このメンツといると不思議と心が安らぐのだ。

 DIOに洗脳された時とは違う、本当の安らかさを。

「白鳥の写真の腕がいいということだ。あとでゆっくり存分に眺めな」

 承太郎がその場を収め、写真を花京院から回収してそれを白鳥に返す様子をバックミラー越しに見る。

 生意気だがこの3人は弟妹が増えたような気分になるし、ジョセフはお茶目で頼りになる祖父のような人だ。

 アヴドゥルも堅苦しいが面倒見のいい兄のようだった。――ここにはもういないが。

(インドとももうお別れだが……俺は必ずここに戻ってくるぜ。アヴドゥルの墓をキチンと作ってやらねーとな……)

 ジョセフからアヴドゥルのことは簡素だが埋葬したと聞いた。もう今度こそ己の身勝手で誰かを喪うような真似は絶対にしたくない。

 生きるために戦う。眠る彼の意志を継いで。

 

「ゲッ!!」

 感傷に浸ったのも束の間、ポルナレフは前方に見えたものを視界に入れた瞬間思い切り急ブレーキを踏んだ。

「うおおおおおッ!!」

 ギャリギャリと音を立てて車は地面を滑り、やがてガコンッ!と一際大きく揺れて停車する。

「いたたた……」

「どうしたポルナレフ!いきなり急ブレーキなんて…!」

 座席に腰や背中を打ち付けたのか皆一様に顔を歪めながら運転席を見遣るが、とうのポルナレフは食い入るように前方を見つめている。

 彼が急ブレーキを踏んだ理由がそこにある。一同がほぼ同時にフロントガラスの向こうを見ると、彼と同じように目をまんまるく見張ったのだった。

「よっ!また会ったね!乗せてってよ!」

 そうやって帽子を片手に走ってくる小さなその姿。

「やれやれだぜ……」

 シンガポールで別れたはずの家出少女、アンの姿に承太郎はため息しか出なかった。

「乗せて乗せて〜!」

「だめだッ!乗せてやらん!てゆーかこの車は5人乗りだ。見てみろ、満員だぜ!」

 外から車の窓を覗き込んでピョコピョコ跳ねてくるアンをポルナレフはそうやって一蹴する。運転席、助手席はもちろん、後部座席も承太郎とジョセフのガタイが良いからか真ん中の白鳥の両脇はミチミチで窮屈そうにも見える。

 しかし、アンはその様子を見てピンと閃いたように目を見張った後にそこをニヤ〜っと細めた。

「ん〜?白鳥ねーちゃんには特等席が残ってるように見えるけどなァ〜?」

「と、特等席…?」

 

 そして今に至る。

「見てよこれ!インドの土産屋でかっぱらってきたエロ写真!こういうの好きでしょ〜?」

「こらっ!子供がこんなモン持ってんじゃあないッ!」

 アンは後部座席の真ん中を陣取り、ジョセフや花京院に女性のグラビア写真を見せびらかしている。懐から何枚も出てくる写真の量は計り知れず、これをダシにヒッチハイクをするつもりだったのだと嫌でも分かる。

 こんな手口を使う年端もいかない子供を車に乗せる人間なんてロクなモンじゃあない。だったら自分たちが乗せてやった方がいい。ジョースター一行はそれに至ったのだ。

 

「すみません、承太郎先輩……さすがに暑いですよね」

 白鳥は己が腰掛ける"特等席"の後ろを振り返る。

 アンが提案した白鳥の"特等席"。それは承太郎の膝の間だった。シートに深く腰を預け脚を広げたその間のスペース。そこに白鳥が座る形になったわけだが。

「いや。構わねえよ。背中預けていいぜ」

「そうですか?じゃあ……」

 白鳥が承太郎の体に背中を預けると、彼はその細い腰に片腕を回す。それを見た一同は目を丸くさせていた。

「お前らいつの間にそんなに…?」

「僕らが見てないところで進んだのか…?」

「オーマイガー……展開が早すぎる……」

 ちょっと前までは互いに涼しい顔をしていながらもこんな風に密着したりはできなかったはずだが。

「なんの話だよ……」

 当の本人たちはきょとんとこれまた涼しい顔をしていた。

 というのも、承太郎からしても彼女の体に触れたり抱き込めたりするのは初めてではないし、白鳥からしても彼にそうされるのは嫌ではないしむしろ安心もしている。

「これくらい平気でなきゃ、同じ部屋で寝泊まりできねーだろ」

「そりゃあそうだけどよー……」

 ポルナレフはガックリと肩を落とす。

 アンが"特等席"を提案してきた時、てっきり彼らの初々しい反応を見れるものだと思っていた。それが蓋を開けてみればこうだ。もう恋愛とかその域を越えてるんじゃあねーのかコイツらは。

「同じ部屋にさせすぎて慣れてしまったのか……」

「もう2人でいるのが当たり前のようじゃのう」

 それはそれで、と花京院とジョセフは微笑ましそうだ。なんとなくガッカリしているのはポルナレフだけらしい。

 

(……って平気なフリしてるけど、承太郎先輩の心拍数がヤバいことになってるはみんな気付いてないみたいね……)

 白鳥からは窺うことはできないが、それほど承太郎は涼しい顔をしているのだろう。それとは裏腹に背中越しに伝わる彼の心音はドクドクと早鐘を打っている。

 いままでもこうだったのだろうか。誰にも悟られないようにしていただけで、本当はこの心拍をずっと抱えていたのだろうか。

 立っているだけで異性から黄色い声を浴びせられ、そのたびに吠えていた彼からは想像できない。

 顔を俯かせながら腰に回された腕に手を置くと、そこがぴくりと揺れる。改めて己の膝をすっぽりと収める彼の大きな膝を前にして顔に熱が籠る。

(もう……私まで意識しちゃうじゃあないの……)

 初めての感覚に目の前が霞む。

 気付けばアンが乗り込んできたことで一時停車していた車は既に発進していて、いままさに初々しい反応をしている白鳥をポルナレフが目にすることはなかった。

 

「ねえねえ、承太郎と白鳥ねーちゃんはどこまで進んだの?キスした?エッチなことした?」

「コラ!子供がそんなマセたこと訊くんじゃあないッ!」

 そんな風に心臓を震わせたのも束の間、隣にいるアンがこちらに向かって身を乗り出してきて、それをジョセフが眉を顰めながら咎め自分の方に引き寄せた。

「ていうかキスしてたよね!?ほら、あたしとねーちゃんが溺れた時!」

「え?」

 その言葉に白鳥は記憶を掘り起こす。なにせいろいろあったものだから、思い出そうとしなければ出てこない事柄も多い。溺れた、という単語からして暗青の月(ダークブルームーン)と遭遇した時のことだろうか。

「してない」

 しかし白鳥が思い起こすより先に承太郎が一言、ジョセフに押さえつけられながら尚もバタバタしているアンを一瞥し、帽子の鍔を下げながら否定する。

「え〜!してたよ!」

「してない」

「してたって!あれはキスだよ!」

「違う」

 白鳥以外は思い当たる節があるようで、気まずそうに視線を逸らす。その様子を見たアンはムッと頬を膨らませた。

「してたよね!?花京院さん!」

「いや……あれは違うと思うよ」

「ポルナレフさん!」

「俺に訊くな、運転中だ」

「じーちゃん!」

「はて、そんなことあったかなァ〜」

 立て続けにのらりくらりと躱され、アンの機嫌はますます悪くなっていく。一方の白鳥はどう思い出してもそんな記憶がないし、それに皆がそう言うならそうなんだろうと納得しているところでもあった。

「アンちゃん、あんまりみんなを困らせちゃだめだよ。ましてやポルナレフさんなんて運転中だし」

 ね?と白鳥がそう諭して、やっと彼女はシートの背もたれに背中を預けて大人しくなった。

「あたしだってもう少し大きくなったら男の子のためにオシャレしたり爪を磨いたりするわよ。その前に世界中を見てまわりたいって思ってた……でもさ、白鳥ねーちゃんを見てて思ったんだ」

 床につかない脚をブラブラさせながら独り言のように少女が呟く言葉に白鳥はそっと耳を傾ける。

「そうやって大きくなってから好きな人と旅するのだって、きっと悪くないわ。でも好きな人と行くなら危ない目には遭わせたくないし。だからあたしがそういうのを知っていたら、その時はもっと楽しくなるかも……ってさ」

 

 窓の外は変わらず岩肌ばかりでなにも楽しくはないが、こんな風に好きな人たちと一緒ならなんだって楽しいはずだ。ベナレスで出会ったレイラと一緒に町のいろんな場所を見てまわってみて、それだけでも楽しかったのだから間違いない。

 

「そうじゃのう……旅は危険なことがたくさんあるが、事前に知識をつけておけば大抵どうにかなるもんじゃ。だが、きみのように無茶苦茶やるのはわしは同意できんな」

 それでもアンがやっていることは密航に始まり犯罪スレスレなものばかりだ。本当なら然るべき場所でしょっ引かれてもおかしくはない。ジョセフの言葉に一同はうんうんと頷いていた。

「そーそー。そういうことこそ大きくなって正しい知識を身につけてからでも十分間に合うぜ。旅行が趣味の女だっているしよォ」

「将来はジャーナリストとかどうかな?それこそたくさんのものを見る機会があると思うよ」

 ポルナレフと花京院の言葉に、アンはムムッと考え込む。

 確かに近所に住んでいる歳上の女性は友達と旅行をすると言ってスーツケースをガラガラ引いていたし、父と母の新婚旅行の話だって聞いたことがある。将来のこともまだ具体的に考えたことはなかったが、世界中を駆け回るジャーナリスト――なんてカッコいいんだろう!

「それ、いいかもしれない……」

 アンがぽつりと呟いたのを一行が聞き逃すはずもなかった。

「なら、国境まで送ってやろう。飛行機代を出してやるから香港に帰んな」

 承太郎はぶっきらぼうに言い放ち、窓の外に視線を移す。

 これで彼女を危険な目に遭わせずに済む。子供、しかもスタンド使いでもない彼女をこれ以上ついてこさせるわけにいかない。それは承太郎も同じ思いだった。

「はぁ〜い……」

 アンもそれをなんとなく感じてはいる。不思議で奇妙な、何か普通の人とは違うものを感じるし、思えば彼らはいつも一緒にいるのに国籍はバラバラだし、そういえば前に会った時より1人足りない気もする。

(レイラにも同じものを感じた……あたしにはないものを……)

 そうであるにも関わらず、彼らはどこまでも優しい。自分が返事をした時、ホッと目元が緩まったのを見たから。

 

 一行の車は峠道をひた走る。何もないことを祈りながら。

 しかし、運命の方から追いかけてくる。それを彼らが知るのはほんの数秒後のことである。

 

 

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