星見る鳥の夢   作:斎草

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02.星屑十字軍
灰の塔


 

 日本からカイロまで。飛行機で約14時間半ほどの旅程。

「白鳥さんは飛行機、初めてですか?」

 花京院が隣にいる白鳥に問い掛けると、彼女は静かに頷く。

「まさか初めての飛行機がこんな旅になるとは思ってませんでしたけど……」

「飛行機の中で泊まる事になりますしね……あ、乱気流に入ると結構揺れる事があるんですよ。もしかしたらそれもちょっと怖いかもしれないですね」

 揺れる。怖い。

 そんな単語に白鳥の胸中は途端に不安に包まれる。

「ゆ、揺れ……!?空の上でですか!?」

「フフフ。だけどたかがそれだけで墜落、なーんて事はないんで大丈夫ですよ」

 ひぇぇ、と声を裏返しながら怖がる白鳥を見て花京院はクスクスと笑い声を零し、そんな彼女をぽす、と承太郎に軽く押し付けた。

「何かあればジョジョにしがみついていれば安心かと」

「あ?なんの話だ」

 いきなり白鳥を押し付けられ、承太郎は怪訝そうに眉間に皺を浮かばせる。いままでの2人の話を聞いていなかったわけではないがなぜそこで己が出てくるのか判らず、こちらを見上げてくる困惑した様子の白鳥とかっちり視線が合ってため息を吐く。

「つまらねー話ならよしな、花京院。こいつも困ってるぜ」

 さっさと搭乗しよう。

 そんな気持ちも含んでか、承太郎は白鳥の手首を掴んで先を歩くジョセフとアヴドゥルに合流しようと歩く速度を少し上げる。

 足をもつれさせながらもそのスピードに追いつこうと早足になる白鳥の後ろ姿を眺めながら、花京院はやれやれと肩を竦めた。

「ジョジョも大概だけど、白鳥さんもニブいなぁ……」

 それでもクツクツ喉奥で笑いながらどこか楽しげな花京院は、前を歩く一行に追いつくように己も足を早めた。

 

 

 空港を出発して2時間ほど。

 機内は既に消灯していて、乗客のほとんどが座席で眠りに就いていた。

 そんな中、ハッとしたように承太郎は意識を覚醒させる。

(今……なにかに見られた。この感触……これがDIOか?)

 通路を挟んだ隣にいるジョセフと目が合う。彼も同じ事を考えているのか、ゆっくりと頷いている。

(まさか……もう刺客のスタンド使いが機内に……)

 己の左隣、白鳥をチラリと見遣る。視線には気付いていないのか、すやすやと眠っている。前の座席にいるアヴドゥルと花京院も特に何か言ってくる様子はない。

 

 この3人を起こすべきか。

 しかし承太郎がそう考えるより先に、ブォンッと風を切るような音が聞こえてきてそちらに意識が向く。

 それは大きな塊のような影となって、再び承太郎の目の前を掠めるようにブォン!とはためいた。

 

「……!!」

 白鳥がハッと頭を上げて目を開く。大きすぎる羽音は前の座席にも向かったのか、花京院とアヴドゥルの頭が動くのを座席越しに確認できた。

「あれは……!!」

 皆が一斉に音のする方に顔を向ける。薄い闇の中、それの姿を捉えると息を呑んだ。

「カブト……いや、クワガタだ!」

「機内にクワガタだと!?普通じゃあねぇな!」

 甲虫のような姿。立派なハサミのような顎を持つそれは、間違いなくクワガタ虫。それは再び大きな音で羽ばたいた後、座席の陰に隠れた。

 だがその存在と同じように奇妙なのは、これだけ大きな羽音を響かせて飛んでいたにも関わらず、承太郎達以外の乗客は何も気付いていないのかぐっすり眠ったままだという事だった。

 

 いや、本当に気付いていないのだろう。

 

「まさか……あのクワガタはスタンドか?」

 スタンドは一般の人間の目には見えないし分からない。ならば"音"だって同じ事。

「あり得る……虫の形をしたスタンド……」

 スタンドは精神の具現化でもある。ジョセフのスタンドが茨の形であるのと同様、人型以外のスタンドも当然存在するだろう。

 再びブォンッ!と大きな羽音が響き、音のする方向に皆が顔を向ける。

「承太郎先輩の頭の横に!」

 隣にいる白鳥がすかさず声を上げる。承太郎のすぐ横、数センチというところに奴はいた。

 承太郎の頭と同じくらいの大きさ。通常のクワガタよりだいぶ大きなそれはウジュウジュと体液のようなものを零しながら口から何かを出そうとしている。

「気持ち悪りぃな……だがここは俺に任せろ」

 承太郎は白鳥を背に隠すように立ち回り、目にも止まらぬ速さで己のスタンドを出現させた。

星の白金(スタープラチナ)ッ!!」

 誰の目にも止まらぬ速さの拳。それはまっすぐクワガタを仕留めようと振り下ろされる。

 しかし――

「ッ!!」

 ブォンッ!!とあの大きな羽音が聞こえたかと思えば、クワガタはその数歩後ろに再び姿を現した。

「かわした!!速すぎる……!!信じられん!弾丸を掴むほど素早く正確な動きをするスタープラチナの動きより速いッ!!」

 そんな事があるだろうか。しかし現実に起こっている。

 クワガタは素早く縦横無尽に飛び回っては挑発するように姿を現すのを繰り返している。

 この普通ではないクワガタ。やはり間違いなくスタンドだ。

(本体は一体……!!)

 ぐるりと周囲を見渡す。だが、数が多すぎる上に皆眠っているように見えるため特定できない。

「……!!承太郎先輩!!」

 一瞬よそ見をした隙にまたクワガタは口から何かを出そうとしている。それに気付いた白鳥は再び声を上げて彼の名を呼んだが、クワガタの方が動きが速かった。

「!!」

 その口から長い針のようなものが体液を纏って素早く伸びる。寸でのところでスタープラチナの手が顔への直撃を阻止しようと伸ばされるが、針はそれをいとも容易く貫通してスタンドの口の中にズブッ!と入り込んだ。

「承太郎ッ!!」

「ジョジョ!!」

「承太郎先輩!!」

 皆の声が一斉に上がる。あれがもし喉を貫通したならいくら承太郎でもひとたまりもない。

 だが、承太郎はそこに立ち続けていた。――歯を食いしばりながら。

「間一髪、歯であのクワガタの口針を止めたようだ……しかしこのスタンド……間違いないッ!タロットでの"塔"のカード!破壊と災害、そして旅の中止を暗示するスタンド……"灰の塔(タワー・オブ・グレー)"!!」

 

 それは事故のように見せかけて大量殺戮をするスタンド。こういった飛行機事故や列車事故、ビル火災に至るまでこいつにとっては朝飯前。

 アヴドゥルは噂に聞く事故のほとんどは奴がほぼ関わっていると言っていた。

 まさかDIOの仲間になっていたとは。

 

「オラオラオラオラオラオラオラッ!!」

 スタープラチナは今度は逃すまいと両手で拳を握り目にも止まらぬラッシュを繰り出す。しかし――

「そんな!!」

 またしても奴はブォン!!とかわしてみせた。

 あの速さを二度もかわした。それもスタープラチナの両拳のラッシュを。

 誰もが冷や汗を流す。

「ククク……たとえここから一センチの距離で十丁の銃から弾丸を喰らったとしても……弾丸は俺のスタンドには触れる事さえ出来ん!尤も、銃でスタンドは殺せぬがな」

 今まで黙って攻撃を避けていたクワガタはクツクツと愉快そうに嗤っている。

 

「こいつ喋れるんですね……」

「どうやら生意気に口を聞くスタンドもいるようだな……」

「言っとる場合かーッ」

 

 クワガタはまたしてもパッとその場から消え失せたかのように素早く移動する。

 これほどの速さ。スタンドではなく本体を探してぶちのめした方が早いような気がする。

 しかし――

(どいつだ?)

(スタンドを操っている本体は……どこにいる!)

 多数の眠っている乗客。とてもじゃないが探せる数じゃあない。

「!!」

 クワガタは承太郎達とは少し離れた座席に移動すると挑発するようにその場でしばらく留まる。

(な……なにをするつもりなの?)

(ま、まさか……ッ!)

 次の瞬間、あの長い口針を出したかと思えば、座席のシートを突き破って次々と乗客の頭をぶち抜いていく。次にその口針をしまった時には人間の舌が四枚、血を滴らせながらまるでバーベキューでもするかのように突き刺していた。

「ビンゴォ!舌を引きちぎった!!そして俺の目的はッ!!」

 ゲスなクワガタは再び飛び回ると壁に向かって血が滴る舌の根が乾かぬうちにベチャ!!と擦り付ける。

 

Massacre!(皆殺し!)

 

「や、やりやがった!!」

 壁にデカデカと宣言した"皆殺し"の文字。

 白鳥はその壮絶な光景に圧倒され、一歩後ずさりそうになる。

 しかし、それではだめだ。それではこの旅に同行した意味がなくなってしまう。

(私がスタンドを使いこなせる意味を……ここで台無しにするわけにはいかない!)

 だから、後ずさりそうになるその足を踏みとどまり、代わりに一歩前へ出る。

「白鳥……!?」

 承太郎の動揺するような呟きを気に留めず、白鳥は己のスタンド――狩人の青(ハントレス・ブルー)を出現させて弓矢を構えながらクワガタに意識を集中させる。

 

 目を瞑り、心を平静にし――前とは違うものをイメージする。

 ひとつでだめならありったけの物量を。

 百花繚乱――無数に咲き乱れる花々を描きながら目を開く。

 

「これなら、どうッ!?」

 弦を爪弾くようにして矢を放つ。ギュオッ!と空を切る音と共に矢は青い光を纏いながらクワガタへ向かっていき――

「あ、あれはッ!」

 その青い光はひとつからふたつ、みっつ、よっつ、果ては数え切れないほどの無数の矢となってクワガタ目掛けまっすぐに飛んでいく。

「白鳥のスタンドの新しい能力……!!」

 スタンドは精神の具現化。

 ともあれば、彼女がその気になれば新しい力を発揮できるというのか。

 どこか怯えた目をしていた白鳥葵はそこにはいなかった。

 

「フンッ!だからどうしたというのだッ!!」

「!?」

 しかしクワガタはそれを鼻で嗤うと物凄いスピードで無数の矢の弾幕を掻い潜るように避けていく。

「なッ!」

「白鳥ッ!!」

 あっという間に白鳥と間合いを詰め、あの口針をグワッ!と繰り出した。

「ッッ!!」

 唇に触れる寸前、ほんの数センチといったところでハントレスの右手が口針を掴んで阻止する。

「だーから言ったろ!?十丁の銃からの弾丸を喰らったとしても避けきれると!!数撃ちゃいいってモンじゃあねーんだよッ!!」

 ヒャーハハッ!とクワガタは奇声にも似た声を上げて笑いながら口針をズルリと引き抜く。スタンドと連動するように、白鳥の右手のひらからもブシュ!と血が噴き出した。

「いッ……!!」

「フヘヘヘハハ、女の肉は柔らかくていいぜッ!手だけでこの感触ッ!次はおっぱいかな……ケツもいいねェ……へへへ……」

 本体は今頃下品な笑みを浮かべているだろう。そんな姿が容易に想像出来て眉間に皺を寄せる。

 

 そこに、ぽんと白鳥の肩に手が置かれる。

「それだ……それですよ、白鳥さん」

「か、花京院先輩?」

 彼は口許に僅かに弧を描きながら言葉の意味が分かっていない白鳥の肩を抱くように顔を寄せると、床に血溜まりを作り続けている彼女の右手を見つめる。

「白鳥さん。もう一度さっきの技を出せますか?」

「え……?多分、出せると思いますけど……でも、一体何をするつもりですか?」

 幸いまだ右手は動かせる。だが先ほどの技はいとも容易く躱されてしまったというのに。

 しかし、視界の隅の方で蠢いたもうひとつの存在にハッと息を呑む。

「僕の能力を間近で見たあなたなら、もうお判りかと」

 花京院は白鳥に包帯を渡し、肩から手を離してクワガタを見据える。

「ケッ!花京院典明……テメーの事は知ってるぜ、DIO様から聞いてるからな!裏切り者だろ?テメーのスタンドじゃあ俺のスピードは捉えられんわッ!」

 彼の姿を鼻で笑い、クワガタは挑発するように右往左往に飛び回る。

 それを彼は見据え、ズアッ!と前に出た。

「そうかな」

 一言。そう呟きハイエロファントを出現させると、あの体液を手のひらで練る。

「白鳥さん!攻撃は僕に合わせて!」

「はい!」

 白鳥も右手に包帯を巻き付けると再びハントレスを前に出して弓矢を構えさせた。

 

『エメラルドスプラッシュ!』

『百花繚乱!』

 

 2人の技が、機内で炸裂する。

 クワガタを目掛け、バッシャァァーー!!と緑と青の光が溢れるように広がっていく。

 目も眩むような圧倒的物量に承太郎達ですら眉間に皺を寄せながら目を細めていた。

「ヒャハハハハッ!!見立てが甘いんだよ見立てがァァッ!!」

 それでもクワガタは錐揉み回転しながら包囲網を容易に掻い潜り、まずは花京院の間合いに入る。

「!!」

「花京院ッ!まずはテメーからだッ!!お前はスタンドの舌を引きちぎって殺すッ!!」

 ドシュッ!!とあの口針がまっすぐに花京院の口を目掛けて伸びていく。

「俺に舌を()()()()()()()()()()()()()ンだぞ!苦しみでなァッ!」

 しかし花京院は避けようとも、追撃しようともしなかった。

 代わりに、フッと口角を吊り上げる。

 

「あぎゃッ!?」

 刹那、クワガタの間抜けな声が聞こえたと思えば、奴は空中で口針を伸ばしながらバランスを崩してよろめいていた。

「見切った!本体しか狙わないと思って油断しましたね!」

 白鳥だ。彼女は情けなく出しっぱなしの口針の軌道を読み、もう一度矢を射る。

「あひィッ!!」

 見事命中した矢は衝撃でクワガタを再び宙へ放っていく。

「それで?()()()()()()()()()()()()()、でしたっけ?花京院先輩」

 何が起きているのか分かっていないクワガタは空中をひらひらと舞っていたが、ズルリとシートの陰から伸びた触手がその身をギュッ!と縛り上げた。

「な、なにィィィッ!!」

「よく覚えておくといい。僕の法皇の緑(ハイエロファント・グリーン)は……」

 ミシミシッと軋むような音が響き渡る。

()()()()()()()()()()()のだ!喜びでなッ!」

 ブチブチ!とクワガタを柔らかな関節から言葉通り引きちぎっていく。その像は完全に形が崩れてしまうと次第に薄くなり、やがて消え失せてしまった。

「すでにハイエロファントの触手がシートの中や下に伸びていたのだ。僕のエメラルドスプラッシュと白鳥さんの百花繚乱でそのエリアに追い込んだ事にも気付いていないようだったがな」

「あの口針もまっすぐにしか飛ばないのであれば、矢を当てられない事もないと思いまして。本体に当てようとしても避けられるし……ダメ押しという事ですね」

 白鳥はホッと肩の力が抜けたかのように息を吐く。

 

 花京院は見抜いていた。彼女の矢をまともに受けた事のある彼にしか分からない事。

 それは、彼女の矢の命中度の高さだった。

 花京院思うに、白鳥はもっと堂々とした態度で戦った方がいい。彼女のポテンシャルは計り知れない。現に、あの無数の矢を射る事ができるくらい、精神力は成長している。彼女の探究心、この力の意味を知りたい――そんな気持ちが彼女の成長を後押しするのだろう。

 であれば、己はその一助となりたい。花京院はそう思っていた。

 

 一方で白鳥は、包帯を巻いた右手を見つめる。

 じわりと滲んだ赤黒い跡。幸い浅く斬りつけられただけで出血も止まっていたが、負った事のない怪我の規模にほんの少しだけ恐れを抱いた。

(きっとこれから先……これ以上の"痛み"が何度も襲ってくる……)

 浅く傷付けられただけで痛かった。いままで所詮、それほどの痛みしか己は知らなかったのだ。

 そしてきっと、普通に暮らしていればこれから先の"痛み"なんて無縁だったはずなのに。

(それでもこの道を進むからには……もっと強くならなくては)

 すでに心強い味方がたくさんいるとは言っても、それにおんぶに抱っこと甘えてはいけない。彼らの役に立てるように、そして自分自身を守るために、もっと前を向かなくては。

 右手を緩く握りながら、白鳥は決意を新たにした。

 





白鳥葵(しらとり あおい)(16歳)
双子座生まれ。血液型A型。身長158cm.
今まで争いごととは無縁の生活を送っていたが、己がなぜスタンドを普通に操れるのか、その力を持って生まれた意味とは何かを確かめるべくエジプトへの旅の同行を決意した。
まだまだ戦いは不慣れで平凡さが抜けきれないが、ここぞという時の強さは目を見張るものがある。
普段は大人しく、周りが歳上ばかりなせいか独り言以外は敬語を使う事が多い。同い年や歳下には敬語ではない。戦闘時にはドーンと構える事も。
また、見た目によらず大喰らいであり、気を付けていないと普通の人よりもたくさん食べてしまう。白飯おかわり3杯は朝飯前。食べ方はとても綺麗。


狩人の青(ハントレス・ブルー)
破壊力:B スピード:B 射程距離:B 持続力:C 精密動作性:A 成長性:A
狩人のような姿をした青いスタンド。
弓と矢を用いて攻撃する。また、スタンド自身が弓矢に変化し本体が矢を射る事も可能。
無粋だがそのまま手で矢を刺す事も可能である。その場合本体か、スタンドのみ矢に触れられる。

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