星見る鳥の夢   作:斎草

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仲間と自分と

 

 テレビの液晶に映る白鳥の頭の中の映像。

 白鳥は腹を括ったつもりだったが、改めてその様子を見て固唾を飲み込む。

 こんな形で自分の体の一部を垣間見ることになるとは思いもしなかった。ましてや異物がここに忍び込んでいるなんて。

(だけど……私の周りには仲間がいる。私はこの人たちを、いまの状況で言えばどんな有名な外科医よりも信頼しているわ。だから……私は大丈夫だ)

 改めて胸の前で組んだ手に力が籠る。なにかあれば自分も参戦できるよう、常に万全な体制でいようと決めている。

「白鳥さん。いまから血管の中を通るためにミクロレベルの穴を開けます。もしかしたら気分が悪くなるかもしれませんが……」

「大丈夫です。お願いします」

 テレビに映る小さくなったスタンドの前では大きく太い血管が鎮座している。小さくなるのに神経を使っているいま、これほどの厚さの壁をすり抜けることはできない。

 花京院が了承を得ようと白鳥を見るが力強い即答に一瞬目を見張り、次いでポルナレフに目配せする。

「マジに気分悪くなったらすぐ言えよ?結構ショッキングな映像になると思うし、目ェ瞑ってた方がいいんじゃあねーか?」

 血管に穴を開けるということはそこから血が漏れ出す様子も当然映し出されることになる。本当にごく小さな穴を開けるだけなのでただちに人体に影響は出ないだろうが、例えるなら水を目一杯に流したホースに穴を開けるようなものだ。絵面的に転んで擦り傷ができた時のようなじんわりしたようなものではないことは容易に想像できる。

「いえ……自分の体のことですから、ちゃんと見てます」

 それでも白鳥は首を縦に振った。彼女は片時も目を離すつもりはないのだろう。

 そんな白鳥をジッと見つめた後、ポルナレフは意を決したように画面と向き合いチャリオッツの剣を血管に向けて構える。

(白鳥は俺たちを信じて覚悟を決めている!失敗はできねェしするつもりもないッ!)

「いくぜッ!」

 ポルナレフの掛け声と共に画面の中のチャリオッツが血管をズバッと斬りつけると途端に血が溢れ出し、その穴からチャリオッツとハイエロファントが血管内に侵入していった。

「……………」

 白鳥はその映像を見ながらごくりと再び唾を飲み込んだが、特に何も言わなかった。いや、自分の身に起こっていることが壮絶すぎて、声にならなかった。

「オーノー…!!わしの方が具合が悪くなりそうじゃ……」

 代わりにジョセフが明らかに萎えながら弱々しく口にして、その様子にほんの少しだけ肩の力が抜ける心地になるのを白鳥は感じたのだった。

 

 しかし。

 

「ん……!?」

 突如、白鳥は背中に違和感を覚えてそこに触れる。

 するとその違和感は次第に大きくなり、やがて背中全体に行き渡るとその感触に耐えるように小刻みに体を震わせた。

「! 白鳥ッ!今度はなにをされているッ!?」

 それにいち早く気付いたポルナレフだったが時すでに遅し。彼女が手を口元に添えて耐えながらも、笑い声がくすくすと漏れ出ると同時に力が抜けていっていてポルナレフは咄嗟にその体を支える。

「だ、だめ、です…ッ!背中をくすぐられて……ひゃっ!こ、腰はだめぇ…ッ!」

 ふるふると脚を震わせながら身悶えるその姿を見てまだ懲りてないのか!と怒りを感じるものがあったが、いまはそれどころではない。

「ちょっと見て、昼間から……」

「やだ、男3人で女の子を……」

 通行人がついに足を止めてこちらを見ながらヒソヒソと声を潜めるのが聞こえてきてサーッと血の気が引くのを感じる。

「く、くそッ!承太郎がやらされてるのか知らねーが、こいつはまずいぜッ…!」

「花京院!金を渡すからテレビを買ってこいッ!別の場所に移動して続けるぞッ!」

「わ、わかりました!」

 ジョセフから預かった財布を持って花京院が電気屋に滑り込んでいく。その間も白鳥への刺激は続いていてポルナレフにしがみつきながらジッと耐えていた。

「ご、ごめんなさい、ポルナレフさん……」

「いいって別に…!お前は悪くないッ。……おら!俺の妹になんか用か!?こいつは超〜〜〜〜ッ人見知りなんだからじろじろ見てんじゃあねェーッ!」

 シッシッ!と白鳥を背に隠してポルナレフは野次馬に向けて手を払い散らせようと奮闘している。

 承太郎のようにギラッと睨みつけるだけで追い払えたら良いのだろうが、生憎と己にそこまでの迫力はないらしい。ならばここは"面倒見のいい兄"というテイで乗り切ってやろうじゃあないか。それならば適性は絶対己にある。

「テレビ買ってきました!いきましょう!」

「うむ!わしも手伝おう!」

 花京院がようやく電気屋から出てきた頃にはそれとなく納得したらしい野次馬たちはほとんど散っていたが、これからまた何が起こるかわからない中で電気屋の街頭に張り続けるのは難しい。

 花京院とジョセフが2人でテレビを持ち、ポルナレフは白鳥を背中におぶってやりながら人気のない場所を探して町を駆け巡り始めた。

 

 ―――

 

「あーあ、今ごろ白鳥はどうなってるかな?そうやって想像するのもなかなか楽しいモンだ」

 一方その頃。

 ダンは承太郎に背中や腰を掻いてもらった後上機嫌で町を闊歩していた。

 その後ろを承太郎は黙ってついていってはダンの思いつきに付き合っている。

「白鳥が悶える姿……ケッコー可愛かったな?さっきもケツや腰をやってやったからああなっちゃったかな?もしかしたらムラッときたあいつらに犯されてたりして?」

 ダンは承太郎を振り返り、クツクツと喉奥で笑う。しかし彼は口を結んで一言も喋らず、それが気に入らなかったのかピクッと眉間を震わせながらダンは彼に詰め寄る。

「ああ……そうだ。お前、白鳥と別れろよ」

「…………なぜだ?」

 ピタリと立ち止まってようやく口を開いた承太郎はダンを睨みながら見下ろす。それを彼は小馬鹿にするようにハンッと鼻で笑った。

「なぜって、俺が付き合うからに決まってるだろ?白鳥葵はお淑やかでか弱い女の子だ。お前のようなガサツで横暴な男は不釣り合いなんだよ。俺みたいなスマートな男の方が相応しいじゃあないか?」

 どこから取り出したのか、ダンはナイフを己の腕に当てがう。

「わかるよな?」

 YESと言わなければこのナイフで腕を切り刻み、その感覚を白鳥にも味わわせてやる。

 その意図を読み取るが、承太郎は帽子の鍔を下げて彼から視線を逸らした。

「お淑やか……か弱い、ね……」

 やはりだ。やはりこいつはなにも分かっちゃいない。

「……俺とあいつは付き合っちゃいねーよ」

「は?」

 ナイフを当てがったまま間抜けな声を上げるダンを、承太郎は一瞥しては息を吐く。

「だからこの後好きにすりゃあいい。付き合いたきゃ付き合え。……その命があったら、だがな」

 もう一度、ギラリと彼を睨みつけた瞬間、バチンッ!と頬に衝撃が走った。

 

 ―――

 

「ここまで来れば大丈夫じゃろう……」

 テレビを担いだジョセフたちは町から少し外れた場所にあったガゼボの中に入ると地面にテレビを置き、もう一度白鳥の頭の中の念写を実行した。

「白鳥、お前はここでおとなしくしてな。お前にも画面が見えるようにしとくからよ」

 ポルナレフはその言葉に頷いた白鳥を背中から下ろしてベンチに座らせ、テレビの画面を彼女が見える位置に向ける。映像は既に血管から脳幹にたどり着いたところで、ポルナレフの剣が再びそこの壁を破って出てくるところだった。

「なッ!なんだこれはーーッ!!」

 しかしその画面が映した光景は想像を遥かに絶するもので、4人は思わず息を呑む。

「こ、これはッ!肉の芽の触手だ!!もうこんなに成長しているッ!!」

 脳幹を埋め尽くすように蔓延るのは薄気味悪い触手の群れ。先ほどエンヤ婆から這い出てきたそれと同じものが画面いっぱいに映っている。

「…………!!」

 白鳥は反射的に頭を押さえ、次いで額に触れる。すると、しこりのようなものが指先に当たってゾッと血の気が引いた。

(これは…!!花京院先輩やポルナレフさんの額にあったものと同じッ!)

 慌てて荷物の中から手鏡を出して前髪を恐る恐る退かしてみると、あの蜘蛛のような肉片が己の額にもビッタリ張り付いていて顔まで青ざめていくのが分かる。

(やっぱり怖い…!!このままあの触手が頭を食い破って出てくるのかと思うとものすごく怖い…!!でも……!)

 少しでも勇気をもらおうと、画面を見ながら奮闘している3人に視線を移す。

 

 しかし。

「ポルナレフッ!それは僕じゃあないぞッ!!」

 花京院の声と共にいつの間にか分裂していたハイエロファントの片方の頭部がグズグズに溶けていく。

「ラバーズは俺だッ!!」

 瞬間、頭部の溶けたハイエロファントの像がチャリオッツの腹に鋭い突きをぶち込んだ。

「ッ!!」

「ポルナレフッ!!」

 スタンドのダメージと連動するようにポルナレフが腹を押さえて吐血する。

 自分のことばかりで状況確認が疎かだった。白鳥が慌ててテレビ画面に視線を移すともう1人のハイエロファントは既にドロドロに溶けていて、中からラバーズが姿を現す。

(私の脳内の細胞を捏ねて身に纏っていた…!?そばで溶けているもうひとつのラバーズの像も同じ手口で!?)

 自分の頭の中で好き勝手にやっている様子のラバーズ。痛みこそないが脳細胞すらヤツに弄ばれている事実に白鳥は愕然とショックを受けていた。

「まんまと騙されたなッ!バカどもめーッ!!」

 その言葉と共に、ガーンッと後頭部を鈍器で打ち付けられたような気分になる。

「…………!!」

 再びパニックで呼吸が浅くなるのを感じる。――が、グッと唾を飲み込んで耐えた。

 

 ――こんな時こそ冷静にならなければ。ここで動揺してしまっては敵の思うツボだ。

 

 白鳥はそっとハントレスを出現させると、深呼吸を2、3度繰り返す。

「ハントレス……私、弄ばれて終わるのはいやよ。仲間のことはもちろんたくさん信じているけれど……それと同じくらい、自分のことも信じたいッ!」

 覚悟は既に決まっている。この旅に出た時からずっと。

 ハントレスはその言葉にコクリと一度だけ頷き、小さくなったチャリオッツやハイエロファントと同じくらいの大きさになると白鳥の耳の中へ入っていく。

 道順は覚えている。白鳥は目を瞑ってスタンドと視覚を共有し、彼らが通っていった血管を伝って素早く脳幹へと繰り出した。

「白鳥さんッ!来ちゃだめだッ!!」

 画面の中に躍り出たハントレスの姿を見て、花京院は咄嗟に声を荒げる。捏ねた脳細胞で出来たダミー人形をわんさか従えたラバーズが画面を埋め尽くさんとしている中、白鳥は花京院のそばまでやって来てはその肩に手を添えた。

「花京院先輩!先輩なら……どれが本物なのか分かるはずです!ポルナレフさんも手伝ってください!」

「えっ!俺!?」

 そうやってポルナレフとジョセフも含めて4人で顔を寄せ合い、ごにょごにょと声を顰めながら考えた作戦を話していく。

 これは自分1人だけの作戦ではない。――皆で団結しなければ出来ない作戦だ。

「なるほど……それならヤツを欺くことができそうだ」

「バカにされたままじゃあ収まりつかねーしな!一泡吹かせてやろうぜッ!」

「ヤツの姿はわしが余すことなく監視するッ!任せろッ!」

 テレビ画面と向き合い、皆で己のスタンドを改めて視界に入れる。

「たった1人増えたくらいでなーにができるッ!俺たちはどんどんどんどん増えていくってのによ〜ッ!」

 ハントレスは弓を構えると得意げに喋るラバーズに向けてスパッと矢を射る。しかしそれもダミーで、脳天を突かれたそれはぐちゃぐちゃに頭を破りながら瞬く間に2人に分裂していった。

「ポルナレフさん!数打ちゃ当たる!ですッ!」

「おうよ!ホラホラホラホラ〜ッ!!」

 ハントレスの無数の矢とチャリオッツの高速剣撃が分裂していくラバーズに炸裂する。

(小さなスタンドでいるってかなり神経を使うわ…!2人はずっとこんな状態でスタンドを操っていたのね……)

 現に一発ぶち込むのだって相当なスタンドパワーを要している。しかもここは脳の中だ。強い技を使って外したらと思うと更に神経質になる。

 それでも、花京院とポルナレフは躊躇うことなくこの役を買って出てくれた。そればかりか、己のことも常に気遣ってくれていた。

「白鳥くんッ!後ろに分裂したラバーズがッ!」

「ハッ!」

 ジョセフの声に身を翻し、振り向きざまに矢を浴びせる。

 ジョセフも戦闘にこそ参加していないが、長い時間ずっと念写を実行してくれている。映像も乱れることなく常に鮮明だ。

(みんなが私のために……それなら私は、みんなのためにッ!)

 ここにはいないが承太郎だって。彼だって体を張ってダンの暴走を止めてくれているはずだ。

 この作戦には白鳥葵のいろんな想いが込められている。

「ヒャハハハハハハッ!!何度やっても同じことッ!!この俺を誰1人捕えることはできないィィィッ!!」

 画面をいっぱいに埋め尽くしていくラバーズの金切り声がテレビのスピーカーから絶え間なく聞こえてくる。

 

「己を知った史上最弱が……最も最も最も最も最も最も最も最も最も最も最も最も最も最も恐ろしいィィィ〜〜ッ!!」

 

 マギィィーーーッ!!

 スタンドの鳴き声が音割れするレベルで響いた。

 

 ――それでも。

 

「確かにとても恐ろしいスタンドだということはよく分かりました……同時に、あなたが自分の能力の弱さをよく知るからこそ、この戦術を編み出せたのだということも理解しました。――だけど…!!」

 ハントレスの構える弓とそこに番えた矢の向く先、数百はあるラバーズの群れの中、眩いほどの緑色の光がピカリと輝く。

「お前は敵である俺たちのことを知らなすぎたようだなッ!俺たちがどれだけ仲間を信頼し、己の実力を信じているかッ!そのことをよォォ〜ッ!」

 チャリオッツの剣の切先が緑色の光目掛けてズバッ!と道を切り拓いて無数のダミー人形を切り裂き、その光を発するものの正体をラバーズにもわかるように見せつけた。

「こ、これは…ッ!!なにかが俺の脚に巻きついて光っているッ!?」

 モーゼの海割りのように開いたその空間。体のどの組織とも違う触手が木の根のようにビッシリとそこを埋め尽くし、その先のどれもがラバーズ全員の脚に巻きついている。

「ポルナレフと白鳥さんがお前に攻撃を仕掛け気を引いている間に、僕のハイエロファントが調べていたのさッ!どれが本物なのかをなッ!!」

「な、なにィィィィィーーッ!?」

 光る触手の先には慌てふためく1体のラバーズ。見破られるとは思っていなかったのか彼は相当動揺しているようで、周りにたくさん作っていたダミー人形が何もせずとも溶けていっていた。

 

「「「本物はお前だーーーッ!!」」」

「ギニャァァァァァーーーーッ!!」

 

 3人の技がラバーズに向けて容赦なく炸裂する。ポルナレフの剣撃を、白鳥の矢を、花京院のエメラルドスプラッシュをまともに受けて断末魔のような悲鳴をあげるラバーズは、ボロボロになりながらも最後の力を振り絞って血管に潜り込み逃走を図った。

「あ〜あ、可哀想に!花京院のハイエロファントの触手がまだ絡みついていることに気付いとらんようじゃな!」

 血管を伝ってすぽーん!と白鳥の頭の中から外へ逃げ出したラバーズだったが、ジョセフの言った通りそのことに気付かないまま本体の方へ戻っていくつもりらしい。

「どれ、このまま念写を使ってそちらの様子を見ようじゃあないか」

 彼を追うように頭の中から出てきた3人のスタンドが元の大きさに戻り、そのうちのハイエロファントに茨を触れさせ本体の方に戻っていくラバーズの様子を中継する。

 

 ――その後はお察しの通りである。

 ただ、承太郎のお仕置きタイムが想像を遥かに越えて長めだったことは言うまでもなく。

 

「オーマイガー……」

「承太郎をブチギレさせるとああなるんだな……」

「お、恐ろしすぎるぜ…!冗談でも怒らす勇気はねーな……」

 もはや映像に映すことも、文字にすることも憚られるほどのひどい有様に一同は口をあんぐりと開けたまま呆然とする。身内である彼らですら反面教師にするレベルの出来事であった。

 

 

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