星見る鳥の夢   作:斎草

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06.灼けた砂
犬と鳥


 

 ―――

 

 サンドバギーを砂漠のど真ん中に停めたジョースター一行は空を見上げていた。あんぐりと口を開けながら見つめるそこにはバタバタと音を立てながら砂を巻き上げるヘリの姿があり、どこか降りられる場所を探しているようだった。

「ジョースターさんッ!あのヘリは一体なんなんだ!?誰が乗っている!?」

「落ち着け、ポルナレフ。あれはSPW財団のヘリじゃ。敵じゃあない」

 ポルナレフがヘリを指差しながら捲し立てると、ジョセフは諌めるように彼を制してヘリを見つめていた。

 

 スピードワゴン財団。

 日本で承太郎の母親である空条ホリィの看病と護衛をしてくれている医療団体だ。

 ――そもそもスピードワゴン財団とはなにか。

 総帥は"ロバート・E・O・スピードワゴン"。この世界では世界規模の影響力を有し、主に医療や自然植物保護を専門とする巨大組織である。もちろん花京院や白鳥、ポルナレフだって知っている。

 ではなぜそんな組織がたびたびジョースター家を手助けするのか。それは総帥であるスピードワゴンの遺言のもと、彼の親友であったジョナサン・ジョースターの子孫たちの支援を行なっているからである。

 このことは世間には知られていないため承太郎は彼らが身近な存在であることにいまだに慣れていないようだが、ジョセフはこの旅の間も頻繁に連絡を取っており、そのたびに彼らはこうして支援のために一行の前に現れる。

 

「もしかして次はあのヘリに乗るんですか?」

 ヘリが降りるために接近してくると強風が舞い込んできて思わず巻き上げられた砂から目を守るために手でガードする。

「白鳥くん。彼らは確かに我々の支援を行なってくれているが、スタンド使いではない。あのヘリに一緒に乗ったら戦いに巻き込むことになってしまう」

「じゃあなぜやってきた?インドの時のように支援物資を持ってきてくれたのか?」

 一行が野営の時に使っているキャンプ用品はSPW財団が用意してくれたものだ。承太郎もその時に一度だけ旅の中で顔を合わせているが、今回もそうなのだろうか。

「それもあるんじゃが……今回は"助っ人"を連れてきてもらった」

 "助っ人"。その言葉に承太郎たちは目を丸くさせる。

「ちと性格に問題があってな。いままで連れてくるのに時間が掛かったんじゃ」

 その言葉にアヴドゥルは思い当たる事柄があったのか、ハッと息を呑んで眉間に皺を寄せた。

「ジョースターさんッ!まさかあいつを連れてきたんですか!?あいつに助っ人なんて無理ですッ!」

 アヴドゥルが帰ってきて、助っ人も合流となればこれからさらに激化するであろう敵の攻撃も怖いものなしだ。なのに彼はそうやって声を荒げるので、4人は話についていけずに困惑の色を見せる。

「おい。助っ人というからには当然スタンド使いなんだろ?なにがいけないんだ、キチンと説明しろ」

 痺れを切らした承太郎がアヴドゥルとジョセフの会話に割って入ると、2人は顔を見合わせて頷いた。

「助っ人してくれるのは"愚者(ザ・フール)"のカードを持つスタンド使いじゃ」

「"愚者(ザ・フール)"ゥ?」

 

 愚者(ザ・フール)。タロットカードになぞらえると、"自由"や"無邪気"といった暗示を持つ。

「へへ、なんか頭の悪そうなカードだな」

 確かに逆位置では名前の通り"わがまま"や"落ちこぼれ"といった意味合いにもなる。

 

 ポルナレフは失笑するが、アヴドゥルはそんな呑気なことを考えていそうな彼を見て首を横に振った。

「いいや……きっと"敵でなくて良かった"と思うぞ。お前では勝てん!」

「なんだとォ?えらそーにしやがって!口に気をつけろ!」

「本当のことを言ったまでだ!なんだこの手はッ、痛いぞ!」

「2人とももうやめないか!ほら、ヘリが着陸しましたよ!」

 早々にポルナレフがアヴドゥルの腕を掴んで喧嘩腰になるが、花京院が着陸したヘリを確認して呆れたように肩をすくめては2人を諌めた。

 

 一行の前に着陸したヘリからSPW財団の制服を纏った男が2人、眼光を鋭くしながら降りてきた。

 男たちは承太郎たちを一瞥した後、ジョセフの方へ歩んで握手を交わす。

「Mr.ジョースター。よくぞご無事で……」

「うむ。わざわざありがとう。感謝する」

 こうしてジョセフと財団員が接しているのを見ていると、本当に彼は不動産王で雲の上のような存在なのだと実感する。

「あの、お2人が助っ人さん……なんですか?」

「いや……俺はどちらか1人だと思うぜ。どっちの男だ?俺たちの旅に同行するスタンド使いは……」

 挨拶がひと段落したタイミングで白鳥と承太郎が問い掛ける。すると、2人の男は顔を見合わせた後無言で開けっぱなしにしてあるヘリの後部座席を見つめた。

「おいおい!どっちが助っ人か訊いてるんだぜ!?早く答えやがれッ!」

「ポルナレフ!いきなり喧嘩腰になるな、失礼だぞ!」

 答えを渋る2人にポルナレフがすかさず詰め寄るが、それをアヴドゥルが肩を掴んで阻止する。それを尻目に白鳥は男たちが見つめていた後部座席に近寄り、中を見回す。

 なにもない。あるとすれば、後ろに積んである支援物資と思われる荷物と後部座席に雑に置かれたコートのみ。しかし、そのコートがなにやらもぞもぞ動いていることに気がついて白鳥はそれに手を伸ばした。

 

「うわぁぁッ!!」

「白鳥ッ!?」

 刹那、コートの中から何かが飛び出してきて白鳥の胸に思いきりタックルし、彼女はその勢いで荒野の地面に背中を強打し――、

「大丈夫か!?って……!!」

 タックルしてきたそれが素早く白鳥の上から跳ね退くと、今度は彼女に駆け寄ってきたポルナレフの顔面に勢いよくダイブしてきた。

「ぎゃあああああッ!!な、なんだこれはァァァッ!!」

「白鳥くんッ!ポルナレフッ!ああ、言わんこっちゃないッ!」

 ポルナレフの悲鳴とジョセフの呆れた声に、白鳥は仰向けに大の字で倒れた状態から体を寝返りのように回転させてうつ伏せになりながら声がした方向を見る。

 

「い……犬ッ!?」

 

 犬。紛れもなく犬。

 そこにはポルナレフの顔に張り付いたまま彼の髪の毛を口で毟り取っているボストンテリアがいて、思わず目を丸くさせた。

「まさかとは思うだろうが、そう……この犬が我々の助っ人である"愚者(ザ・フール)"の暗示を持つスタンド使いじゃ」

「名前は"イギー"。人間の髪の毛を大量に毟り取るのが好きで、どこで生まれたのかは知らないがニューヨークの野良犬狩りにも決して捕まらなかったのを、わたしが見つけてやっとの思いで捕まえたのだ……」

 ジョセフとアヴドゥルですら呆れながらボストンテリア――イギーを紹介してはやれやれとため息を吐き、肩をすくめている。

「あ、ちなみにだが……髪の毛を毟る時に人間の顔の前で屁をするのが趣味の下品なヤツだったな」

 ジョセフが付け加えると同時に、プスーッとイギーの尻から屁をこく音が聞こえてきて思わず承太郎たちは顔を顰める。

「……こンのド畜生がッ!こらしめてやるッ!!チャリオッツ!!」

 これにはさすがのポルナレフもブチギレたのか、素早くスタンドを出現させて顔から退いたイギーに斬りかかろうとした。

 しかし、イギーはピクッと反応したかと思うと砂漠の砂の中からズゴゴゴ……と、己と同じ四足歩行のメカメカしい体に羽飾りを頭につけた像――スタンド"愚者(ザ・フール)"を出現させる。

「あれがイギーのスタンドの像ッ!」

「シンガポール沖でオランウータンのスタンド使いに出会したが……!」

 承太郎と同じくらいの背丈はあるだろうか。オランウータンの時とは違う生命エネルギーの強さに承太郎と花京院も慄く中、チャリオッツのレイピアはまっすぐにザ・フールに突っ込んでいく。

 だが、突きが命中したかと思うとその像はガパッ!と割れてしまい、砂のようにサラサラに溶けていった。

「な、なにッ!?砂のようになって斬れないッ!それどころか……!」

 今度は砂がレイピアに纏わりついたかと思うと、そのままザ・フールの像に取り込まれてガッチリとホールドされてしまった。

「な、なんだこれはァァァッ!!」

 ポルナレフがどんなに頑張ってもレイピアは抜けない。この事態に彼は声を上げながら腕をブンブン振り回したが、一向に抜ける気配がなかった。

「まぁ、要するに……砂のスタンドなのだ。だから言っただろう、お前では勝てんと」

 やれやれと再び肩をすくめるアヴドゥルの視線の先にはまたしてもイギーに顔に飛びつかれて髪を毟り取られているポルナレフがいて、ため息を吐くほかなかった。

 

 シンプルな能力ほど強い。スタンドの像自体が砂なのだから、おそらく本体であるイギーを直接叩かなければ勝てないのだろう。

 

「……!」

 白鳥はそのやり取りを地面に座りながら唖然と見つめていたが、不意にイギーの視線がくるりとこちらに向いてビクッと肩が跳ねる。

「え?え?な、なに?」

 イギーに髪を毟り取られるのは絶対に嫌だ。なのにヤツの視線が向いているのは間違いなく己で、白鳥は表情が引き攣る。

 しかし、イギーは小走りで彼女に寄って来たかと思うと、その膝にぴょんと飛び乗って座り込み、白鳥は思わず目を丸くさせた。

「え?イ、イギー…ちゃん?」

 大人しく膝に乗ってきたイギーの扱いに困惑していたが、彼は瞑った目を片方だけ開けて承太郎たちの方を見てニヤリと口角を上げる。

「こ、こいつ…!!」

「白鳥の膝の上が一番安全なことをこの短時間で…ッ!!」

 動物のスタンド使いはその種族の中でも高い知能指数を持つ。おそらくこのイギーも例外ではなく、紅一点の存在である白鳥葵のすぐ近くならばこの男たちから攻撃を受けることはないと予想したのだろう。

 現にポルナレフはぐぬぬと歯を食いしばったままで、承太郎たちも手を上げるようなことはない。もちろん白鳥も襲われているわけではないので攻撃してこない。

「あ、あの、私どうしたら……」

 だが白鳥もいつまでもこうしているわけにはいかない。加えて犬の扱いは彼女もそこまで経験があるわけではなく、腕に抱こうにもどこを持てばいいのかと手を右往左往させていた。

「仕方がない……あの大好物は持ってきているか?」

「もちろん。持ってこなければ連れてこれませんよ」

 それを見かねたのかアヴドゥルが財団員に向かって腕を伸ばすと彼は懐から箱のようなものを取り出してアヴドゥルの手に乗せる。

 するとイギーはスンと鼻を鳴らして反応を示し、ワンワン吠えながら白鳥の膝から降りてアヴドゥルの方へ向かっていった。

「もう嗅ぎつけたのかッ!このコーヒー味のチューイングガムの匂いをッ!」

 まるでフリスビーを追いかけ回す公園の犬のように一直線に駆けていく。その爛々と輝く目にはアヴドゥルが指で摘んでいる1枚のコーヒーガムが映っていた。

 しかし――、

「あッ!!」

 ぴょんとアヴドゥルに向かって跳躍したかと思うと、その小さな体は彼を追い越して後ろ手に持っていたコーヒーガムの箱の方を掻っ攫っていった。

「こいつッ!!箱の方をッ!!」

「なんて卑しいヤツ…ッ!!」

 コーヒーガムは箱ごと食べるほど好きだが、人間のことは小馬鹿にしているようで決して心を開かない。

 クチャクチャと音を立てながらコーヒーガムを袋も破かずに貪る姿からは、どうしてもこいつが旅の助っ人のようには見えない。

「ジョースターさん。どうしてこの子を助っ人にしようと思ったんですか?」

 ようやくイギーから解放された白鳥が輪の中に合流し、誰もが思っていたであろう問いをジョセフに投げかける。

「……こいつは野良犬のカーストの頂点にいた。あのスタンド能力のおかげじゃろうな。ヤツがDIOに見つかる前にどうしても確保したかったんじゃ。その能力を買ったつもりだったんじゃが……助っ人として加えるにはちと気難しすぎたようじゃのう……」

 当のジョセフも失敗だったかも、と頭を抱える事態のようだ。

「イギーちゃん。どうしても協力は難しいかな…?」

 白鳥はイギーに近寄りしゃがみ込んで問いかけてみるが、彼はほんの数秒白鳥と見つめ合った後にフンと鼻を鳴らして顔を背ける。

「連れて帰るの、我々も嫌ですよ……」

 背後では財団員がコソッとジョセフに耳打ちしているのが聞こえてきて、白鳥は気の毒そうに眉を下げるほかなかった。

 

 白鳥がイギーの相手をしている間、ジョセフたちは財団員たちが運んできてくれた物資をサンドバギーに詰め込む作業をしていた。

「水に食料、着替えや衛生用品まで……本当に感謝する」

「いえ、我々はそれが仕事なので。あそこのお嬢さんにも渡したいものがあるのですが……」

 そう言って財団員は白鳥を顔で指して小さめの紙袋を掲げる。

「俺が渡してくる」

 それを掻っ攫うように承太郎が財団員の手から持っていくと、白鳥の方へヌシヌシ歩いていく。彼女は何をしているかと思えば、イギーにコーヒーガムを手で与えていてこの犬のズル賢さに何回目かのため息が漏れ出る。

「白鳥。お前が個別に頼んだヤツか?」

 彼女は承太郎の呼び掛けに振り向き、紙袋を見るとパッと表情を明るくさせながらすぐに立ち上がってそれを受け取る。

「はい!カメラの新しいフィルムです。これでまた写真が撮れます!」

 嬉しそうに中身を確認した後、承太郎の背後を覗き見てはそこにいた財団員にぺこりと頭を下げ、チラリと承太郎も見遣ると彼は帽子を軽く上げながら頭を下げていた。

「ん?イギーちゃん、どうしたの?コーヒーガムかな?」

 しかしすぐに白鳥の足元にイギーが纏わりついてきて、また彼女はしゃがみ込んでは彼にコーヒーガムを剥いてあげ始める。

「…………」

 面白くない。承太郎は白鳥が先ほどからこの犬に付きっきりなことに苛立ちを覚えていた。それをイギーは読み取っているのか、コーヒーガムをクチャクチャと噛む傍らに承太郎を見上げてはニヤリと目を細めて口角を上げるのだ。

(この犬っころ…ッ!!)

 完全におちょくられている。実際にやられるとやはり自分でも眉間に皺が濃く刻まれているのが分かるほどムカッ腹が立つ。しかもいまここでイギーを殴ろうものなら絶対に白鳥が阻止するし、それを見越しているからこそ白鳥にだけはいい顔をしているのだ。

 現に白鳥にはイギーは可愛い犬っころに見えているのだろうが、それすらもヤツは"チョロい"としか思っていないだろう。

「そうだ!承太郎先輩、ここで集合写真撮りませんか?」

「……あ?」

 そんなことなど露ほども知らない白鳥がイギーにガムをあげながら見上げてくるのを、承太郎はムカッ腹が立ったドスの効いた声で応える。彼女はそんな声にも慣れてきているのかものともせずに、財団員から先ほど教わったようにイギーを抱えては立ち上がりカメラを取り出す。

「アヴドゥルさんもせっかく合流できたし、イギーちゃんも加わったし!また、いつみんなで撮れるか分からないから……」

 いつもは白鳥が撮るか、ほかの誰かにカメラを渡すかしていたので全員で映った写真は実のところない。

 インドでアヴドゥルが昏睡状態に陥った時、白鳥は現像した写真を見て何度も思っていた。――みんなで写真を撮れる機会というのは、この旅ではとても貴重なものだったのかもしれない――と。

「……そうだな。ちょうど他に人がいることだし、撮ってもらうか」

 承太郎は憂いを帯びる表情を見せた白鳥からカメラと新しいフィルムを受け取り、財団員に渡しに行く。彼から事情を聞いたジョセフたちも頷き合い、後から歩いてくる白鳥に微笑みながら手招きしていた。

 

 いままでの旅路で撮った写真はぜんぶ宝物だ。

 でも、きっとこの一枚はその中でも特別な宝物になる。

 

 白鳥は承太郎の隣に並び、正面に見える財団員が構えるカメラを見つめながら、そう思っていた。

 

 

 

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