星見る鳥の夢   作:斎草

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海底ランデヴー

 

 浸水した潜水艦。鉱物に化けられるスタンド。

 そして白鳥がスタンドに刺してくれた追尾の矢と連動させた方位磁針の向く先。

 承太郎たちはその針の指し示す部屋の扉の前まで来ると、まずはアヴドゥルが扉の取っ手を回そうとしたが承太郎が片手で制して前に出る。

「俺がやる」

 凛とした低音と共に彼の両手が取っ手に伸ばされる。

 ゴクリ、全員の固唾を飲む音が響くような気がした。

「――ッ!!」

 承太郎が取っ手を握った刹那、グァバッ!とその形状が歪んで沸騰したスライムのように沸き立ち、グギャァァァァッ!と奇怪な叫び声と共に顔と鋭利な爪の生えた手が瞬く間に姿を現した。

「承太郎ッ!!」

 思わず息を呑んで全員が承太郎の名を呼んだが、彼は冷静さを保ったまま目にも止まらぬ速さでスタープラチナを繰り出すとハイプリエステスの腕をガシッと掴み上げる。

「アギャーーースッ!!」

「す、すごいッ!!さすがスタープラチナだぜッ!!」

 腕を掴まれ宙ぶらりんのままジタバタと女教皇が暴れるが、これくらいではスタープラチナはビクともしないらしい。なかなかすばしっこいスタンドだったが、スタープラチナより速く移動することはできないようだ。

「さて……こいつをどうする?俺としては白鳥や花京院の礼もあるからな……握りつぶしてやりてェところだが」

「それが一番いいぜ!情け無用だ、握りつぶして首もへし折っちまえッ!」

 ポルナレフが自分で捕まえてもいないのにシュッシュとシャドーボクシングのように拳を突き出しては得意げに承太郎を見ている。それをやれやれと呆れたため息を吐く承太郎だったが、確かに首までやってしまえばまず再起不能になることは間違いないだろう。

(しかし首どこだ?こいつ……)

 まるでまんまるなタワシのような姿のスタンド。まだ抵抗を続けているそれを捕らえたまま、承太郎はとりあえず両手で握り込んではグシャグシャッと紙を雑に丸めるかのように握りつぶした。

 

 しかし――

 

「ぐッ…!!」

 ボタボタと浸水した床に血溜まりが溶ける。それがハイプリエステスのものだと一瞬認識したが、どうも様子が違うようで承太郎は恐る恐るその手のひらを広げると、血塗れのカミソリが姿を現した。

「じ、承太郎先輩ッ!」

「ヤ、ヤロー……カミソリに化けやがった!」

 すかさず白鳥が医療キットを持って駆け寄ってくる間にハイプリエステスは「ギャハハハハハッ!!」と下品な笑い声を響かせながらカミソリから再び姿を変えて無数の計器の中に身を隠した。

「こ、こいつ…!まさか承太郎に一杯食わせるなんて!」

 誰もが驚愕の色を浮かべる。おまけに追尾の矢と連動させた方位磁針はものすごい速さでメチャクチャな方向を指してしまっていてこれで探知することは実質不可能になってしまった。

 せっかく捕まえたというのにまた振り出しに戻ってしまった。白鳥は承太郎の手のひらに包帯を巻いて止血しながらいまのこの絶望的状況をどうすべきか、ぐるぐる考えていくうちにだんだんとまとまらなくなっていって顔から血の気が引いていくのを感じていた。

「と、とにかくヤツをこの部屋に閉じ込めるぞ!戦う算段はそのあとで考えるッ!」

 承太郎の傷の止血を終え、ドアを開けてそちらに誘導するアヴドゥルについていこうと白鳥は彼の手を引くが、彼は浸水していく部屋を見つめたまま動かない。

「承太郎先輩、どうしたんですか?」

 早くしないと置いてかれてしまう。白鳥は小さくなっていくアヴドゥルたちの背中といま目の前にいる承太郎の背中とを交互に見遣る。その声にハッとしたように承太郎は顔を上げ、白鳥を見つめた。その過程で彼女の手首に巻かれた赤黒い染みの広がる包帯が視界に入り、眉間に皺を寄せたまま今一度浸水した部屋を見つめる。

「てめーはこの空条承太郎がじきじきにブチのめす」

 そう言い残し、承太郎は白鳥の手を握り返しながらバンッと扉を閉めた。

 

 しかしどうしたものだろうか。

 この大破した潜水艦で地上に出るのはもう絶望的だし、おまけに敵スタンドは鉱物に化けられる能力を持っている。機械だらけの艦内で戦うには圧倒的に不利、しかも承太郎をだし抜くことだって造作もない敵なのだ。

 どのみちこの潜水艦は捨てなければならない。あとは海上へ出る手段が必要だ。

 

 そしてたどり着いたのが――

 

「ス、スキューバダイビングかよ〜ッ…!つくづく予想の斜め上を行く旅だぜ…!!」

 嘆くポルナレフの手の中にあるのはレギュレーター。視線の先には酸素ボンベ。できれば使いたくなかった脱出装置である。

「この中でスキューバダイビング経験者は?」

 ジョセフが白鳥に装備をつけてやりながら全員に問いかけてみるが、皆一様に首を横に振るばかりで頭を抱える。

「あの、これから海に潜る…ってことですよね?」

「当たり前じゃろう。なにか心配事でも?」

「じゃあ……」

 装備をつけ終えた白鳥が軽く手を挙げながら訊くのをジョセフは頭を抱えたまま適当に返事をするが、次いで彼女が唐突に腰を曲げてスカートの中に手を入れたので思わずギョッと目を見張った。

「し、白鳥くんッ!?急にストリップショーを始めるんじゃあないッ!!」

「えっ?」

 その声に反応して装備を整えていた承太郎たちがバッと白鳥の方を振り返ってみると、タイツを膝あたりまで下ろした彼女の姿があって思わず顔をバッと再び背ける。――が、視線はバッチリ白鳥の脚に注がれていた。

「だ、だって濡れたまま履いてるの気持ち悪いですし……」

「い、いいから脱ぐなら早く脱ぎなさいッ!お前たちもジロジロ見てるんじゃあないッ!特にポルナレフッ!」

「えッ!俺だけェ!?」

 1人だけ名指しされて不服そうなポルナレフと「わたしが壁になります」とポルナレフと白鳥の間に立つアヴドゥルを横目に、花京院はコソッと承太郎に耳打ちする。

「白鳥さんの生脚、珍しくないか?」

「そうか?俺は相部屋だからケッコー見てるぜ。あとお前もジロジロ見んな」

「はい」

 

「とにかく、まあ……気を取り直して。いいか、みんな。スキューバではまず……決して慌てないこと。これが最大の注意点じゃ」

 白鳥がタイツを脱いで荷物にしまうのを確認してからゴホン、と仕切り直すように咳払いをしてこの中で唯一のスキューバダイビング経験者であるジョセフが説明を始めた。

 

 水の中は水面下10mごとに1気圧ずつ水の重さが加圧されていく。この地点は海底40mなので5気圧の圧力が掛かっている状態だ。

 ここで一気に浮上すると肺や血管が膨張破裂してしまう。体を慣らしながらゆっくり浮上していくのがベターである。

 

「エジプト沿岸が近いから海底に沿って上がっていこう。みんなわしについてくるんじゃ」

 ジョセフが部屋に水を入れて加圧しながら説明していく。

「海の中では当然喋れない。ハンドシグナルで話すんじゃ」

 親指と人差し指で丸をつくってOK、ヤバい時は手の甲を上に水平にして揺らす。そんな基本的なハンドシグナルを教えるが、花京院がふと口を開いた。

「ジョースターさん。我々ならスタンドで会話すればいいのでは?」

「あ……!!」

 スタンドを介して会話をするのは以前もやったことがある。ジョセフもそれを思い出したのかハッと驚きの表情を見せた。

 

「な〜んだ。ハンドシグナルなら俺もひとつ知ってるのによォ」

 ハンドシグナルが必要ないと知った途端、ポルナレフが横から出てきて聞いてもいないのに披露し始めた。

 まずはパンッと手を叩き、次に指を2本立てる。そして人差し指と親指をくっつけて丸をつくり、最後に額に手を当てて遠くを見るようなジェスチャーをし――

「パンツーまる見え」

 と、そこですかさず花京院が正解を言い当て「YEAAAAAH!!」とポルナレフが心底嬉しそうに彼と手を合わせてピシッガシッグッグッと謎のハイタッチをキメるまでの流れが綺麗すぎて見ていた白鳥は思わず目が点になっていた。

 

「襲われて死にそーだってのにくだらんことやっとらんで行くぞッ!!」

 ジョセフのその声でハッと我に帰ったように白鳥も慌てて彼らに続くように準備を始める。

 しかし。

「……?承太郎先輩?」

 トントンと肩を誰かに叩かれて後ろを振り返ってみるとそこに承太郎が立っていて、彼はスッと手を上げる。

 パンッと小さく手を叩き、指を2本立て、親指と人差し指をつけて丸、そして額に手を当てて遠くを見るジェスチャー。その後にスッと背負っている酸素ボンベの下辺りを指差した。

「え……」

 承太郎らしかぬ仕草に一瞬ぽかんとしてしまったが、つい先ほど見たやり取りと同じ手の動き方をしていたことに気付き、最後に指差された場所に手を移動させてみるとその意味を理解して途端にカァァァッと顔が熱くなる。

「〜〜〜〜ッ!?」

 先ほどタイツを脱いだ時だろう。先に背負っていた酸素ボンベにスカートが巻き込まれて捲れ上がっていたのを慌てて直したが、逸らされた彼の顔がほんのり染まっているのを見てしまってさらに恥ずかしくなる。

「ぐッ!親切に教えてやったンじゃあねーかッ!」

「それとこれとは別ッ!」

 思わず彼の足をムギュッと踏んづけてしまうとすかさず狼のような唸り声が聞こえてくるがお構いなしである。

「コラそこッ!緊張感を持ていッ!」

「こんな時でも仲良いのな〜」

 ポルナレフと花京院に続いてなにがあったのか知らないが突然騒ぎ始める危機感のない2人にジョセフの怒号が飛び、他の3人は事情は知らないが相変わらず仲睦まじい彼らを見て思わず表情が綻んでしまうのだった。

 

 ひと段落し、加圧のために流された水が胸元のあたりにまで浸かってくると各々ダイビングの最終準備を始める。酸素ボンベを背負い直し、レギュレーターの使い方を再確認。首にかけたゴーグルを目元にあて、皆準備万端――

 の、はずだった。

「ポルナレフさんッ!!そのレギュレーター、付けちゃだめッ!!」

「えッ!!」

 白鳥が突然声を上げたかと思うとハントレスを繰り出してポルナレフの持つレギュレーターへと素早く矢を射る。しかし命中する前に変身を解いたハイプリエステスが矢を避け、その姿を見た全員が目を見張った。

「こいつ!もうこの部屋の中にッ!!はやく脱出をッ!!」

 もう限界まで水を入れ、皆頭まで水に浸かってしまったので排水はできない。ジョセフは脱出口の取っ手に手を掛けてぐるりと回した。

「白鳥ッ!大丈夫か?」

 包帯を巻いた傷口を押さえながらハイプリエステスの位置を捉え続ける白鳥のそばに承太郎が寄り、スタープラチナで彼女の体を支えると脱出口の方へ運んでいく。

「ハッ…!変身してる……こっちに向かってきます」

「なにに化けてるかまではわからねーんだな?」

「はい……でも、こっちに向かってくるということは、かなりヤバいもののような気が……」

 いままではこちらが触れるのを待ち構える姿勢だったハイプリエステスがこちらに来る。そしてヤツが化けるのは計器だけではない。

「ッ!!水中銃ッ!!」

「早く脱出するんじゃッ!!」

 ジャキッ!とハイプリエステスが化けた水中銃の照準が脱出口に集まった一行へと向けられる。あれに刺されたら無事では済まない。

 ジョセフがやっと脱出口を開けると彼に続いて急いで外へと出ていき、弾が発射される寸前のところで扉を閉めて広大な海の中へと身を投じた。

 

「どうやら上手くいったようだな……」

 鮮やかな珊瑚礁の中を一行は泳いでいく。

 水族館で見かけるような可愛らしい色の魚がすぐ隣を泳いでいくのを、白鳥は目を輝かせながら見ていた。

「すごく綺麗ですね……」

「ああ……なかなかいい眺めだぜ」

 隣を泳ぐ承太郎も思わず感嘆の息が漏れる。

 海の中にはこんなに幻想的な世界が広がっていて、隣を見れば愛しい人が美しい景色に溶け込んでいるかのよう。こんな切迫した状況でなければもっと楽しめていたはずなのに。

(この旅を終えたら、必ず……)

 彼女と一緒に再びこの海に潜りたい。こんどは平和な時の中で。

 

「白鳥くん。ヤツは追ってきているか?」

 そこにアヴドゥルが白鳥の隣に来て後ろを確認する。

「それが……追尾の矢の反応がなくなってしまって。あの矢の意味を見抜かれたのかもしれません」

 ポルナレフのレギュレーターに化けていたことを指摘してしたのでさすがに気付かれたのだろう。珊瑚礁に入ったあたりからハイプリエステスの位置が全く掴めなくなっていて白鳥が肩を落とすのを、アヴドゥルはぽんぽんとそこに手を置いて慰めた。

「大丈夫、もうすぐエジプトの海岸につく頃合いだ。ここまで来ればあとは岩伝いに上陸するだけさ」

 そう言って前方を指差す。

「見ろ、海底トンネルだ!さあ、エジプトはすぐそこだ!」

 ここからは地理に詳しいアヴドゥルが先頭になり岩肌を伝うようにゆっくりと上昇していく。

 

 ――はず、だった。

 

『ンギィィィィィィィッ!!』

 突如地鳴りのような声が響いたかと思えば、海底トンネルに見えていたものの全貌が顕になっていく。

「な、なにィィィィッ!?」

 ズォォォォッと聳え立つその岩肌は海底トンネルを鼻の穴に見立てた巨大な顔――ハイプリエステスの顔だった。

「ス、スタンドッ!あいつ!鉱物に化けられるってのはこの海底全体にも化けられるってことかよッ!!」

 この強大なスタンドパワー。先ほどまでのちっぽけな姿とは似ても似つかず、そして本体がとてもすぐ近くにいるということを示していた。

「ッ!ま、まずいッ!!」

 その巨大な口がグァバッ!と開いただけで周りの海水が承太郎たちを巻き込んで吸い込まれていく。

「み、みんなッ!離れないでッ!!」

 花京院がハイエロファントを繰り出すとその触手を全員を巻き付けて命綱のように互いを離れないように繋いだ。

「うわああああああああッ!!!」

 しかし出来ることはそれが精一杯で、圧倒的な力に抗うこともできず一行はハイプリエステスの口内へと瞬く間に引きずり込まれていった。

 

 

 

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