先ほどから車がぴったりと後ろについてくる。
車間距離など全く無視して、いまにも衝突してきそうな勢いだ。
「なんだあ?あの車は……気持ち悪りぃ」
運転しているポルナレフはその姿をバックミラー越しに見遣ると、アクセルを更に踏み込んで車の速度を上げた。
チラリと見ただけだが、くっついている車は中古車のようにボロボロで、このランドクルーザーと比べるとみすぼらしくて仕方がない。
ここは峠道だし人も乗せているので超安全運転を心掛けていたが、速度を上げればヤツはあんなにぴったり寄り添わなくてもいいはずだ。――なにより気持ち悪いし。
50キロ、60キロ、70キロと徐々に速度を上げていったが、後ろのボロ車は張り合うかのように同じく速度を上げて再びぴったりくっついてくる。仕舞いにはパッパー!とクラクションまで鳴らす始末だった。
「な、なんなんだよあの車ッ!さっきからネチネチネチネチよォ!ウザったらしいッ!」
「ポルナレフ、そう熱くなるんじゃあない。彼は急いでるのかもしれん。先を譲ってやりなさい」
ジョセフが諭すのを聞き入れつつも、ポルナレフは舌打ちしながら車を道端ギリギリまで寄せ、窓から片手を出して後方にハンドサインを送りボロ車を先に誘導する。
その追い越しざま、煽ってきた野郎のツラを拝もうと視線だけ向けてみるが、窓ガラスは曇っているようでよく見えなかった。
(なんだか不気味な車だな……)
口にこそしなかったが、白鳥は追い越していく車を窓を開けながら目で追って観察する。
車体は汚れもそうだが傷やヘコみが目立つし、窓の向こうは見えづらいくらいに埃っぽい。ドアミラーも真っ白に曇っていた。
荒地続きとはいえ、普通のメンタルならこんな車で外を走ろうとは思わない。ましてや新車同然のランドクルーザーを煽るだなんて。
「ああもうッ!なんだよコイツ!!譲ってやったんだからどんどん先行けよ!!」
ポルナレフのイラついた声とガンッ!とハンドルを拳で叩く音にハッと意識を戻す。彼の手元に目を向けてみると、速度計は70キロから下回って40キロにまで落ちているのに前を走るボロ車との距離がぴったりくっつきそうになっていた。しかも蒸す排気ガスがいちいち煙たくて、窓を開けたせいか直に吸い込んでしまい白鳥は咳き込みながら窓を閉める。
それからも一向に速度は上がらず、ポルナレフでなくてもイライラが募る状況に思わず貧乏ゆすりが出そうになるほどだった。
「おい……誰か運転していたヤツの顔は見たか?」
承太郎がついに声を上げるが、皆一様に首を横に振るばかりである。
「……もしかして敵のスタンド使い…?」
先ほど観察した通り、あの車で外を走ったりあまつさえ他の車を煽るなんて普通のメンタルではできない。今の状況でこんなおかしな行動を起こすのは妨害目的としか思えない。
白鳥の言葉にさまざまな可能性を考え始めるが、ボロ車の運転席の窓から不意に腕が生えてきて思わず一同は目を見張った。
恐らく運転手の腕であろうよく鍛えられたそれは、先ほどポルナレフが道を譲った時のようにこちらに向けてハンドサインを送る。それを見たポルナレフはプッ!と噴き出した。
「おいおい!先に行けだとよ!どうやら車の性能がボロくてスピードが長続きしねーのを思い出したようだな!はじめっから大人しく俺らの後ろをトロトロ走ってりゃいいんだよ!」
笑いながら軽口を叩きつつもようやく観念したらしいボロ車の運転手に内心ホッとしながら、ポルナレフはハンドルを切って譲られた道へ入ろうとした。
した。
「うわああああああッ!!」
瞬間、突然視界に飛び込んできた大きなトラックに車内は驚きの叫び声で満たされた。トラックの方もボロ車がすれ違うために道を開けたと思っているのか、まっすぐにこのランドクルーザーに向かってきていてもう目と鼻の先という距離だ。
「ヤバいッ!避けきれないッ!!」
「ぶつかるーーッ!!」
ボロ車と岩肌の間の広さは僅か車一台ギリギリの分しかない。正面衝突は免れない。
終わった――誰もが確信して目を固く瞑る。
ただ1人、この男を除いて。
「スタープラチナッ!!」
空条承太郎、彼を除いて。
スタープラチナがまっすぐ前方に飛び出し、トラックの正面に強烈なパンチを一発ぶち込んで押し出していく。その反動でランドクルーザーは後ろに吹っ飛び、車体を一回転させた後にボロ車が通っていった道の端にガシャンッ!と着地した。
「あ、あぶねえ〜ッ…!!スタープラチナのパワーがなかったら、今ごろあのトラックとぶつかって俺たち全員グシャグシャだったぜ……」
「い、生きた心地しないよぉ…!!」
運転席で見ていたポルナレフはもちろん、後部座席で承太郎にしがみついていた白鳥まで心臓の鼓動が外まで聞こえそうなくらいバクバクと早鐘を打ち付けていた。
「……!!ど、どこじゃ!?あの車はどこに行ったんじゃ!?」
ハッと我に帰りジョセフは峠道を隅々まで見渡す。
しかしあのボロ車はどこにも見当たらず、まさかあのままこちらを無視して走り去っていったのかとフツフツと怒りが沸いてくる。
果たして新手のスタンド使いなのだろうか。それとも、精神の捻じ曲がった悪質な難癖野郎だったのか。
「妙な車だと思ってましたけど……能力を使わずトラックを直接ぶつけようとするなんて、スタンド使いにしてはいままでのタイプと違うような気もしますね……」
追い越しざまにあの車を見た時から、白鳥はなにか違和感を持っていた。
敵のスタンド使いだとして、こんな風に自分の能力を使わないヤツは初めてだ。こんなことはスタンド使いじゃあなくたってできる。――してほしくはないが。だが、いまさらDIOが一般人をけしかけるとも思えない。
――いや。
(能力を使ってない……という認識がそもそも間違っているのかも……)
これと同じようなことが前にもあったような。
「白鳥。なにかあったか?」
頭上から降ってきた声に白鳥はハッとしながら上を向くと、承太郎がすぐ後ろから見下ろしていた。
「あんまり下向いてると酔うぜ。膝の上にゲロはいくらお前のでも遠慮したいところだ」
幸いエンジンは無事なようでランドクルーザーは再び峠道を走り始めている。超安全運転だが、道は先ほどよりも心なしか揺れが大きくなっているようにも感じる。
「しませんよ、吐くなんて……私、バス酔いだってしたことありません」
デリーで軽く食事をしたから空腹というわけでもないし、自慢じゃあないが己は健康優良児だ。持病もなければ虫歯だって1本もない。船旅の時に心配で酔い止めを購入したが、結局いまも封を切らずに残っているくらいだ。
「そうかよ」
承太郎からの返事は短い。いまはあのボロ車のことでピリピリしているからかもしれないが。
それから先もしばらくは沈黙が車内を支配していた。
***
「茶屋が見えるな……一旦休憩していくか。あのボロ車とはもう会いたくねーし、ゆっくり行けば撒けるかもな」
峠道にポツンと建った茶屋。休憩所のようにも見えるその佇まいにホッとする心地になって肩の力が緩まるのを感じる。
ポルナレフの言葉に皆頷き、車を店の脇に停めると長い道のりだったからか地面に脚がつく感覚が久しぶりに思えた。
「アンちゃんはなにか飲む?」
「んー……」
白鳥とアンは手を繋ぎながら茶屋のメニューを覗き込む。
せっかくの休憩だ。ボロ車のことやさっきまでのピリピリは忘れて一息つこう。
実際、白鳥は車内の重苦しい空気に耐えられなかったところなので、リフレッシュできる機会があることはありがたかった。
「あ!あれなにやってるんだろ?」
アンが指差す先に視線を向けてみると、この店の主人らしき男が装置のハンドルを握ってなにかを潰している様子だった。
「それは?」
「ああ、いらっしゃい。これはサトウキビジュースだよ。こーやってグリグリ潰して……」
店主が動かしている装置の先にはコップがあって、そこに潰されたサトウキビから取れる汁が入っていく。
「レモン汁を搾って完成さ。お嬢さんたち、良ければ飲んでいってよ」
「やったー!」
「ありがとうございます」
店主が完成したサトウキビジュースを人懐っこそうな笑みを浮かべながらアンに渡し、素直に喜びの声をあげる彼女を微笑ましく思いながら白鳥もコップを受け取りゴクッと一口飲んでみる。
「あ、あま……」
喉を駆け巡ったのはなんとも形容し難い甘さ。インドで飲んだチャーイという紅茶もなかなかクセのある甘さだったが、また違った甘さというか。
(でも悪くはないかな……)
他の4人の感想も聞いてみたい。白鳥はメニューを決め兼ねているらしい承太郎たちの方を振り返った。
――が。
「…………ッ!!」
その途中、不意に視界が映したものに衝撃を受け、息を呑んだのと同時に手を滑らせてしまった。
程なくして、ガシャン!と地面に落ちたコップが割れる音が辺りに響き、承太郎たちもそちらに顔を向ける。
「白鳥?」
個包装の飴玉が地面に落ちるのだってバッチィと言い張った彼女が、中身の入ったコップを割ってなにも言わないなんておかしい。現にその視線はある一点を見つめているようで、よほど驚いているのか口まで半開きになっている。
「おい、白鳥?」
承太郎が彼女に近付き肩に手を置く。それでやっと意識が戻ってきたのか、承太郎の顔を見上げた後にあたふたと落ち着かない様子で手を右往左往させた。
「せ、せせせせ先輩ッ!ああああああれあれあれあれッ!!」
「アレ?」
わーーーっ!と堰を切ったようにいっぺんに騒ぎながら白鳥は先ほど見つめていた方向を指差す。それに釣られて承太郎はもちろん他の3人もそちらに視線を移した。
「な……ッ!!」
"それ"を見た4人は絶句する。そこにフラフラと店内を見て回っていたアンも合流してそちらに視線を向ける。
「なになに?どったの?って……あーーーッ!!さっきのボロ車ッ!!なんであそこにあんの!?」
すべてをアンが代弁してくれた。
そう。白鳥が指差したそこの木陰に停まっている車は先ほど散々煽ってきたボロ車だ。あの埃っぽいボロさ、間違いない。
承太郎とポルナレフはダッ!と吸い寄せられるようにボロ車に近付くと開きっぱなしの運転席の窓から中を窺う。しかし当然ながら車内は何の変哲もないただのシートがあるばかりで、あの立派な腕を持つ運転手もいまは茶屋で休憩しているのか姿が見えない。
「おいッおやじ!ひとつ訊くッ!あそこの古ぼけた車に乗ってきたのはどいつだ!?」
ジョセフが店主に詰め寄り、外のテーブルでドリンクを飲んで休憩している客を指差す。
いまここにいるのはジョースター一行と店主の他には4人の男性客のみ。露出した腕はどの男のものも立派で、たった一瞬しか見えなかったあの腕と照らし合わせるのは難しい。
「さ、さあ……いつから停まっていたのか気付きませんでしたが……」
とはいえ、1日に何人も相手にする店主からしたら客の車の特徴なんていちいち覚えていられるはずもない。しかもボロ車の位置はカウンターからは死角になるので余計に認識しづらいだろう。
しかし、ここに車が停められていて車内に誰もいないのであれば、この中の誰かがあの車の持ち主であることは間違いない。
「あの車の持ち主が追っ手かどうかハッキリせんことには安心して国境は越えられん……仕方がないが方法はひとつしかないな」
「ああ。ひとつしかない。無関係のヤツはとばっちりだが……」
ジョセフが目配せすると承太郎もひとつ、こくりと頷き客の座るテーブルの方へ一歩踏み出す。
「全員ブチのめすッ!」
その声を皮切りに承太郎とポルナレフ、ジョセフまで客に掴みかかって唐突に殴りつけ始めた。
それを見た花京院と白鳥は面食らったのか「えっ!?」と声を上げた後に彼らに暴行をやめさせようと駆け寄る。
「ち、ちょっと待てッ!ジョースターさん、あなたまでッ!やめるんだ、みんなッ!!」
「関係ない人を巻き込むのはだめですよッ!こんなところで騒ぎを大きくしないでくださいッ!!」
花京院はジョセフを、白鳥は承太郎をまず押さえつけて客の男たちから引き離そうとするが、ポルナレフにまで手が回らず彼は前髪の長い男の胸倉を掴んでいまにも殴ろうと拳を振り翳していた。
「テメーのようなツラが一番あやしいんだよなァ〜ッ!」
「えっ!な、なに!?そんなぁッ!」
客の男たちは皆屈強でコワモテだったが、突然体格のいい男たちに掴み掛かられて一様に狼狽えている。
しかし。
ポルナレフが男に殴りかかろうとしたその時、バタンッ!と車の扉を閉める音が静かな峠道に響いた。
弾かれたようにそちらを振り返るとあのボロ車の運転席から立派な腕だけが見えて、車はギュン!とものすごいスピードで走り出していく。
「に、にがしませんッ!ハントレス・ブルーッ!」
白鳥はいち早くスタンドを出現させ、車のタイヤに向けて矢を放った。
だが。
(!!……て、手応えがまるでない…ッ!)
確かに矢はタイヤに刺さったはずだが、パンクせずに車は走っている。
(いや、違う!矢が飲み込まれたッ!タイヤに飲み込まれたんだわッ!)
このままでは道の向こうの岩陰に姿を隠してしまう。
白鳥はハントレスの弓を少し小さくし、コンパクトな形状に変化させるともう一度、次は弓のサイズに合った小さめの矢を番える。
(これは攻撃のための矢じゃあない……もっと別のことをする!)
車が岩陰に隠れる直前に矢をスパンッと射出するとそれはトランクの辺りに刺さり、そのまま完全に車は姿を消した。
「俺たち、ひょっとしておちょくられたのか…!?」
「白鳥、お前いま何した?タイヤはパンクさせられなかったのか?」
ポルナレフが愕然とする傍ら、承太郎は冷や汗をかいている白鳥のそばに寄る。
「矢が当たった時、すぐにタイヤに矢が飲み込まれるのを感じた……あれは普通の車じゃあありません。スタンドだと思います」
「ス、スタンドじゃと!?それは有り得んッ!この子にも車が見えているのにッ!」
白鳥の言葉にジョセフが素っ頓狂な声を上げながらアンを指し、彼女もうんうんと力強く頷いている。
そうだ。だからこそこあの車の存在はどこか不気味だったのだ。
「私、思い出したんです。似たようなことがあったな、って。シンガポールに向かう途中で出会ったあの貨物船と纏う雰囲気が似てるな……って」
その言葉に承太郎も思い出したのかハッと息を呑む。
「あのエテ公の船……そうか。ヤツもボロ船を媒介に貨物船を形成していたな。……スタンドで」
あの途方もない大きさの貨物船はスタンドパワーが強大だったからか、スタンド使いではないアンや船員たちにも認識できていた。今回も同じ類であるなら、目立った攻撃を仕掛けてこないことにも納得できる。
ヤツはわざとボロ車に変化し、ジョースター一行を煽って感情を昂らせ、油断を招こうとしていたのだ。
「なら追うしかねェ!!さっきのトラックとの正面衝突の恨みもあるしなッ!!」
一行は急いで車に乗り込み、アクセルを勢いよく踏み込んでボロ車が走っていった道を駆け抜けていった。
「な、なんだったんだ?あいつら……」
取り残された茶屋の店主と客はその後ろ姿を呆然と眺めることしかできなかった。