あのボロ車を追うため、ジョースター一行の乗るランドクルーザーはぐんぐん速度を上げていく。すでにボロ車は視界には居らず、途中分かれ道もいくつかあるがそれまでに追いつくことができるだろうか。
「ジョースターさん、車のラジオを使って念聴はできますか?」
「念聴じゃと?できるが……一体なにをするんじゃ!?」
ジョセフは戸惑いつつもラジオにハーミット・パープルの茨を絡ませ、提案してきた白鳥に視線を向ける。彼女はハントレスを出現させると茨にそっと触れさせた。
「私がさっき射出した小さな矢は追跡の矢です。刺した相手の位置を私のハントレスを通して知ることができます。念聴すればナビのように使えるはずです」
弓矢を敢えて小さくし、ダメージのない矢を刺してそれを発信機のように機能させる。
徹頭徹尾――刺さってさえいればどこまでも追跡する矢だ。
「なるほど……それならこれから先の分かれ道にも対応できそうですね」
助手席の花京院が地図と道を照らし合わせながらグッと彼女にグッドサインを向ける。
『次の道を、右、です』
ポーン!と時報のような音の後に茨の絡まったラジオから声が聞こえ、程なく分かれ道に差し掛かる。
「よし、白鳥がそう言うなら俺は信じるぜ!右だッ!」
ポルナレフは勢いよくハンドルを切り、ナビ通りに右の道を選択した。
『進行方向、まっすぐ、です』
「行くぜ!」
『次の道を、右、です』
「ああ!」
その後もナビ通りに分かれ道を進んでいく。その間、白鳥はずっとハラハラしていた。
(さっき思い付いて初めて使った能力だから……ちゃんと出来てるのか心配だわ)
これはあの時、"絶対にあの車を逃してはいけない"という思いから瞬間的に考えた、所謂やっつけ能力だ。カルカッタの騒動の時に花京院がしてくれたことと同じようなことができればと思いながら矢を放ったのだ。
もし失敗していたら。ポルナレフも、皆も信じてくれているのに、だからこそ不安と重圧がのしかかる。
「落ち着きな」
そんな白鳥の心境が体温越しに漏れ出ていたのか、承太郎が彼女の腰にまわした手でトントンと軽く叩く。
「できると思っときゃできる。スタンドってのはそういうモンだ。あのボロ車に精神力で負けてんじゃあねーぜ」
「承太郎、先輩……」
彼はまっすぐに前を見つめている。他の皆も、この先で車を捉えられないかと目を見張る勢いで前を向き、ラジオの声に耳を傾けている。
『最後、の、分かれ道です』
ポーン!と時報のような音が車内に響いた。
(……できる。ここで必ずヤツを捉えてみせるッ!追跡しきってみせるッ!)
白鳥も下向けにしていた視線を上げて前を見つめる。その瞳にもう迷いや不安はなかった。
『次の道を、左、です』
「おっしゃ!!」
差し掛かった分かれ道。ポルナレフは左にハンドルを切ってスピードを上げていく。
「見えたッ!!あのボロ車だッ!!」
ぐん!とカーブを曲がった先に見覚えのあるボロ車が見えて一同はワッ!と喜びを露わにした。
「や、やった…!!追いついた!!」
白鳥も安堵したようにフーッと息を吐いて後ろの承太郎の体に寄り掛かる。それを彼はトントンと再び腰を撫で叩いて無言で労った。
「野郎ッ!次のカーブで絶対捉えるぜッ!」
白鳥の追跡を無駄にしたくない。ポルナレフはすぐ先に見えるカーブにボロ車が入ったのを見て自身も勢いよくハンドルを切った。
が。
「あっ!!」
その先に見えた光景にポルナレフは思い切り急ブレーキを踏んだ。
「ばかなッ!行き止まりだとッ!?」
カーブを曲がった先は崖になっていて、細い吊り橋が向こう側に掛かっている。
そしてその先にあのボロ車の姿はなかった。
「な、なんで…!!消えた!?」
「あの吊り橋は車では渡れないぞ…!!」
「まさか墜落していったんじゃあねーだろうな……」
崖から落ちる一歩手前のところでランドクルーザーはなんとか止まり、皆あのボロ車を探して視線を彷徨わせる。
「そんな……追跡が失敗した……?」
白鳥は愕然とした。
己が安心して気を緩めたから失敗してしまった。
情けなさと悔しさで自然と瞳に涙が溜まっていく。
皆にまた迷惑を掛けてしまった。
「…………!!」
しかし、ハッとしたように顔を上げると溜まった涙を雑に手の甲で押し除ける。
「違うッ!!後ろですッ!!」
叫ぶような白鳥の声に皆が一斉に振り返る。
それと同時に後ろからドォォーーンッ!!と車体が勢いよく押し出された。
「なッ、なにーーーッ!?」
あのボロ車だ。ボロ車がこのランドクルーザーを崖に突き落とそうとしている。
「な、なんでヤツが後ろにいるッ!?さっきまでの分かれ道ならともかく、ここは一本道だったはずなのにッ!」
この岩場の空間は車が一台分隠れられるほどの広さはない。なのに先を走っていたはずのボロ車がランドクルーザーの後ろにいる。
考えている間もボロ車は容赦なくランドクルーザーを戦車のような馬力で押し出していて、ポルナレフは必死にペダルを踏んでいるがタイヤが空回りしているようで一向に押し返すことができない。
「承太郎ッ!スタープラチナであの車を壊せッ!」
「無理だ……いまこの状況で殴れば反動がある。あのトラックの時のように俺たちも崖に押し出されるぜ」
承太郎も冷や汗を浮かべている。
まさに絶体絶命。車の前輪がもう崖から落ちてしまっている。どうにもできない。もうあの車がどうやって後ろに回り込んだのかなんて誰も考えていなかった。
「も、もうだめだ…ッ!!みんな!車を捨てて脱出するんだッ!」
ついにポルナレフがシートベルトを外して車の扉に手を掛けた。
――ペダルから足を離して。
「ポルナレフッ!ドライバーがみんなより先に席を離れるかフツー!!誰がこのランクルを踏ん張るんだッ!?」
「えっ?」
花京院が声を荒げたが時すでに遅し。
ガーーンッ!と再び車体が押し出される。踏ん張りがなくなったランドクルーザーは呆気なく突き飛ばされ、ぐらりと傾くのがスローモーションのように感じた。
「ご……ごめーーーーんッ!!」
ポルナレフの声が断末魔のように車内に響く。
「うわああああああッ!!」
皆の悲鳴がそれに被さる。
「ハイエロファント・グリーンッ!!」
誰もが終わりを確信する中、それでも花京院は自身のスタンドをボロ車に向かって飛ばした。
「花京院ッ!やめろッ!お前のハイエロファントではこのランクルを支えきれんッ!体がちぎれ飛ぶぞッ!」
ジョセフが慌てて止めに入ろうとするが、花京院は波の立たない水面のように冷静にハイエロファントの帯のような胴体を伸ばす。
「ジョースターさん、お言葉ですが僕は自分を知っている。バカではありませんよ」
直後、ガチャリ!とハイエロファントがフックをボロ車に引っ掛けると、重力に従って落ちていたランドクルーザーがワイヤーによって宙吊り状態でその場に留まる。
「……!!そうか!この車のワイヤーウインチを持って飛んでいたのかッ!」
ビーン!と張った頑丈なワイヤーがしっかりとボロ車とランドクルーザーを繋いでいる。上に見えるボロ車がランドクルーザーの重さに耐えきれず、次第に崖の淵に近付いてくるのが見えた。
「やるな、花京院。……ところでお前、相撲は好きか?」
フッと口角を上げて承太郎のスタープラチナが繋がれたワイヤーを握り、グン!とボロ車を引き寄せるように勢いよく引っ張って車体を持ち上げていく。
「特に土俵際の駆け引きをッ!手に汗握るよなァァッ!!」
そのままボロ車と同じ目線まで車体を浮かせるとスタープラチナの拳で思い切り殴りかかった。
「オラァァッ!!」
バコッ!とボロ車の方を崖に突き落とし、ランドクルーザーは位置を入れ替えたかのように崖上に再び戻ってこれた。
「ええ。相撲、大好きですよ。だけど承太郎、拳で殴るのは反則だな?」
花京院の返しに承太郎はニヤリと口角を上げる。高校生男児にしては渋い一面だが、2人の息ぴったりのコンビネーションは安心感すらあった。
「しかし本当に車に擬態するだけのスタンドのようじゃのう……どっちにしろもう助からないとは思うが」
一行はランドクルーザーから降りるとボロ車が落ちていった崖下を見下ろす。
底が見えないほどに暗く、深い。落ちようものならまず助からないだろう。
「でも……どうして一本道の先を走っていたボロ車がいつの間にか後ろに回ってたんだろう……不思議なのォ……」
すっかり忘れていたが、アンの言葉で「確かに……」と一同は思い返す。
「白鳥、追跡してたんだろう?どうやって回り込んだか分かるか?」
追跡をしたのは白鳥だ。あの能力は遠くを走る車の位置も完璧に掴んでいたし、岩場のどこに潜んでいたかくらい簡単に分かるはずだ。
しかし承太郎が振り返ると、彼女はジッと地面を見つめ一歩も動かずにいて疑問符が浮かぶ。
「おい、なにしてる。まさかいまさら車酔いで吐きそうになってんじゃあねーだろうな」
近付いてトントンと肩を叩いてみるが、反応がない。
「白鳥、大丈夫か?具合悪りぃならここで休んでいくか?」
ポルナレフたちも近付いてきてその顔を覗き込む。
「……真下です」
「……は?」
白鳥の静かな声が一言、ようやく言葉を紡ぐが意味が分からず皆一様に顔を見合わせる。
「あの車は後ろに回り込む時、岩肌を登ってその上から私たちを待ち構えていました。……そしていま、その車は真下にいます」
ボロ車に追いつき安心した一瞬、追跡の矢の位置を意識していなかった。その一瞬のことをいまになって思い返し、そして万が一にと崖下に落ちたボロ車の追跡を続行していた。
「真下ァァ?そんなもん、崖から突き落としたんだから当たり前だろォ?岩肌を登ろうがあの車はもう――……いや、岩肌……真下……?」
小馬鹿にするようにそう口にしたポルナレフだが、ハッとして顎に手を置きながら考える素振りを見せる。
車が岩肌を登るなんてあり得ない。どんな高機能な車だとしても、たとえば水陸両用車というものも確かに存在するが、あの垂直の岩肌を登る車なんて聞いたことがない。
だが、あの車が白鳥が言ったようにスタンドだったなら?
(それは途端にあり得ねェ話じゃあなくなる…!)
そして彼女は車はいま、"真下"にいると言う。
「ヤツは今まさに私たちの意表を突こうとしています。だったら、私たちも意表を突き返すべきじゃあないですか?」
白鳥はそうやっていたずらっ子のように笑う。
ヤツは"車"という固定概念を利用し、"それはあり得ない、できっこない"とこちらに思わせている。きっといまもそうだ。そして幸いにもヤツは白鳥の追跡の矢の存在に気付かずに"真下"からこちらに向かっているらしい。
「なるほど。テメーも肝が据わるようになったじゃあねーか。どれ、あの野郎に一泡吹かせてやろう……トラックの礼もまだ済んでねェしな」
白鳥の笑みを見てニヤリとどこか愉しげに目を細めた承太郎は彼女の向かいにスタープラチナを出現させ、バレーのレシーブのように両手を組む。
「一泡って…!2人してなにをするつもりじゃ!?」
「きみらが仲良いのは十分わかってるから、僕らにもちゃんと説明してくれ!」
完全に2人だけで通じ合っている風な会話にジョセフも花京院も意味がわからないと戸惑いながら彼らを交互に見遣る。すでに白鳥はレシーブの体勢を取るスタープラチナと対角になるように小走りで岩肌の方に駆けていっていて、さらに疑問符が浮かんだ。
「なァに、簡単なことだ。
やがて端まで移動した白鳥が承太郎に向けて手を挙げ、それに応えるように彼も手を軽く挙げる。すると彼女はダッ!とこちらに助走をつけるように駆け出していった。
「
彼女はそのまま走り幅跳びのように地面を蹴り上げて宙へ浮かぶ。それをスタープラチナの組んだ拳が着地と同時に受け止め、勢いをつけて彼女をぽーーん!と空へ押し上げた。
「オラァァッ!!」
お馴染みの掛け声と共に白鳥の体がぐんぐん空へ向かって上昇していく。
「と、飛んだッ!白鳥さんが飛んだぞッ!」
「もう肉眼じゃあ捉えられねェ!お前ら正気かよッ!」
白鳥が飛び上がっていった空を見上げる花京院とポルナレフの素っ頓狂な声は"どういう意味だ!?"と"想い人を躊躇なく投げ飛ばすなんてッ!"という思いが混ざりに混ざり合っていた。
「正気じゃあねェことをやらないと、"意表を突き返す"なんて表現にはならないと思うがな。……まったく。言葉だけじゃあなく行動までブッ飛びやがったぜ、あいつ」
見上げた空が眩しいのは、きっと太陽のせいだけじゃあない。
それでも承太郎はスタープラチナの視力を使って彼女を見つめ続けていた。
「うわわわわっ…!本当に空を飛べるなんて…!!」
一方、上空の白鳥は思った以上に飛び上がった己の体と下の景色に驚きを隠せずにいた。
しかし、すでに体は上昇をやめて重力に従い落ち始めている。
(この距離からでも車の位置は手に取るように探知できるッ!チャンスは1回きりッ!私ならできるッ!!)
白鳥は頭を下向けにしながらハントレスの弓を構え、"意表を突き返す"タイミングを窺う。
相手が
(できると思っていればできる…………承太郎先輩はずっとそうやって道を切り拓いてきたんだ!!)
どんな時だって空条承太郎は頼もしく、そして力強い。あの大きな背中を見続けてきて、幾度となくそれを感じ、憧れていた。
彼の底知れない力の源。それはきっとこういうことだったんだ。
「いけええええええええーーーーーッッ!!」
白鳥の手から青い光が迸る。
その光は承太郎たちからも強く輝いて見えた。
やがてゴゴゴゴゴ……と地鳴りのような音が響き、岩場が地震のように大きく揺れる。
「どうやらお出ましのようだな……」
承太郎が呟き、程なくしてグァバッ!と地面の底から生えてきたかのようにあのボロ車が垂直になって現れる。その車体は崖下への落下の影響か既にズタボロだったが、纏う覇気は以前の数倍にまで膨れ上がっているように感じた。
「だがもう……遅いぜ」
承太郎は再び空に輝く光を見上げる。
直後、ズドンッ!!と光は力強さを纏ってまっすぐに地面に向かって降りてきた。――ボロ車を粉々にするように貫きながら。
「こ、これはッ!こんなにデカく出来んのかよ、あいつの矢はッ!」
驚愕の声を上げるポルナレフは車体を貫いた光――もとい、巨大な矢をまじまじと見つめる。その矢は以前承太郎が見たものと大きさこそ同じくらいだったが、白鳥の覇気に呼応するかのように青く眩しく輝いていた。
「やれやれ……気合い入れすぎじゃあねーのか」
ボロ車はスタンドによる変化を解き、媒介に使っていたらしい小さくてショボいオープンカーに戻っていっている。あの立派な腕のドライバーの姿はその腕以外には見えず、かろうじて息はしているようだが入院は確実だろうという有り様で承太郎も哀れに思いながら帽子の鍔を下げていた。
「うわわわわわ〜〜ッ!!」
そこに遠くから白鳥の声が近付いてくるのが聞こえ、空を見上げてみると彼女がまさに空から落ちてくるところで思わず「あッ!」と目を見張る。
「あ、あぶないッ!ハイエロファント・グリーンッ!」
花京院がいち早くスタンドを出現させ、その触手で簡易的なネットを作るとそれで白鳥の体を受け止めた。
「白鳥さん……まさか着地のことを考えてなかったんじゃあ……」
「あ、あぶねーヤツ…!いくらなんでもブッ飛びすぎだろッ!」
ゆっくりと白鳥の体を地面に降ろしていき、能力を解除すると「いてっ」と声を上げながら彼女は尻餅をつく。
そこに心配そうに一行が駆けつけると、恥ずかしそうにはにかんでいた。
「末恐ろしい女だ……」
そんな彼女の姿に、承太郎はやれやれと小さく息を吐くほかなかった。
「ま、まあ……またあのヤバいのはねーちゃんがやっつけてくれたワケだし……一件落着?」
白鳥が空を飛んで、そしたらボロ車が壊れながら小さくなって。アンにはそれしか見ることができなかったが、彼女が窮地から皆を救ったということは間違いない。
(前に会った時よりずっと頼もしくなった気がする…!ねーちゃんはすごいなあ…!)
前はどこか己と同じような一般人の雰囲気を纏っていたが、いまは完全に承太郎たちの側のそれだ。力強くて、頼りになる。そんなオーラを纏い始めている。
(よォォし、あたしも絶対絶対ぜーーったい!カッコいいジャーナリストになってやるッ!)
白鳥葵の姿を見た、アンという1人の少女の将来も希望に満ちていることだろう。
彼女が見上げた空は雲ひとつない晴天だった。