「はい、はい……ええ。学校も友達の家から行くので……」
白鳥は空条家の電話を借り、自宅に電話を掛ける。今晩は白鳥もこの家に泊まるようホリィに誘われ、許可を取っているところである。
「ふう……」
がちゃん、と電話を切ると同時に緊張の糸も切れる心地になる。なにせ白鳥葵も女子高生である。所在を家族に明らかにしていないと心配させてしまう。
今日はたまたま外泊許可が降りたが、今後はどうなるだろうか――白鳥の家は部活以外での門限がすこしばかり厳しいので、今回もヒヤヒヤさせられたものだった。
「ホリィさん、オッケー出ましたよ」
「まあ!それは良かったわ〜!よおし、張り切っちゃうわよ!」
ホリィは台所から顔を出し、白鳥の報告を聞いてパァッと花が咲くように表情を明るくさせ、ガッツポーズを決める。その様子からして、承太郎が友人を連れてきてさらに泊まっていく事などかなり珍しいのであろう。
尤も、白鳥や花京院が友人かといえば、まだその域ではないような気もするのだが。
「はい、これ。葵ちゃん用のお泊まりセットよ。いろいろ買っておいたから、ここのお部屋に置いておけば次も手ぶらでお泊まりしに来ても大丈夫よ!」
「えっ、ああ、はい……」
ぽすん、と上機嫌な彼女から渡された鞄。思わず受け取ってしまった事に自分自身でも困惑してしまい、慌てて彼女を視線で追う。
「あの、」
「花京院くんにも渡してこなきゃ〜」
「…………」
上機嫌なまま台所を出て行ってしまったホリィに途方に暮れながら、とりあえず自分で中身を確認しようと鞄を開けてみる。
「いや、充実しすぎ……」
歯ブラシにバスタオルにスキンケア用品から櫛や下着、寝間着に至るまで、宿泊に必要なものがほとんどこの中に詰め込まれている。
花京院のも恐らく同じような内容に違いない。張り切り方が斜め上すぎる。
「なんかすごい人だな、ホリィさん……」
承太郎とは違うベクトルの"すごい人"。
どうやら空条家――もとい"ジョースター家"は規格外な人間が多いようだ。
なのになぜだろう。ほとんどペースを持っていかれてしまうのに、それが不愉快だとかは全く感じない。むしろ和やかな気分になる。とても不思議だったが、それこそがホリィの才能なのだろうなと直感的に思った。
「さっ!たくさんあるから好きなだけ食べてちょうだいね!」
この日の夕食はとにかくすごかった。
白いご飯と味噌汁、そこまでは普通だったのだが、山盛りの唐揚げやらエビフライやらサラダに魚料理などとにかく量が多く、大皿がどんどんとテーブルに並んでいた。
「おい……作りすぎじゃあねぇのか」
「だってぇ!たくさんあった方が盛り上がるでしょ?」
「…………」
ホリィは唇をツンと尖らせる。承太郎ですらこの量に動揺を隠せないでいるようだ。
「ま、まあまあ。美味しそうじゃありませんか」
「そうだぞ承太郎!せっかくホリィが心を込めて作ってくれたんじゃ!わしゃ残さず食うぞッ!」
花京院の言葉にそれ以上の力で同調すると、ジョセフは「いただきます!」と手を合わせてご飯をスプーンでかき込み始める。
「おいじじい、無理すんな。喉に詰まるぜ」
承太郎はやれやれとため息を吐き、静かに食べ始める。それに続くように他の面々も手を合わせてから思い思いに食事を始めた。
「!おいしい……」
白鳥も早速唐揚げを口にすると、サクサクの衣とふんわりとした中身に思わず目を輝かせる。あっという間に一個食べ終え、白米ももぐもぐと口に入れ咀嚼する。
「よかったわぁ、みんなの口に合ったようで!」
ホリィも皆が料理を次々摘んでいくのを見て嬉しそうに目を細めていた。
そんな食事のさなかの事であった。
「…………」
「…………」
皆が一様に一点を見つめてあんぐりと口を開いている。
「?どうかしましたか?」
幸せそうに目を細めながら料理を噛み締めていた白鳥であったが、皆が急に黙り込んだのを受けて口元を手で隠しながらその顔を見回す。
皆の視線は白鳥に一点集中。それが不思議で彼女は首を傾げる。
「どう、って……お前……」
「ジョジョッ!言うのか!?」
「相手は女性だぞッ!」
すかさず口を開こうとする承太郎を花京院とアヴドゥルが止めに入る。そのわたわたとした慌てっぷりに白鳥はますます疑問を深くした。
なにかまずい事をしただろうか?まさか新手のスタンド使いが私の背後にいるとか?
恐る恐る後ろをチラリと見てみるが、当然なにもなくてそこのところはホッと安堵する。
しかし、ではなぜ?
「ンン。白鳥くん……所作が綺麗なのであまり気にならなかったんじゃが……きみ、かなり食べる子じゃのう」
「え……」
不躾な言いようになりそうな承太郎に代わり、ジョセフが言葉を選びながら皆が恐らく思っている事を口にする。
白鳥の目の前の大皿。あんなにたくさんあった唐揚げが、三分の一ほどの量になっている。
それだけじゃあない。エビフライや他の皿もそんな量になっている。
極め付けは今手に持っている茶碗に入った白米。これを白鳥はすでに二回、よそうために席を立っている。つまり、これは三杯目の白米だ。
勿論大皿の中身はここにいる全員が食べていたので正確に白鳥がどれほど食べたのかまでは分からない。しかし三杯目の白米、これは確実に白鳥だけの取り分なので間違いない。
「……あ」
その事に気付くと白鳥はみるみるうちに顔を真っ赤にしていき、そこを両手で覆い隠してしまった。
「す、すみません……!私、昔からこうで……!直そうとは思ってるんですけど……は、はしたない、ですよね……」
そう、白鳥葵は幼い頃から"大喰らい"であった。意識して食事をしないとこのように食べ過ぎてしまう。ただ体型は普通なのでとても彼女がそうだとは傍目からは気付きにくい。彼女の性格が比較的控えめである事もそれを後押ししている。
「いや。じじいも言ったが食べ方が綺麗なんで不快にはならねェ。ちょいと面食らったくらいだ。ひょっとして両親にでもキツく言われてるか?」
承太郎の言葉に白鳥はコクリと頷く。
白鳥の大喰らいはどう矯正しても直らなかった。むしろ矯正すればするほど反動がひどくなり、両親の手を何度煩わせたか分からない。
そのため、せめて食べ方だけは綺麗にしなさいとみっちり作法を学ばせられたのだ。
今日はいろいろあって疲れたためかリミッターが外れてしまったようだが、作法は体に叩き込まれているのでがっついたりせずに食事出来たのだろう。
「それに葵ちゃんは本当に美味しそうに食べてくれるから、あたしはすっご〜く嬉しいわ!ありがとう、もーっと食べていいのよ」
「ホ、ホリィさん……」
指の隙間からチラリとホリィの方を窺う。次いで皆の方も見ると、一様に白鳥に目を向けて微笑んでいた。
「あ、ありがとうございます……遠慮なく食べますね」
それがなんだか妙に照れくさくて、白鳥は顔を覆い隠していた手を外しておずおずと箸と茶碗を持ち直す。
食事は和やかな雰囲気で再開され、無事大皿も全て完食されたのだった。
その後お風呂を借りてゆっくりバスタイムを堪能し、用意してもらった客間に戻ろうと白鳥は長い廊下を歩いていた。
「いや……フツーに超迷うんだけど……私の部屋ってどこだっけ」
昼間に一通り家の中を案内してもらったのだが、早速迷子である。ぺたぺたとすっかり湯冷めした素足の音を響かせながら右往左往してなんとか部屋に辿り着こうとする。
だが――
「お風呂に戻ってきた……」
脱衣所の前で立ち尽くす体たらく。そんな自分にため息を吐いていると、目の前の扉が不意に開いた。
「おや?白鳥さん。忘れ物ですか?」
「花京院先輩」
寝間着に身を包んだ花京院と鉢合わせ、なんだか不思議な気分になる。
今朝、操られていたとはいえ本気で自分達を襲ってきた人物が、同じ屋根の下で寝泊まりしようとしているのだ。こんな事は普通の生活をしていたらまずあり得ない事である。
こんな事がこれから先も起こったりするのだろうか?
「実は迷子になってしまって……」
「ああ、そういう事でしたか。この家広いですし……僕の隣の部屋でしたね。一緒に行きましょうか」
白鳥の言葉に花京院は朗らかに笑って先にスタスタ歩いていく。それを彼女はひとつ頷いて追いかけた。
慣れたように廊下を歩いていく彼は操られていた時とは全く違う。それゆえに、DIOが埋め込んだという肉の芽の洗脳能力の高さを思い返していまだに体が震え上がる。
もしもあれが己に埋め込まれていたなら。
そう考えるだけで背筋が凍る。
一方で花京院は己の隣を歩く白鳥をふと見つめる。
己より幾分背の低い彼女。薄い寝間着に形のいい胸のラインが制服の時よりもはっきり映るように見えて、ハッと思い出したように息を呑む。
「白鳥さん、申し訳ありませんでしたッ!!」
「えっ、ええ!?」
突然彼が立ち止まりガバァッと勢いよく頭を深々と下げてきて、白鳥も思わず声を裏返しながら立ち止まってその姿を見つめる。
「僕は……僕は操られていたとはいえ、あなたを辱めるだなんて最低な事を……ッ!!」
包帯に包まれた額を押さえてうんうん魘されるように唸っている。
ハイエロファントの触手で磔にした上に、彼女の体を弄った。それも男の前で。やっている事がゲロ以下すぎる。操られていたからなんて言い訳にならない。
「か、花京院先輩!頭上げてください!」
「きみが許すまで下げるのをやめないッ!」
「許すから!!」
「そんな簡単に許さないでください!!」
腰からかっちり90度の角度。綺麗なお辞儀の姿勢を見せ続ける花京院の姿に、白鳥はだいぶ狼狽えていた。
「ほ、本当に大丈夫ですから……!先輩の意思じゃあないんでしょう?」
「…………」
ああ、この花京院典明、なんて情けない。年下の女の子にこんな事を言わせるなんて。彼女は許すと言ってくれているのに、それでも己の中の罪悪感は消えてはくれない。
「本当に……頭上げてください……」
彼女の困惑した声がずっと頭に降ってくる。
花京院は意を決し、せめて顔だけでもとその姿勢は崩さずに顔を上げる。
すると、白鳥は優しく包帯に包まれた彼の額を撫でた。予想していなかった彼女の行動に、思わず目を見張る。彼女の表情はどこか切なげだった。
「仕方のない事です……本当のあなたはこんなに優しいのに、あんな風にしたDIOが悪いです」
「白鳥さん……」
彼女に触れられ、胸の奥がふんわりと温かくなるのを感じる。彼女の言葉がまるで染み渡るように奥底を震わせていく。その感覚に、花京院はやっとの思いでその名を口にする事しか出来なかった。
「あの……よければ花京院先輩の事、もっと教えてください。知りたいです、本当のあなたの事」
彼女は柔らかく微笑んでみせる。いままで冷たい水底のような感覚しか知らなかった彼には温かすぎて、双眸にじんわりとその温度を湛える。
承太郎といい、彼女といい、どうして己にこんなに良くしてくれるのだろう。
彼らと共にいれば、その理由も解るのだろうか。
「……はい、勿論です」
だから、それは自然と零れ落ちた。
花京院は身を起こし、彼女をまっすぐに見つめその肩にぽんと手を置く。
「白鳥さんの事もいろいろ教えてくださいね。僕ももっとあなたの事が知りたいです」
知りたい。
花京院は初めて他人に対してそんな感情を抱いた。いままでどこか孤独に生きていた己の中にも、あたたかく穏やかな感情が流れてくる。
「勿論ですよ。よろしくお願いしますね、花京院先輩」
そうやって穏やかに微笑む彼女のように、己も上手く笑えているだろうか。