IS学園でポンコツとゆく 作:ドニムルラ
「あのぅ……話しとわ?」
気まずい。「は」が「わ」になるくらい気まずい。
放課後、一夏君と帰路についている途中で鳳さんに呼び止められ、一夏君は先に帰ってもらって彼女の後に続いてみれば、連れてこられたのは以前口論になったあのベンチ。ペンキ塗りたてな新しい物が置かれており、鳳さんの暴挙の痕跡は綺麗さっぱり消えている。
「何よ?」
ベンチをマジマジと見つめていると鳳さんが不審がって来た。
「いえ。ただ、ベンチ新しくなったんだなーって」
「あっ、アンタね! ……って、違う。そうじゃなくって……」
一瞬顔を真っ赤にして怒り出しそうになった鳳さんは深呼吸をしてすぐに落ち着いた。うん、今のは良くなかった。険悪な相手とはいえ攻撃されたわけでもないのに煽るようなマネは良くない。反省しなくては。
「うん。まー、えっと……ま、まずは座りなさいよ」
促されるままベンチに座る。鳳さんは一人分スペースを空けて隣に座る。彼女は顔を赤く染めてモジモジと手を膝の上で震わせ、なんだかやりづらそうにしている。
まさか、愛の告白? とうとう僕にも春が来たな! んなわけないか。彼女の意中の相手は一夏君だし、僕と彼女は互いに嫌い合っているとまで行かずとも良好な関係とは言い難いし。
「えーっと、ね。そのう………なんて言ったらいいか………」
取り敢えず成り行きに身を任せよう。僕は鳳さんが何か言うまで黙っておくことにする。
「あのね……アンタと初めて会った時から……アタシあの、態度が良くなかったなーって」
鳳さんは唇を尖らせて指先をツンツン突く。
「別に喧嘩売られたわけでもないのに、色々と暴言吐いて……悪かったわ」
「え?」
これは…………謝っている、のか? あの傍若無人の擬人化みたいな鳳さんが? 僕のこと嫌っているはずの鳳さんが? これは現実か? それとも幻術か?
「な、なによっ、そんな信じられないみたいな顔して」
「だ、だって急にそんなしおらしくされたら………ぶっちゃけ混乱してます」
「あ、アタシがあやまっ………行いを反省しているんだから、素直に受け取りなさいよねっ」
ぷいっと顔を背けた。釣られたツインテールの髪が渦を巻く。
「でも……なんでまたこのタイミングで?」
最後に顔合わせた時も喧嘩したはずだ。昼間はちょっと歩み寄ってくれていたけど。純粋に何故今? って感じだ。
「………今、仲良くなっておかないと、一生機会がないと思ったからよ」
「え?」
僕は鳳さんが何を言いたいのか、よくわからなかった。
「ほんとはね、アンタに感謝しているのよ。一夏のやつ、女だらけの中に男一人でしょ? あいつ、女大好きーってタイプじゃないし、前にアンタが言ったみたいに友達と遊んでいる方が楽しいんだと思う。
だから、あいつの友達でいてくれて、ありがとう、って、言いたかったのよ」
慈しみ、心配、愛情。ただ恋である以上に鳳さんは一夏君の事を想っているようだった。
「だからアンタとも仲良くしたかった。でもアタシは、こんな性格だからさ。あろうことか喧嘩ふっかけて、険悪になっちゃったよね」
足をフラフラ揺らす彼女の声は自嘲気味でもある。
「謝らなきゃ、謝らなきゃ。そう思ってもプライドが邪魔して、結局もっと口が悪くなった。アンタも、アタシのこと嫌いになったでしょ?」
「いや、そんな………ぶっちゃけ、苦手に思ってます」
「あははは」
やっぱりね、と彼女は笑う。
「タイミングを測りかねていた中、あんな事件が起きた。アンタはアタシ達の取り逃した敵にぶっ飛ばされて、身体の一部を失って………血溜まりに倒れ伏しているアンタを見た時、血の気が引いた」
鳳さんは背中を丸めて顔を伏せる。
「この一ヶ月は生きた心地がしなかった。アタシは………ありがとうを伝える前に、ごめんなさいと言う前に、その機会を永遠に喪うところだった。生きていて欲しい、生きていて欲しい、そればかり考えていた」
肩が……震えている。手を添えようとして…………やめた。目に入ったのは義手。これは彼女を傷つけてしまうと思った。
「だから、アンタが復学したって聞いた時は、久しぶりに深く息を吸えた気がした。生きていてくれて、本当によかった。そう思った」
顔を上げた鳳さんの顔には、光の筋が走っていた。
「グスッ。同時に思った。もうタイミングなんて気にしていられないって。だから今なのよ。アンタに謝って、感謝を伝えるタイミングは。
本当に、ごめんなさい。そして、ありがとう」
向けられたのはいつも怒った吊り目の顔では鳳さんではない。後ろの夕陽が見えなくなるような、眩しい笑みだった。
「……………。!」
思わず…………見惚れてしまった。多分彼女はこの瞬間、世界で二番目に綺麗だったのだろう。一番じゃないのかって? それは多分僕では見ることが出来ない彼女の姿だろう。
「んんっ!」
仕切り直さなくては。よくよく考えたら僕も酷いことたくさん言ったしなぁ。こっちとしてもちゃんと謝らないと。
「僕の方こそ、身体的特徴を揶揄するような事を言って、ごめんなさい」
「そ、そうねっ。これでこれでおあいこってコトでいいわね?」
「はい」
鳳さんはゆっくりと僕の方に向き直る。その顔は夕日によってか、赤く染まっていた。
「じ、じゃあね。和解もしたことだし、アタシ達はもう友達ってことでいいわね!」
「え? あ、はい」
ニカッとした気持ちのいい笑顔と共に右手が差し出された。これは応えるのが正しいな。しかし、女子とのスキンシップか…………。や、ヤバい。手汗とか大丈夫かな? 心配だ。ひ、左手なら汗出ないからこっちなら良かったのに。
「ほら! さっさと手ぇ出しなさいよ!」
戸惑っていると鳳さんの手が伸びて僕の手を掴んだ。う、わ、あ、あ、あ、やわい、スベスベしてる、あったかい。ずっと触っていたい。
「あのね、それで………友達なんだから、ちゃんと下の名前で呼び合うべきだと思うのよ、ね」
「え! 名前!?」
「いいでしょ。アタシはこれからあんたのことムネフサって呼ぶからね! 決定!」
物凄い距離詰めてくるじゃん。オルコットさんといい、こっちの心の準備ができていない内にずいっと寄ってくるな。
「ムネフサもほら! 鈴音でも、一夏みたいに鈴でもいいから呼びなさい!」
「女子の名前を!?」
なんてハードルの高いことを要求するんだこの人は! 自慢じゃないが僕は生まれて一度も女性を下の名前単体で呼んだことがないんだぞ。推しのアイドルだって苗字呼びかフルネーム呼びしかしたことがない。
「ま、待って! 心の準備が」
「名前呼びするだけの事にそんなもんいらないでしょ! さあ呼びなさい!」
グイッと顔を近づけてくる鳳さん。なんて推しが強い。中華四千年のパワーを感じる。もう抗えないかもしれない。唇が震えながら開く。
「り、り、り」
生まれて初めて女性の名前を呼ぶ日がいきなり来るなんて。本当ならお付き合いした相手と結婚初夜辺りに良いムードの中でってのが良かったんだが、そうも言えない状況だ。
「り、り、り、り、り、り」
覚悟も決まらぬ内に声が出る。
その時。
「はぅん♡ ムネフサくぅん♡」
むぎゅう。いきなり僕の頭が柔らかい感触と良い匂いに包まれた。
「王!?」
鳳さんの驚いた声が聞こえる。そうか、納得できた。僕を包み込んでいるのは樹大細枝の精神が具現化した圧倒的質量。そしてこの脳みそが蕩けそうな可愛い声。敬愛すべき我が先輩、王 龍花先輩だ。
「もうっ♡ 一ヶ月も入院して♡ すっごぉく寂しかったんだよ♡」
「ちょっと! 離しなさいよ!」
むぎゅう ぽよんぽよん。質量が、僕の頭を撫でる。
「無茶をする悪いコはあ♡ たぁっぷりお仕置きしてあげる♡ だからぁ♡ 今から私の部屋に行こ♡」
「無視すんな! この牛女!」
「あらぁ♡ 小鈴々♡ いたのぉ? ハムスターみたいにちっちゃいからぁ♡ ぜぇんぜん気がつかなかったなぁ♡」
「その贅肉もぎ取ってやろうか!」
名前呼びは阻止されたが…………なんかモヤモヤするな。
まあ鳳さんと和解できたしいっか。
◆
翌朝のホームルーム。
「え、えーと……皆さん。このクラスにまた新しい仲間が入ってきます!」
そして山田先生がまたとんでもない事を言い出した。
「ま、また転校生?」
誰かが漏らした疑問の声。去年までがどうかは知らないけど、流石に短期間に何人も転校してくるなんておかしいでしょうが。
で、山田先生の隣に立っている件の人物。当然と言うか、女性。外国の人、白人だ。腰にまで至る長い銀髪で、そこだけ見るとミステリアスな女性らしさを感じる。しかし身に纏う威圧感は並の男などねじ伏せてしまいそうだ。ショートパンツタイプの夏制服で腰には本物なのか飾りなのかは知らないけど短剣をぶら下げている。片目には眼帯を着けていて、表情はどこかこちらを軽視している。いや、その辺の石ころのように見ていると取れる。小柄ではあるが迫力のある人だ。
「ではボーデヴィッヒさん。自己紹介をお願いします」
「…………」
「あの…………」
無言。まさかの無視。いや大人に逆らいたくなる時期ってのはわかるけど、名前くらいは自分で言ってほしい。
「はあ……ラウラ。挨拶しろ」
「はい。教官」
見かねた織斑先生が促すと転入生は素直に返事をした。教官ってなんだ? 先生のことをそう呼ぶ国があるのか?
「ここでは教官と呼ぶな。織斑先生と呼べ」
「了解しました」
どうやら違うらしい。違うらしいが…………またよくわからなくなってきた。何だろう、先生は自衛隊にいた経歴でもあるのだろうか? 確かに先生と言うよりは「教官」って感じの人だけどさ。
転入生は兵隊さんみたいにピシッと手を横に添えて背筋を伸ばし、声を発する。
「ラウラ・ボーデヴィッヒだ」
やっとフルネームを知れた。しかし転入生改めボーデヴィッヒさんは名乗っただけでまた口をハマグリのように閉じてしまった。
「そ、それだけですか?」
「以上だ」
山田先生が恐る恐る尋ねると拒絶するように言い捨てた。な、なんて失礼な奴。しかしおっかない。織斑先生を小さくして取っ付きづらくしたような人だ。怖いから近寄らんとこ。
ふと、ボーデヴィッヒさんは教室を見渡すように頭を回す。一回目が合った、と思えば逸された。
「織斑一夏はどっちだ?」
ボーデヴィッヒさんは僕と一夏君を見比べながらそう訪ねてきた。
「俺だけど………」
一夏君がおずおずと手を上げる。するとボーデヴィッヒさんの顔が強張った。
「そうか、貴様が……!」
そして一夏君の方へつかつか歩み寄る。あ、嫌な予感。がした瞬間、ボーデヴィッヒさんの手がブレた。
「えぇっ!?」
そして一夏君の頭が横向きにされた。
「何やってんだよアンタ!」
頭に血が昇る。思わず立ち上がって叫んだ。この女、いきなり一夏君を殴りやがった! 抗議しようと乱暴な足取りで近寄って肩に手をかけようと手を伸ばす。
「!?」
だが僕は足を止めた。何故かって、ボーデヴィッヒさんが片腕にISを展開して鋭い爪を僕の首に向けてきたからだ。彼女も専用機持ちか! 目には敵意が宿っている。
「喧嘩なら百割り引きで買うぞ!」
だがこっちは命懸けの戦いの末、片腕を失いつつも生還した身。怯んでいられるか。同じようにBASHOを左腕に展開し、ボーデヴィッヒさんの手を掴んで持ち上げる。
「貴様……!」
赤い片目が睨みつけてくる。負けじと睨み返す。
「やめんか馬鹿者ども」
「ハッ!」
織斑先生が注意するとボーデヴィッヒさんはパッとISのを消した。僕も納得は行かないものの注意されて喧嘩を続ける気はない。また殴られるからね。
「転入生早々やらかしてくれたな、ボーデヴィッヒ。後で反省文を書いてもらうぞ」
「ハッ。了解しました」
ボーデヴィッヒさんはまたも素直に返事をして、適当な空いている席に向かって歩いて行く。そして一夏君の傍を通り過ぎる際に憎しみがこもった声で言った。
「私は認めない。貴様など、認めるものか」
何なんだ、一体。