1986年4月25日10時
孤島である六軒島を保有する右代宮家。その屋敷では、朝日を窓から眺めている朱志香は部屋で課題を終わらせると、夏妃に薔薇庭園に行くと伝えて、屋敷を出るのだが…
「朱志香。あの話の覚悟は決まりましたか?」
「………さあね。勝手に決めたのは父さん達だろ。私に問題を押し付けないで…」
夏妃の話を無視した朱志香は、嫌な感情を隠しつつ薔薇庭園に足を踏み入れた。薔薇の香りに落ち着きを取り戻した朱志香は、薔薇庭園内を散歩しながら、太陽の光を浴びている。すると、使用人である嘉音が声をかけてきた。
「お嬢様。おはようございます…」
「おはよう嘉音君。やっぱり、薔薇庭園は良い感じだね。」
「ありがとうございます…お嬢様。」
「……仕事の邪魔してごめんな。」
朱志香は謝るが、嘉音は気にしていない様子だ。仕事道具を片付ける嘉音を邪魔しないように、庭園内の散歩を続ける。
(嘉音君。やっぱり、真面目だよな…私達とは、余り関わらないし…使用人だからかな。)
嘉音は右代宮家の使用人であり、3年前の8月頃から入ってきた少年だ。仕事は真面目にこなすのだが、人付き合いが少し苦手のようで、他の使用人からも言われているくらいである。
薔薇庭園の散歩を終えた朱志香は、六軒島にある広大な森の中に足を踏み入れる。この森は幼い頃に、戦人とシェカ3人で散歩していた場所だ。
(戦人は覚えてないだろうな。六軒島出たいけど、薔薇庭園とこの森だけは、気に入ってるんだよな。複雑だぜ……)
苦笑している朱志香は、大きな大木に背中を預けると、小さながら欠伸が出てしまった。朝早く起きたので、まだ少し眠いようだ。
(余り、寝れなかったからな…婚約話…破棄にならないかな。父さんが祖父様のお金を使って、借金を作ったくせに…)
悲しげな表情の朱志香に、小さな黄金に輝く蝶が目の前を通り過ぎた。
「黄金の蝶……私の……見間違いだよな?」
「見間違いではないぞ。」
一匹だった黄金蝶が、何処からかたくさん集まってきて朱志香の目の前で、黄金の光に包まれると黒いドレスを着た女性の姿に変わった。
「あんたは…誰なんだ?」
「妾の名は、黄金の魔女ベアトリーチェである。右代宮家当主、金蔵に莫大な黄金を貸し与えた者でもある。そなたは…金蔵の孫か?」
ベアトリーチェに聞かれて、朱志香は緊張しているのか、それとも、魔女の存在を幻覚だと思っているのかわからないが、やっと正気を戻り名前をいった。
「私は右代宮朱志香。祖父様の孫だぜ…」
「なんと、金蔵の孫に会えるとは、これは魔法の奇跡よな。これだから、運命は面白いことよ。朱志香が妾と会話が出来るとなると、これだから退屈しない…………時間のようだ。」
ベアトリーチェの体が薄くなり始めている。朱志香は目を見開いて叫んだ。
「また、会えるかな?」
「会話したくば、また呼ぶがよい。」
黄金の輝きと共に、ベアトリーチェは姿を消した。
「黄金の魔女…ベアトリーチェ…夢じゃなかったよな。」
朱志香は暫く、深き森の道を進み続けると、夕暮れ時に屋敷に戻った。