IS学園でポンコツとゆく   作:ドニムルラ

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01次元から

「あの……松尾さん? 少々よろしいでしょうか?」

「え? ふんぐっ………オ、オルコットさん」

 クラス代表者決め決闘騒動から二日後。一夏君も負けた事でオルコットさんがクラス委員長に決定したかと思われたのだが、土壇場で彼女は辞退。結果推薦票多数の一夏君が代表になった。あんなにやる気満々だったのに何故? 理由はオルコットさんしか知らない。

 で、今は昼休み。そのオルコットさんがチャーハンを食べる僕の目の前に現れた。正直彼女の事苦手なんだよなあ。入学初日、休み時間に僕のところに来て結構キツいこと言ってきたし、できればあんまり関わりたくない。何の用だろうか?

 

「はっ!」

「?」

 そ、そう言えば決闘に負けたら奴隷になるんだった。彼女はその取り決めを実行すべく、直々に首輪をハメに来たに違いない。い、いやだぁ。まだ十五歳なのにこの先の人生一生コキ使われるなんてえ。

「せ、せめて日本の労働基準法に乗っ取った雇用契約をお願いします」

「はい? 何を言っていらっしゃるの?」

「だって負けたら奴隷にならなきゃいけないんですよね?」

 そう言うとオルコットさんは目を数回パチクリした後、その白い顔をみるみるうちに真っ赤に染め上げた。

「あ、あれは言葉の綾で、本気で言ったわけじゃありません! 真に受けないでくださいませんこと!?」

「す、すいません」

 怒られた。だが奴隷にならずに済んでちょっとホッとした。

 

「全く…………って、そうじゃありません。わたくしが言いたい事は、そのう、つまり…………」

 オルコットさんは歯切れ悪そうに両手の指を突き合わせ、やがて意を結したように頭を下げた。

「申し訳ございません。今までの、貴方を中傷する言動を心より謝罪いたします」

「え? ああ、ハイ。顔を上げてくださいよ。その…………大丈夫ですから」

 オルコットさんには頭を上げるように促したが、随分としおらしい。今までの高慢ちきな態度は見る影もない。どういう心境の変化だろうか? 委員長を辞退したことと何か関連があるのかな?

「それにあの決闘も…………どういった経緯かは存じ上げませんが、あのような失敗機体に乗せられた相手を、しかも経験も浅い搭乗者を、痛ぶるように倒したのはわたくしの汚点ですわ」

 オルコットさんは顔を斜め下に向けて眉を顰める。本当に……………………申し訳なさそうに。

「お詫びになるかはわかりかねますが、私でよろしければ何でも相談してくださいな。ご学友は大切にしないといけませんからね」

 ニッコリと……………事情が違えば惚れてしまいそうな笑みで彼女は言った。

 

「い、いやあ、いい勉強になったと言うか………うん。僕もか、喝を入れられた気分ですから、そのう…………そんなに気に病まなくても大丈夫ですよ。ええ」

 何とか笑顔を作ってオルコットさんに言う。

「松尾さん?」

「流石は代表候補生さんと言いますか、と、とても凄い戦いぶりでした。た、大変勉強になりました。ぼ、僕も追いつけ追い越せの精神で頑張りますよー!」

 僕は残っているチャーハンを口の中にかき込んで適当に咀嚼して飲み込む。

「こうしちゃいられない! 他の人たちよりだいぶ遅れていますからね! ちゃんと勉強しないと! オルコットさんは昼食もう食べましたか? まだならチャーハンかBセットがおすすめですよ! それじゃあ!」

「え、ええ。それではご機嫌よう」

 オルコットさんを置いて急足に食器を返却棚に戻し、先生方に怒られない程度の速度で教室へ向かう。

 

「ねー。それでねー。あ」

「あははは。どーしたの?」

「ねえ、あの子」

「ああ、例の」

 食堂の出入り口で別クラスだか別学年だかの女子にすれ違ったとき、クスクスと暗い笑い声が聞こえた。それを振り切るように足を急がせる。

 

 クソが。

 

 ◆

 

「山田先生。質問いいですか?」

 

 ◆

 

「織斑先生。こう言う場合ってどう立ち回ればいいんですか?」

 

 ◆

 

「あの、先生。この間の決闘って映像とかありますか?」

 

 ◆

 

「すいません先輩。訓練に付き合っていただいてもいいですか?」

 

 ◆

 

「アリーナの使用許可お願いします。他の人の迷惑にならない程度でいいんですけど、空いている日はなるべく埋めてください」

 

 ◆

 

「猿でもわかる射撃戦、三次元戦の基本、超戦術ミサイルカーニバル。この三冊を借りたいです」

 

 ◆

 

 

 決闘騒動からだいぶ経って四月下旬。

「なあ、ムネフサ」

「ソルディオスって何だよ……ん!? どうしたの一夏君!?」

 授業が終わっても内容の復習のため、教科書読み込もうとしていたところへ一夏君が声をかけてきた。

「あの、さ。ちょっと前から聞こうかと思っていたんだけど…………最近、ちゃんと眠れているか?」

「な、何を聞くかと思ったら………。も、勿論だとも! 夜はぐっすり10時間睡眠を心がけているからね!」

 くだらない事でいちいち声をかけてくるな。と、危うく言いそうになるのをグッと堪えて飲み込んだ。最近はちょっとイラつき気味かもしれない。自戒しないと。

 心配ないと笑いながら言ったんだが、一夏君は眉を吊り上げて、と言うか、すごく真剣そうな表情で顔を寄せてきた。

 

「え!? 織斑君ナニしようとしているの!?」

「チューだ! あれは絶対チューだ!」

「イチ×ムネ……新しい、惹かれるわ!」

 なんだか腐臭が漂ってきた気がしたが無視する。あかしけやなげ、きっと認識すらしてはいけない領域だ。

 

「………気を悪くしないでもらいたいんだけどさ。お前、日に日に目の下の隈が濃くなってきているぞ」

「え!? あ、あ、あ、あー! いやちょーっとU-NEXUSの面白いアニメにハマっちゃってさあ! 夜ふかししすぎたかなあ!? 企業戦士アクアビットマンって言うんだけどつい夢中になっちゃって!」

 人に指摘される程とは………。明日から化粧しないといけないかもしれない。ファンデーションってどうやって使うんだ?

 

「…………なあ、ムネフサ。もしかして、何か悩み事でもあるのか? 最近ずっと肩に力が入りっぱなしというか、誰かと話していない時の表情がずっと強張っているというか………。毎日休み時間も勉強していて、空きがあればすかさずアリーナや射撃場で練習して………なんというか、頑張りすぎというか、生き急いでいるように見える」

 な、なんでこんなに突っ込んでくるんだよ。くどい、くどすぎるよ。

「わたくしからも宜しいでしょうか?」

 うぐっ…………オルコットさんが来た。背筋が凍って冷や汗が噴き出る。

「松尾さん…………ここのところ足取りがふらついているように見えますわ。きちんと休みは取っていますか? 私で良ければ、何か力に」

 

「オルコットさんには関係ないだろッ!!!!!」

 

 シンと静まり返る教室。荒くなった呼吸を数回し、二人の目が丸くなっているのに気づいたと同時に、自分が怒鳴り声を上げた事を認識できた。周りを見渡すと僕に向けられた、決して良いものとは言えない視線がたくさん。

 

「あ、あ、あ、あ、え、えーと…………つ、次は織斑先生が担当する飛行操縦の授業だったよね! は、早く行かないとまた出席簿でぶん殴られるよ!」

 二人と、視線から逃げるように必要教材を持って走る。

「ま、待てよムネフサ!」

 背中に投げかけられる一夏君の声を振り払うように足を急がせて教室を出て廊下を行く。

(何も知らないくせに! 何も知らないくせに何も知らないくせに何も知らないくせに!)

 早くなった鼓動にイラつきながら授業が行われる校庭へ……………………。

 

 

 ◇

 

 なんだか温かい。身体中が優しい温もりに包まれているような…………いや、何かが被さっている。手を動かすとスーッと指に伝わる布の感触。それが掛け布団だとわかった。

 視界が真っ赤で眩しかたので目を開こうとするが瞼がとても重い。鉛のようだ。それでも頭が段々と澄んできたので頑張って目を開くとボヤけた視界。頭を動かすと何やら黒い影がある。

「松尾。気がついたか」

「………先生?」

 影は人だったらしい。その声には聞き覚えがある。恐るべき我らが担任教師の織斑先生だ。

「どこですか………ここ」

「保健室だ。廊下で倒れていたお前を織斑の奴が担ぎ込んできたそうだ」

 倒れていた? 僕が? 窓の外を見ると、太陽が赤く染まっている。結構な時間を無駄にしてしまったらしい。

「保健医の話によると寝不足と過労が限界に来ていたらしい。ここのところのお前の行動を考えると納得だな。夜も遅くまで勉強か?」

「…………ご心配をおかけしました」

 上体を起こしてベッドから出ようとしたところ、織斑先生が肩を掴んで止めてきた。

 

「努力するのは望ましいことだ。だが近頃のお前はやりすぎだ。身体を壊してどうする。まあ、こうなるまで止めなかった私の責任でもあるな」

 織斑先生は厳しく、だが優しさを感じる口調で言った。

「い、いやあ、ただでさえみんなと遅れていますからね。追いつけ追い越せ、追いつけ追い越せですよ」

「嘘だな」

 心臓が跳ね上がる。織斑先生は断じた。

「教師が言うのも問題があるが、お前がそこまで努力している理由がわからん。少なくともポジティブな理由ではないはずだ。何がそこまで駆り立てるんだ?」

 刀の鋒みたく鋭い眼差しに気圧されて、目を逸らす。

「…………」

「……………………」

「…………………………………………」

「……………………………………………………………………………………」

 織斑先生は、僕が話すまで何時間でも睨めっこをやめるつもりはないらしい。まあ僕からは目を合わせてすらいないから、ただの我慢比べだ。

 だけど………、ダメだ。勝てる気がしない。

 

「別に………大した理由なんてないですよ」

「私はその理由を知りたい。大したことかどうかは私が決める」

 織斑は詰め寄ってきた。

「…………悔しかったんですよ」

「以前の委員長決めで負けた事がか?」

「それもありますけど…………」

「近頃、陰からお前を中傷する者もいるそうだな。私たちもやめさせようとはしているが、そういった連中を見返したいのが理由か?」

「いえ…………まあ、ムカつきますし、一応理由っちゃ理由なんですけど…………けど」

「…………」

 唇を噛む。言っていいのか? ちっぽけな人間だって思われるんじゃないのか? 嫌われてしまうんじゃないのか? でももう我慢ができない。

 

「オルコットさんが…………謝ってきたんです。オルコットさんが謝ってきたんですよッ!!!」

 

 言ってしまった。この際だ、全部ぶちまけてしまおう。

 

「経験も浅いド素人がポンコツに乗ったんだから負けても仕方がないってねッ! 負けた事は悔しいですけど、それ以上に負かしてきた人に情けをかけられたのが何よりも悔しいッ! 笑われた方がマシだったッ!

 しかも同じく素人の筈の一夏君はあと一歩ってところまで食らいついていたじゃないですかッ! 僕は5分足らずで撃墜されたのにッ! 一夏君の機体がどのくらいのスペックがあるのかは知らないですけどねッ! 機体性能のせいで負けたんだって言い訳というかケチがずっと頭の中でグルグルしているんですよッ!

 こんなに無様なのに同情までされて…………情けないったらないッ!!!」

 

 オルコットさんが謝って来たあの日、僕はあまりの恥ずかしさに彼女の前から逃げた。そして恥辱を拭うように勉強と訓練に励んだ。いや、むしろ逃げた。具体的な目標も立てず、ただ目についた物に手当たり次第に飛びついて、ただ自分を痛めつけて、何も考えないようにした。心が辛いよりも肉体が辛い方がマシだった。

 気がつくとまた視界がぐしゃぐしゃになっていた。織斑先生の顔が全く見えない。鼻も詰まっている。こんなちっぽけな内面を人に見せたくなかった。それに気がついた時、僕はまた顔を伏せた。

 

「恥ずかしい……! 僕は自分が恥ずかしいんです…………!」

 

 穴があったら入りたい。むしろ自分が入る穴を掘りたい。そうだ、穴を掘ろう。BASHOは元々は作業用、穴掘りなんて楽にできる。掘った穴の中で一生を過ごすんだ。

 いや、何をまた逃避しているんだ。違うだろ。

「もう、いいでしょう。寮に帰ります。今日の授業サボった分取り返さないと……」

 そう言ってベッドから出ようとした時、また織斑先生が止めてきた。しかも今度は両手で僕の両肩を押さえ込み、無理やりベッドの中に沈めて来た。

 

「存外、プライドの高い奴だなお前は」

 織斑先生が小さく笑う。この人が笑うのは、初めて見た。

「プライドが高いと言うのは悪く聞こえるな。誇り高いと言うべきか…………。松尾。一つ、私から課題を出そう」

「課題?」

「ああ。休め。少なくとも、今日はな。これが課題だ。学生の本分を果たせよ」

 織斑先生はいつもの鬼教官ぶりが嘘みたいに優しく、僕に布団をかけて来た。

「遅れた分は心配するな。回復したら私と山田君で補修してやる。悩み事の方も考えおくとしよう。今は、ゆっくりしておけよ」

 織斑先生はそう言い残して保健室から出て行った。

 

(…………何やってんだろ、僕)

 静まり返った保健室の天井をぼーっと眺めていると、気持ちまでぼーっとしてくる。人の謝罪を悪いように受け取って、無意味な努力をして、友達心配させて、怒鳴りつけて。もう何をやったらいいのかわからない。何を目指していいのかも。考えるのすら面倒になってきた。

 

『新着メッセージ、一件』

 気分が落ち込み出した時、腕輪の形になっている専用機のCOMが通知をして来た。誰だ? 一夏君かな? もしそうなら、謝っておかないと。

「ヘイCOM。メッセージを再生して」

『了解』

 腕輪をつけている手を胸の辺りに持ってきて支持する。すると腕輪から僕の顔の前にホログラフィーが投影された。

 

 だがそれは一夏君の顔とかメッセージとかではなく、三角形の中に「A」と「M」が重なっているような見た目の、何かのマークだった。

 

『パイロットを確認。おはようございます。松尾ムネフサ。ISパイロット支援システム、オールマインドへようこそ』

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