IS学園でポンコツとゆく   作:ドニムルラ

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欠け身

 空は赤黒く光る雲に覆われ、ぼやけた光が染みるように降り注いでいた。遠くの方から絶えず鳴り響くのは銃声、爆弾が落ちる音、爆発音。錆びついた世界。

 僕が立っているのは寂れた公園だった。枯れ草がポツポツと点在する地面。表面がボロボロで大根おろしみたいになっている滑り台。錆びついて片方が千切れた状態でもう片方の鎖が風に揺られて軋むブランコ。足をかけたら折れてしまいそうなほど朽ちたジャングルジム。

 あまりにも殺伐としていて、火薬の匂いすら漂っている。ここは生きている者を狩るための空間。そんな場所に僕は立っていた。

 

「…………」

 

 だがどういうわけか僕はこの場所に不快感や恐怖を覚えてはいなかった。それどころかある種の居心地の良さ、懐かしさのようなものを感じている。

 ふと視界の中心に閃光が走る。それはゴーストの目の光だった。奴等はスナイパーライフルと鞭を駆使して襲い掛かってくる。

 

「BASHO!」

 自らのISのなを叫ぶが、何も反応はない。当然だ。何せ、いつも待機状態のBASHOを装着している左腕そのものがないのだから。

 

「ぎゃッ!」

 

 レーザーに体を撃ち抜かれ、鞭で叩きつけられる。奴等はいたぶるように僕を削っていく………。

 

 ◆

 

「松尾さん! 松尾さん大丈夫ですか!? 聴こえていますか!」

「ハァッ!」

 飛び起きて目に入ってきたのは火粉さんの顔だった。夢…………だったらしい。

「酷くうなされていましたよ。何か悪い夢でも見ていたんですか?」

「まあ………すこし」

 あまり人に話せるような内容ではないから、濁しておく。

「眠れないようでしたら、ホットミルクでも用意しましょうか? 落ち着きますよ」

「あ、はい。お願いします」

「待っていてくださいね」

 そう言って火粉さんは病室から出て行く。時計を見ると深夜二時………こんな時間まで僕の世話をして、仕事とはいえ大変だろうに。退院したら門先生と合わせて菓子折りでも持参しなくては。

 

 火粉さんを待っている間、左腕があった場所がじくりと痛んだ。

(また……)

 ここしばらくはあの手の夢を見る。荒廃した世界、敵、やられる自分。最後は必ず悪い結果になる、嫌な夢だ。僕にとってあれがリアルな戦場のイメージなのだろうか。ゴーストたちとの戦いは自分でも思っている以上に根深く心に刻み込まれているらしい。

 

(IS…………戻ってくるかな………)

 BASHOが恋しい。最初はリコールしてもらおうとすら思っていたポンコツが、今は酷く恋しい。武器と鎧がないというだけなのがこれほどまでに不安とは、思ってもみなかった。

(みんなは…………眠れているかな)

 向こう側を眺めるような気持ちでカーテンがかかった窓を見つめる。警護の関係だかでIS学園との繋がりはオンライン授業で会話できる織斑先生と山田先生だけだ。他の人たちとは顔すら見せ合うことができない。

(戻りたい……戻りたいよ)

 胸の中には不安が蠢いている。戻りたいと願うが、果たして戻れるのだろうか。胸の内の大きな穴を塞ぐように、身をかがめた。

 

 ◆

 

 入院してから二週間くらい経った。最新のIPS医療で僕の身体は六月に入る頃には回復しているだろうと言う見立てだ。本来ならば何百万だか一千万だか、僕が触れる機会も無さそうな莫大な費用がかかる先進医療だが国が負担してくれるとのこと。税金の使い方への感想はノーコメントで。どう言った所で角が立ちそうだし。

 

「まずそこのブロックを掴んでみようか」

「はい」

 今は失った左腕の代用たる機械義手の操作訓練、リハビリをしている。失われた腕部分にセンサーを接続して神経からの電気信号を受け取って動く電動義肢技術は何年も前から開発されている。もはやSFの存在ではないのだ。

 今装着している義手には無数のコードが生えていて、それが機械に繋がっている。無論これがそのまま僕の腕になるわけではない。訓練と並行して僕の神経からの電気信号の速度、伝達のクセなんかをAIに学習させてなるべく元の腕と同じよう、違和感なく操作するための調整をしているのだ。

 

「ううっ……」

「頑張って」

 ただこの義手、正直重たい。計測機械だから仕方がないのかもしれないが、二リットルペットボトルを肩の力だけで持ち上げているような感覚だ。テーブルの上に乗せた状態でほんの十センチ上げるだけでもしんどい。

「うわっ」

 しかも操作しづらい。手首を回したり関節を曲げたりする動作で加減を間違えると回りすぎたり曲がりすぎたりする。

「ふむ……もう少し感度を落としてみようか」

 こうやって先生に協力してもらってデータを取る。地道な上に辛い作業だ。でも必要だからやらなくちゃいけない。

 

「……………じゃあ、もう一回やってみて」

「は、はい」

 こんなのは先生たちや先輩たちからの扱きに比べれば屁でもない。絶対に左腕を取り戻してみせるぞ。

 

 ◆

 

 昼に病室に戻った所、面会したいと言う人が来たので通してもらった。無論一対一ではない。相手は入念なボディチェックを受けた後に病室に入り、僕から2メートル離れたところで座らされて、僕との間にはISをいつでも展開できるようにしたSPが配置されている。

 それで、その相手というのは。

「オーメルサイエンスグループに属する企業は様々な分野でトップクラスの業績を上げています。それは確かな技術力の証でありますが、無論バイオハイブリッドの分野でも他の素人やニワカ企業の追従を許さない技術を有した一流企業が属しております」

「…………」

 気取ったスーツ、気取った腕時計、気取った七三分け、気取ったメガネ。ありとあらゆる部分が気取っているセールスマンがタブレット片手に得意げな表情でセールストークを展開している。

「ご覧ください。アスピナが開発した最新モデルの機械義手、トゥルーハンドです。神経から受信した電気信号を即座に光電子へと変換し、光ファイバーを通して非常に滑らかな超高分子ポリエチレンの関節へ伝達します。フレームは軽くて丈夫な強化プラスチック、耐久性も保証されています。

 そして顧客満足度は驚異の98.9%。一部難癖をつけてくる厄介な輩もおりますが、殆どの賢いお客様方には大変満足いただいている傑作です」

「…………」

「更に貴方個人に向けての特別保証もお付けいたします。もしも不具合や破損が有れば無償で修理、交換を行い、最新機種が発売されればそちらへの交換も人件費含めて全て無料と致します。

 ただし条件をお付け致します。今後、ISの武装・フレーム・内装にいたるまでオーメルグループのパーツを優先して利用し、将来的にはオーメルサイエンスへの就職もしていただきたく思います」

「…………」

「どうでしょう? 元の左腕よりも高性能な義手を無料で貰える上、将来は安泰。グループへの覚えを良くする好機です。そちらにとっても悪い話ではないと思いますが?」

 終わりか? やっと喋り終わったのか? もう僕が話してもいいのか?

「…………取り敢えず、資料だけ置いて今日はお引き取り願えますか? 今日は午前中、ずっとリハビリをしていたので疲れてしまって」

「おやおや。んまあ、人生を左右する重大な決断ではありますからね。じっくりと熟考ください。最後に賢い選択をされることを願っておりますよ」

 そう言ってオーメルのセールスマンはカバンを持って気取った足取りで病室から出ていった。一礼もしなかった。

 

「……まあ、いい条件なんじゃないか? 色々と君を優遇してくれそうだが、何故追い返すような事を?」

 部屋の隅で待機していた門先生が近づきながら言ってきた。

「あのセールスマンの態度がムカついたから」

「は?」

「冗談ですよ。なんだか…………至れり尽くせりすぎて胡散臭いといいますか………」

 ここ最近は「ウチの義手を使ってくれ」と言うさっきのセールスマンみたいな人たちがひっきりなしにやってくる。皆一様に「無料でいい」IS関連企業なら「ウチのパーツも無償で貸与する」と言ってくる。正直言って疲れている。

 

「まあ、君を囲い込んでおきたいというのはわかるよ。本音を言えばウチの義手を使って欲しいし、ウチに来てくれたらなと思う。最終的には君の判断だがね」

 今の僕は判断するには材料が多すぎる。オーメルやキサラギ以外にもアクアビット、アーキバス、ケミカルダイン、ウェンズデイ、その他多数の有名企業がある。もうどこを選んでいいのかわからない。断ったところに角でも立つんじゃないかとビクビクしているし。

「取り敢えず、何を求めているかを紙か何かに書いて、その条件に合致する腕を選べばいいんじゃないかな?」

「そうですか……そうですよね」

 僕は適当なノートを開いてペンを手に取ろうとした時、ドアがノックされた。

 

「火粉です。入ってもよろしいでしょうか?」

「いいかな?」

 門先生が僕に確認を取ってきたので頷く。

「いいよ」

「失礼します。松尾さんにお客様なのですが………どうやらまたセールスの方のようです」

 またか。前述した通り今日はもう疲れてしまっている。それに、今は方針を絞ることに時間を使いたい。せっかく来た人には悪いけど、今日のところは帰ってもらおうかな。

 

「オールマインドという所から来た方そうなのですが」

「え?」

 

 驚きはした。たが取り敢えず通してもらうことにした。

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