ようやく警察が来て男の死体を粛々と運んでいく。
警察が来たことでようやく町の住民たちもことの大きさを知ったのか、ヒソヒソとした話し声が聞こえてくるようになった。
「しかし、あの死体は……どう考えても変じゃ。あんな死に方をしているのに騒ぎはこの程度なのも妙じゃな……」
死体が運ばれていく様子を見送るジョセフはつい数分前のことを思い返す。
警察が来る前に一行は敵のスタンド使いの襲撃という可能性も考えて先に死体を調べていた。
彼の荷物からはパスポートや列車のチケットが見つかり、そしてポケットに入っていたのはインド紙幣であったことからも彼はただの観光客であることが窺い知れた。
しかし、それよりももっと衝撃的なものが見つかる。
「傷だッ!!喉の下に10円玉くらいの傷穴があるぞ!死因はこれか!?」
彼の服の襟首を捲り、視界に飛び込んできたそれは誰もが声を上げるほど決定的なものだった。
「いや……傷にしては妙だな。なぜ血が出ていない?こんなにでけー穴が空いていたら大量に血は出るぜ、フツーはよ」
穴はまるで最初からそこに空いていたかのように存在している。服にも血液のようなものは見当たらない。
これはますます妙だ。状況維持のためになるべく死体に触れないように調査していたが、そうも言っていられない。
自分たちには知る権利がある。だが一行が男の上半身の服を脱がせた時、もっと壮絶な現象を目撃することとなった。
「な、なんだこれはッ!?死体に無数の穴が空いているッ!!」
喉の下にあった10円玉ほどのサイズの穴。まるで漫画に出てくるチーズのような穴がビッシリと男の上半身に空いている。そしてそのどれもがやはり出血しておらず、全員が息を呑んだ。
(やはり敵のスタンド使いの仕業に違いない。いや、敵かは分からんが……とにかく、いまバラバラに行動するのはまずい)
どんどん霧が濃くなっていく。この町を離脱することも考えたが、もうどこか出口なのかもわからない。
せめて宿だけでも見つかれば。ジョセフが思考を巡らせながら視線を右往左往させていると、霧の向こうからヒタヒタと歩いてくる人影が見えてきて思わずそれを注視する。
「旅のお方のようじゃな……この霧ですじゃ。もう町を出るのは危険ですじゃよ。崖が多いよってのォ……」
老婆だ。杖をついた老婆が姿を現し一行にぺこりと頭を下げるのを、彼らもお辞儀で返す。
「わたしゃ民宿をやっているエンヤと申しましゅる。……今夜はよかったらわたしの宿にお泊まりになりませんかのォ。お安くしときますよって」
先ほどのニキビが膿んでる女性と違って、エンヤ婆は物腰柔らかく一行に人の良い笑みを向けていた。
「おお〜〜っ!やっと普通の人間に会えたぜッ!」
これにはポルナレフもホッと安堵の笑みを見せ、他の面々も肩の力が抜けたかのように安心しながらエンヤ婆を見つめた。なにせ雰囲気も民達も不気味な町だ。こうして意思疎通を図れるだけでありがたい。
「ささ!ジョースターさま!あれがわたしの宿ですじゃ!案内しますよって、ついてきてくだしゃれ!」
エンヤ婆が指す霧の向こうに建物がうっすらと見える。彼女についていき前進していくと、小さめではあるが立派な建物が聳え立っていて思わず口を半開きにしながら見上げる。
「このホテルは20年前、映画の007の撮影に使われ、あの有名なビートルズのジョン・レノンが泊まったというようなエピソードが……」
「えっ、あるのか!?」
「いえ、じぇんじぇんありませぬ」
お年寄りならではのジョークに思わず目を輝かせたポルナレフがズルッとズッコける。その様子を見て面白そうにニッコリと笑ったエンヤ婆はホテルの中へと歩を進めていた。
「ですが、結構良いホテルだと自負しておるのでごじゃりますですよ。ホテルはいま他に客はおりませぬが、夕食はお肉がよろしいですか?それともお魚がいいですか?」
くるりと振り返るエンヤ婆を見つめていた承太郎だったが、その質問には答えずに唐突に白鳥の手をグイッと引き寄せる。
「おい……なにか妙だぜ」
すかさず己を見上げてきた彼女に顔を寄せ、そっと耳打ちすると彼女もなにか察しているようでこくりと頷いていた。
「やっぱり、なにか変ですよね……このタイミングでこんなに話せる人が出てくるなんて……」
いままでこの町で接してきた人間とは違って、思わず安心してしまうほどに意思疎通は取れている。だからこそ余計に怪しさが増す。
第一、先ほどの死体の男が発砲したことにこの老婆は気付いていないのだろうか?普通の人間の感性であれば、銃声が聞こえようものならもっと興奮しているはずだ。
そもそも霧が深いとはいえ、こちらにまっすぐ歩いてきたかのように見えた人物が死体を見逃すはずがない。
そしてなにより――
「どうして名前を知ってるんでしょう……さっき、確かに"ジョースターさま"と言っていたような……」
彼女はまるでこちらのことを最初から知っているかのようだ。
「ああ……そこだぜ。ヤツの正体が分かるまでは互いの名を呼ぶのは厳禁だ。もう一度……ヤツがボロを出したところをすかさず叩く」
シッ、と互いに人差し指を唇に宛てがう。
そうしている間に他の3人はエンヤ婆の後についてホテルの中へ入っていってしまったようで、承太郎と白鳥も遅れを取るまいとその玄関を潜った。
「さてさて、宿帳にお名前をどうぞですじゃ」
エンヤ婆が広げたノートにサラサラと名前を書いていく。その様子を白鳥は見つめ、承太郎がペンを取ったところでそっと後ろから覗き込んだ。
「あっ!先輩、名前……」
「ん?」
互いに名を呼ぶのは厳禁と約束したが、宿帳に書かれたサインに思わず目を見張る。
「お前もやるだろ?」
"Qtaro Kujo"。
達筆なサインは誰がどう見てもそう書いてあって、承太郎の名前ではない。
それによく見てみれば、ジョセフ、ポルナレフと並んだサインの下にある人物の名前も記憶とは違っていた。
「せ、先輩方……いくらなんでも遊んでますよね?」
"Tenmei Kakyoin"。
なんと花京院の名前まで違っていた。
それに気付かれたかと言わんばかりに花京院は肩を竦めながらもいたずらっ子のように笑う。
「僕もなにか違和感があってね……そうしたら彼も同じことをしだしたからびっくりだよ」
「フッ、さすがだな。じじい達は相変わらず気付いていないようだがな……」
ホテルの内装を見渡しているジョセフとポルナレフに視線を投げる承太郎は半ば呆れている様子でもあった。
「で?お前はどうする?黒鳥とかにしとくか?」
「下の方は茜とかどうかな?ちょっと対になる感じで可愛いと思うよ」
「もはや誰なんですか、それは……さすがにバレますって……」
とはいえ、あまり考えている時間もない。白鳥が2人が提案してくれたフェイクネームをサラサラと書き込むと、承太郎はパタリと宿帳を閉じた。
「バレやしねェよ。向こうは俺たちのことを知っているんだからな……こうして閉じちまえば確認なんかしねェ」
ヒラヒラと宿帳を手で弄んだ後、承太郎はそれを受付に雑に投げ置く。
「書き終えたようですじゃね。ジョースターさまのお部屋は3階ですじゃ。ごゆっくりお過ごしくださいましぇ〜」
エンヤ婆は用意していた部屋の鍵をまとめてジョセフに渡し、階段を促す。
他に客がいないのは本当のようで部屋の鍵は1人ずつ、合計で5本。各々ひさしぶりの個室ということでジョセフも安堵したように一人一人に鍵を配ったが、白鳥は鍵を受け取って不安そうに承太郎を見上げた。
「……不安ならあとで部屋に来い。ベッドが狭くても文句言わねーならな」
そんな彼女の心情を読み取ってか、承太郎は今しがた己に配られた鍵を手の中に閉じ込めながら帽子の鍔を下げて階段を上り始め、白鳥もホッとしたようにその後をついていった。
「部屋は普通っぽいな……」
鍵を開け、用意された部屋の中に入ると少し年季は入っているもののごく普通のビジネスホテルのような空間が広がっていて、白鳥はベッドの上に鞄を置くとそこに寝転がってみた。
「ベッドも普通っぽい……」
ギシギシとスプリングの音と柔らかさを確かめ、そのまま目を瞑る。
ひさしぶりの個室。最初に承太郎と相部屋になったのはシンガポールの時だが、それからはなにかと彼と一緒だったような気がする。
「承太郎先輩のそばは、不思議と落ち着くんだよな……」
彼は強くて頼りになるから。いつも己を気遣って守ってくれるから。
そして己に向けてくれる好意が純粋なものだから。
(…………)
私も承太郎先輩のことが好きなのかもしれない。
まだぼんやりとした気持ちではあるが、彼となら――時々そう思っている自分がいる。最近は彼からのアピールが強くなっているような気がするし、余計にそう思わせられてしまう。
(恋愛って、こんなにあやふやなものでいいのかな……)
白鳥葵はいままで弓道のことしか考えていなくて、異性との恋愛は二の次以上に遠いものだと思っていた。しかも当の空条承太郎のことは大きくて怖い先輩だと思っていたのだ。彼の取り巻きへの対応を見ていればそうなる。
だが蓋を開けてみれば、空条承太郎はいつからか白鳥葵のことを特別視していたし、いまや軽く以心伝心しているかのような仲になっている。
先ほどの誘いもつい安心してしまったが、少し前だったら「好きにしな」程度で終わっていたはずなのに。
この誘いをいまのぼんやりとした気持ちのままで受けてしまっていいのだろうか。これと同じシングルベッドで一緒に寝て、もし万が一のことがあった時に己はどうしたらいいのだろうか。
(だ、だめだ……ドキドキして休むどころじゃあないよ…!!)
考えただけで心臓がうるさく鳴り響き、顔に熱が集中していく。いままでだって何もなかったし彼の言葉に下心が見えたわけでもないのに、失礼なことを考えているのは己の方なのではと冷や汗が流れる心地になりガバッと起き上がる。
ここにいるとずっと考えてしまいそうだ。落ち着くまでロビーにいさせてもらおう。
そう思いながら白鳥がフラフラと部屋を出て廊下に繰り出すと、ちょうど何部屋か空けた先の扉が開いて中から同じように人が出てくるのが見えた。
「お?白鳥じゃん。どした?」
「ポ、ポルナレフさん……」
ポルナレフだ。彼は視界に白鳥の姿を認めてまっすぐにこちらに歩いてくる。
「大丈夫か?なんか顔色悪くね?」
「あ……えっと……」
顔を覗き込んでは心配する素振りを見せる彼に白鳥は言い淀む。ポルナレフは以前から己と承太郎の仲を見守り、応援してくれている。いまのこの気持ちを彼に相談してみても良いものだろうか。
「……実は――」
それを悩んでいられるほどの余裕はいまはなかった。
刹那。
「!!」
吹き抜けになった廊下の下の階からガシャーンッ!と大きなものをひっくり返したような音が聞こえてきて思わず2人は手すりの下を覗き込む。
音は白鳥が向かおうとしていたロビーの方から聞こえたようで、異常な状況に互いに顔を見合わせた。
「いまの音って……」
「ああ……この町に潜むスタンド使いはなにか異常だ。もしかしたらさっきの婆さんの身になにかあったかもしれねェ…!!」
新手のスタンド使いは一行とは無関係の男を先回りして殺している。その真意は定かではないが、この宿の主であるエンヤ婆を狙ったってさほどおかしなことではない。ポルナレフはきっとそう考えている。
(いや……あの人はなにか怪しいわ。もしかしたらもっと、別のことが向こうでは起こっているのかも……)
しかし白鳥の考えはこうだった。エンヤ婆は先ほども承太郎が言った通り、こちらのことを知っているかのような素振りだった。もしかしたらこちらの気を引くための罠なのかもしれない。
だが、確かめずにはいられない。白鳥とポルナレフの考えは全く違っていたが、それだけは同じなようで互いに頷きあうと階段を降りてロビーの方へ向かっていった。