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水族館に行ってから1か月が経った頃である。
(あっこれ無理な奴~)
いつも通り起床するものの、身体が動かない。意識ははっきりしているのに、手足が金縛りにあったように動かない。
どうにか奮闘していると、少しだが指先が動いた。徐々に動く箇所を広げるように、ゆっくりとベッドから起き上がる。
耳鳴りが酷い。眩暈もする。目を閉じたらそのまま死んでしまいそうだ。
足を引きずるようにして歩く。
「お、おはようケイ君…今日は一段としんどそうだね…」
「大丈夫です!今日も労働がんばるぞい!!」
全然大丈夫では無いが空元気で答える。こんな姿は見られたくなかったのだが…
先輩鈍いし、案外バレてないだろう、うん。
「…いってらっしゃい。頑張ってね」
少し考えるような素振りを見せた後、いつものように送り出してくれる先輩。
いつもより元気が無さそうだ、大変なのは皆同じだから仕方ないね。
「えー!先輩辞めちゃうんですかぁ!?やだ~!」
「うるせえぞモブ!…どうした坊主、何かあったのか?」
「ちょっと病気というか…」
「そうか…お前が居なくなると大変になるよ。まともに動けるのがこいつしかいないからな。」
「こいつとは何ですかこいつとは…先輩、私絶対お見舞い行きますから。モモトーク交換しときましょぉ!」
「おけおけ」
「ッシャオラッ!!」
「乙女ならもう少し秘めとけ…坊主、これ退職金だ。少ねえけど取っとけ」
小さな手(前足?)で器用に封筒を用意する柴大将。
「いやいや悪いですって!俺ただのバイトですよ!?」
「よく働いてくれたし、客引きまでやってくれたからな。入院やら何やらで金もかかるだろ。遠慮すんな」
「ありがとうございます!」
客引きについては店員モブちゃんの手柄のような気もするが、折角なので厚意に甘えさせていただこう。
「悪寒、腹痛、瞳孔拡散、吐き気、眩暈と。にゃるほど…もうそろそろ限界ですか。」
「そうみたいですね、頭も回らないし身体も痛いし…」
「寂しくなりますにゃあ…なんせ貴方のような被検体ゲフンゲフン…協力者は珍しいものでして…」
「どうせ死ぬんで、臓器とか腕とか僕のでよければ買い取ってもらえません?」
「はにゃにゃ、私そんな危ない橋は渡りませんよ!?確かにそんなビジネスをしてそうな連中とのツテはありますが…薬の影響などからして高くは買い取ってくれないかと…」
確かにこんなヤク漬けボディを欲しがる人はそうそう居ないだろう。
移植したら何が起こるか分からない。
「つーわけで、お世話になりました。」
「こちらこそですにゃ、ずいぶん助かりました。来世でもご利用下さいませにゃ。」
「ははは…」
やはりこの人のジョークは笑えない。グレーを越してブラックだ。
ほぼゾンビのような風体で何とかアビドス高校まで戻り、保健室にたどり着く。
ユメ先輩やホシノちゃんに挨拶はちゃんとした…と思う。なんせ記憶が曖昧だ。
何か話した気がするが、もう思い出せない。
こんなところで死ぬと迷惑がかかってしまう…あっそうだ!何かに書いとかないと、折角貯めたお金に気付いてくれないかも!なんて考えていたのだが、もう手足は動かなくなってしまっている。
どうやら相当疲れているようだ、今日はもうぐっすり寝て、明日色々やってしまおう…
睡眠は良い…夜に包まれているような、このどこか儚げな安心感が好きだ。今日は久々にぐっすり眠れそうだ…
「おっはよー!…あれ?ケイ君は?」
「さあ…今朝はまだ見てないですね。寝てるんじゃないですか?」
「昨日ぐったりして帰ってきたもんねぇ…バイト増やしたりしてるのかな?」
「体力が無いだけでしょう、私起こしてきますね。」
「えぇ~?寝かせておいてあげようよー」
「そうは言っても、電車に間に合わないと困るのはアイツですし…」
アビドスのような辺境の地に、そう何本も電車は来ない。一本逃せば二時間待ちなんてザラだ。
「夢関~?」コンコン
保健室のドアをノックする。が、返事はない。
「入るよ。」
1分ほどドアの前で待ってみたが、依然返事が無いので強硬手段に出る。
これで寝息でも立てていたらベッドから引きずりおろしてやるところだ。
「呆れた…ホントに寝てるし…ほーらー夢関!起きろー!」ユサユサ
掛け布団を取り上げ、身体を揺さぶる。が、反応はない。
「ゆーめーぜーきー!!…っあ!」
耳元で叫びながら、更に大きく揺さぶる。力を込めすぎたのか、勢いよく頭から床に落ちる夢関。
「ご、ごめん夢関…夢関…?ねえ夢関!?やっやだっ!起きて!ねえ!!」
やっと違和感の正体に気付く。夢関はずっと、寝息を立ててなんかいなかった。
咄嗟に脈を計る。
「ひっ…」
見た目は夢関のままなのに、冷たい。
思わず脈を計ろうと掴んだ腕を離してしまう。すでに命が零れ落ちてしまったかつての友人を前に、私はその場にへたり込むしかなかった。
「ホシノちゃんっ!?ケイ君、どうしたの?具合悪そう?」
「せん…ぱい、ゆめ、ぜきが…死…」
「嘘…夢関君!?起きて!返事して!いや、いやだよぉ…」
夜の内に、誰にも知られることなく逝ってしまったのだろう。素人目にも、今からできることなんて何もないと理解してしまう。
「これだけ深く掘ったらさ、ケイ君もちゃんと眠れるようになるよね。」
校舎の裏のスペースに深い穴を掘り、こちらを見上げるユメ先輩。やはり先輩は強い人だ。
私はというと、情けなく夢関の胸に顔を埋め、涙を流すことしかできなかった。
「…ホシノちゃん。」
「分かっています。でも、でも…お願いします。もう少し…」
「うん。私もケイ君とお話したいことあるし、もう少しお喋りしてからにしよう。」
よっこいせとおじさんぽい口調で穴から出ると、私の隣に腰かける先輩。
「…嵐みたいな、奴でしたよね。」
突然現れて、私の心を散々引っ掻き回した挙句、音もなく消えてしまった。
ちょっと不器用で、でも私達の未来を、アビドスを大切にしてくれた、バカだけど大事な大事な後輩。
「そう…だね、嵐にしては良いことばっかりしてったけど。」
「本ッ当…バカなんだから…う゛う…」
一度は止まっていた涙が、また勢いを増して零れ落ちる。
「…ケイ君、アビドスに来てくれてありがとう。進んで私達の手伝いをしてくれてありがとう。身体、壊すくらい働いてくれてありがとう。でも、先輩の言うことは聞くもんだよ?」
返事はない。
「夢関、酷いことばっかり言ってごめん。冷たい態度取ってごめん。私達の夢を笑わないで応援してくれたこと、本当に嬉しかったよ。」
返事はない。生きている内に言っておけば良かった言葉がいくつも頭を掠め、そのほとんどを口から垂れ流す。
「見ててね。すぐにでもアビドス復興させて、びっくりさせてあげるんだから!…おやすみ、ケイ君。」
「すぐには難しいけど…私達三人の夢だから。私も頑張るから、見守っててくれると…嬉しい。お休み、夢関。」
先輩と二人で、砂をかけていく。
安らかな死に顔を砂が覆いつくした時、途方もない喪失感が私達を襲い、二人で声を上げて泣いた。
「名残惜しいけど、こういうのは早めにやっておかないと後々辛くなってくるからね~」
次の日、泣き通して妙な高揚感に包まれた私達は、勢いのままに夢関の部屋…保健室を掃除することになった。
とはいえ思い出を消してしまおうというわけではなく、少しでも綺麗にしてあげたい一心だった。
そんなことをしても、夢関への恩返しにはならないのに。
「どうするホシノちゃん、えっちな本が出てきちゃうかもよ?」
「はぁ…やるからには真面目にやりましょう先輩。夢関が怒りますよ。」
冗談めかしたやり取りをする。先輩も限界なのに、私の前だからと取り繕っている。
昨晩先輩の部屋を通りがかった際、分かった。本当は声を上げて泣きわめきたいだろうに、後悔は私よりも多いだろうに、先輩は先輩を演じ続けている。
(私も、こんな風になれていたら…)
夢関とも、もっと仲良くなれていたのだろうか。
なんて、生産性も何もないことを考えながら、雑巾を絞る。
「おっ!ベッドの下とは古典的だねぇケイ君♪…重っ!?」
前言撤回、この人は今の状況すら心のどこかで楽しんでるのかもしれない。
「やめてあげましょうって先輩…」
「鍵は…無いね。なんで開かないんだろ?」
箱を持ち上げ、振ってみる。勢いよく蓋が取れ、バサバサと中身が散らばる。
さっきまでの高揚はどこかに消え、焦りと不安が脳内を埋め尽くす。出てきたのは大人向けの雑誌などではなく…
たくさんの、札束だった。
「先輩?急に黙って―――――ッ!?」
「ホシノちゃん、ホシノちゃん、これなんだろう?」
泣きそうな顔で地べたにへたり込み、こちらを見上げるユメ先輩。
先輩の仮面が、音を立てて崩れ落ちそうになっているのが分かる。
部屋に入る際には気にも留めなかったが部屋の隅に一枚の紙が落ちていた。ゆっくりと拾い上げる。
『招福猫骨董品堂 店主 ハイバラ』
「にゃるほどにゃるほど…それで私の所へやって来たと…こんな遠い所へようこそお越しいただきました。冷たい飲み物など…」
「良いから、質問に答えてください。」
射殺すような鋭い目つきで、胡散臭い店主を睨みつけるユメ先輩。
「釣れないですにゃあ…魚釣り…猫だけに!ブフッ…ああ失礼。そうですにゃ、別に私は彼と正当な取引をしただけですよ。あれはほんのお礼ですにゃあ。」
「ケイ君に、何をしたんですか。」
「少しばかり、治験の協力をしていただきましたにゃ。彼はとても良い協力者でしたにゃ。あんな後輩を持って、あなた方は幸せ者ですにゃ~」
飄々とした態度を続ける店主に苛立つ。それはユメ先輩も同じなようで、右の握り拳からポタポタと血が滴り落ちている。
「ケイ君の死に、貴方は関わっている。ということで良いんですよね?」
「ええ、ええ!左様でございます。しかしそういった契約の上でして…そうそう、彼が死んだらこれをあなた方に渡さねばなりませんにゃ…しかし、随分と慕われていたようですにゃ、先輩方?いえ、小鳥遊さん?は違うんですかにゃ?」
そう言って、分厚い札束を懐から取り出す店主。それよりも、不意に飛び出した自分の名前に、思わず肩が跳ねた。
「どういう、こと、ですか…?」
やっとの思いで言葉を絞り出す。
「失礼、彼との付き合いも長かったもので、色々とお話を聞かせて貰って居たんですにゃ。曰く、『もっと頑張らないと、小鳥遊先輩に認めてもらえない。』『役に立たないと、いずれ追い出される』『嫌な顔一つ表に出さず自分に接してくれるのは嬉しいが、仲間などと思いあがってしまう自分が情けない』と。そうそう、こうも言っておられましたにゃ…『自分なんか居ても居なくとも変わらない。自分なんかの命であの二人の助けになるのなら、それで良い。』…お客様?ご気分が優れないのですかにゃ?」
「はぁっ…はぁっ…ぜんぶ、ぜんぶわたしのせいだったぁ…!どうしよう!?ねえどうしようホシノちゃん!?私がアビドスに連れて来ちゃったから!借金の片棒担がせちゃったから!ケイ君が、ケイ君……が…ああああぁああ!!!いやだ!いや!いやっ!わたしがころしたんだ!あんなに良い子を!道具みたいにこき使って、壊しちゃったんだぁ…!あ、あぁ…」
「先輩っ…」
自慢の髪がぐしゃぐしゃになることも厭わず、頭を搔きむしるユメ先輩。見ているこっちが痛々しくなり、いつも先輩がしてくれたように、抱き締める。
「ホシノちゃん…ホシノぢゃあ゛ん!!う゛あぁああ!!」
先輩は悪くない。あんなに頑張ってくれた夢関を素直に褒めることもせず、ずっと冷たい態度を取り続けた私の方がよっぽど悪人だ。最初から、新しい仲間だと快く受け入れていれば。
紫関のバイトから疲れ果てて帰ってきた夢関に、優しい言葉をかけられていれば。
(私が、ユメ先輩みたいに優しくあれたら。)
(私が、ホシノちゃんみたいに強くあれたら。)
((彼は、今も不器用な笑顔で私達の傍にいてくれたかもしれない。))
後悔は尽きない。夢関の頑張りのおかげで、借金は大幅に減った。
その代償は、あまりにも大きかった。
「やあ皆、久しぶり。」
「ユメ先輩!」
珍しい客の来訪に、思わず席を立つセリカ。
「先輩はやめてったら…なんだか恥ずかしい、ユメで良いよ。」
「で、でもホシノ先輩の先輩ですから、敬称を付けないわけには…」
真面目な顔でうむむと唸るアヤネ。
「それでユメ先輩、今日はどうしたの?」
「ん~…ちょっと、ね。ホシノちゃんいる?」
慌ただしく廊下を駆ける足音。やがてこの部屋の前で止まり、勢いよくドアが開く。
「ごめんユメ先輩!遅れちゃった~!」
「全然待ってないよ。それじゃ、行こっか。皆はゆっくりしててね。」
「ケイ君、君が居なくなってから、もう1年経つんだよ。ホシノちゃん、もう3年生だよ。私が残ってるうちに借金全部返したかったけど、ごめんね。それはちょっと難しかったよ。」
「でも先輩、卒業してからもお金入れてくれてますよね。」
「そりゃーそうだよ。最初から全部、私のワガママなんだもの。ケイ君のことだって…」
「先輩、その話はやめる約束ですよ。ほら、夢関も嫌だって言ってる。」
「そう…だったね、ごめん。ケイ君、君のおかげで、アビドスまだ残ってるよ。新しい生徒も来てくれた。まだまだ元通りにはならないけど、私達、頑張ってるから!」
「夢関、私…ううん、やっぱり何でもない。また来るね、おやすみ。」
「おやすみ、ケイ君。」
三人の手には、あの時のキーホルダーが握られていた。