星見る鳥の夢   作:斎草

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束の間の休息

 

 陽もとっぷりと暮れた頃。

 承太郎と花京院と白鳥はアヴドゥルと話しているジョセフや1人で過ごしているポルナレフの帰りを待つように焚き火をしながら砂浜で待機していた。

「はい、ココアできましたよ」

「ありがとう、白鳥さん」

 白鳥は焚き火であたためたココアを3人分つくって2人に配っていく。

 道筋は旅慣れしているジョセフと地理のあるアヴドゥルが決めている。加えて敵に狙われながらの遠回りばかりな旅になるので、知識のない学生組がそれに関わることはほとんどないためにこういった待ち時間もすでに慣れっこだった。

「ポルナレフさん、大丈夫かな……」

 承太郎の隣に座り、彼にコツンと寄りかかりながら白鳥はぽつりと零す。

 あれから2、3時間は経つがポルナレフがこちらに来る様子はない。よほど責任を感じているのだろう。

「あんな様子を見せられてしまうと、さすがに少し可哀想にも思えますよね……」

「ポルナレフはそういう奴だからな……あいつもああ見えていろいろ背負っている男だ」

 花京院と承太郎も心配している。普段からポルナレフはいじりの対象のようなイメージだが、大切な仲間であることに変わりはない。むしろポルナレフの持つ陽気な雰囲気は何かと物静かな他のメンツと違って一服の清涼剤のように感じる。

 そんな彼が暗い闇を内に秘めているとは外からは想像しにくい。それほどに彼の持つ光は承太郎たちにとっては明るく輝くように感じていた。

「光が明るければ明るいほど、そこにできる影もまた濃い……ということか」

 承太郎がぽつりと呟き、そこで3人の会話が途切れる。

 少ししてジョセフが戻ってきた後も、気まずさはほんのり残っていた。

 

「じじい、アヴドゥルはどうした?」

 承太郎がやっとそうやって切り出してみると、白鳥からココアを受け取ったジョセフが彼の方を振り向く。

「アヴドゥルはポルナレフと合流してからこちらに来るそうじゃ。自分の口で事情を話したいんじゃろう」

 ただでさえ喧嘩別れのようになってしまったのだ。まずはアヴドゥル本人が直々に説明してあげるのが一番いい。下手に第三者が介入すればややこしくなる。ジョセフもそれを理解した上で承太郎たちのところに戻ってきていた。

「喧嘩別れというのは……悔やんでも悔やみきれん。ポルナレフの気持ちも、アヴドゥルのこともわしには痛いほどわかるんじゃ」

 砂浜に座り込み、静かに寄せては返す水面を見つめる老いた背中もまた、重い何かを背負っているかのようだった。

(ジョースターさん……いつかに言ってた50年前の名誉の負傷……義手のこと……関係してるのかな)

 白鳥はそんな背中を見つめながらぼんやりとそんなことを思い返す。

 しかし、それを深く詮索しようとは思えなかった。決して興味がないわけではないが、彼自身が自然と話してくれる時を待った方がいいような気がしたのだ。

 

 そこにガサガサと背後の背の高い草が擦れる音が響いてきて全員が弾かれたように振り返る。

「ポルナレフッ!?どうしたんだその怪我はッ!」

 草の間からひょっこりと顔を出したのは待ち侘びていたポルナレフだったが、ここに来た時にはなかった傷を至るところに付けていてギョッと目を見張った。

 まさか敵のスタンド使いがこの島にいた?この島のことは知られていないと思っていたのに――ジョセフは一瞬サッと血の気が引く思いだったが、それとは対照的にポルナレフが心底嬉しそうにニカッと笑っていて疑問符が浮かぶ。

「おいッ!みんな驚くなよッ!誰に会ったと思う!?」

 普段より1トーン上がった喜びの声に誰もが呆気に取られるが、白鳥が医療キットを片手に彼に駆け寄る。

「か、会話になってませんよ!早く傷の手当てをしないと!」

「怪我のことなんていまはどーでもいいさ!白鳥もきっと驚くぜ!承太郎も花京院も腰を抜かす大大大ニュースなんだからよォ〜ッ!」

 医療キットを前に差し出す白鳥の手を食い気味に両手でギュッと握ったポルナレフの瞳は少年のようにキラキラ輝いていて、そのギャップにたちまちに全員の頭の中が疑問符で埋まってしまった。

「ぱんぱかぱーーーん!!」

 そうしているうちに待ちきれない様子のポルナレフが大仰な擬音を口にしながら手を後ろに差し出すので、全員の視線が自然とそちらに向く。

「なんとッ!アヴドゥルの野郎が生きてやがったんだよォ〜!オロロ〜〜〜ン!」

 ポルナレフに紹介されるままに草陰から姿を現したのは先ほども変装した姿で出会ったモハメド・アヴドゥル――いつもの見慣れた衣装に身を包んだ彼だった。

「…………」

「…………」

(ど、どうしよう……)

 ポルナレフが期待してるようなリアクションが出てこない。彼のテンションが自分たちとは違いすぎて、もはや芝居にすらならなかった。

「……さ!エジプトへ向かうぞ!」

 そこで唐突にジョセフが何食わぬ顔でそう切り出しては荷物を持ち上げる。それを合図にしたかのように、アヴドゥルもこちらに歩み寄ってきて他の3人に手を差し出してきた。

「承太郎、花京院、白鳥くんも……元気にしていたか?なんて、訊くのは野暮かな?」

 アヴドゥルがニッコリ笑ってる。それを見た3人はようやく芝居の終わりを悟った。

「アヴドゥルさん、お久しぶりです。僕らはこの通り、元気にやってましたよ」

「そう言うお前も思ってたより元気そうだな、アヴドゥル」

 花京院と承太郎も順々に彼と握手をしていき、その手が白鳥にも差し出される。

「白鳥くん、久しぶり。きみは以前よりたくましくなったとジョースターさんから聞いているよ」

 アヴドゥルはぼんやりと己を見上げている白鳥を優しい眼差しで見つめていた。

「ア、ア、アヴドゥルさん……」

「白鳥くん?……おっと!」

 しかし彼女が名前を呼んだかと思えば、差し出された手を通り越してギュッとアヴドゥルを抱き締めてはほんの少しだけ鼻を鳴らす。それを受けたアヴドゥルは暫しぽかんとしていたが、ゆっくりと小さな肩に両手を乗せて目を伏せた。

「ジョースターさん以外とは連絡を取っていなかったからな……分かっていても心配を掛けてしまったかな」

 そのまま頭に手を乗せて優しく撫でた後で、アヴドゥルの方からもギュッと白鳥を抱き締め返した。

「ただいま、白鳥くん。もう大丈夫だからな」

 そうやってぽんぽんと背中を叩いてくれるあたたかな手のひらを感じて、白鳥は安心しきったように身を預けていた。

 

「……っと、いい雰囲気のところ恐縮だがよォ〜……なァんかおかしくねぇか!?」

 しんみりとした空気の中、唐突にポルナレフがはたと思い至ったかのように声を上げて全員の視線が彼に集まる。

「さっきのジョースターさん達の態度はなんなんだよ!?あのアヴドゥルが生きてたんだぜ!?それをなに平然と会話してんだてめーらはよォ〜〜ッ!!」

 眉間に皺を寄せて明らかに不機嫌そうなポルナレフはジョセフを指差した手を忙しなく動かして承太郎や花京院を巻き込んだ後で、白鳥とアヴドゥルにも人差し指を向ける。

「お前らもだよッ!なんだよ久しぶりって!分かってるって!どういうことか説明が必要だッ!!」

 彼がぷんすか怒るのも無理はない。白鳥はアヴドゥルの胸板に埋めていた顔をポルナレフに向けるが、上手く説明できるか自信がない。そもそもこの芝居も先ほど急にやれと言われてやったことなので説明のしようがない。

「ああ……ポルナレフ。すまなかったな、インドでわしがアヴドゥルを埋葬したというのは……ありゃ嘘だ」

 内心困っているとシラーっとジョセフがネタバラシを始めて白鳥は思わず目が点になった。

「なッ、なに〜〜ッ!?」

「インドでわたしの傷の手当てをしてくれたのは承太郎と白鳥くんなのだ。幸い、あのホル・ホースの弾はわたしの額を掠めただけで、致命傷には至らなかったのだよ」

 ポルナレフが飛び上がって驚くのを畳み掛けるようにアヴドゥルが額の布を捲って傷を見せる。着地と同時にズッコケそうになる彼の姿は滑稽すぎて見ていられない。

「な、な、……ッ!てめーらインドの時から既にアヴドゥルが生きていたのを知っていて黙ってやがったのか!?花京院ッ!お前もそうなのかッ!?」

 そうだ。あの時花京院はポルナレフと一緒だったのでアヴドゥルは死んでいると思っていたはずの人間だ。

「僕がそれを知ったのはその翌日、ベナレスに向かっている時だった。ポルナレフは口が軽……いや、嘘がつけないから内緒にしていようと提案したのは僕だけどね」

「えっ、そうだったんですか!?」

 初耳な情報を聞いた白鳥も思わず声を上げる。

「え?あの時白鳥さんも一緒に……あ、提案した時はきみはトイレに行っていたっけ……」

「私、承太郎先輩からポルナレフさんには内緒にしとけって後から聞きましたけど……まさかそんな理由だったなんて……」

 白鳥はずっとポルナレフの矜持のためにアヴドゥルの死を隠したままにしていたが、他のメンツが秘密にしていた理由と違っていたことに思わず口があんぐりと開きっぱなしになった。

「そ、そうだッ!アヴドゥルの親父さんにお前が生きてることを話さねーとッ!こっちに家がッ!」

 ポルナレフはハッと思い立ったように踵を返す。

「あれはわたしの変装だ」

 しかし、そのアヴドゥルの一言で足がもつれたかのようにズサーーッと砂浜に身を滑らせる。

「に……にゃにお〜〜ん…ッ!そこまでやるか…ッ芝居してまでッ!よくもぬけぬけと……仲間はずれにしやがって……ッ」

 砂浜に伏せながら悔しそうに鼻を鳴らして嗚咽するポルナレフ。それを承太郎たちはシラーっと眺めていたが、アヴドゥルが歩み寄ると肩をぽんぽんと叩いた。

「まあまあ。騙したのは謝るよ、ポルナレフ。だが変装してまでこの島に来たのには理由があるんだ」

 見る人が見ればバレバレの変装だったが、これまでも承太郎たちのことをよく下調べもしていない敵が行手を阻んできたため、あの程度でもバレはしないだろう。

 しかし、アヴドゥルの口ぶりは合流するためだけのものではないことを示していて、彼が指差す海を釣られるように視界に入れる。

「もしかして、新しい船とかですか?」

「いいや。船よりももっとすごいものさ」

 この島に来るためのクルーザーには全員乗れないので、新しい乗り物が来るのかと白鳥はわくわくしながら海を眺めるが、月明かりに照らされた水平線の向こうからは何も来ない。

 その代わりに――

「…………!!」

 眺めていた海面がだんだんと盛り上がっていき、何事かと凝視しているとザバァァッ!!と水飛沫をあげながら"それ"が正体を現した。

 

「せ、潜水艦だと〜〜〜〜ッ!!?」

 

 6人は易々と乗れそうな潜水艦。

 その巨大な存在に一同は目を丸くさせる他なかった。

 

 ―――

 

 海中を進む潜水艦。

 アヴドゥルは傷が癒えた後、アラブの大富豪を装ってこの潜水艦を買う任務をジョセフから請け負っていたようだ。

「すごいですね。潜水艦って調理室もあるんだ……」

「便所とシャワールームもあったし、長旅でもいくらか耐えられそうだな」

 

 海に潜りながら紅海を横断してエジプトへ上陸する。潜水艦は潜航してしまえば探知が難しい乗り物なので、最初からこうしていれば良かったのでは?と思わないこともないが、設備はお世辞にも快適とは言い難い。しかもこれまでの旅路は実に1ヶ月ほどなので、この狭苦しい艦内ではポルナレフでなくても根を上げてしまうだろう。

 そうでなくても、何らかの拍子に敵が紛れ込んでしまう可能性もないわけではない。そうなった場合、逃げ場のない狭い艦内での戦闘は圧倒的に不利になる。

 

 白鳥と承太郎は2人で潜水艦内部の探索して調理室の中に足を運ぶと備え付けてある調理器具を物色する。

「なにか作るのか?」

「レトルト食品がありますよ。ほら、ここに……」

「カレーか。定番だな」

 調理台の下の戸棚を開け、中を覗き込んで食料を確認しているとおそらくアヴドゥルとSPW財団が用意したであろう食品の数々からレトルトカレーと白飯を見つけ、白鳥が指差して見せると承太郎がそれをひょいっと手に取った。

「両方とも湯煎するだけで食える。楽に越したことねェぜ」

「もはや救世主ですね!」

 横断にかかる時間は長くて一晩だ。決して広くはないこの調理室でこれほど手軽に、しかも食べて満足感のある料理もない。

 白鳥は早速鍋に水を張り、電気式のコンロでお湯を沸騰させながらパウチを箱から取り出して準備をする。

 食べ物のことになると途端に機嫌がよくなる彼女の姿に承太郎は自然と気持ちが穏やかになるのを感じた。

「白鳥は本当に食べるのが好きだな。なぜなんだ?」

 すぐそばにあった丸椅子に腰を落とし、ふと以前から気になっていたことを問いかけてみる。

 もちろん一番は弓道だろうが、食事は日常的に摂るもので己は特別視したことはない。その問いかけに白鳥はチラリと彼の方を見遣ってから鍋の方に視線を戻す。

 

「両親の仕事が充実してるって話は前も少しだけしたと思うんですけど……その分、家にいる時間は短くて。旅行とかもあんまり家族ではしたことがないんです。……まあ、料理は弓道以外の趣味、と言いますか……」

 白鳥葵が小学4年生ほどの歳になると両親は食事の支度を彼女の主な担当に任命した。もちろん他の家事もできるように徹底的に教え込まれた。

 そうして両親は仕事に没頭できる時間を増やしたのだ。

「料理を作ったり食べたりしている時は、あまり孤独を感じずにいられましたからね。あ、でもハントレスもいたし、弓道教室にも通ってて友達もいましたから、実際はそんなに寂しいということもなかったですけど」

「そうか……」

 パウチを沸騰した鍋に入れてタイマーをかける白鳥に、承太郎は目を伏せることしかできなかった。

 己とは家庭環境が違いすぎる。口ではそう言いながらも寂しげな後ろ姿を、承太郎は直視できなかったのだ。こればかりは承太郎にはどうにもできない。

「花京院先輩には、私みたいに器用に立ち回れたら……って言われましたけど……私は先輩みたいに、お父さんやお母さんともっと遊んでみたかったなって思うんです。……お互い、ないものねだりしちゃってますよね」

 変なの、と白鳥はくすくす笑っていた。やはり寂しげな、少し掠れた笑い声に釣られるように立ち上がり彼女に近付くと、承太郎は己よりだいぶ小さな背中に寄り添って優しく抱き締める。

「!……どうしたんですか?承太郎先輩」

 彼のガタイがいいからか、それとも彼女が華奢だからか。苦しくはないのにがっしりとホールドされて動けない白鳥は顔を目一杯上げて彼と見つめ合う。しかし彼は見つめるだけで言葉を発することはなく、程なくしてタイマーの音がピピピピと狭い調理室に響いた。

「……どうもしねェ。ただなんとなく、だ」

 そう言い残して離れると、承太郎はコンロの火を消してから棚から人数分の皿を出してカレーの盛り付けを始める。

「……そうですか?」

「そうだ」

「私のことカワイソーって思ったんじゃあないですか?」

「思わねーよ」

 本当はほんの少しだけ思った。

 しかしいずれ己と彼女は家族になるのだろうから、その時は。その時は――そう思ったのだが、これから先なにが起こるか分からない。エジプトへ上陸するにあたって、敵からの攻撃は激化する一方だろう。守れないかもしれない約束はしたくない。

 

 だからこそ、この旅が終わったら改めて約束しよう。

 彼女との未来を。

 

「メシにしようぜ。上陸したらしばらくは歩くようだからな」

 承太郎の返事が素っ気なかったからか振り向いた先にいた白鳥はむくれていたが、空腹には抗えないようで承太郎の後をついていきながら一緒にカレーを運んでいた。

 

 

 

 

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