星見る鳥の夢   作:斎草

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夢と赤ん坊

 

「花京院せんぱ〜い、ポルナレフさ〜ん」

 一階の宿の部屋の窓をコンコン叩くと中にいた2人がその声の主である白鳥葵を視界に入れ、ポルナレフがガラッと窓を開けてくれた。

「白鳥!先に起きてたんだな」

「はい!おはようございます。これ、朝ごはん先に買ってきちゃいました」

 サンドイッチが入った袋を差し出し、その中から白鳥も自分の分を取り出す。

「お〜!メルシー!花京院も来いよ!朝メシ食ったらすぐ具合良くなるって!」

「あ、ああ……」

 のっそりとベッドから出てきた花京院は寝間着のまま窓際まで来ると、眉間に皺を寄せながらサンドイッチの入った袋を探る。

「花京院先輩、具合悪いんですか…?」

「変な夢を見たんだとよ。さっきまですげーうなされてたんだから」

 な!とサンドイッチを頬張りながら花京院に同意を求めるように声を掛けるポルナレフだったが、彼はよほどグロッキーなのか返事もロクにせずに窓のそばにあった椅子に腰掛けてサンドイッチを口にする。

「大丈夫ですか?酔い止めの薬とかいります…?」

 普段の花京院からは病弱といったイメージはなかったが、今日は本当に調子が悪そうだ。変な夢、というワードから彼も正体不明の悪夢を見たのかを訊こうと思ったが、なんとなく憚られる雰囲気だ。

「いちおー飲んどけよ。あるのとないのじゃあ心持ちもちげーしよォ」

 さすがにポルナレフも心配になったのか、医療キットから酔い止めを出した白鳥の手からそれを掴んで花京院に握らせる。

「あ、ああ……ありがとう、ポルナレフ。白鳥さんも……心配掛けてすまない」

 サンドイッチを平らげた花京院は酔い止め薬を手に洗面所の方へ向かっていく。その後ろ姿を2人で見つめては互いに顔を合わせた。

「大丈夫でしょうか……」

「ここ最近ずっと暑いし、さすがに花京院も参ってんじゃあねーのかな……ジョースターさんに頼んで水とかもっと買ってもらおーぜ」

 すべてはこの灼けるような砂漠の暑さのせいだ。ここにずっと住んでいるならまだしも、我々はこの気候に慣れていない。いきなり適応する方が難しいだろう。

 

「ところで、ポルナレフさんは変な夢とか見ますか?怖い夢とか……」

 ふと白鳥はサンドイッチを食べながらポルナレフに尋ねる。

 いまの花京院にこのことを訊くのは可哀想だが、ポルナレフはどうだろうか。己や承太郎が見たような悪夢を彼も見たことがあるのだろうか。

 しかしポルナレフはきょとんとした顔を向けた後、快活に笑ってみせた。

「夢ェ?俺は夢なんて見ねーくらいいつも快眠だ!知ってるか?夢を見る時ってのは浅〜い眠りのレム睡眠の時だけなんだぜ。俺のは深〜い眠りのノンレム睡眠ってヤツだから見ねーのよ」

 だからいつも寝起きはバッチリだぜ!と肩をぐるんぐるん回してみせるポルナレフに、白鳥は思わずクスリと笑い声を漏らした。

「ポルナレフさんがそういうのを知ってるなんて意外です。なら大丈夫そうですね」

「あァ?意外ってなんだ、意外って!おめーも言うようになったなァ〜ッ?」

 軽口を叩いた白鳥の頭をわしわしと髪を乱すように撫で回してやると、小さな悲鳴のような声を漏らした後できゃっきゃと鈴を転がしたような笑い声が響く。

 

「おい」

 そんな兄妹のような微笑ましいやり取りのさなか、そこに突如降ってきた低音に2人はそちらを振り向いた。

「承太郎!おはよーさん!嫉妬しに来たのか〜?」

「なんでそうなる」

 ニヤニヤと目を細めるポルナレフだったが、なんとなく様子が違うのを承太郎の眉間の皺で読み取り白鳥の頭を軽く整えてやりながら首を傾ける。

「……ちょいと事情がややこしくなりそうでな。意見を聞きてェからセスナまで来てほしい。花京院はどうした?」

 それでもニヤケ面が変わらないポルナレフにため息を吐いてここまで戻ってきた経緯を話すと、花京院の姿を探して部屋の中を覗き込む。

「花京院先輩なら洗面所に薬を飲みにいきましたよ」

「薬?具合が悪りぃのか?」

「ちょいと夢見が悪かったみてぇでよ。暑さのせいじゃあねーかな」

 夢見が悪い。

 昨晩の己と同じような状況にピクリと肩を揺らす。

 まさか花京院も――そう思ったところで洗面所の扉が開いた。

「すまない、待たせたね。承太郎もおはよう、どうかしたかい?」

 寝間着からいつもの制服に着替えてきた花京院が窓際まで歩いてくる。確かに少し顔色が悪いようにも見えた。

「いや……皆セスナまで来てほしくて呼びにきただけだ」

 承太郎もさすがに気を遣ってか、夢の話は訊けずに首を横に振る。

「じゃあ僕待ちだったのか……僕はもう平気さ。すぐに行くよ」

 花京院が鞄を持つのに釣られてポルナレフも自身の鞄を担ぎ上げる。

「俺たちも行こう、白鳥」

「あ、はい」

 承太郎と白鳥も手を繋ぐと民宿を後にしてセスナの方へ足を向けた。

 

「む〜〜……どうしたものか……」

「じじい、全員揃ったぜ」

 セスナの乗り場まで辿り着くとそこには唸っているジョセフとセスナを売った商人、そしてゆりかごに入った赤ん坊を抱えている女性がそこにいた。

「おお、やっと来たか!」

「ジョースターさん、どうしたんだ?セスナになにか問題でも?」

 ポルナレフが問い掛けるとこの状況に至った経緯をジョセフが説明を始めた。

 

 要約するとこうだ。

 昨夜そこにあるセスナをジョースター一行が買い取ったのだが、今日になってそこの赤ん坊が39度の高熱を出してしまった。この村には医者がいないので医者のいる町まで行かなければならなくなったが、この村にいまある2機のセスナのうち1機は故障中で修理が必要だ。

 つまり、もう1機のジョースター一行に売ったセスナが急遽必要になってしまったのだ。

 

「受け取った金は返すよ。君らは病気の赤ん坊を見捨てる気かね?」

 出払っているセスナは2日しないと帰ってこない。そして赤ん坊を優先した場合、そのセスナは明日の夕方にならないと帰ってこない。もう1機の修理もいつ終わるのか分からない。

「そこでお前らの意見も聞くべきだと思ったのさ」

 承太郎とジョセフ、そして商人と女性も3人を見る。

「倫理的に言えば、確かに赤ん坊を優先すべきだとは思いますが……」

「承太郎、俺たちにも都合ってモンがある。これ以上この村に足止めってワケにいかねーよな?難しいぜ……」

「あ、あの……こういうのはどうでしょうか?」

 ウーン、と花京院とポルナレフも両腕を組んで考え込む中、おずおずと白鳥が挙手をして一同の視線が集まる。

「アンちゃんを車に乗せてあげた時みたいに、誰かが赤ちゃんを膝に乗せてあげれば皆で乗れると思うんですけど……」

 片方だけを取るからだめなのであれば、両方取ればいい。白鳥は特等席と呼ばれていたあの車での配置を思い返して提案するが、ジョセフは首を横に振った。

「白鳥くん。それはわしも考えたことだが……よく考えてみなさい。わしらの旅に一時でも赤ん坊を巻き込むわけにいかんよ……」

「ジョースターさん、俺は白鳥の意見に賛成するぜ。どのみち俺らもあかんぼも時間がねーし、ここで立ち往生してる時間ももったいない!セスナで移動すりゃあ大抵のヤツは追いつけっこないさ!」

 白鳥と一方的に肩を組んで得意げに笑ってみせるポルナレフだったが、すぐにベリッと承太郎が2人を引き離して白鳥をそばに置く。

「てめー……今日はやたらと白鳥と距離が近ェな」

「だっておめーと白鳥がよーやくくっついたんだからよォ、これで変に"恋敵!"とかいう目で見られないかと思って」

「ま、まぁまぁ……2人とも、いまはそれどころじゃあ……」

 花京院が割って入って諌めようとするが、ちょうど彼と対角にいる女性の抱えるゆりかご――その中の赤ん坊がニヤリと笑ったのを見てハッと息を呑んだ。

(い、いま……あの赤ん坊、笑ったような…?それに歯のようなものが見えたが……もう生えているのか?)

 赤ん坊の年齢はまだ1歳にもなっていない、生後10ヶ月かそこらに見える。赤ん坊をまじまじと見る機会は改めて思えばあまりなく、花京院はゆっくりと赤ん坊に近付いて覗き込み、そっと手を伸ばした。

「オギャア!!アアーーーーッ!!」

「あ、ぅ……!」

 しかし赤ん坊からしても見慣れない人物が急に近付いてきたためか大声で泣き出してしまい、花京院は咄嗟に手を引っ込めて女性に頭を下げる。

「す、すみません、びっくりさせてしまったようで……」

 ただ歯が生えているのを確かめようとしただけなのだが、商人は呆れたように彼の行動と赤ん坊の反応を見てため息を吐いた。

「現状で言えば、そこのお嬢さんの言った通り同乗させるのが一番手っ取り早いが……あんたはいいのか?赤ん坊をこいつらに任せても……」

 結局決めるのは母親である彼女になるのだ。

 彼らの視線は女性に注がれ、その決断を待つ。

 

 そして結果がご覧の通りである。

「なんで俺があかんぼと一緒なんだよ〜…!!」

 セスナの機内、無事に乗り込んだジョースター一行は後部座席で赤ん坊のゆりかごを抱えながら嘆いているポルナレフを尻目に離陸準備を始めていた。

「ポルナレフさんがじゃんけんに負けたからですよ?」

「あはは……まあ、赤ん坊もいまは大人しく寝ているみたいだし我慢しろよ、ポルナレフ」

 席順は次の通り。

 操縦席にジョセフ、助手席に承太郎。

 後部座席には右から花京院、白鳥、ポルナレフと赤ん坊。

 赤ん坊を抱えるのは後部座席に座る3人がじゃんけんで決めたのだが、勝負に負けたポルナレフは不満たらたらな様子であった。

「正直、スタンド使いの襲撃よりもじじいの操縦の方が俺は心配だな……」

「なにをう、承太郎。わしだってやる時はやるんじゃよ!それにいまは赤ん坊を乗せておる。超安全運転を約束しようじゃあないかッ!」

 承太郎のため息を聞いてジョセフはドヤ顔でドンと胸を叩くとサングラスを掛けながらセスナを発進させる。

 前についているプロペラが回り、離陸路を滑走した後に機体は大空へと飛び立っていった。

 

「よかったわ、これで一安心ね……」

 飛び立っていったセスナを見て女性は安堵のため息を吐き、商人も機体が見えなくなるまで見送っている。村人たちもぞろぞろ集まってきてはセスナが飛んだ空を見ていた。

「ところであの赤ちゃん、どこの子かしら?あとで母親を探さないと」

「えっ!?あんたの子じゃあないのかいっ!?」

 しかし女性の一言でその場の雰囲気が変わり、どよっとした声で溢れかえった。

「ちょっとやだわ!あたしゃこれでも新婚ホヤホヤよ!今朝オアシスのところの井戸のそばで1人で熱を出しているのを見つけてここまで連れてきたのよ!牙のような歯が生えてるし気持ち悪いったらないんだから!」

 女性が眉間に皺を寄せながら首を横に振って否定するのを見て商人もあんぐりと口を開けてしまっていた。

「あんた自分の子じゃあないのに飛行機に乗せたのかね!?」

「それが……赤ん坊の泣き声を聞いていたらなぜかフラフラとそんな気持ちになってしまって……とにかくあんな不気味な赤ちゃん、二度と抱きたくないわ……」

 

 一方、セスナ機内。

 村人たちのそんな会話も露知らず、赤ん坊を抱えたジョースター一行は目的地に向けて順風満帆といった風であった。

「んー……」

 白鳥は静かな機内でこくりこくりと眠気で船を漕ぐ。昨晩は承太郎と一緒に寝たが、あの悪夢のことで途中で起きてしまった後はなかなか寝付けなかった。その分がいまになってきたのか、フラフラと頭を揺らしている。

「白鳥、ねみぃか?肩貸してやるよ」

「ん……ありがとうございます」

 ポルナレフがそれに気付いてトントンと己の肩を叩くと、すぐに白鳥が寄りかかってくる。その右隣に視線を向けてみると、すでに花京院も眠っている様子だった。

(まあ、夢見が悪かったのはマジらしいからな……いまのうちに睡眠摂れるなら摂ってもらった方がいいだろ)

 彼も彼なりに花京院のことは心配している。共に旅する仲間なのだから当然のことだ。

「ジョースターさん、俺たち仮眠摂らせてもらうぜ……30分くらいかな」

 そんなポルナレフ自身も釣られたのかあくびを漏らしながらジョセフに報告し、彼が頷くのを見てから己も目を瞑った。

 

 ――が。

 

「はッッ!!?」

 意識が落ちた直後、目を開けると広がった景色はセスナの機内ではなかった。

「えっ!?あ、…っな、なにが起きてるんですか!?」

「こ、これは…ッ!!」

 ポルナレフが声のした方に視線を移すと、白鳥と花京院の姿が見える。ジョセフと承太郎はいない。

 しかしそれよりも気に掛かったのはいまいる場所のことで、改めて周囲を見渡してみた。

 どこを見てもカラフルでメルヘンな屋根ばかり。飛行機を模した回る乗り物に木馬が円状に並んだメリーゴーランド。回るコーヒーカップにジェットコースター。城のような建物やフードワゴン。そして3人がいまいるこの場所――ゴンドラが上へ上へとゆっくり上昇するこの乗り物はまさしく観覧車。

「ゆ、遊園地……だと……!?」

「承太郎先輩とジョースターさんは?なんでいきなり遊園地に!?」

 ポルナレフと白鳥が狼狽える中、花京院だけは冷や汗をだらりと流す。

「こ、これは夢だ……僕らは夢の中にいるッ!これはさっきの夢の続きだ!!さっきの悪夢の続きなんだッ!!」

「な、なんだってッ!?」

 花京院の叫ぶような声にポルナレフと白鳥は愕然とした。――が。

「な〜んだ、夢か!遊園地の夢なんてメルヘンで素敵じゃあねーか!なッ、白鳥!」

 安堵の息を吐きながらドカッと観覧車の座席に座るポルナレフに続いて、白鳥も座席に腰を下ろす。

「明晰夢ってやつですかね。お2人と遊園地に来れるなんて、夢の中のことでも素敵です!」

「お?とか言って、本当は承太郎と2人っきりでデートしに来たかったんじゃあねーのか〜?」

 このこの!と白鳥に軽く肘を当てるポルナレフと、くすくす笑っている白鳥。

 しかし花京院からすればそんなことを言っている場合ではなく、2人に向かってさらに声を荒げた。

「バカなこと言ってる場合じゃあないぞッ!さっき夢見が悪かった話をしただろう、その夢の続きなんだッ!これはッ!」

「おいおい!ちょっとヒートアップしすぎじゃあねーのか?花京院。リラックスしろよ、怖いと思ってるから怖いんだよ!」

「だ、だから…!これは本当に恐ろしい夢なんだ!さっきだってこの夢の中で僕は殺されかけたんだぞ!し、白鳥さんなら状況を分かってくれるはずだ!」

 花京院が懇願するように白鳥を見つめる。しかし、白鳥は訳がわからないといった様子で彼を見つめ返しながら首を傾けた。

「確かに夢見が悪かった話は聞きましたけど……本当にこの夢なんですか?誰に殺されかけたんですか?」

 自分も悪夢に心当たりはあるが、恐らく花京院が見たものと己が見たものはタイプが違うような気がする。同じように悪夢を見たという承太郎もこの場にいないため確かめようがない。

 花京院は白鳥の問いかけに記憶を掘り起こすように顎に手を添える。

「敵のスタンド……"死神13(デスサーティーン)"ッ!」

「待て待て待て!花京院!お前本当に暑さで参ってんじゃあねーのか?敵スタンドの夢を見るなんて……マジにリラックスしろよ、な?ほら、深呼吸して……」

 この取り乱しようにさすがのポルナレフも心配になったのか、優しく彼の肩を叩いて落ち着かせようとした。

 彼の夢見が悪かったこと、そしてそれが尾を引いたのか今朝はあまり顔色が良くなかったのをポルナレフとて忘れたわけではない。生意気だが弟分のように感じている彼の尋常でない様子を見て心配にならないわけがない。

 そこにいつから握っていたのか、ポルナレフの手にコーンに盛られたアイスクリームが現れていてちょうどよく思い彼に差し出す。

「ほれ!夢ってのは気が利くもんよ。暑〜い時にはアイスと相場が決まってる!夢だから気休めにしかならんが、食べたら元気出るかもだぜ?」

「私とポルナレフさんもついてますし、さっきよりきっと安心ですよ。まずは落ち着いて状況を整理してみましょうか」

 それでも花京院の心臓は依然警鐘を鳴らすかのようにバクバクと脈打っている。

 どうしても冷静になれない。2人にどうやって危機を伝えるか考えれば考えるほどいい案は浮かばない。逆に2人の親切心に申し訳なくなるばかりだ。

「……そ、そうですね。まずは僕が冷静にならなくては。取り乱しても仕方がない……」

 だが、こうやって焦れば焦るほど伝わらないのは事実だ。

 花京院は一旦2人の提案を受け入れ、この状況をどうやって打破するかを考えるべく、まずはポルナレフから手渡されているアイスクリームを受け取ろうと手を伸ばす。

 

「ラリホォォ〜ゥッ!!信じてもらえないなら実際に見るしかねェ〜よなァァ〜ッ!?」

 刹那、調子外れな甲高い声が辺りに響き渡って3人で忙しなく周囲を見回す。

「なっ、なんだ!?いまの声はッ!?」

「音割れひどかったですけど、一体どこからッ!?」

「こ、この声…!!"死神13(デスサーティーン)"ッ!!」

 花京院がその名を口にした瞬間、ポルナレフの持つアイスクリームが勢いよく爆ぜて観覧車内にクリームを撒き散らしながらその声の発生源が姿を現す。

「か、拡声器…!?」

「ラリホーゥッ!!きさまらは今、死神世界の夢の中にいるんだよォォ〜ッ!!」

 

 





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