星見る鳥の夢   作:斎草

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頼るということ

 

「よせッ!!承太郎ッ!!」

 承太郎のスタープラチナの拳を花京院のハイエロファントが触手を巻き付けて制止させる。

「本当にやめろッ!!僕だって怒りが湧いてくるさッ!だけどッ!!」

「言っちゃあ悪いが俺はもう無理だぜ花京院…ッ!!こいつに痛みを感じる間も与えずに瞬間的に殺してみせるッ」

 承太郎の獣のような怒りは収まらず、フーッフーッと息を荒げながらダンを見つめる眼差しはもはや正気のそれではなかった。

「ほ〜〜う……痛みを感じる間もなく殺す……いいアイディアじゃあないか、承太郎。で、どうやって殺すっていうんだ?」

 ダンはそんな承太郎といま一歩距離を詰め、その怒り顔を愉快そうに覗き込む。

「頭か?喉かな?胸に風穴開けるとかかな?」

 承太郎は歯をギリッと食いしばり、ダンを睨みつけたまま動かない。

「ほーれどうした?やるんだろ?やってみろよ。あ!スタンドはやめて石で頭を叩き潰すってのはどうだ?石拾ってやるよ」

 ひょい、と人の頭ほどはありそうな石をダンは持ち上げる。

 罠だ。ヤツはわざと承太郎を煽っているのだ。

 この状況に白鳥は瞳を揺らすばかりだった。

「白鳥。お前もうなにも言うな。お前の言葉は承太郎を怒らせるだけだ」

 もう一度何か言わなくては、と白鳥が震える唇を開きかけた時、隣にいてずっと白鳥の肩を抱くポルナレフが制す。

(さっきので分かった。白鳥は安心させようと承太郎に「大丈夫」と言ったのだろうが、それはいまの承太郎にとっては火に油を注ぐようなものだ!)

 白鳥を人質に取られ、自分の拳で殺しかねないこの状況の中、承太郎は自分でも混乱するほどに動揺している。いつもの冷静さはどこかへ形を潜め、誰の言葉も届かない。

 きっと承太郎だってこんなことではいけないと理解しているのだが、頭の中は怒りと不甲斐なさでぐちゃぐちゃだ。

 

 白鳥葵を守れない。それは空条承太郎にとっての絶望だった。

 

「ぐはッ!!」

 そんな承太郎の鳩尾にダンは先ほど拾った石を拳と共にぶち込む。突然の衝撃に受け身も取れず、承太郎は吐血しながらガクリと膝をついた。

「あまり俺をなめるなよ、承太郎……白鳥葵を殺したら次はきさまの脳内に"恋人(ラバーズ)"を侵入させて殺すッ!」

 ダンは続けてその石を承太郎の頭に打ち付けるが、彼は咄嗟に腕でガードして直撃を回避する。しかし腕からは石の角による傷で血が滲み、そんな情けない姿を晒す承太郎が愉快で仕方ないのか、ダンは高笑いを響かせながらその肩を足蹴にして地面に伏せさせた。

「そ、そんな……承太郎先輩……ッ!」

「ひでぇことしやがる…!俺たちが手を出せないからってッ!」

 ダンに攻撃すれば白鳥も傷付く。先ほど承太郎が言った通り痛みを感じる間もなく殺せればもしかしたらということもあるのかもしれないが、万が一ダンが耐えれば白鳥がショック死する恐れがあるので試すこともできない。

 目の前が霞む。白鳥は自分が肉の芽で死ぬ恐怖と目の前の承太郎に駆け寄る権利さえない不甲斐なさで嗚咽を漏らした。

 

 すっかりヤツのペースに呑まれている。

 しかし、どうすることもできない。

 ダンに攻撃すれば白鳥が危ない。しかし脳の中にいるスタンドなんてどうしようもできない。

 

 脳の中。

 スタンド。

 

「ハッ……ジョースターさん!」

 そこで花京院がジョセフに向けて呼び掛けると、彼もまた花京院を見て頷く。

「花京院!ひょっとして同じことを考えたな……!行こう!ポルナレフ、白鳥くんを連れてこっちへ!」

 花京院とジョセフはポルナレフにも呼び掛けて先に駆け出していく。

「えっ!?あ、ああ!行くぞ、白鳥!」

「あ、えっ、あ…!」

 ポルナレフは白鳥の返事を待たずに彼女を横抱きにして持ち上げ2人についていく。

 それを見た承太郎は困惑したように彼らを見つめたが、花京院が振り返って声を張り上げた。

「承太郎はそいつを白鳥さんに近付けないようにしてくれッ!僕らはできるだけ遠くへ離れるッ!」

 それだけ言い残し、白鳥を連れた彼らは町の中へと姿を消した。

「ほう、なるほど……ラバーズの射程外まで行けばスタンドの力は消えるはずだ、と考えているのか。しかし残念だったな。ラバーズは確かに戦う力こそないが……その分射程距離はとても長いんだ。何百キロと離れていても操作可能だ」

 ダンは花京院たちの背中を大人しく見送りながら喉奥で笑う。

 しかし、残された承太郎はそんな彼の言葉など耳に届いていないのか、花京院たちが走り去っていた道をジッと見つめていた。

 

 ポルナレフはともかく、花京院とジョセフが何の考えもなしに行動に出るとは思えない。

 これには必ず意味がある。白鳥葵を救う手立てがあるからこそ行動に移したのだ。

 

 白鳥葵を守りたいのは空条承太郎だけではない。

 それを思い出して頭の中がクリアになっていく。乱れていた呼吸が落ち着いていくのが分かる。

 

 こんな大切なこと、どうして忘れていたのだろう。

 

「おい承太郎、聞いてるのか?おめーに話してるんだよ。なに澄ました顔で無視してやがる。こっち見ろや」

 ダンが承太郎の襟元をグイッと掴んでこちらを向かせようとしたが、彼の体はピクリとも動かなかった。

「てめー……だんだん品が悪くなってきたな。それが本性か?いい気なってるのはてめーの方だろうが」

 代わりに視線だけをダンに向け、いつものように凄む。

 ダンはその鋭い視線に一瞬怯んだが、すぐに「フンッ」と鼻で笑った。

「なんだ?この俺を奴らの言う通り見張るってのか」

「ダンとかいったな。このツケは必ず払ってもらうぜ」

 花京院たちがなんとかしてくれる。ならば己はいまやるべきことをやるだけだ。

 ――いつもの感覚に戻りつつある。

 承太郎は落ち着いた思考の中でダンとの間で火花を散らせていた。

 

 

 ―――

 

 

「あった!電気屋だ!ジョースターさん、テレビがあります!」

 ようやく見つけた電気屋の街頭に所狭しと並んだテレビを見て、花京院はそれを指差す。

「おい花京院ッ!ジョースターさんッ!な、なにをする気なんだ!?俺たちにも教えてくれよ!」

 2人に追いついたポルナレフはようやく白鳥を地面に下ろし、上がった呼吸を整える。

「白鳥くんはともかくとして、ポルナレフも分かっとらんのか……これから白鳥くんの頭の中のスタンドと戦うんじゃ!」

「ポルナレフ、きみにも協力してもらう。そのために来てもらったんだからな」

「えっ、えっ!?」

 花京院がしれっと言う中ポルナレフは終始訳がわからないといった表情を晒している。

 それを横目に、ジョセフはハーミット・パープルを白鳥の頭に伸ばした。

「ちょーっと頭に巻くだけじゃ。痛くしないから大丈夫じゃよ」

 伸びてくる茨に白鳥はほんの少しだけ身を引いたが、その言葉を受け入れて大人しくしているとゆっくりと茨が頭に絡みついていく。

隠者の紫(ハーミット・パープル)ッ!』

 ジョセフは街頭テレビにも茨を巻き付けながらしっかり双方が繋がったのを確認し、バチバチッ!と音を立てて白鳥の頭の中の念写を実行した。

 砂嵐だった画面はやがてズームアップするように人の脳の映像からその内側へと移動していく。

「――ッ!いた!小さな虫のようなスタンドッ!」

 体内の神経の出発点ともいわれる脳幹にヤツはいた。

 ヤツは神経の管をハサミのような手で持ち、いつでも信号を送れるようにスタンバイしている様子で白鳥も思わず息を呑む。

(私の脳内の映像、というのも結構衝撃的だけど……本当にこの中にこんなのがッ…!?)

 思わず頭を手で押さえる。今からでも頭を振ったら出て行ってくれたりしないのだろうか。気持ち悪すぎる。

 ぐるぐると考えている間に3人は脳内の映像を見ながら何やら作戦を立てているが、全く頭の中に入ってこない。

 そうこうしているうちに花京院はハイエロファントを、ポルナレフはチャリオッツを出現させていて、遅れをとるまいと己もハントレスの姿を現した。

「あ!白鳥さんは大人しくしてて!何かあったらまずいから……」

「で、でも!これは私の頭の中で起こってて……本来なら私がなんとかしなくちゃいけなくて…!」

 花京院が慌てて白鳥にスタンドを引っ込めるように諭すが、白鳥は断固として首を横に振った。

 こうなったのは自分のせいだ。自分の体がもっと頑丈だったならこんなことにはならなかったし、承太郎が傷付くこともなかったのに。

 先ほどの、無様に足蹴にされていた承太郎のことを思い出すと呼吸が乱れる。

「わたし……私が、なんとかしなきゃ……」

 今ごろ承太郎はもっと酷い目に遭っているかもしれない。己を守るために。なのになにもできないのが苦しくて悔しくて呼吸が浅くなり、スタンドの像が薄くなっていく。

 こんなんじゃだめだ。またみんなに迷惑を掛ける。この中の誰かがまた傷付くかもしれない。自分でももっと何か考えなくちゃ。何か、何か、何か。

 なのに頭はしっかり動いてくれない。何も思いつかない。それどころかいろんな感情がぐちゃぐちゃになっていまにも喉奥から不安が溢れ出そうになる。

 なんて情けない。そんなだから私は――

 

「なんだよ、白鳥。悩んだらみんなを頼るんじゃあなかったのか?」

 

 その時、そんな声が聞こえて無意識に下げていた頭を恐る恐る上げる。

 そこには"銀の戦車(シルバー・チャリオッツ)"を従えたジャン・ピエール・ポルナレフと、"法皇の緑(ハイエロファント・グリーン)"を優雅に漂わせる花京院典明がいた。

「僕らは目的を共にした仲間だと言ってくれたのは、白鳥さんですよ」

 花京院もポルナレフも、白鳥を見つめて力強く、それでいて優しく微笑んでいる。

「あんまり自分だけで背負い込もうとすんなって言ったろ?俺たちのことも、もっと頼ってくれていいんだぜ!」

「僕らだって白鳥さんのことを大切に想っている。きみを助けたいんだ!」

 眩しくて、その光が己に向けられている。白鳥葵は無意識にその光に向けて手を伸ばしていた。

「私、は……」

 こんな大切なこと、どうして忘れていたんだろう。

 きっと承太郎と私だけではダンに勝てなかった。

 でも、私たちにはこんなに心強い仲間がいるんじゃあないか。

「ここはわしらに任せなさい。ドンと大船に乗ったつもりでな!」

 そこにジョセフも加わり、白鳥が伸ばした手に3人の手が重なる。

 あたたかくて心地良い。不安だった頭と心の中が軽くなっていく。

「……ありがとう、ございます。お願いします。私……みんなのこと、たくさん信じてます」

 じわりと涙が瞳に滲んではこぼれ落ちていく。それを花京院が優しくハンカチで拭い、彼女と目線を合わせるように屈んだ。

「白鳥さんは大丈夫ですよ。僕らが必ず助けるからね」

 大丈夫。そうだ、私はもう本当に大丈夫だ。

 その言葉に、白鳥は大きく頷いた。

 

「さあ、あまり時間がない。肉の芽が育つ前にヤツのスタンドを叩くぞ!」

 作戦はこうだ。

 花京院のハイエロファントとポルナレフのチャリオッツの体を小さくして白鳥の耳の穴から脳へと入り込み、それをジョセフのハーミット・パープルでテレビに念写して中継するように様子を窺う。一応スタンドと本体は視覚を共有することもできるが、こうした方がジョセフと白鳥も様子を見ることができるので皆で作戦を立てやすい。

 先ほどの映像でラバーズは脳幹にいることがわかったので、まずはそこまで向かうことになった。

「大丈夫かい?気分が悪くなったりしてないかな?」

「はい。さっき耳がちょっとくすぐったかったけど、それ以外は大丈夫そうです」

 無事に白鳥の頭の中へ入り込んだ2人のスタンド。スタンドは生命エネルギーの具現化した姿だ。その気になれば壁を通り抜けることもできるし、このように小さくなることもできる。画面越しにその姿を見て、つくづく不思議な存在だと改めて思った。

「ぎあッ!!」

「白鳥くんッ!?」

 しかし、白鳥が突然悲鳴を上げながら身を屈めて右脚を押さえる。

「い、痛い…ッ!!また攻撃を仕掛けられて、……ひゃんっ!」

「こ、今度はどうしたッ!?」

 あられもない声を上げて今度は派手に尻餅をつく白鳥。はたから見れば変な女だが、事情を知るジョセフたちには彼女になにが起こっているのか分かる。

「お、お尻を……も、もうやだぁ…っ!!」

 体をびくびくと小刻みに震わせとうとう泣き出してしまった彼女を見て、3人はプッツーン!と何かがブチギレるのを感じた。

「あ、あのゲス野郎ッ…!!あれに飽き足らず!承太郎のオラオラだけじゃあぜってー許してやらねーッ!俺のチャリオッツの切先でハチの巣にしてやるッ!!」

「僕のエメラルドスプラッシュが火を噴く時が来たようだなッ!」

「わしがハーミット・パープルで絞め上げてやるッ!2人もあとで存分にやれぃッ!!」

 遠隔による辱めをいとも容易く実行するダンに対する怒りはただヤツを殺すだけでは収まりそうもない。尤も、承太郎が彼らの分を残しておくとは思えなかったが、それでもそうしなければ気が済まない。

 3人が再びテレビ画面に向き合う頼もしい背中を見て、白鳥は溢れ出た涙をグイッと袖で拭い両脚の力を振り絞って立ち上がる。

「わ、私も……このままやられっぱなしなんていやだ…!!私もあいつにハントレスの矢をぶち込んでやりますッ!」

 ギュッと胸の前で拳を握り締める姿を振り返り、ポルナレフと花京院は互いに頷き合うともう一度白鳥に近付いてその肩をガシッと掴んだ。

「よく言った!!それでこそ俺たちの白鳥だ!!」

「やってやろうじゃあないか!そのためにもまずはスタンドから叩くぞッ!」

 ザンッ!とテレビの前に今度は4人で並ぶ。

 いま感じている"大丈夫"という気持ちは虚勢じゃあない。

 バラバラになりかけていた結束が戻り、より強固になっていくのを感じていた。

 

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