さよなら、ヘイロー ~キングの母娘の物語~   作:salierii

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終章

 私と"よく似た"ウマ娘が、レースを走っている。

 その娘(こ)は、スタートと同時にグッと前に出て、先頭を逃げる青鹿毛のライバルの背中を睨んだまま、4~5番手の好位をキープして走り続ける。

 朝方まで雨が降っていたその会場はひどい重バ場で、レースを走るウマ娘たちの脚が地面を蹴る度に泥水が跳ね散り、彼女たちの華やかな勝負服をみるみる汚していく。

 だが、私と同じく「ヘイロー」という4文字をその名に持つあの娘だけは、いつまでも汚れたように見えない。そのひときわ華麗な勝負服も、瑞々しく若さに満ちた顔も、泥にまみれることはない…。

 観客にそう錯覚させるほど、先行策を採る彼女の走りは堂々としており、ひたすらに勇壮で美しい。

 スタンド最前列の柵を握りしめて、私は思わずため息をつく。誰よりもよく知るウマ娘なのに、その走る姿を目にすると新鮮な感動で胸がいっぱいになる。

 純粋に、誇らしい気持ち。

 悔しい、という複雑な想い。

 そして──まだ見ぬ未来への期待。

 ウマ娘たちが第4コーナーを回って、最後の直線へと入る。

 ずっと先頭を逃げ続けているウマ娘が疾走する姿が、アップで映し出される。その横顔には、勝利への自信と決意が漲っている。

 あなたにそれなりの知識と経験があれば、その表情だけで彼女がただの逃げウマ娘ではないことがわかるだろう。やみくもに逃げを打っていたのではなく、ハナを走りながら巧妙にペース配分をして、このレースをひとりで支配していたのだ。そのレース慣れした冷静さと底知れぬ度胸に、あなたはセイウンスカイさんを連想するかもしれないが、「ローリエゲリエール」という彼女の名前をどうか心に刻みつけてほしい。

 しかし、ローリエさんの後方に陣取りつづけていたあの娘にとっても、ここまでのレース展開は完璧だった。誰にも邪魔をさせずに、滑らかに小さくカーブを曲がり続け、じっと脚を溜めてライバルの背中を追ってきた。

 彼我の差は、1バ身半から2バ身。十分に射程距離の範囲内だ。

 「プリンセスヘイロー、加速する! じりじり差を詰めていく!! やはりこの2人の一騎打ちかッ!?」

 実況の興奮した大声。だが、ここでローリエさんがその類まれな根性をついに発揮する。それまでの不敵な表情が消え失せ、歯を食いしばって粘っている。

 それに食らいつくあの娘の顔もまた、猛り狂うような凄惨なものになっている。それを私は、愛おしいと感じる。身内の立場から言わせてもらうと、あの娘はたしかに際立った美人ではないけれど、必死になっている表情も笑っているのと同じくらいに可愛らしく輝いている。

 「行けーっ!」と、私は大声で叫ぶ。

 「がんばれぇぇ!」と、私の大切なふたりのウマ娘へ呼びかける。

 そして。

 デッドヒートを繰り広げるふたりの前に、ゴール板がみるみる近づいてくる。

 「さあ、ローリエゲリエール逃げる逃げる! そして、プリンセスヘイローがとらえた!」

 きれいに並んだふたりの姿に、会場全体が熱狂し、実況はその豊かな語彙を失う。

 「プリンセスヘイロー! ローリエゲリエール! プリンセスヘイロー!! ローリエゲリエール!!」

 交互に連呼される名前。

 ああ、まるで姉妹のように…

 「ふたり並んでゴールインッ!」

 その一瞬を、私は永遠に忘れないでしょう。

 私が知る中で、史上最高のレースが更新された瞬間なのだもの。

 

 

 「ねぇ、ママー!!」

 スプリンターズステークスの激闘が終わって、間もなく。

 トレセン学園で娘に突然話しかけられた私は、彼女の満面の笑顔を見た途端に、嫌な予感がして顔をしかめていた。

 「いきなし、そんな顔しなくてもイイじゃーん?」

 「学園で『ママ』は禁止って、いつも言ってるでしょう? しかも、そんな大声で。」

 「はーい。」

 「それで、今度はなんなの?」

 「わたしね! 次はダートを走ってみよっかな!!」

「はあっ!?」

 「なんかちょこっと調べたら、おばあちゃんは走ってたらしいし、けっこーイケるんじゃない?」

 「…あなた。いいかげんにしないと、ママ本気で怒るわよ?」

 「学校では、ママって言っちゃダメなんじゃなかったの?」

 「うるさい!」

 「11月のJBCクラシックとか狙い目じゃない? あっ、ママ的にはJBCレディスクラシックの方がイイ?」

 「どっちもダメよ! 11月はジャパンカップがあるでしょう!?」

 「え~! 次の月の有馬記念にはちゃんと出るから~!?」

 「有馬記念をなんだと思ってるの!? ダメったら、ダメ!」

 「そんな~! ママのバカーッ!!」

 涙目になって、プリンセスが私の前から走り去って行く。

 やれやれと深くため息をついて、その背中を見送る私だったが…。

 私から十分に距離を取った我が子が、くるっと振り返って、

 「あきらめないわ☆ゼッタイに!」

と茶化して言い放った瞬間に、20年間眠っていた私の末脚が爆発した。

 「こらぁぁぁ!!!」

 「きゃーーーッ♪」

 突如として始まった親子対決に、通りすがりの生徒たちが、面白がって意味もなく次々と併走しだした。

 

 

 娘と、若きウマ娘たちが、見果てぬゴールへと駆けて行く。

 生来から宿す本能に従って、ただやみくもに疾走する。

 彼女たちの未来のレース展開は、まだ誰にも…。

 母親である私にだって、さっぱりわからない。

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