さよなら、ヘイロー ~キングの母娘の物語~   作:salierii

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第5章:残酷な私たち

 私は、クラシックレースというものが嫌いだ。

 ひとりの親として、憎んでいるとさえ言ってもいい。

 とくに、日本ダービーを。

 「運のいいウマ娘が勝つ」と言われる、生涯で一度きりの大一番。そんなあやふやで儚いものに、出走したウマ娘のその後の人生が変えられてしまう。

 なぜ、まだ経験の浅いクラシック級の競技者たちに、"日本最高峰"の舞台を強いるのだろう。なぜ、たった一度の機会しか与えないのだろう。高校球児だって甲子園の土を最大で3回は踏めるというのに、同じ寿命を持つウマ娘に許されるチャンスはたったの1度だけ。

 そんな一度きりに終わった夢の結果を抱きしめて、私たちは何十年と続く年月を生きていかなければならないのだ。

 クラシックレースが残酷であるならば、そもそもトゥインクル・シリーズというもの自体が残酷なのだ。「国民的人気スポーツエンターテイメント」の持つはかりしれない力が、まだ心にあどけなさを残すティーンエイジの少女たちに降り注ぎ、ときには圧しつぶそうとするのだから。

 それまで家庭や学校という狭い世界しか知らなかった子供が、急に何十万、何百万というレースファンの注目に晒される。勝利すれば途方もない栄光で天まで舞い上げられ、敗北すれば際限のない批判の渦に引きずり込まれてしまう。

 どちらにしろ、トゥインクル・シリーズを走るウマ娘たちは、性急に"大人になる"ことを余儀なくされる。平凡な少年少女だったら、ちっちゃな自分だけの世界に閉じこもって、傷ついたり傲慢になったりしながらゆっくり成長できたかけがえのない時間を、若き競技者たちは短距離レースのように無我夢中で駆け抜けてしまう。

 まるで、青春が「消費」されているみたいだ。大人たちが感動や興奮を味わうために、なにも知らない少女たちの青春を次々と使い捨てている。代わりの新しいウマ娘はいくらでもいる。今シーズンが終われば、また来年。ひとつの世代が過ぎたら、次の世代へと。

 かく言う私だって、いまやこの残酷な消費の片棒を担いでいる。トレーナーとしてローリエさんをレースへと駆り立て、ついにはひとり娘まで差し出している。

 だから実際には、私に何も言う権利なんてない。

 私にできるのは、罪の意識を持ちながら、同じウマ娘として子供たちの意志を尊重して、ただ見守ることだけなのだ。

 

 

 娘がダービーで惨敗した後、私はずっと固く自分に戒めていた禁忌を犯した。

 いわゆる「エゴサーチ」というものを、やってしまった。ただし「エゴ」といっても私自身のことではなく、プリンセスについての評判や意見をSNSとか匿名掲示板のたぐいで漁ったという意味だ。

 そして、皮肉なことに文字通りのエゴサーチになってしまった。

 

プリンセスヘイローって、親も競技者だったらしいよ。

そうそう、キングヘイローな。

 

 今までは幸運にも言及を免れていた母親の存在が、ダービーでの大敗を契機に急にやり玉に挙げられるようになっていた。

 

ダービーでテンパって最初から飛ばしすぎて、スタミナ切れで直線で失速とかw 親とそっくりじゃんwww

ホントそれ。2,000mの皐月賞で3着で、2,400mのダービーで10着だろ? おふくろさんと同じで、距離が長くなるほどダメダメなんだって。んなコトもわかってないとかアホすぎ。

キングヘイロー、よく覚えてるわ。けっこう期待してたのに、ダービーんときはマジひどかった。あのやらかしは、今でも許してない。

 

 そんな厳しい批判の声は、その夏にプリンセスが「菊花賞の出走を断念するつもりはまったくない」と決意表明したことで、さらに燃え上がった。

 

ダービーで爆死しといて菊花賞とかw 怖いもの知らずw

実の娘のくせして、かーちゃんがどーなったかも知らねーのかよ。親子連敗フラグきたwww

マニアのオレに言わせると、ヘイローの血筋に3,000mの長丁場はキツいってのは明らかなんだよな。

せめて秋華賞にしてくれ、頼む。2,000mならイケるって。ティアラで何が悪いんだよ。ちゃんと才能はあるお姫様が、このまま無冠で終わるとか悲しすぎんだろが。

 

 好き勝手な放言の数々を目にした私は、世間の口さがなさに怒りを感じるよりも前に、ひたすら自分のことを責めていた。

 私が、悪いのだ。私が心を鬼にして、娘にティアラ路線を強制していれば良かったのだ。クラシック路線と聞いて真っ先に菊花賞のことを心配したというのに、自分の母親への反発心に捕らわれてしまい、親としてやるべきことをやらなかった。

 プリンセスに申し訳ない気持ちでいっぱいだった。なにより、私の子として生まれてしまったことを、申し訳なく思う。

 私はもちろん、お母様だって2,400ⅿより長距離のレースに出たことはない。そんな血統を受け継いで、娘は3,000ⅿのGⅠという地獄に挑もうとしているのだ。

 「ごめんなさい、プリンセス。」

 青白いモニターの光の中で、私はそう繰り返す。

 本当は、ネットなんか見ていないで、今すぐ彼女の元へ走っていくべきなのかもしれない。

 「無力なママで、ごめんなさい。」

 だが、その夏の間じゅう、プリンセスと顔を合わせることは一度もなかった。

  私もとうとう、自分の娘と正面から向き合うことが、できなくなってしまっていたのだ。

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