星見る鳥の夢   作:斎草

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裁きの時間

 

「きさまを殺すッ!承太郎ッ!!」

 花京院が宣言すると同時に、万年筆で承太郎の頬を抉る先生の動きが更に激しくなる。本体では制御できない動きにシャツのボタンがブチブチと音を立てて外れ、その身から悲鳴のような音が響く。

(あのままじゃあ先生が死んじゃう……!!)

 既に骨が何本か折れそうなほどに軋んでいる。白鳥はその光景から目を逸らせずにいた。

「……!!」

 しかしよく見ると、大きく開いた先生の口――喉の奥になにか顔のようなものが見えて目を見張る。

「ジョジョ先輩ッ!口の中ですッ、喉になにかいるッ!!」

 叫びながら白鳥も己のスタンドに弓を構えさせ、弦を引く。的としては小さすぎるが、もしかしたら先生や承太郎を助けられるのは己だけになるのかもしれない。

 そう思うと怖がってなんていられない。勇気を出さなくてはならない。

(だけど、上手く狙いが定められない……!!)

 ガクガクとよろめきながらも承太郎の頬を抉る先生の喉の奥。一歩間違えれば喉笛に突き刺さってしまう。

 

 だが、白鳥は弦を離すのを躊躇いながらもその瞳に宿す光を失っていなかった。

(いいえ!それでも!当ててみせるッ!!)

 そう決意を込め、静かに目を瞑る。

 深く息を吐いて呼吸を正し、精神を統一し、己のスタンドと同調する。その心は、静寂の水面のように澄み切っていた。

 明鏡止水――そのヴィジョンの中に、正確に的を射る己をイメージする。

「いまだッ!」

 それが現実と重なった今、白鳥は迷いなく弦を離す。

 瞬間、ドギュゥゥーーーン!とまっすぐにその喉奥を目掛け、青い光を纏った矢がそこから顔を覗かせたものを貫いた。

 

「なにッ!!」

 突如視界の外から飛んできた矢に、花京院は声を上げながらその方向を見る。そこには矢を放ったばかりの姿勢のまま、白鳥のスタンドが彼を見据えていた。

「ばかなッ!彼女もスタンド使いだとッ!?……ッ!!」

 狼狽えた彼の頬に抉れたような傷が付き、そこから血が噴き出す。その様子を見て、白鳥はスタンドと同じ場所に本体にも傷が出来るのだと瞬時に理解した。

「承太郎先輩ッ!」

「!!」

 敵に隙が出来た。承太郎はすかさず先生の口からはみ出た青い矢にガブリと喰らいつき己のスタンドと連動させると、ずるりとその喉奥にあったものを引っ張り出した。

「あれは……!?」

 人の頭部のような形。いや、紛れもなく頭部である。しかし違うのは、人ではないという事。緑色に艶やかに光るそれは、先生の喉奥から出てきた部位からみるみる人と同じような形に戻っていく。

「なかなか根性見せるじゃあねェか、白鳥。こーやって引きずり出してみれば、なるほど。取り憑くしか芸のなさそうなゲスなスタンドだぜ、花京院!」

 矢から口を離し、承太郎のスタンドががっしりと花京院のスタンド――ハイエロファント・グリーンの頭部を掴んでもう片方の手でその顎を捉える。

「やっとツラを拝めたぜ。緑色でスジがあってまるで光ったメロンだな!」

「光るメロン……」

 白鳥は正体を現したハイエロファントをそのように喩えた承太郎の言葉に呆気に取られた後、理解を示して思わず笑いを堪える。

(ていうか、さっき先輩に褒められたような……)

 緊迫した雰囲気だったためか気付くのが遅れてしまったが、承太郎は確かに白鳥の気合いを賞賛した。

 まさか学校一の不良にそう言われる日が来るとは。しかも、ついこないだまで全く会話すらした事がなかったのに。

 ただひとつ、共通する能力があるだけの事なのに、彼との距離がグッと近付いたような気がする。それがいい事なのかどうかは今は判らないが。

 

「引きずり出した事を……後悔する事になるぞ、ジョジョ」

 スタンドを掴まれながら、花京院は震えていた。眉を顰めた顔、その額にミシッと掴まれるような痕がつく。

「強がるな。額に指の跡がくっきり浮き出てるぜ。このままきさまのスタンドをメロンのように握り潰せば、きさまの頭も潰れるようだ」

 頬の傷と額の跡。それらがその事実を充分に物語っている。しかし、承太郎はそうする事をしなかった。

「ちょいと締め付けさせてもらうぜ。気を失ったところできさまを俺のじじいのところに連れて行く」

 そこで白鳥はハッと先ほど用具入れでした会話を思い返す。

 スタンド使いの事。承太郎の祖父や連れの男性もそうである事。そしてDIOという男との因縁。

「気になる事が多すぎる。お前にとても会いたいだろうよ。俺もDIOという男について興味があるしな……」

 

 しかしそこで異変に気付いた。

 引きずり出したハイエロファントの手から、何か液体のようなものが滴っている。

 それは血液のような赤ではなく、どろどろとしたスライムのような緑色だった。

「喰らえ……我がハイエロファント・グリーンの……」

「花京院ッ!妙な動きをするんじゃあねえッ!」

 花京院と承太郎の声が重なる。だが、行動は花京院の方が一歩速かった。

 

「エメラルドスプラッシュ!!」

 

 花京院がそう叫ぶと同時に、液体だったものがカッと緑色の光を帯びて一気に弾け飛んだ。

(あれは一体……!!)

 溢れる光の中、白鳥はそれが何なのかを確かめるために必死に目を開く。

 小石のような、しかし宝石のような煌めきを持つ緑。それは散弾銃のように室内の壁をボコボコに抉っていく。

 そして――

「ッ!!」

 承太郎はその光を胸に受けると、勢いよく後方に吹き飛ばされ、教室の扉を背中から突き破った。

「承太郎先輩ッ!!」

 吐血しながら崩れ落ちる承太郎を目の当たりにして、白鳥は彼の名を叫ぶ。

 壁を抉るほどの威力だ。あれを胸に受けたのだから再起不能でもおかしくはない。

 白鳥はそう悟ると、サッと顔から血の気が引く心地になった。

「我がスタンド、ハイエロファント・グリーンの体液に見えたのは破壊のエネルギーの像!きさまのスタンドの胸を貫いた。よってきさま、自身の内臓はズタボロよ」

 縛られていなければ、彼に駆け寄る事も出来たのに。

 まだ震えながらも動こうとしている承太郎を、白鳥は目に薄らと涙を浮かべながら見つめる事しか出来なかった。

「そしてそこの女医も」

 花京院が先生を振り返る。それと同時に白鳥も彼女に視線を向けると、パァァン!と弾けるように彼女の口や耳から血が噴き出し、血溜まりの中に倒れ伏せた。

「ひ……ッ」

「言ったはずだ。わたしのハイエロファント・グリーンに攻撃を仕掛ける事はその女医を傷付ける事だと。わたしのスタンドはきさまらのより遠くへ行けるが広いところは嫌いでね……必ずなにかの中に潜みたがるんだ」

 ズルズルとハイエロファントが花京院の足元に戻っていく。そうしながら、花京院は白鳥のすぐ近くまで歩を進めた。

「引きずり出すと怒ってしまう……だから喉内部を出る時に傷付けてやったのだ。お前達が悪いのだ。お前達の責任だ。これはお前のせいでもある。お前がやったのだ」

 承太郎を横目にしながら、花京院は白鳥の顎を指先で掬う。そして彼女の怯えた瞳を見据え、フッと嘲笑うように目を細める。

「お前もおとなしく捕まっていればよかったものを。ちょうどいい。次はお前の中にしよう、白鳥」

「……ッ!」

 花京院は磔にし捕えたままだった白鳥にハイエロファントの触手を更に伸ばす。ある一本は細い脚を伝いねっとりと内腿に伸び、またある一本は腰からお腹の辺りにまで巻き付いている。

「もうジョジョとはしたのかい?まだだよな?せっかくだ、ジョジョの前ですこしばかり辱めてやるのもいいかもな……」

「い、いやッ……!」

 白鳥はやっとの思いで己のスタンドを再び出現させ、その像は花京院に向かって弓矢を構え弦を引く。だが、彼はそれを冷めた目で一瞥し、ため息を吐いた。

「はぁ……いいのかね。言って、見せて、聞かせたはずだ。わたしのスタンドを傷付けるという事がどういう事かを」

 ずぶ、と彼女に巻き付くハイエロファントの触手からあの宝石のような弾丸が顔を覗かせる。それを視界に入れ白鳥はハッと息を呑み、同時にスタンドの像も消え失せてしまった。

「物分かりがいいようで助かるよ、白鳥」

 花京院が耳元で囁く。

 結局なにもできない。承太郎を助ける事も、先生に駆け寄る事もできない。

 白鳥には己の無力さにただ唇を噛む事しかできない。

 それがあまりにも悔しい。

 

「待て」

 そこに、低くドスの効いた声が空気を震わせた。

「なに……」

「あ……」

 花京院と白鳥は声のした方を同時に振り向く。

 そこにはよろめき、血を滴らせながらも瓦礫の中から立ち上がってくる空条承太郎の姿があった。

「承太郎先輩……」

「立ち上がったか……だが悲しいかな、その行動を喩えるならボクサーの前のサンドバッグ……ただ撃たれるだけにのみ立ち上がったのだ」

 それでも、承太郎は一歩前に踏み出した。その姿に白鳥は胸が高鳴るのを感じる。

 

 空条承太郎は、いわゆる不良のレッテルを貼られている。

 ある時は喧嘩の相手を必要以上にブチのめし、いまだに退院できない奴もいる。

 ある時は威張るだけで能無しの教師に"気合い"を入れてやり、二度と学校に来れなくした事もある。

 ある時は料金以下のマズい料理を出すレストランで代金を支払わない事もあるという。

 そんな彼の噂はお世辞にもいいものではない。

 

 それなのに、目の前にいる空条承太郎という男は、どうしようもなく凛々しく頼もしい。

 

「だが……こんな俺にも吐き気のする"悪"は分かるッ!」

 承太郎はゆっくりと、それでいて力強く拳を握る。

「"悪"とはッ!テメー自身のためだけに!弱者を利用し踏みつける奴の事だ!!」

 燃え盛る炎のような覇気。彼は鋭く花京院を睨みつける。

「ましてや女をーッ!!きさまがやったのはそれだ!おめーのスタンドは被害者自身にも法律にも見えねえし判らねえ!!」

 だから――

「俺が裁く!」

 ピシュッ!と彼は帽子の鍔を指先で撫でる。

 しかしそれを一蹴するかのように花京院は鼻で笑った。

「"悪"?それは違うな。"悪"とは敗者の事。"正義"とは勝者……生き残った者の事だ。負けた奴が"悪"なのだ」

 花京院は白鳥を辱めるために伸ばした触手を戻す。

「過程は問題じゃあないッ!!」

 それを今度は承太郎を捉えようと素早く伸ばした。

「せ、先輩ッ!」

 白鳥は目を見張った。触手を伸ばされているというのに、承太郎はその場から逃げる素振りすら見せない。そのままあっという間にハイエロファントに捕えられた承太郎は、手も脚もきつく縛られてしまった。

「とどめくらえ!エメラルドスプラッシュ!!」

 動かない的目掛け、再びあの宝石の弾丸が発射される。

 

 なのになぜだろう。不思議と承太郎が負ける気がしない。

 

「なに、敗者が"悪"……」

 白鳥がそんな事を思った刹那、承太郎の口角が僅かに上がった気がした。

「それじゃあやっぱりィ!テメーの事じゃあねーかァ!!」

 瞬間、承太郎のスタンドが目の前に現れ、エメラルドスプラッシュを拳で受け止め――そのまま勢い任せにバリィィィーーン!と弾き飛ばした。

「なにィ!!エメラルドスプラッシュを弾き返した!?」

 これには花京院も狼狽え後ずさる。その隙に伸ばされた承太郎のスタンドの手ががっしりとハイエロファントの首を捉えた。

「オラオラオラオラオラオラオラァッ!」

 そんな掛け声と共に激しくその首を前後に振り回す。脳震盪を起こしそうな勢いのそれを受け、花京院本体の口からも血が吐き出される。

 そのままもう片方の拳を握り直し、容赦なくその頭部に何度も何度もラッシュのように殴り掛かった。

「オラオラオラオラオラオラオラァッ!!」

 勢いよく宙に放り出されたハイエロファント。それを目掛け、フィニッシュと言わんばかりに拳を突き上げる。

「裁くのはッ!俺のスタンドだァァーーッ!!」

 ガバァッ!と軋むような音が響く。

 見事な顔面ヒット。天井を突き破るほどのパワーをもって繰り出されたそれは、凄まじい音を立てて学校の一部にヒビを入れるほどの威力だった。

 

 大破した医務室の中。再起不能になったハイエロファントから解放された白鳥は力が抜けたかのようにストンとその場に腰を落とした。

 そこに立っているのは、空条承太郎ただ1人。

 勝った。承太郎が勝ったのだ。

「白鳥」

 承太郎が目の前まで歩いてきて、ぼんやりとしている白鳥を覗き込むようにそこにしゃがむ。

「承太郎、先輩」

「なに呆けたツラしてやがる。早くしねぇと騒ぎが大きくなるぜ」

 遠くの方でジリジリと警報器が鳴る音が聞こえる。先生方がここに来るのも時間の問題だろう。

「先輩……怪我は」

 白鳥はそっと彼が胸に受けた傷に触れる。本当なら致命傷だったはずだ。なのに彼はすっとぼけたようにピンピンしている。

「不意を喰らったが、咄嗟に避けたんで掠っただけだ。あまりベタベタ触るんじゃあねェ」

 承太郎はその手首を取ってそこから遠ざけた。白く細い指先が己の血で汚れてしまったのを見て、そこに落ちていた花京院のハンカチで拭い取る。

「よ、よかった……」

 緊張の糸が切れた白鳥は、安堵からかその瞳に大粒の涙を溢れさせた。頬を伝って砂埃にまみれた床に落ちていくのを見て、承太郎はやれやれとため息を吐いて立ち上がり彼女の脇の下に両手を差し込んで赤子のように立たせた。

「先生は手当てすりゃあ助かる。後から来る連中に任せて俺達はとっとと退散しようぜ」

「ど、どうしてですか……?」

 デジャヴのような一連の動作を受けた後、承太郎は気を失った花京院を担ぎながら窓枠を軽々越えていく。涙を袖で拭った後、白鳥もそれに続くように窓枠に足を掛けた。

「面倒だろ、説明するのが。それにこの花京院の事も気になる。いろいろ喋ってもらわなくては」

 確かに、大破したこの教室について何をどう説明すれば良いのやら。スタンドは一般人には見えないのだ。承太郎が去ってしまったら、――白鳥には説明できる自信がない。

 承太郎の手を借りながら窓枠を越え、白鳥は校舎を振り返る。

 とんでもないパワーのスタンド。戦闘の一部始終を見ていた彼女にさえ、その爆発的な強さは底知れなくて恐ろしい。

 

 本当にとんでもない人と知り合ってしまったものだ。

 しかしどうしてだろうか。この人といれば大丈夫なのかもしれない。

 立ちこめる不安さえ振り払ってしまいそうなその広く頼もしい背中を見つめ、白鳥はその一歩を踏み出した。

 

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