星見る鳥の夢   作:斎草

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女教皇

 

「だぁぁぁ〜〜ッ!!何回やっても勝てねェ!!どーなってやがる花京院ッ!!」

 ポルナレフは持っていたカードをベンッとテーブルに叩きつけて整然と並んだ場に出されたカードを指差す。

「どうって……ポルナレフは花札初心者だから、じゃあないですか?」

 花京院も釣られて場に出ている華やかな絵柄カードを眺める。

 

 あれから皆でカレーを食べた後しばらく各々自由に過ごしていたが、ポルナレフが唐突に暇だと喚き始めた。

 そこで白鳥が家から持ってきたという花札で遊んでみることにしたのだが。

 

「だからってこうも勝てないことあるか!?花京院、お前デタラメを俺に教えてるんじゃあ……」

「僕だって教えるからには勝ってもらいたいんだから、そんなことするはずないでしょう?」

 ポルナレフは花京院に指南してもらいながら花札をしているが、向かいにいる白鳥に連戦連敗中でその白鳥は澄まし顔で鎮座している。

「むしろ、疑うべきは白鳥さんの方な気がするな……」

 花京院は向かいにいる白鳥を見つめる。彼女の後ろには承太郎が座っていて、テーブルを囲むようにジョセフとアヴドゥルが座っている。怪しげなところは特になさそうだが。

「それにしてもこの花札というカード、絵柄が日本風で風情があるな」

「トランプよりもサイズが小さくて、扱いがちと難しそうにも見えるんじゃが……」

 ちょうどゲームが終わった直後なのでアヴドゥルとジョセフが改めて花札を1枚手に取って眺めている。外国籍である彼らから見れば、白鳥から見たタロットカードのように目新しく映るだろう。

「ムム……!白鳥くん。これはきみの家から持ってきたものじゃったな?」

 ジョセフは一枚一枚手に取って見ていたが、不意に眉間に皺を寄せると白鳥を見る。

「はい、そうですよ。弓道教室に通ってた頃、先生や生徒の皆と遊んだら面白くて……親に頼んで買ってもらったんです」

 にっこりと、屈託のない微笑みを見せながら返答する白鳥。その様子にジョセフは険しい表情から一転、愉しそうにニンマリと目を細めて彼女の肩を叩いた。

「そうかそうか!にゃるほど〜!白鳥くんもやるのう!名手じゃ、名手ッ!」

「ふふ、光栄です!」

「おいじじい。あんまり囃し立てるなよ。俺も我慢してンだぜ」

 なにやら向かい側は楽しそうだ。承太郎まで口角を上げている。それを見たポルナレフは一気に怪しさを感じ取ったのかガタッと勢いよく椅子から立ち上がった。

「おいッ!なににやにやしてんだ、てめーらッ!まさかまさかとは思うが、まさかッ!イカサマなんてしてねーよなァァ〜〜ッ!?」

 いまにも沸騰しそうなほどの剣幕で眉を吊り上げて彼らを指差すポルナレフの様子に思わず隣の花京院までプッと噴き出し、我慢しきれないのか声を押し殺して笑い始める。

「はァ!?なんでおめーまで笑い始めるんだ花京院ッ!!」

「い、一体なにが起こっているんだ?わたしにも説明してほしいのだが……」

 皆が笑っているのが気に食わないポルナレフはもちろん、状況がいまだにわかっていないアヴドゥルも思わず声を上げる。

「なァに簡単じゃよ!白鳥くんはイカサマをしてるんじゃ。イカサマ!」

 にしし、といたずらに笑うジョセフが花札を1枚取って裏面をなぞる。

「白鳥くんが家から持ってきたこの花札……ずいぶんと使い込まれておるじゃろ?彼女は角の折り目の位置やシミの形を完璧に記憶しておるようじゃ」

「つまり、お前の思考は白鳥にダダ漏れ……ということだぜ。お前がこいこいしてチャンスになるように見せかけ、逆転勝ちしたりしてたのはそういうことだ」

 種明かしが進んでいくにつれ、ポルナレフの表情がみるみるうちに驚愕のそれに変わっていく。

「僕はそれに気付いてゲーム中に札の特徴を覚えようとしていたんだけど……白鳥さんの方が上手だったようですね。ひょっとしてそれ以外のイカサマもしているんじゃあないかな?」

 花京院の爆弾発言にポルナレフがぐるんと勢いをつけて彼の方を見たが、後に続いた言葉にすぐに白鳥の方に視線を戻すと彼女はいたずらが成功した子供のようにくすくす笑っていた。

「はい、もちろん。絵柄を少し見ただけで何の札かわかるので、こっそり山札の一番上より下の札を取ったりもしてましたよ」

「も、もちろんって…!承太郎ならともかくまさかお前自身の意思でイカサマしてたなんてッ!白鳥はそういうズルはしねー奴だと思ってたのにィーッ!」

 キーッ!と悔しそうにテーブルを拳で叩くポルナレフの姿に一同はケラケラと楽しそうに笑っている。

「い、いつのまに皆こんなに仲良くなったのか……少し羨ましくなるな……」

 そんな中、アヴドゥルは心底悔しそうに眉間に皺を寄せていた。

 

 その後もトランプで大富豪やポーカーを楽しんでいた一行だったが、そのうちに遊び疲れた白鳥がすやすやと承太郎に寄りかかって眠り始めたところでカードゲームは一旦お開きになった。

 潜水艦を自動操縦から切り替えてアヴドゥルが操縦する中、白鳥の寝顔に釣られるようにポルナレフもあくびを漏らす。

「いや〜っ、カードゲームもたまには悪くねぇな」

「修学旅行みたいで楽しかったな」

 軽く伸びをするポルナレフの横で花京院もトランプを箱にしまいながらあくびを噛み殺す。時計を見てみればもう朝方だった。

「俺も一眠りしちゃおっかなァ〜……」

 椅子の背もたれに寄りかかり、目を瞑る。

 結局徹夜で遊んでしまった。だがそんなひと時もたまには悪くないだろう。アヴドゥルも復帰したのだし、確かに命懸けの旅ではあるが気を張ったままではどうしたって疲れてしまう。これは必要な息抜きだ。

 そう思いを馳せたのも束の間、アヴドゥルが「ムッ!」と声をあげたのを聞いてポルナレフはその目蓋を再び開ける。

「アフリカ大陸の海岸が見えるッ!上陸できるぞッ!」

「な、なんだってッ!?」

 その声は喜ぶように弾んでいて思わず椅子から立ち上がるとアヴドゥルが覗いていた望遠鏡に目を押し当てる。

「ついにエジプトに上陸すんのか…!」

 ポルナレフも喜びに満ちた声をあげ、承太郎は己に寄りかかっている白鳥を起こした。

「エジプトに入れるみたいだぜ」

「ううん……そうなんですか…?」

 まだ寝ぼけ眼な彼女を見てフッと表情を綻ばせながら、承太郎も席を立って荷物の準備を始める。少しの間ボーッと寝起きの目を晒していた白鳥だったが、皆が次々と外に出る支度を始めていくのを見つめて己もテーブルに置きっぱなしだった花札のケースに手を伸ばした。

「……?あれ…?」

 手が思わず迷う。花札のケースがふたつある。

(どっちだっけ……ていうかふたつもあったっけ……)

 遊びに使った花札は己が持ってきたものだけのはずだ。この潜水艦に備え付けてあったのは先ほど花京院が片付けていたトランプのみで、もう彼が元あった場所に戻したのかテーブルの上にはない。

(目が覚めきってないからそう見えるのかな……)

 周りは身の回りの支度をしているからか花札がふたつあることに特に疑問を持っている風ではない。だとすると、己が寝ぼけているに違いない。

 白鳥は右の花札のケースを掴んで鞄にしまおうとした。

 

 ――が。

 

「――ッ!!」

 突然花札がぐにゃりと歪んだかと思うとスライムのような形状になりながら白鳥の手首に素早く絡みつく。

「ッ!?白鳥ッ!!」

 それにいち早く気付いた承太郎がスタープラチナを繰り出し、手を指鉄砲のように構えた。

「スターフィンガーッ!!」

 そう叫んだかと思えば構えた指がズギュゥゥンッ!と伸びて彼女の手首に絡みついたスライム状のなにかを弾き飛ばす。

「大丈夫ですか!?白鳥さん!!」

 突然の襲撃に艦内が騒然とする中、花京院が彼女に駆けつけるとぱっくりと細い手首が切れていて、もう少し遅かったら千切れていたかもしれない深さの傷にゾッと血の気が引く心地になる。

「か、完全に目が覚めました…!!」

「血が…!!早く止血をッ!!」

 ボタボタと大量の血液が床を汚していく。暢気な返答を寄越す白鳥だが表情は鋭い痛みと熱で歪んでいた。

 花京院は開きっぱなしの彼女の鞄の中に手を突っ込んで医療キットを探るが、直後にドロっとした感覚と共に痛みを感じて咄嗟に手を引き上げる。

「ハッ!!さっきのッ!!」

「チャリオッツ!!」

 今度は花京院の手を貪ろうとしているスライム目掛けてチャリオッツのレイピアの切先が突き刺さる。しかしそれはレイピアをも取り込もうとしていて、ポルナレフはその剣身から叩きつけるように払い落とした。

「ううッ…!!」

「か、花京院先輩まで…!!」

「白鳥くん!花京院ッ!こっちへ!!」

 手のひらを傷付けられた花京院はアヴドゥルの誘導の声に従って白鳥の手を引きながら彼のもとへ駆け寄る。

「白鳥さんの傷の方が深いッ!」

「まさかもう艦内に敵が潜んでいたなんてッ…!!」

 花京院がアヴドゥルに白鳥を押し付け、彼が白鳥を押さえ込みながら止血を試みようと艦内に備え付けられた医療キットからガーゼを取り出して傷口に当てる。しかし深く傷付けられたそこからはなかなか血が止まらず、すぐにガーゼが赤黒く染まる様子を花京院も己の手のひらの止血をしながら見つめて固唾を飲み込む。

「止まらない……あまり流れ続けるとマズいな……」

 アヴドゥルは白鳥の傷口に新しいガーゼを押し当てながら包帯をぐるぐると巻き付ける。

 その間、白鳥は視線だけを艦内に這わせ、敵の姿を探っていた。

「ホル・ホースさんの情報と照らし合わせると……残ってるスタンドは"女教皇(ハイプリエステス)"のはずですね」

「知っていたのか、白鳥くん……わたしも噂では聞いたことがある」

 

 アヴドゥルの話によると、"女教皇(ハイプリエステス)"の暗示を持つスタンドは鉱物にならなんでも化けられる能力を持っているという。確かに持ってきた花札のケースはプラスチック製だったので化けられないこともないだろう。そして厄介なことにそれは攻撃してくるまで見分ける術はない、つまり息を潜めて化け続ければ決してバレないという特性を持つ上に遠隔操作系のスタンドでかなりの距離からでも操れるのだ。

 

「し、しかしよォ……あの小島からついてきたとして、一体どこから侵入してきたんだ?俺たちなにも変なものは付けてきてないってお互いに確認したはずだぜ」

 ダンの恋人(ラバーズ)も相当な射程距離を持つスタンドだったが、さすがにあのスタンドでもインドからエジプト付近までの距離で能力を持続させることは難しいはずだ。であれば、ポルナレフが予測した通りあの小島からついてきたか海中に潜った際に侵入したとしか考えられない。

 刹那。

 ドドドドド!!!と水が流れてくる音が聞こえてきて全員がそちらに顔を向ける。

「オーマイガー……こーやって入ってきたのね……単純じゃがわしらの上陸を阻止するならこれが手っ取り早いか」

 潜水艦の壁の一部が破壊され、ものすごい勢いで水が噴き出してはあっという間に床上が浸水していく。ジョセフは操縦桿の方へ移動するとすぐに額を押さえる。

「もう浮上システムも破壊されておるッ!沈んでいくぞッ!」

「いつのまにか酸素もほとんど残ってません!航行不可能なんじゃあないですか!?」

 止血を終えた花京院も一緒に確認しては顔を青くしていく。

 こんな海底で、こんな状況。今度こそ絶体絶命だ。

「海底にぶつかるッ!全員衝撃に備えるんじゃ!」

 そのジョセフの声に全員が近くの物に掴まると同時に艦が大きな揺れを伴って岩に激突した。

 

 結局こうなる。俺たちが乗る乗り物は高確率で大破する。いままでどうにかしてきたが、今度こそはだめかもしれないと何度思ったことか。そしていまもまさにそうである。

 

「ポルナレフさん。さっき剣であいつを払った時、どこに逃げたか覚えてますか?」

 とにかくヤツを倒さなければ先へは安心して進めない。白鳥はハントレスをそばに現すと弓を構えさせるが、承太郎がそれを片手で制した。

「俺がやる。お前は大人しくしてろ」

 承太郎は白鳥の右腕に巻かれた包帯にじんわり滲んでいる赤黒いものを一瞥してから前へ踏み出す。

 いま彼女に弓を弾かせたら、あれは再び止まらなくなる。追尾の矢を持つ彼女を先に攻撃不能にしたのは偶然であれ敵にとっては好都合だろう。

「う……自信ねーけど……た、確か……この計器に化けて逃げような……」

 名指しされたポルナレフは必死に記憶を掘り起こしながら無数に並ぶ潜水艦の計器と向き合い、やがて震える指でひとつの計器を指す。そこに向けて承太郎はスタープラチナの拳を出して振りかぶった。

 しかし。

「違うッ!承太郎!!もう移動しておるッ!花京院の後ろじゃッ!!」

 突然ジョセフが声を荒げながら花京院の背後にあるランプを指差す。それは再びスライムのようにドロドロになりながらスタンドの顔を覗かせ、いまにも花京院の首を鋭利な爪で掻っ切ろうとしていた。

 もう拳の軌道修正が効かない。承太郎は意識を花京院に向けたが、距離がありすぎる。

「させませんッ!ハントレスッ!!」

 それをカバーするかのように白鳥が素早くハントレスを繰り出し、弓を弾いて小さめの矢を射る。それは見事に的中して突き刺さったまま床上に溜まった水の中に落ちていった。

「ううッ…!」

「白鳥さんッ!」

 だが、じわりと包帯の赤黒い染みが大きくなるのを、白鳥は手で強く押さえる。

 スタンドは精神の具現化。スタンドのダメージはそのまま本体にも反映される。それは逆も然りであり、白鳥の深い傷への負荷はスタンドに攻撃をさせても変わりのないことだった。

「大人しくしろと言ったろうが!」

「じゃああのまま花京院先輩が襲われるのを黙って見てろって言うんですか?」

 承太郎がすぐに声を張り上げるが、白鳥も負けじと凄む。

「ヤツには追尾の矢を仕掛けました。刺さったまま棘程度に小さくさせてスタンドに埋め込みます。これでヤツの位置は私から丸見えです」

 グッと歯を食いしばる承太郎に白鳥は自分の作戦を話すが、ぽんとジョセフが優しく彼女の肩に手を置きながら自身のスタンドであるハーミット・パープルを見せた。

「白鳥くん。きみが頑張ろうとしてくれてるのは承太郎とて分かっておるよ。じゃが……自分の体の具合にも少し気を配らんとな」

 ジョセフは緩く首を横に振ってから困ったように眉を下げて笑う。そして茨をハントレスの腕と手に持っている方位磁針に絡み付け、やがてその針は方角ではなくどこか違う場所を指し始めた。

「こういうことを教えてくれたのも、きみじゃろう?」

「ジョースターさん……」

 手負いの状態でひとりで無茶をするな。

 ジョセフの声に改めて自分の周りを見てみると、右腕の怪我を心配するように見つめている皆の姿が視界に映り、途端に申し訳なくなって焦るあまりに自分の身を疎かにしてしまったことを恥じるように白鳥は視線を逸らす。

「ご、ごめんなさい……足手纏いになりたくなくて……」

 俯いて謝罪の言葉を口にすると、唐突に左手を握られる感触が伝わってきて思わず顔を上げた。

「いまは敵が先だ。反省はエジプトに着いてからゆっくり聞いてやる」

 その先にいた承太郎は方位磁針の針の向く方に従い、白鳥の手を引きながらゆっくり歩き始める。

 どのみちこの部屋は浸水がひどくてもう長くは居られない。ちょうど針が示す先も次の部屋に続く扉だ。

 一行は警戒しながら一歩ずつ扉の方へ歩いていった。

 

 

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