星見る鳥の夢   作:斎草

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覚悟

 

 白鳥と花京院が開けっぱなしの書庫に辿り着くと、そこには既にアヴドゥルが何冊かの本を床に散らばせながら、先ほどのハエのスケッチを片手に棚を漁っていた。

「君達も来たのか」

 アヴドゥルは視界の端から伸びる影だけを横目に、本に視線を落としたまま声を掛ける。

「アヴドゥルさん。私、個人的に気になった事があって……今訊いてもいいですか?」

 調べ物をしている彼に対してなんと応えるべきか2人して考えていたが、白鳥が意を決して口を開くとアヴドゥルはようやく頭を上げて顔をこちらに向けてくれた。

「気になる事?」

「はい」

 書庫の暗がりの中、アヴドゥルのそばまで来ようとする白鳥に、彼は自らのスタンドの炎で作った灯りで彼女の足元を照らしていた。

「その……ホリィさんみたいに、スタンドが発現した時に具合が悪くなって倒れてしまった人って他にもいるんですか?」

 白鳥は気になっていた。

 己のスタンドは生まれついてのものだった。しかし彼女自身が生まれた時、特に大変だったなどとは両親から聞いていない。よく泣いて、体重も平均的で、重篤な病気もない。至って健康優良児だった。

「ああ。私の周りでも何人かいた。スタンドとは精神力の強さで操り、闘いの本能によって行動させるものでもある。それらが足りていない場合、ホリィさんのようにスタンドの力がマイナスに働いて害になってしまうのだ」

 そしてやがて高熱以外にもいろいろな病気を発症し、昏睡状態になり、やがて二度と目覚める事なく死に至る。

 猶予としては約50日間。

 それまでにDIOを見つけ出して倒さなければ、ホリィも同じ運命を辿る事になる。

 

 しかし、白鳥葵はどうだろうか。

 彼女自身、自慢するような事ではないが争い事などとは無縁の生活を送っていた。部活こそやっているが、それならスポーツ系の部活をしている者の中に同じようなスタンド使いがいたっておかしな事じゃあない。だけど、同じような人はこれまでの生活の中で見つけられた試しがない。

(私は彼らのように強くなんてない。花京院先輩が操られていた時ですら、何も出来なかった)

 なのに、己はスタンドが害になった事なんて一度もない。普通に生活して、普通に学校に通って、これからもこんな日々が続くと思っていたが。

 だったら、この力の意味とはなにか。

 

「私は……この力の意味を知りたいのです」

 白鳥はまっすぐにアヴドゥルを見つめる。その瞳を見て、彼はハッと息を呑んで引き留めるように彼女の肩を掴んだ。

「まさか、我々についていくとでもッ!?」

 やめなさい。彼の目はそう訴えていた。

「危険すぎる……さっき話したはずだ。DIOという男は危険なのだ。君のような子まで危険に晒すわけにはッ!」

 アヴドゥルが掴んだ小さな肩は震えていた。明らかに恐れを抱いている。

「それでも……私が"彼女"と共にある意味を……知りたいのです」

 それなのに、彼女の瞳だけは澄み渡るようにまっすぐだった。

 すぐそばに、彼女のスタンドが並ぶ。その像もアヴドゥルをまっすぐに見つめていた。

「…………」

 静かなる決意。震えていても、彼女の意志はきっと揺らぐ事はないのだろう。

 そんな雰囲気に押され、アヴドゥルは長く息を吐きながら彼女の肩からゆっくりと手を離していく。

「……君の気持ちは分かった。だが決めるのはあくまでジョースターさん達だ」

 彼は手に持っていた図鑑を白鳥に渡す。そこにはハエのイラストが数種類載っていて、スケッチで見たものと同じものも描かれていた。

「アスワン・ウェウェ・バエ……エジプトのナイル河流域のみ生息するハエだ。こいつで間違いない」

 彼は白鳥の横を抜けて扉へと歩みを進める。そんなすれ違いざま、彼女の頭にぽんと手を置いた。

「頑張れよ」

 そう言い残し、ひらひらと手を振りながら外へ出て行ってしまった。

 

「これを持ってジョースターさんに交渉しに行けという事でしょうか……」

 花京院と来た道を戻りながら、白鳥は図鑑と睨めっこしている。

「正直なところ、僕もアヴドゥルさんと同意見なわけだが……」

「そ、そうですよね……」

 花京院の絞り出すような声に思わず苦笑いが漏れ出る。

 それはそうだ。花京院なんかは特にそうだろう。己なんてハイエロファントの触手にまんまと捕まって辱められるような女だ。自分から見たって頼りなさすぎる。啖呵切ったはいいが、自分が生きて日本に帰って来れるのか――そんな不安は尽きない。

「ああ、いや……違うんです。頼りないとかではなく……あなたを危険な目に遭わせたくないんです。どの口が、という感じですけど」

 

 肉の芽によって操られていた時の記憶。彼女は怯えた目を惜しげもなく晒していた。触手越しに震えている事も感じた。

 それでも、あの時ハイエロファントを射抜いた時の精神力は本物だった。彼女だからこそあのスタンドを使いこなしているのだと、支配された意識下でも感じていた。

 ただ、やはり彼女はそれ以外普通の女の子で、このまま普通の生活に戻っていってほしい。

 アヴドゥルもきっと同じ事を感じたはずだ。

 

「だけど……僕もあなたの気持ちを尊重しようと思います」

 ――そこまでが彼と同じ気持ちだった。

 彼女の"知りたい"という気持ち。それは決して悪い事ではないはずだ。少し不安要素はあるが、彼女の力が弱いわけでもない。

 "スタンドという力"を持つ意味。

「それは僕も知りたいところですしね」

 ふと目を伏せ、ぽつりと独り言のように呟きながら白鳥を前に押し出す。

「さっ。いってらっしゃい」

 振り返ると花京院は一歩引いたところで見送るように立ち止まっていた。

 

 障子の敷居の先。ホリィの部屋と思しきそこには、布団の中で眠るホリィを囲んでジョセフと承太郎がまるでお通夜にでも来たかのように沈黙を守っていた。

 そんな中踏み込むのはなかなかに勇気のいる事であったが、ここで怯んでいても何も始まらない。白鳥が意を決して敷居を跨ぐと、気配を察知した2人が同時に顔を上げた。

「白鳥くんか」

 ジョセフは隣に腰を下ろす彼女を視線で追う。その胸に大事に抱え込んだ分厚い本――その一ページを彼女が指し示すと、承太郎もすぐそばまでやって来る。

「アヴドゥルさんが調べてくれたんですけど……このハエで間違いないそうです」

 改めてスケッチと図鑑とを見比べる。2人とも目を見張りながら注意深く照らし合わせていた。

「なるほど……エジプトのアスワンにのみ生息するハエ。ならばDIOのいる地域もそこに限定されるというわけか」

 エジプトまでは飛行機で14時間ほど。出来れば今日中の便で行きたい。

 ジョセフは電話を掛けるべく立ち上がると部屋を出て行った。

 

 室内には眠っているホリィと、白鳥と承太郎だけが残された。

「それで、なぜアヴドゥルじゃあなくお前がこれを持ってきた?」

 少し遠くから聞こえるジョセフの電話口での話し声を聞きながら、承太郎が図鑑を指し白鳥を見る。

 アヴドゥルが調べると言って書庫へ向かい、彼女自身も先ほど"アヴドゥルが調べてくれた"と言っていた。こんな事、わざわざ第三者に託してお遣いのような回りくどい事をさせる意味なんてない。アヴドゥルのような人間なら尚更だ。

「お前でなくてはならない理由でもあるのか?」

 きっちりと正座をして視線を俯き気味にしている白鳥はガチガチに固まっている。しかしそれでも彼女が前に出てきたのには意味がある。それを知りたい。

 承太郎は務めて声の調子を柔らかくしながら、その目を覗き込もうとした。

 

「承太郎。わしとアヴドゥルと共にエジプトに飛ぶぞ」

 と、そこで電話が終わったジョセフが戻ってきて、2人の視線がいっぺんにそちらに向く。

「スピードワゴン財団にホリィの経過観察を頼んでいる。彼らがこれからわしらを空港まで送ってくれる手筈になった」

「わかった。やれやれ、エジプトか……長旅になるな」

 承太郎も立ち上がり、一歩踏み出そうとしたがやがて白鳥を振り返る。

「いいのか?」

 柔らかな低音はまるでこちらの意図を見透かしたかのように、顎でジョセフを指していた。

「あ……」

「ム?白鳥くん。君はもう家に帰っていいぞ。何も心配はいらん……ホリィが元気になったら、またメシでも食いに来るといい。きっとホリィも喜ぶ」

 膝を折り、彼女と視線を合わせたジョセフはまだ正座をして見上げている彼女の頭に大きな手をポンと乗せる。

 ここで見送ってはだめだ。言わなければせっかくのチャンスが水の泡になる。

「あのッ!!」

 意を決して、ワッと大きな声をあげながら立ち上がる。

 突然空気を震わせた声にジョセフはもちろん承太郎も面食らいながら呆気に取られて彼女を見つめていた。

「私も連れていってくださいッ!!」

 次いで勢いよく下げられた頭。一瞬何が起こったがわからず、ジョセフはポカーンと口を開けていたが、言葉の意味をようやく理解して彼女の勢いに負けじとバッと立ち上がる。

「なッ、なにをバカな事を言っておるんじゃ!!今までの話を聞いておらんかったのかッ!?」

 きっとジョセフは顔を真っ赤にしてカンカンに怒っているのだろう。白鳥は頭を下げながら漠然とそう思っていた。

「やれやれ……逆だろう、じじい。聞いたからそう言ってるんだぜ、こいつは」

 承太郎はやっと合点がいったようで、長く息を吐きながら「うわっ!」と白鳥が声を上げるのも構わず彼女の首根っこを掴んで頭を上げさせた。

「白鳥。こういう時は頭を下げるンじゃあねェ」

 そのまま流れるようにバンッと背中を叩いて押し出す。数歩前に出た彼女は自然とジョセフとの距離が狭まり、その勢いにジョセフもまた一歩後退る。

「わ、私は!私だって!ホリィさんを助けたいんです!!もし、私のスタンドの力が役に立つなら……いえ、役に立ってみせます!私も行かせてください!!」

 もう頭を下げない。代わりに胸を張ってみせ、スタンドを隣に出現させ、決意を露にさせた。

 その凜とした佇まいに、ジョセフは眉間に皺を寄せながら思わず唸り声をあげる。

「ぐぬぅ……しかし……」

「じじい。こいつはもう止まる気ねェだろ。止まるならとっくにアヴドゥルが止めてるはずだぜ」

「ヌゥ……」

 ジョセフも白鳥がこの役目を担った事に違和感を覚えていたのだろう。その違和感の正体と意味を理解し、思案するように自らの顎を撫でさすりながらもう一度白鳥を見る。

 依然、力強い瞳でジョセフを見つめている。吸い込まれそうなほど澄み渡った瞳を見つめ返し、やがて溜め込んだ息を吐いて目を伏せる。

「……わかった。白鳥くん。君の気持ちはよォく分かった。……ただし!わしらも必ず君を守れるという保証はない。それを理解した上でついてきなさい」

 ガシ!と彼女の両肩を力強く掴む。驚いたように肩が跳ね目も大きく見開かれていたが、構わずジョセフも彼女に応えるようにその瞳を覗き込んでいた。

「……!はい!!」

 一瞬呆気に取られてしまったが了承を得たのだと認識すると、彼女にしては一際大きな声と共に首を縦に振ったのであった。

 

 しばらくした後、スピードワゴン財団の医療班がホリィの容態を診るために次々とやってきた。

 後の事は彼らに任せて、ジョセフ達は財団の車で空港に向かう。

 そんな中、白鳥と承太郎だけは別の車で白鳥の家に向かっていた。ジョセフの勧めで家に挨拶しておくようにと言われ、こうして車に揺られているわけだが。

「あの日以来ですね。こうして先輩がここに来るのは」

 白鳥の家に着き、車から降りる。

 あの日。承太郎が白鳥をゴロツキから助けた日、承太郎は彼女を家まで送り届けた。そんなに日の経っていない出来事なのに、もう遠い日の事のようだった。

「大丈夫ですよ、家にあがっても。両親はいまいないので」

 玄関の前から動かない承太郎を手招きすると、彼はようやくその敷居を越えてきてくれた。

「共働きとは意外だな」

「父も母も、仕事が充実しているみたいで。夜には帰ってきますけど」

 そんな白鳥家の中を観察してみれば、外観こそ普通だったが飾ってある絵画や玄関にあった花の生けてある花瓶は確かに一般家庭よりランクが上の物のように感じる。

 2階に上がり白鳥が開けた扉の中を覗き込むと、白を基調とした女性らしさのある品のいい部屋がそこにあって、直感的にそこが白鳥葵の部屋であると認識した。

「ジョースターさんが言ったように挨拶は出来ませんけど……少しだけ荷物をまとめさせてください。適当に座ってて構いませんので」

 そう言ってクローゼットの中を探る白鳥の背中を見ながら承太郎はカーペットが敷かれた床に腰を下ろし、すぐ後ろのベッドに背を預ける。

 静かな部屋の中、白鳥がクローゼットや棚の小物を動かす音だけが響く。だが、不思議と気まずさは感じなかった。

「承太郎先輩」

 目の前の小さなテーブルに置かれていた参考書をパラパラ適当に捲っていると、不意に彼女の声が降りかかりそちらに顔を向ける。

「もういいのか?」

「いえ……訊きたい事があって」

 視線の先にいた白鳥はドレッサーに置いてある小瓶をポーチに詰めている途中だった。

「私がついていくって言った時……どうして後押ししてくれたのかな、って」

 アヴドゥルやジョセフ、花京院ですら白鳥がついていくのは気が進まない様子だったが、承太郎だけは彼女の意志を否定しなかった。それどころか、彼女をジョセフの元へ押し出した。ゴロツキの時も、花京院の時も、彼が一番そばで見ていたはずなのに、彼だけが否定したり引き止めたりという事をしなかった。

 それが白鳥にとってはとても不思議に感じた。

「なんだ。そんな事か」

 しかし承太郎は持っていた参考書をバサッとテーブルに雑に戻すと、ベッドに肘を置きながら白鳥を見つめる。

「俺の知っている白鳥葵ではなかったからだ。あの時あの部屋に来たお前は、今までとは全く違う……覚悟を決めた目をしていた」

 緊張こそしていたが、あのどこか怯えたような、不安に揺らぐ目を見せなかった。晴れ渡る空のように清らかで澄んでいて、力強い。彼女の目は承太郎にはそんな風に見えていた。

 ホリィを救いたい。それも正解なのだろうが、他にも何か彼女にとって思うところがあるのだろう。あれはそういう目だった。そこが気に入ったから背中を押したのだ。

 

「決めたからには最後まで付き合ってもらうぜ、白鳥」

 必ずホリィを救って全員で帰る。

 負ける気は更々ないが。

「もちろんです、承太郎先輩」

 そう力強く頷いてくれた彼女に、承太郎はフッと穏やかに目を細めた。

 

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