IS学園でポンコツとゆく 作:ドニムルラ
翌朝。登校する僕の足取りは重い。昨晩は一睡も眠れなかった。ボーデヴィッヒさんの真実は余りにも重く、だだの高校生である僕には受け止めきれなかった。考えて、いや考えるふりをしていた。同じ事を何回も頭の中でぐるぐるさせてある種の思考停止にも似た事を繰り返しているうちに、窓の外が明るくなっていたのだ。
強化人間。比喩でなしに兵士になるために産まれてきた。それは一体どんな人生なのだろうか、想像もつかない。少なくとも一応パンピーである僕にとってハッピーな人生ではないのだろう。
「……本当なの……!?」
「ちがい……よ……!」
「「「「「……きゃー……!」」」」」
なんだか教室が騒がしいな。まあ、いつものことか。
「おはよう……」
元気に挨拶しようと思っていたのだがボーッとしたまま入室したせいで気落ちした挨拶になってしまった。ワイワイとした教室で僕の声はかき消されたと思ったのだが、席に着いた時に気がついたらしい二人が近くまで来た。鷹月さんと布仏さんだ。
「松尾君おはよー。どうしたの? 元気ないね」
「目の下の隈がすごーい。夜ふかししちゃったの〜?」
ファンデーションするの忘れてた。また何かあった時に他の人を心配させないようにと買っておいたのに。
「あー、うん。ちょっとU-NEXUSで面白いアニメがあって」
あはははー! と笑って誤魔化そうとしたところ、二人の顔がすんとした。布仏さんに至ってはいつも開いているんだかわからない程細めた目が開いている。かと思えば少し悲しげにも見える表情になった。
な、何だ? ちょっと怖いぞ。
「あのね、松尾くん。えっとその……なんていったらいいか……」
「おい」
鷹月さんが何かを言おうとした時、嫌悪のこもった声をかけられた。その瞬間、心臓がキュッとなった。態度に出ないように努めた。
「ああ……ボーデヴィッヒさん」
僕の悩みの種だ。
「なんて腑抜けた顔だ。昨日とはまるで違うな。一晩経って私が怖くなったか?」
「……」
「まあそんな事はどうでもいい。あそこまでコケにしてくれたんだ。今更逃さんぞ」
そう言うとボーデヴィッヒさんはアリーナの使用許可証を僕に突きつけてくる。予定日は来週の火曜か。先んじて申請してくれたみたいだ。それを受け取る。
「逃げたりなんてしないよ。火曜ね。わかった」
「ふん。二度とその口を開けなくしてやる。首を洗っていろ」
それだけ言って彼女は自分の席へ戻っていく。渡された申請書の写しをマジマジと見つめる。火曜までは時間があるからたっぷりと練習ができるが、心情としては今すぐにでも事を終わらせてしまいたかった。勝敗はどうでもいい。勝っても負けても僕が彼女の秘密を知ったと言う事実は何一つとして変わらないが、少なくとも何かの区切りが付くと思いたい。
「まっつー? まっつー!」
「え! ああ、ごめんなさい」
布仏さんに揺り動かされて正気に戻った。
「織斑先生、来てるから。席に着こ」
「そ、そうだね。怒られないようにしないとね」
いそいそと自分の席に着く。だが僕はずっと授業に集中できなかった。
◇
「あの……松尾君。ちょっと、いいかな」
休み時間、教室でぼーっとしている時に声をかけられた。当然女子。見たことがない、と言うかこのクラスの人じゃないな。
彼女は両手を体の後ろにやってモジモジと身を揺らしている。顔は赤い。
「あの……ね。こ、これ! 良かったら食べて!」
その言葉とともに差し出されたのは黄色いリボンで口を閉じてある水色の紙袋。口ぶりからして食べ物だと思う。
「えっと……ありがとうございます」
受けると彼女の後ろの方から「キャー!」と声を抑えた声援が上がり、同時に「抜け駆けすなー!」「裏切り者ー!」と揶揄する声も上がる。
「こ、この間のお礼だからねっ!」
そう言い残して女子生徒は顔を両手で覆って走り去って行った。彼女が見えなくなった後、他の女子たちが僕を中心にキャイキャイと騒ぐ。と、そこ布仏さんがやってきた。
「まっつーにもとうとう春がやってきたんだねぇ〜」
「かもしれないですね」
そう布仏さんに返しながら包みをカバンの中に入れる。今日で四つ目か。昨日も六つくらいお菓子貰ったけどまだ残っているが、全部食べ切れるか自信ない。一夏君とシェアしようかな。いやでも贈り物を他の人に食べさせるのは失礼になるかな。トレーニング量を増やしてお腹を空かせればいけるか。
「ん〜? まっつー、嬉しくないの?」
布仏さんの怪訝な眼差しで少しギクッとした。今はボーデヴィッヒさんの事で頭がいっぱいで、他の事に対してあまり心が動かないのが正直なところ。
「え、いや、そんなわけないよ。女性からのプレゼントって今までは母親からも貰ったことないし、それを考えたらここ数日は天国みたいだよ」
「まっつーどんな家庭環境だったの?」
やべ、取り繕うとして余計な事言ったな。
「えーと、そんなんはいいでしょ。嬉しいよ。嬉しくないわけない。ただどうお返ししようかなって少し悩んじゃうだけ」
「律儀だね〜。まあでも、この間の時のお礼だって言ってたし、まっつーから何か返す必要はないと思うよ〜?」
そういうもんかな。
「お返しがしたいなら〜、美味しかった。ただそれだけ伝えれば、今はそれで十分だと思うよ〜」
「そうかな……そういうものなのかな」
「そーそー。と、言うわけで〜」
スッ、と布仏さんが何かを机の上に置いた。狐のシールが貼ってある紅白の包みだ。
「あの時の約束! 後で感想聞かせてね〜」
そう言い残して布仏さんは自分の席に戻って行った。そう言えば避難誘導の時に後でお菓子くれるって言ってたっけ。
「……」
クラスメイトや他の可愛い女子からのプレゼント。普通、男だったら飛び上がって喜ぶ物なんだろうな。
◆
「まあ、飲め」
「………ありがとうございます」
放課後、織斑先生に生徒指導室へ呼び出された。ボーデヴィッヒさんの事で頭がいっぱいでまるで授業に身が入らず何度も注意されてしまった。それを見兼ねての呼び出しだろう。
織斑先生がテーブルに置いたお茶を手に取る。緑色の水面が揺れる。一服し、手の中に戻した。湯呑みが熱い。義手の方もだ。擬似感触は正常に機能しているらしい。
「…………腕の調子はどうだ?」
ふと、先生が訊ねてくる。
「大丈夫です。流石の最新技術といいますか、吹っ飛ぶ前と変わった気がしないですね」
「そうか…………」
「ええ。提供してくれた所には感謝しなくちゃですよ」
「…………」
「…………」
会話が止まってしまった。外のカラスの鳴き声が聞こえてくる。とても気まずい。早い所用件を、と言うわけではないが何か話さないと間が持ちそうにない。茶を一服してテーブルに置き、神妙な態度で先生に向き直る。
「今日は申し訳ありません。明日からは気持ちを切り替えて授業に臨みます」
「ああ…………そうしてくれ。それと…………」
先生は椅子から立ち上がると僕の側までやってきた。その様子を目で追う。
「あ」
そして先生は僕の頭に手を添えた。
「何か悩みがあるなら、遠慮なく相談してくれ。と言うより、相談しろ。私はお前の担任だ。思春期の悩みの一つや二つくらい、聞いてやるさ」
神妙な面持ちとは裏腹に、織斑先生の言葉は優しげだった。
「相談された。お前は悩み事で眠れなくなるとアニメを観て夜更かししたと言い訳するクセがあると。そして今日、その言い訳をしたと」
ギクリと心臓が跳ね上がる。先生に相談したのは鷹月さんか布仏さんだろう。
「悩みは……腕のことではなさそうだな。まだ思うところはありそうだが、振り切りつつあるように見える」
先生が隣に座る。
「ボーデヴィッヒのことか?」
まあ、そう繋がってしまうだろう。当然だ。直近でトラブルを起こした相手だと言う事は先生だって当然知っているわけなんだから。
「ええ……はい」
「ふう」
先生は一息ついて僕の頭から手を離した。
「詳しくは伏せるが、あれは育った環境があまりよろしくなくてな…………尋常な価値観が身に付かず、善悪は強いか弱いかで判断する。私がそれに気がついた時は手遅れだった」
ふうと先生はため息をついた。冷たい試験管の中で生まれ、いや、製造されて兵隊になるため訓練漬けの日々を送るだけの人生は「よろしくない」の一言で済まされないが、やはり強化人間は国家機密か何かなのだろうか。先生は言葉を濁している。
「だが、決して悪い奴ではないんだ。まだまだ純粋な子供……今は道を見失っているだけだ。道を示してやる必要がある」
「先生はどうなんですか? ボーデヴィッヒさんは織斑先生を尊敬しているように見えました。僕と同じく、それ以上に」
額を指先でツンっと突っつかれ「世辞がうまいな」と茶化される。
「私ではダメだ。情けないことにな。あいつは私の強さに憧れている。それでは価値観の矯正はできない。あいつにはもっと…………普通というものに触れてもらう必要がある」
先生は立ち上がり窓のそばに近寄る。
「IS学園にいる生徒たちは所謂エリートだが、価値観は良くも悪くも一般的な奴が多い。ラウラ……………んんっ、ボーデヴィッヒもそこに馴染んでくれればいいんだがな」
馴染む…………そんな事ができるのだろうか。育まれた価値観を崩すことは難しい。特にボーデヴィッヒさんの場合、存在理由にも直結しているだろう。
僕だってそうだ。オルコットさんにボコボコにされるまで、諦観と馴れ合いに浸っていればいいという人間だった。決定的な転換点。人間を変えるにはそう言った物が必要なんだ。
「…………………ダメです。それじゃあ」
「何?」
先生が振り返る。影になっていて表情はよく見えない。
「多分……あの人はそれじゃあ変わらない。清流の中にある岩が形を変えるのには何年も時間がかかる。それじゃあ遅すぎるんだ」
「松尾…………言いたいことはわかる。だが」
「僕がやります」
先生の言葉を待たず、お茶を飲み干して立ち上がる。
「僕は来週、ボーデヴィッヒさんと戦います。全力でぶつかります。僕の力じゃ彼女を変えるなんて大それたことはできない。でも何かのきっかけになれればいい、そう思っています」
「松尾………」
「ご指導、ありがとうございました」
一礼して生徒指導室を後にする。先生は呼び止めることはしなかった。
僕はオルコットさんとの戦いから変わる事ができた。だがボーデヴィッヒさんを負かせばいいと言うわけではない。全力を尽くしてぶつかる。それが必要な事なんだ。
「ヘイCOM。オールマインドにログインして」
『了解』
ホログラフィーディスプレイにAとMを組み合わせたマークが表示される。
『登録番号ISs091、式別名「松尾ムネフサ」。オールマインドへようこそ』
これから言うことはある種の決意表明だ。ボーデヴィッヒさんの、何より僕のための。
「オールマインド。来週の火曜日までにラウラ・ボーデヴィッヒに一食らいつく…………いや、勝てるようになるためのトレーニングメニューを組み立ててほしい」
僕はまた無茶をする。