目が覚めると薄暗く、地面がぶよぶよでハッと意識が覚醒する。
ハイプリエステスの口の中。ぶよぶよの地面はヤツの舌。ここに吸い込まれる直前に花京院が巻き付けてくれた触手に触れながら、白鳥は近くにいた承太郎に近寄った。
「承太郎先輩……」
「白鳥……無事か」
周りの4人も目を覚ましたようで呻き声をあげながら体を起こしていた。
「こ、ここは……ヤツの口の中、か…?」
「なるほどな……俺たちを岩の歯ですり潰そうって魂胆なワケね」
まだ飲み込まれてはいない。しかし口は固く閉ざされ海水すら入ってこず、岩で出来た歯の裏側が見える。その反対側の喉にあたる部分は暗くて先が見えず、飲み込まれればまず助からないことは明白でドクリと己の心臓の音が頭の中に直接響くかのようだった。
『ギャハハハハハッ!歯で噛み砕くのもいいが、飲み込んで消化しちまうのもいいと思うんだけどねェ!』
ハイプリエステスの笑い声が空間に響く。ここで彼女がどちらを選択したとしても抗いようがない。だがここで諦めるわけにもいかず、一行はどうにかして脱出しようと舌の上から状況を打破する糸口を探していた。
『アハハッ!出口を探しても無駄さ!だけど……承太郎ッ!お前は私の好みのタイプだから殺すのは心苦しいわね……噛み砕くか消化するかしなくちゃあならないなんて!』
しかし、ハイプリエステスは突然承太郎を名指ししたかと思えば本当に心底残念そうな声色で彼に語りかける。その様子に承太郎は頭に疑問符を浮かべていたが、ポルナレフがそっと近寄ると彼になにやらコソコソと耳打ちを始めた。
「おい……本当に言うのか、それ」
「言え、いいから!」
早く早く!と捲し立てる様子に白鳥も疑問符を浮かべるが、承太郎はやれやれといった風に帽子の鍔を摘んでから顔を上げる。
「……そうか。一度あんたの素顔を見てみたいモンだな。ひょっとしたら俺の好みのタイプかもしれねーしよ。……恋に落ちる、か、も」
ゆっくりと噛みしめるような静かな低音が囁いた甘い言葉は空間に溶けていき、心なしかふわっとこの場に明かりが灯ったかのように感じた。
『まあ……!承太郎……』
「どこまで行けばあんたに会えるんだ?早く会って確かめてみたいぜ……本当の愛ってやつをな」
(……あれ?なんか……)
ハイプリエステスと承太郎の会話がよく理解できない。
白鳥はドクッと己の心臓が強く波打つのを感じながら承太郎を見つめる。
承太郎が静かに目を伏せ、ハイプリエステスになにか言っている。そのたびに彼女は上気し、この空間の気温が心なしか少しずつ上がっていく。
彼女の好みが承太郎だから、ポルナレフは彼に彼女を口説くように作戦を立てたのだろう。それを頭で理解しているのだが、胸の辺りがザワザワ騒ぐのを感じて白鳥は息が詰まる心地になった。
「わかった。そちらに向かうからここから出しちゃくれねェか」
『ええ!もちろん!承太郎、早く会いにきて!』
その声でハッと意識が戻ってくる。承太郎が足を前に踏み出していくのを見て、サッと胸の中が冷えた。
「……!白鳥?」
気付けば承太郎の学ランをギュッと握っていて、彼がこちらを振り向く。しかしその顔を直視することができずに、白鳥は視線を下にさげて浅く呼吸を繰り返していた。
「わ……わかってるんです。これがどういうことか、ちゃんと、わかってるんです。で、でも……」
自分でもわかる。手が震えて、声まで震えて、全身が凍てついたように冷え切っていて。
それでも。
「い、イヤ、なんです。わかってても、イヤなものはイヤなんです…!わ、私の方が、承太郎先輩のこと……す、好きだもん……!」
絞り出した声が心中を吐露する。それと同時にせっかく外に出られるように承太郎が誘導してくれたのに台無しになってしまったことを悟って罪悪感がジワジワと胸中を蝕んでいく。
「白鳥……」
唇をギュッと一文字に結び、いまにも泣き出してしまいそうな険しい表情を見せる彼女の名を呼びながら、承太郎は己の学ランを握る手に触れようとする。
しかし。
『小娘が……私と張り合おうってのかいッ!?承太郎は絶対に渡さないわッ!!』
グワッとハイプリエステスの怒りで空間の熱量が上がったかと思うと大地のように穏やかだった舌が激しく波打って一行の体が瞬く間に宙に放り出された。
「うわああああッ!!お、女の喧嘩に巻き込まれるゥゥゥッ!!」
ボヨンボヨンと跳ねるように舌と空中とを行ったり来たりを繰り返していたが、舌先が恐竜の尻尾のようにしなったかと思うと白鳥の体を狙い打ち、岩でできた奥歯の上に叩きつける。
「白鳥ッ!!」
悲鳴をあげる暇もなく彼女の体をプレスしようと上の奥歯が迫ってくる。だが白鳥は体勢を立て直す前にハントレスの矢を生成し奥歯に突き立てると、それを大きく太く変化させてプレスを阻止した。
「白鳥さんを引っ張り出すんだ!!」
花京院とジョセフがそれぞれのスタンドをロープのように伸ばして彼女の体に巻き付けようとする。
「だ、だめッ…!歯が硬すぎるッ!!」
だがハイプリエステスの歯の硬度と力が強すぎて、ハントレスの矢がガリガリと音を立てて崩れては上の歯がこちらに迫ってきていた。
『まずは生意気なきさまから死ねッ!白鳥葵ッ!この歯はダイヤモンドと同じ硬度さ!きさまではどうすることもできないだろうよォォ〜〜ッ!!』
削れた矢の青い光が火花のように散っていく。ハイエロファントの触手とハーミット・パープルの茨がこちらに伸びてくる光景が青い光の隙間から見るとまるでスローモーションのように見えて、走馬灯のようだと思ってしまった。
「白鳥ッ!!」
聞き慣れた鋭い低音が響いたように感じたが、そこで白鳥葵の視界は暗い闇に覆われてしまった。
「…………!!」
しかし、耳元で聞こえる荒い息遣いに気付いてバチッと目を開く。
奥歯に潰されてしまった2人分の酸素ボンベとゴーグル。視界を上げてみると上の歯にくり抜かれたような穴ができていて、その隙間に己がいるようだった。
「白鳥……生きてるな?」
「…!承太郎、先輩…?」
先ほどから聞こえる息遣いが承太郎のものだと気付くと同時に、あんなに危険な状況であってもこうして彼が己の体に覆い被さるような体勢で滑り込んで助けてくれたのだと分かって涙が溢れた。
「ご、ごめんなさい……私……っ」
「…………」
静かに嗚咽を漏らす白鳥を見下ろし、承太郎はなんと言葉を掛けていいか分からず目を伏せた。
どんな理由であれ、あと少しで穏便に外に出られそうだったところを台無しにしてしまったのは彼女だ。だが、冗談や作戦でも別の異性を口説いている姿を目にした時、果たして己は黙って静観できただろうか。
「……白鳥」
しゃくり上げるその身に体温を分け与えるようにそっと寄り添う。
「俺の中の一番星はお前だ」
ぎゅっと小さな体を抱き締めながら背後にスタープラチナを出現させると上の奥歯にガツッ!と拳を突き立てる。
「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラッ!!!!」
そのまま雄叫びをあげる獅子のような勢いで奥歯を掘り進むかのように連続ラッシュを浴びせ続けた。
(こいつと一緒に死ねるなら本望だが……生憎とまだまだ生きるつもりでいるぜ)
まだなにも成し遂げていない。この旅の目的も、彼女との未来も。
それを成し遂げるためなら、ダイヤモンド級の鉱物だろうとこの拳で打ち砕いてみせる。
いままでも、そうやって道を切り拓いてきたのだから。
「オラァァァァッ!!」
バコォォォンッ!と歯を打ち砕いて出てくると仲間たちの歓声があがった。それを一身に浴びながら、承太郎はスタープラチナの拳で他の歯もへし折っていく。
「このまま外へ出るぞッ!!」
バキバキにヒビの入った歯から海水が漏れ出て、瞬く間に水圧によって全ての歯が砕け散って海水が傾れ込み、一行は海の中へと再び押し戻されていった。
「やれやれ……ま、確かに硬い歯だったがたたき折ってやったぜ。ちとカルシウム不足のダイヤモンドだったようだな」
白鳥を抱え直しながらハイプリエステスを振り返ると、再起不能になったのか岩の顔はすでになくなっていた。
そのまま泳ぎ続け浅瀬に辿り着き、一行はようやく地面に足をつけてひとまず安堵の息をつく。
「白鳥、大丈夫か?」
腕の中でぐったりと疲弊した姿を晒している白鳥を気遣うように承太郎はその身を抱え直す。
「今回一番ダメージを負ったのは白鳥さんだからな……」
「うむ。この近くに小さな町があるはずだ。移動手段を確保する間休んでもらおう」
出血多量だった手首の傷に、岩に体を強打したのだから体力を消耗して当然だ。承太郎が白鳥を背中に背負い、アヴドゥルの案内に従って町まで歩く。その心地よい揺れに身を委ね、白鳥は疲れからかうつらうつらと微睡んでいった。
***
―――
「葵〜……葵〜?」
己を呼ぶ声に、ふと閉じた瞳を開いていく。
広がる視界に飛び込んできたのは見慣れた学校の教室と友人の顔で、彼女は机を向かい合わせにくっつけるとランチクロスに包まれた弁当箱を取り出した。
「寝てた……」
「大丈夫?弓道部の練習、眠くなるくらいキツいんだ?」
白鳥も怒涛の質問攻めを軽く聞き流しながら鞄の中から弁当箱をドンと取り出す。底が深い2段弁当――それを見た友人―斎宮香奈は「うげ、」と声をあげる。
「葵……その大きさはもはやギャグだよ」
「そう?地区大会通ったし、気合い入れて英気を養わないと……」
早速蓋を開けると今朝自分で詰めてきたおかず達が顔を覗かせた。昨日の夕飯の残りもあるが、彩りを加えるために朝つくったおかずもある。その中身を見た斎宮も思わず目を輝かせていた。
「量はアレだけど相変わらずおいしそ〜!葵がいつもごはんつくってるんだよね?いいな〜、家庭的だ〜」
「まあ、父さんも母さんも夜帰ってくるし。そのクセ門限厳しいのは勘弁してほしいけどね〜」
いただきます、と手を合わせてから2人でそれぞれの弁当のおかずをつつき始める。
「そういえばさ、ジョジョ先輩のウワサ聞いた?」
少しの沈黙の後、斎宮は唐突にそう話題を繰り出す。ちょうど玉子焼きを口に頬張っていた白鳥は彼女に視線を向けてから首を傾げてみせた。
「ジョジョ先輩、こないだ登校した時うちらの外体育見てたらしいよ」
「……そうなの?」
玉子焼きを嚥下し、続きを促す。
「そうなんだって!自分の授業そっちのけで誰のこと見てたんだろ?」
こんなことでもなにかと注目の的になりやすい承太郎に対してほんの少し同情の念が込み上げてしまった。彼は有名な不良だし授業をまともに聞いているような印象はない。きっとただボーッと外を眺めていただけだろうに。
「気まぐれじゃない?ジョジョ先輩、女子に興味ないでしょ」
だから向かいで表情を蕩けさせている斎宮に半ば呆れのため息すら出てしまう。
自分は朝登校する時に取り巻きに囲まれている承太郎をこの斎宮と一緒に遠巻きに眺めるくらいしかしていないが、その取り巻きへの「やかましいッ!」「うっとーしいぜッ!」というまるで狼が吠えているかのようなあしらい方を見るに、彼自身は女性に対して特別な感情は抱いていないように思える。とはいえ、いつも物理的に突っぱねずに囲まれている印象から、女嫌いではないようにも見えた。
「そーかな〜?もしかしたら葵のこと見てたのかもよ〜?」
そんな風に渦中の承太郎の登校風景を思い返していると、不意に矛先が己に向いて白鳥はジトッと斎宮見つめた。
「なんでそうなるのよ……私、ジョジョ先輩興味ないから乗ってあげられないよ?」
ニヤニヤと目を細める斎宮。この手の話は同じように承太郎のことが好きな女子に振ればいいのに、どうして彼女はわざわざこんな風にけしかけるのだろう。
「だってさ〜!葵ってもう3回もコクられてるのに全部振ってるじゃん?……実は葵もジョジョ先輩狙いなんじゃあないかって、ウワサが流れてるんだよ〜…?」
斎宮は手を頬の辺りに寄せて内緒話でもするかのように彼女に顔を近付けて声を潜める。それを同じように顔を寄せて聞いた白鳥だったが、途端に眉間にシワを寄せた。
「なにそれ、こわっ……」
「実際あんたは結構可愛いんだしさ……それに不良と清楚だよ?憧れるじゃん?」
「清楚って……私そんなつもりないけど」
その言葉に斎宮は鍋底2段弁当に視線を落とす。
「……でも世間一般のあんたのイメージはそうなのよ。このお弁当はギャップよ、ギャップ!弓道部だし、大和撫子を体現したようなモンでしょ」
別に弁当のことを言ったわけではないのだが。それでも斎宮の着地点はそこになってしまうようで、白鳥はおかずを頬張りながら「はいはい」と聞き流していた。
「大和撫子ねえ……」
自分のことをそう評価したことはなかったし、身だしなみに気を遣うのは当然としてもそこまで着飾ったりしたことはない。
告白を断ったのもいまは弓道に専念したいからで、別に彼らに落ち度があったわけでもない。――というより、全く知らない相手だったので好きか嫌いかなんて分からないし。手紙も捨ててしまったのでどこのクラスの誰だったかも覚えてない。
だからきっと、もし、本当に承太郎が己に気があって告白してきたとしても、これまでと同じように断るだけなのだろう。
「でもジョジョ先輩と葵が並んだら絵になるのはわかるんだよな〜……一回でいいから見てみたいなぁ……」
はぁ、と息を吐きながらまた蕩けた表情を惜しげもなく晒す彼女。既にこの話に飽きてしまった白鳥はなんとかして話を逸せないかと思案する。
「それ、ジョジョ先輩が好きな人の発言とは思えないわよ……」
「ええ〜?あたしは相手が葵だったら全然いいよ!目の保養だし?」
「いや、意味わかんない……」
どうやらこの話を逸らすのは昼休みという短い時間では無理そうだった。
―――
***
薄らと目を開くと見知らぬ天井だった。微睡む直前、町まで行くというようなことを言っていたので、きっとどこかの宿だろう。
ベッドに寝転んだ痛む体で寝返りを打ちながらこちらが現実だと悟り、白鳥は夢に見たいつかの会話の内容を思い返す。
花京院は白鳥のことを上手く世渡りしてきたのだと評価したが、実際はそうではない。ただ単に己は弓道以外に興味がなくて、他人と一定の距離を保ったまま必要な時は協力したり話を合わせたりすることができるだけの人間だった。
だから己に興味を抱いて告白してくれた異性を突っぱね、もらった手紙さえ捨ててしまえる本当は冷めた人間だった。
きっと承太郎にすらそれができてしまえる。そんな人間だったのだ。
「承太郎、先輩……」
なのにいまはどうだろうか。
無意識にその名が口から滑り落ちるほどに、彼のことを慕っている。他人に奪われてしまうことに恐怖を抱いてしまっている。
「どうした?」
そこに声が降りかかり、そちらをゆっくりと振り向くとシャワーを浴びたばかりのタンクトップ姿の承太郎と目が合った。
「具合はどうだ?起きれそうか?」
承太郎がベッド脇の椅子に腰掛けて見下ろしている。白鳥は腕を立てて起きあがろうとしたが痛みで思うように力が入らず、承太郎が震える体に手を添えて手伝う。
「花京院たちが車を手配してくれている。町を出た後も少しは休めるはずだぜ」
「はい……ありがとう、ございます」
ほんのりまだ具合が悪そうな彼女の背を優しく撫でてやりながら寄り添う。
「あの……訊いてもいいですか」
しばらくの間背を撫でる静かな布擦れの音だけがしんとした部屋に響いていたが、不意に白鳥の声が空気を震わせる。
「なんだ?」
承太郎も務めて優しく聞き返すと、白鳥はチラリと彼を見遣る。
「どうして……承太郎先輩は私のことを気に掛けてくれたんですか?」
いままで何度か訊こうとは思っていたのだが、なんとなくタイミングを逃して結局聞けずじまいだった。
こんな面白味もない人間、人から気に掛けてもらえるようなカリスマ性を持つ承太郎がなぜ気に留めたのか。ずっと気になっていた。
「……そうだな。お前を初めて見たのは弓道部の地区大会の時だ」
本当は弓道なんて興味がないのだが、都合よく学校をフケる理由になったので最初はボーッとルールもわからない試合を眺めるだけのつもりだった。
野球ともサッカーとも違う、静かな競技場。試合に出る者たちの静かな覇気が渦巻いていて、独特の緊張感があったのを覚えている。
「あの一年の白鳥って子、中学の時は主将だったらしいよ」
「マジ?強豪?」
「そこまではわからん」
そんな中、ふと前の席からそんな声が聞こえてきて、いままさに矢を射る構えをしている白鳥葵を見たのが始まりだった。
的をまっすぐに見据える凛と研ぎ澄まされた瞳。まるで白鳥の名をそのまま体現したかのような静かな佇まい。風でゆらめく競技のために結った黒髪。その立ち姿はひとつの絵画のように美しく、そして強い意志を感じた。
弦を弾き、スパッと矢が的に刺さるその瞬間までの全てが承太郎の視線を釘付けにした。
「思えば、一目惚れ……というヤツだったのかもしれないな」
それからは無意識に彼女を探しては目で追っていた。
通学路でも、1年生の外体育も、移動教室で1年生の教室の前を通る時も。彼女を一目見ようと出席日数もそれに比例して増えた。
この気持ちがなんなのか当時は分からなかったが、こうして共に旅を続けていくうちに彼女に向ける気持ちの意味を理解し、そして確信へと変わっていった。
「一目惚れ……承太郎先輩からそんな言葉が出てくるなんて、想像したこともなかったです」
「まあな。俺も驚いている」
己はそんな感情とは無縁だと思っていた。周りの女性から向けられる視線にどんな意味が含まれているのかは理解していたが、まさか己がその視線を誰かに注ぐことになるとは。
「お前はどうなんだ」
「え?」
「難攻不落の要塞だと思っていたが、まさかあんな風になるとはな」
先ほどのハイプリエステスとの戦いの時、誰の目から見ても白鳥が嫉妬していたのは手に取るように分かった。
いつも2人して涼しい顔をしていることが多く、人前であまりそういった雰囲気になることは避けていたので、あれだけの感情を白鳥が曝け出すのは珍しいと宿につくまでの間皆で話していたところだった。
「あ、あれは……だって、あんなこと……私、言われたことないもん……」
白鳥は顔を赤らめながら布団の上でもぞもぞと指を弄ぶ。
「不覚にも"キュン"ときたぜ」
「なっ、やめてください!恥ずかしい……」
いつもなら女性たちに黄色い声を浴びせられても承太郎はスンと澄ましているか「やかましいッ!」と吠えるかだったので「また始まった」と呆れるだけで終わっていたが、ハイプリエステスの時は作戦とはいえ本格的に口説き落とそうとしていたので動揺してしまった。
このままもし本当にハイプリエステスの本体が承太郎の好みだったら。もしハイプリエステスが無理矢理に迫ったら――いろいろな想像をしてしまって気が気ではなくて、つい彼を引き留めてあんなことを言ってしまった。
「ポルナレフさんが珍しくいい作戦を立ててくれたのに……台無しにしてしまいました」
「フッ、"珍しく"な……ま、ポルナレフは結果的に喜んでたぜ」
白鳥の流れるように出た少し辛辣な物言いに噴き出し、ついさっきのポルナレフの様子を思い返す。
『白鳥のヤツ、まさかあんなふうに嫉妬するとは思わなかったぜ!結構かわいートコあんのな〜!』
普段なら真っ先に怒りそうなところを、ポルナレフはそう言って満足げに笑っていた。彼は以前から承太郎と白鳥の関係の発展を応援していたので、あの白鳥の態度の変わりようは棚ぼたと言っても差し支えないだろう。
「で、でもやっぱり謝りにいきます。危険な目に遭わせてしまったのは事実ですから」
「そうか。ならシャワー浴びてから行った方がいいぜ。お前、血と磯の匂いがこびりついてるからな」
穏やかに微笑みながら立ち上がり、承太郎は「わっ!」と短い悲鳴があがるのを気にも留めずに白鳥の頭を雑にわしゃわしゃと撫でてから部屋を後にしようと踵を返した。
「仕返しだ」
「いつのですかそれェッ!」
ニッといたずらが成功した少年のように笑う承太郎は、日本を出る前では想像すらできない姿だろう。
―――
「おっ!来た来た!承太郎〜!白鳥〜!」
宿から出てきた承太郎と白鳥をポルナレフが手を大きく振って出迎えた。
ジョースター一行は調達したサンドバギーに乗って砂漠へと突入していく。
ついにエジプトに辿り着いた。飛行機なら20時間で着くところを、1ヶ月もかけて旅をしてきた。その間、敵は絶え間なく襲撃してきたが、仲間がいるから乗り越えてこられた。
「いろんなところを通りましたね。脳の中や夢の中まで……」
「夢?なんだそれは、花京院」
アヴドゥルが車を運転し、前の座席にはジョセフとポルナレフ。後部座席には承太郎と花京院と白鳥の学生組が乗っている。これまでの旅路を花京院がしみじみと振り返っていたが、覚えのない戦いに承太郎は疑問符を浮かべた。
「おっと、みんなは知らないんだった……ね?」
人差し指を唇にあてながら、花京院はイタズラに笑って承太郎の隣に座る白鳥を覗き込む。そうすると彼女も彼を覗いて同じように人差し指を唇にあてて笑っていたので、承太郎の疑問符の数は増えていくばかりだった。
国土の97%は砂漠地帯であり、降雨量は世界で最も少ない地域――エジプト。
しかし砂漠の中にありながらナイル河の恵みにより食べ物は満ち、河岸には美しい緑輝く肥沃地帯が続く。
かつての古代エジプト文明にペルシア、ギリシア、ローマ、イスラム、アラブという多様な文明が入り込んだ混淆の国。
この5000年の時の流れを持つ悠久の地で、ジョセフ、承太郎、ポルナレフ、花京院、アヴドゥル、白鳥は一体どんな旅を続けるのであろうか。
「そうだ!エジプトのおすすめグルメってありますか?」
「うむ。ぜひ白鳥くんに食べてほしいものがたくさんあるぞ」
「こんな時にまで食いもんのことかよ〜!案外元気そうじゃあねーか!」
「僕もエジプト旅行の時に食べたやつがあって……」
砂漠を進むサンドバギーの中はやはり賑やかだ。
「ようやくエジプトに来たというのに緊張感のない奴らめ!なあ、承太郎?」
好き勝手に騒ぐ面々を見渡し、ジョセフは承太郎を振り返る。
「……やれやれだぜ」
彼の穏やかな低音は砂漠の風に溶けていった。
約1年かけてエジプトに到着しました。
ひとまず一区切り、ここまで来れました。
完結まで見守っていただけると嬉しいです。