星見る鳥の夢   作:斎草

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肉の芽

 

 承太郎に連れられて空条家の門を潜ると、そこには立派すぎる家屋と庭が広がっていた。

「す、すごい……」

 広大な敷地。学校の近くに立派な屋敷があるとは聞いていたが、それがまさか承太郎の家だったとは。

 白鳥はキョロキョロと物珍しげに周囲を見渡しながらも、承太郎を見失ってしまわないようにその背中を追いかけていた。

 

 玄関を潜り、靴を脱いで家に上がる。

 まるで歴史的文化財のような和風の内装。鹿おどしの音がカコーンと静かな庭に響き渡っている。こんな光景は時代劇なんかでしか見た事がない。

 

「今!承太郎ったら学校であたしの事考えてる!今……息子と心が通じ合った感覚があったわ!」

 そこに、女性の上機嫌な声がすぐそばで上がった。白鳥は思わず声のした方に顔を向けるが、承太郎は舌打ちしながらヌシヌシと歩いていく。

「考えてねーよ」

「きゃああああ!」

 障子の向こう、エプロンを付けた女性が写真立てを手にしながら突如降ってきた声に驚いて悲鳴を上げる。

 彼女は承太郎が担いでいる花京院を見て、更にギョッと目を丸めていた。

「じ、承太郎ッ!学校は……どうしたの?それにその人は……血、血が滴ってるわ!まさか……あなたがやったの?」

 その目は負傷した花京院の事は勿論だが、承太郎の事も心配しているように見えた。その様子に、彼女が承太郎の母親である事はすぐに理解できた。

「テメーには関係のない事だ。俺はじじいを探している。茶室か?」

 しかし承太郎はその声を突っぱねた。

「え、ええ……アヴドゥルさんと一緒だと思うわ」

 すぐにまたヌシヌシ歩いて行ってしまう彼を見て、白鳥は心配そうにしながらも茶室の方を指す彼女との間で視線を右往左往させながらどうするべきか迷う。

「あの、承太郎先輩のお母様……?」

 それでも家にお邪魔になっているのだからと、一言挨拶するべく彼女に話し掛けてみる。今まで承太郎の陰にいて気付かなかった白鳥の存在に、彼女は「あら、」と声を上げた。

「まあ!可愛らしい!やだ〜、承太郎ったら!カノジョさんまで連れてくるなんて〜ッ!」

「えっ!いや、あのっ……!」

「ハッ!でもサビしいわ〜っ……もう挨拶のキスはさせてもらえないのね……」

「…………」

 彼女は喜びの声を上げながら白鳥の肩を引き寄せて抱き締めた。と、思いきや次の瞬間には悲しそうに肩を落としている。

 その感情の移り変わりに白鳥は戸惑いを覚えながらも、絶対に訂正しなくてはならない事を伝えるべく落ち着かせるように彼女の肩をポンポンと叩く。

「あの、お母様。私先輩のカノジョじゃありませんよ。一年の白鳥葵と申します。ちょっと事情があってついてきただけなので……すみませんけどお邪魔しますね」

「あら、あら……そうなのね。どうも初めまして。承太郎の母の空条ホリィです。近所の方には"聖子さん"って呼ばれてるから葵ちゃんも遠慮なく、ねっ♡」

 互いに会釈をする。再び頭を上げると、ホリィはイェーイ♡とピースサインを出していた。

 この母――ホリィからあの承太郎が生まれるなんて。

 承太郎とは対照的に朗らかで明るい印象を受け、いろいろな家庭の形があるのだなぁ――と、白鳥は混乱しそうな頭の中の思考を無理矢理終着させようとしていた。

「白鳥、なにボサっとしている。さっさと来い」

 白鳥がついてきていない事に気付いたらしい。承太郎は彼女を振り返ると"早くしろ"と廊下の先を顎でしゃくる。

 この家はだいぶ広い。はぐれたら承太郎がどの部屋に入ったかすら分からなくなってしまうだろう。

「おい」

 しかし承太郎は何かに気付き、今度は白鳥ではなくホリィに視線を向ける。

「今朝はあまり顔色がよくねーぜ。元気か?」

「……!イェーイ♡ファイン!サンキュー!」

 承太郎の問い掛けにホリィは笑顔を見せ、再びピースしながら答える。その時の承太郎の声がほんの僅かに優しげに聞こえて、ドスの効いた声ばかり聞いていた白鳥には新鮮で胸を震わせた。

 

「承太郎は本当はとっても優しい子なのよ。これからも仲良くしてあげてちょうだいね」

「あ、はい……」

 ほんの少し交流しただけの事だが、それは白鳥自身も薄々感じていた。実の親が言うのだから、きっとその感覚と言葉は間違いではないのだろう。

「それと、お付き合いしたら教えてね♡」

「はあ、それは多分ないと思います……」

 しかし、付け加える風にこっそり耳打ちしてくるホリィは少女のように楽しげだ。冗談なのか本気なのか分からないそれを適当にあしらってしまったが、それすらも彼女は面白いのかニコニコとした微笑みを湛えていてペースを崩されそうになる。だが不思議と嫌な感じはしなかった。

 

「白鳥!」

「あ、はい!」

 とうとう痺れを切らした承太郎が先ほどより声を大きくして彼女を呼び付ける。

 ビクッと肩を震わせた白鳥はホリィへの挨拶もそこそこに、彼の背を再び追いかけた。

 

「ここで待ってな。じじい達を連れてくる」

 承太郎は花京院を客間の畳にそのまま寝かせると、白鳥に見張りを頼んで茶室の方へ向かって行った。

 それを見送り、畳に正座をして白鳥はまだ気を失っている花京院を見る。

 先ほど自分達を攻撃してきたスタンド使い。また動き出して危害を加えてくるのではないかと思うとゾッとする。しかしあれほどの攻撃を受けて気を失っているだけの人間を見るのは初めての事で、ぴくりとも動かないその身は実はもう死んでしまっているのではないかと錯覚してしまいそうになる。

(本当に大丈夫なのかな……)

 彼に辱めを受けるところだったのに、どうしてか心配までしてしまう。それは己が甘いからだろうか。

 白鳥は彼の前髪を退けて、熱を計る時のように額に手を当てた。

「ッ!?」

 刹那、何か皮膚ではない異物の感触を手のひらに受け、思わずサッと手を引っ込める。何かがうぞうぞと花京院の前髪の中で蠢いているように見えて、ゾッと血の気が引く心地になる。

 今のは一体?虫か何かだろうか?

 白鳥は虫はあまり得意ではないが、この際虫が一番マシだと思ってしまった。

 だって、今日だけでいろんな事が起こりすぎてしまっている。そんな中で、虫が一番身近で平凡な存在であるからだ。

 それを確かめるべく恐る恐る手を伸ばし、もう一度、その前髪を退けてみる。

「……これは!?」

 虫のようだが確実に虫ではないと分かる。薄い橙色をしたそれは、蜘蛛のように花京院の額の上でうぞうぞと蠢いていた。

 

「お、お嬢ちゃんッ!」

 そこに初老の男の声が響き、白鳥は咄嗟に頭を上げてそちらを見る。視線の先には承太郎と、恐らく彼が言っていた"じじい"とエジプト系の男が驚愕の表情でこちらに駆け寄ってきていた。

「あぶないッ!その少年から離れるんだ!」

「きゃっ!」

 すかさずエジプト系の男が白鳥の肩を掴み、若干引きずりながらも花京院から彼女を遠ざける。

「い、一体なにが……」

 恐らく、気を失っているとはいえ花京院が敵だから遠ざけられたのだろう。しかし、理由はそれだけではないような気がする。

 まさか、今見つけたクモのようなものと何か関係があるのだろうか。

「失礼、突然無礼なマネをしてしまったね。わたしはモハメド・アヴドゥル。承太郎の事でそこにいるジョースターさんと共に日本に来たのだ」

 エジプト系の男――モハメド・アヴドゥルは白鳥から手を離しながら非礼を詫びる。

 という事は、彼が承太郎を刑務所から出した人か。白鳥は花京院と対峙する前に承太郎が話してくれた近況と照らし合わせる。

「わしはジョセフ・ジョースターじゃ。承太郎の祖父にあたる。きみが白鳥葵くん、じゃな?」

 どうやら既に承太郎の口から紹介されていたらしい。承太郎の祖父――ジョセフの言葉に白鳥はこくりと頷く。それを見て、彼はうーんと唸った。

「フムゥ……なれば、彼女も部外者というわけにはいかんのかもしれんのう……すでにこの花京院とは対峙してしまったようじゃし」

 ジョセフの視線に釣られるように、部屋にいた全員の目が花京院に向けられる。その額にはあのクモのようなものがいまだに不気味に蠢いていた。

「なんだ?この花京院の額にいる肉片は……」

 承太郎も思わず声を上げる。

 花京院と対峙した時、こんなものはなかった。なのになぜだかずっとそこにいたような奇妙さがある。

「それはDIOの細胞からなる"肉の芽"。その少年の脳にまで達している。このちっぽけな肉の芽は、少年の精神に影響を与えるよう脳に打ち込まれているのだ」

 アヴドゥルの口から、その肉の芽による影響がどのようなものなのかが紐解かれていく。

 

 つまり、この肉の芽というものは洗脳装置のようなもので、DIOという男に対して"カリスマ"的信仰を抱くように常に洗脳を施しているのだ。

 そして花京院は洗脳状態のままそのDIOという男に従い、承太郎達を殺害するように命じられここまでやってきたのだという。

 

 ゾッとするような話だ。本当は心の穏やかな人かもしれないのに、あんな風に関係ない人を巻き込んでまで承太郎を狙ってくるなんて。

「なんとかしてあげられないんですか?摘出したりとか……」

 洗脳されたままだなんてあんまりだ。

 白鳥はなんとか助けられる方法がないか提案してみるが、ジョセフは静かに首を横に振る。

「この肉の芽は死なない……今も生きて動いている。加えて脳はデリケートだ。取り出す時にこいつが暴れでもしたら傷付けてしまう」

「そんな……」

 肉の芽はいまだにピクピクと小さく揺れていた。ジッとしてくれるようなものではないらしい。

 しかし白鳥にとって重大な疑問がひとつ残っていた。

「というか、私も部外者というわけにはいかないって仰ってましたけど……どういう意味ですか?」

 ジョセフは確かに先ほどそう言った。

 己がスタンド使いだからだろうか?しかし、白鳥葵が生まれて物心ついた頃から己のスタンドはそばにいた。それなのにいまさらどう作用するというのか。

 アヴドゥルはそれを聞き、一度目を伏せた後で白鳥に向き直る。

「白鳥くん……4ヶ月ほど前、こんな事があったのだ」

 

 ―――

 

 場所はエジプトの首都、カイロ。

 モハメド・アヴドゥルはそこで占い師として店を出しているという。

 とっくに店仕舞いをしたその晩――満月の晩。

 彼はDIOという男と出会った。

 DIOは店の2階へ続く階段に静かに立っていた。

 

 心の中心に忍び込んでくるような凍てつく眼差し。

 黄金色に光る頭髪。

 男とは思えないような妖しい色気。

 

 アヴドゥルはその頃すでにジョセフと知り合った後だったため、直感的にその男がDIOであるという事が分かった。

 そして彼はこう語りかけてきたという。

 

「君は……普通の人間にはない特別な能力を持っているそうだね?ひとつ……それをわたしに見せてくれると嬉しいのだが」

 

 その言葉はとても優しく、心が安らぐような心地になった。しかしそれは逆にアヴドゥルの警戒心を煽った。

 何もかもを包み込み、掌握し、利用するような――そんな危険な甘さが含まれている。

 

 アヴドゥルは窓を突き破り、必死に逃げおおせたという。

 幸い、この迷路のような市場にも詳しかったため、DIOからの追跡を免られた。

 

 ―――

 

「でなければわたしも、この少年と同じように"肉の芽"で仲間に引き込まれていただろう。スタンドを彼のために使わせられたに違いない……」

「…………」

 白鳥は一連の話を聞き、全身の鳥肌がゾワッと立ち上がるような感覚に陥った。思わず己の肩を抱いて二の腕をさする。

「つまり、スタンド使いである以上……私もDIOに……」

 

 DIO。

 今朝方承太郎からチラッと聞いた話では、彼は100年の眠りから醒めた吸血鬼であり、その首から下は承太郎の先祖――そしてジョセフの祖父にあたるジョナサン・ジョースターの体を乗っ取ったものだという。

 DIOが復活した影響で、ジョセフや承太郎はスタンド能力を一年ほど前に発現させているのだという。

 その100年越しの因縁にケリをつけるため、ジョセフはDIOを探している―――

 

 そして一歩間違えば、この白鳥葵が彼らの刺客として花京院のように立ち塞がったのかもしれない。

 "肉の芽"によって洗脳されながら。

 

「お、恐ろしすぎる……」

 そんな掠れた声しか出なかった。

「怖がるのは無理もあるまい……この少年のように、数年で脳を食い尽くされ死んでいたかもしれんのだ」

 アヴドゥルが彼女の背中をさすって落ち着かせているのを見て、ジョセフも納得するように唸る。

 

「死んでいた?」

 承太郎はぴくりとも動かない花京院を見つめる。

「ちょいと待ちな。この花京院はまだ死んじゃあいねーぜ!」

 瞬間、彼は己のスタンドを出現させると花京院の顔を自らの手で固定し、スタンドの手は肉の芽を力強く摘んだ。

「俺のスタンドで引っこ抜いてやるッ!!」

「承太郎ッ!!」

 すかさずジョセフが止めに入ろうと手を伸ばす。

「じじい!俺に触るなよ」

 それを承太郎は静かに一蹴した。そのままゆっくりと肉の芽を持ち上げ、脳まで達する長い針を露わにしていく。

「こいつの脳に傷を付けずに引っこ抜くからな……俺のスタンドは一瞬のうちに弾丸を掴むほどの正確な動きをする」

 パワーも段違いでありながら、そんな芸当まで出来るとは。承太郎のスタンドにできない事なんてあるのだろうか?

 白鳥はその規格外なスタンドの力に圧倒され、口をぼんやり開けながらその光景を見ている事しか出来なかった。

 しかし――

「!!」

 突如、肉の芽の脚だと思っていた細い触手がビュッ!と素早く伸びた。それは承太郎の手にズブッと入り込み、あっという間に彼の二の腕辺りにまで伸びる。

「肉の芽が触手を出して入り込んだ!手を離せ、ジョジョッ!」

「摘出しようとする者の脳に侵入しようとするんじゃ!それこそが摘出できない最大の理由なんじゃ!!」

 デリケートな脳内。摘出しようとすれば彼らの脳を傷付けかねない上に、摘出する者にまで危害が及ぶ。

「そんな……承太郎先輩まで!」

 彼まであんな風になってしまうのだろうか?

 そんな事は考えたくもない。

「き……さま……ジョジョ……」

 花京院も異変に気付いたのかパチリと目を開いて目の前の承太郎を信じられないといった風に見つめている。

「動くなよ花京院。しくじればテメーの脳は御陀仏だ」

 承太郎の体の中で伸びる触手。それは既にこめかみにまで達していた。

 

 それなのに、この空条承太郎という男は震えひとつ起こしていない。スタンドも同様に、肉の芽を抜く以外の動きは一切ない。

 間違えば己だって危ない状況なのに。それでもこの男は恐怖すら感じていないのだろうか。

 白鳥はその姿に神聖さすら感じてしまい、釘付けになるように彼を見つめ続けていた。

 

 やがて肉の芽の針が花京院から完全に離れ、承太郎はブチブチッ!と勢いよく触手を己の中から引きずり出して真っ二つに千切る。

波紋疾走(オーバードライヴ)ッ!!」

 すかさずジョセフが肉の芽に波紋を流し、それは最初からなかったかのように消え失せてしまった。

 

「だ、大丈夫ですか……!?」

「うう……」

 白鳥が花京院を抱き起こすと同時に、承太郎はくるりと踵を返して客間を後にしようとする。

 まるで何事もなかったかのように。

「な……なぜお前は、自分の命の危険を冒してまでわたしを助けた……?」

 花京院はいまだ信じられずにいた。

 自分を殺そうとした相手を、なぜ自分を顧みずに助けようと動けるのか。

 その言葉に承太郎はぴたりと立ち止まる。

「さあな……そこんとこだが、俺にもようわからん」

 しかし、彼は振り返らずに客間から出て行ってしまった。

 その場にいた誰もが彼を追う事はしなかった。

 ただ、空条承太郎という男がどういう男なのかは、ほんの少しだけ分かったような気がした。

 

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