IS学園でポンコツとゆく 作:ドニムルラ
織斑先生にレポートを提出した僕は上機嫌で席に戻った。兼ねてより欲しかった物が手に入ったのだ。今ならIS無しでも空を飛べそうな気がする。
「うふふ」
「まっつーニヤニヤしてきも〜い」
「へあっ!?」
突然の罵倒で現実に引き戻された。布仏さん、酷い。健全な男子は女の子の「きもい」でマナリア海峡並みに深く傷ついてしまうのだぞ。
「何かいい事でもあったのー? パンチラでも見れた?」
「違うよ! でも、それくらいいい事があったんだー」
「やっぱりきも〜い」
「へあっ!?」
布仏さん酷い。名前に仏ってあるのに慈悲の心が微塵もないじゃないか。
「松尾くんがキモくなったのは別として、本当に何かいい事あったの? なんか、そんなに笑顔の松尾くん初めて見たんだけど」
相川さんまで酷い。テンションガタ落ちだ。肩が落ち込む。
「わー! ごめんごめん! キモくない! キモくないから!」
「ごめんね〜」
ぐう、慌てて謝罪されても。まあいつまでも落ち込んでいないけどね。それくらいいい事あったから。
「うふふ、まあまあ聞いてくださいな。あたくし、不肖松尾ムネフサのIS学園での生活はそりゃあ過酷なものでございましてね。高度な教育を受けられると聞きつけ喜び勇んで入学したらさあ大変。走れ! 飛べ! 学べ! 走れ! 内心思いました軍隊かと。挙句の果てにはエゲレスより来る麗しきお貴族ご令嬢との決闘騒ぎ。みなさんご存知の通り結果は無残な物。浄瑠璃人形めいてあっちへふらふらこっちへふらふらこねくり回され弄ばれ、最後は無様な撃墜とござい。それからのあたくししゃにむにがむしゃら走り回りました。山田先生織斑先生王先輩にシェリー先輩にルー先輩。片端から頭を下げて頼み込み、あたくしを扱き導いてくれた方々には感謝感謝の紙吹雪ーーー」
「あ、おりむーだ。おーい!」
「織斑くんおはよー」
「聞いてよ! ねえ!」
そんな、あと10分くらいかけて語ろうと思ったのに。二人は踵を返して教室に入ってきた一夏君の方へ歩いて行く。篠ノ之さんも一緒に入ってきた。慌てて追いかける。
「って、どうしたの? その紅葉」
一夏君の頬には見事な紅葉腫れができていた。見ているだけでも痛そう。昨日アリーナで別れた時にはなかったはずだし、織斑先生にぶん殴られたのは頭頂部だし。二人も心配そうに見ている。
「お、おう。ちょっとな」
「下手人は………篠ノ之さん?」
三人で篠ノ之さんをジトッと見ると彼女は焦りはじめる。
「わ、私じゃないぞ!」
大慌てで手を左右に振るが、やはり怪しい。
「でも篠ノ之さん、いっつも一夏君に暴力振るうからなぁ」
「ダメだよ暴力は」
「そうだよ〜モッピー。いくらヤキモチでも度が過ぎると嫌われちゃうよ〜」
「違う! これに関しては無関係だ! それとモッピーはやめろ!」
普段の行いのせいで篠ノ之さんへの疑惑は尽きない。冷や汗ダラダラの彼女を三人で詰めていると、一夏君が割って入った。
「箒の言っていることは本当だよ。これは………別の奴からだ」
「ガイシャ本人が言うなら違うんだな。考えてみたら篠ノ之さんがやったなら木刀で殴るか刀で兜割りだもんね」
「お前の中で私はどんなイメージなんだッ!」
ポンコツ人斬り抜刀斎、と言おうとしたところで両肩を掴まれて前後に高速で揺らされる。わ、悪い躾じゃないかな、これは。目が回りそうだ。
「おはよーみんなー。え? 何々、新しい遊び?」
そこへ田中さんがやってきて篠ノ之さんの手が止まった。うぷっ、気持ち悪…………くない? クイックブースト連発に比べたらマッサージだったな。鍛えられちゃったな〜僕。
「なんでもないよ。おはよう、田中さん」
「うーん? まあいいや。それよりも、これ! これ見て!」
田中さんが見せてきた紙をみんなして覗き込む。「クラス対抗戦日程表」。このイベントのスケジュールが出来上がったわけか。
「お、一回戦の相手は凰さんじゃん。幼馴染対決とは運命めいたものを感じるね」
軽くシャレたつもりだったのだが、一夏君は物凄くバツが悪そうな顔で紅葉腫れした頰をかいた。
「あー、うん」
「あ」
下手人は凰さんか。
◆
「ちょっといい?」
放課後。一夏君はクラス代表の仕事でちょっと居残りなんで一人で帰っている。早く部屋でオールマインドのプログラムを消化できるようにトレーニングしようと足を急がせていたところ、凰さんが立ちはだかった。言葉こそ疑問系だがその怒りの表情は有無を言わせぬものがあった。
な、なんだ? カツアゲか? この人初対面でチョップしてきたから苦手なんだよなぁ。
「何ですか? お金なら持っていませんよ」
「ご挨拶な奴ね。違うわよ」
警戒心マックスで返すと凰さんはこめかみをヒクヒクさせ、何かを投げ渡してきた。受け取った瞬間に伝わる硬さと冷たさ。ウーロン茶缶だった。
「立ち話もなんだし来て」
歩き出す凰さん。うーん、受け取っちゃったし断れないな。しぶしぶ着いていき、人気のないベンチがある場所に連れてこられた。
凰さんはベンチにドカッと座り込むと足を組んで自分の缶を開けて飲んだ。ぐ、ロリっぽいから油断していたが足が綺麗だ。50ポイントのダメージ。
「ゴクゴク。プハァーッ! あんたも飲みなさいよ」
「じゃ お言葉に甘えて」
促されたので僕も缶の口を開けて飲む。うん、ウーロン茶だ。烏の龍のお茶と書いて烏龍茶だ。小さい頃はウーロンって響きが可愛く思えていたけど、漢字が読めるようになった今見るとめちゃくちゃかっこよく見えるな。
「話って、一夏君のこと?」
「そうよ。話が早いわね」
この人と個人的な接点はないに等しいし、そうなると王先輩か一夏君の関連しかないからね。で、今朝の紅葉の流れ的に一夏君かなって。
「あの………さ。アンタって、一夏の奴と同じ男なわけじゃん? それになんか仲良さげだったし………あ、あいつ、何か言ってなかった?」
凰さんは頬を染めながら指を突き合わせる。
「何かって………もしかして、酢豚がどーのこーのとか?」
「なっ!? あ、あいつそれ話したわけ!?」
立ち上がる凰さん。昼飯の時に溜息混じりに愚痴ってきたんだ。
「うん。何だっけ? 一夏君が酢豚を食べ尽くしたら凰さんが怒って殴ったんだっけ?」
「違うわよ! どう伝わったらそうなるのよ!」
あれ、違ったっけ? 意味わからんすぎて適当に記憶補完しちゃったらしいな。
でも、酢豚で喧嘩ってどういうことだ?
「あの、凰さん。何で一夏君殴ったの? 何かしら事情があるにしても友達が殴られたのは見過ごせない…………あー」
カッコつけて偉そうな事言おうとしたが、篠ノ之さんの暴力が半ば日常化していてスルーし始めている自分が言えた事ではないな。明日からは止めよう。きっとあれは二人にとっても良くない。
「何よ……半端に言葉止めないでよね」
「いや、何でもないよ。あーまー、良ければでいいよ。二人に何があったの?」
「相談したいのはその話じゃ……まあいいわ。聞かせてあげる」
凰さんは聞かせてくれた。小学生の頃、中国から転入してきて馴染めなかった自分と仲良くしてくれたのが一夏君であり、それから友達もたくさんできた事。だがその中でもやはり一夏君との仲が一番良かったそうだ。
そして約束した。将来、凰さんの料理の腕前が上達した時、一夏君には毎日酢豚を食べてほしい。と。
「毎日…………酢豚?」
「ま、まあ、ちょっとした暗号というか……」
わ、わからねぇ。話聞いてもわからねぇ。何だ毎日酢豚って。いや味付けにもよるけどあんな酸っぱい物毎日は飽きるぞ。味噌汁みたく日々のお供になるタイプの料理じゃないだろ。
ん? 味噌汁?
「あの……、それって日本的に言うと毎日味噌汁を飲んで的なアレじゃ……」
「なっ!? ち、違う! 違う違う違う違う違う違う違う! ぜぇーったいに! 違う!」
ツインテールをブンブン振り回して竜巻みたいになる凰さん。だが僕は畏怖すべき織斑先生から意固地な相手を問い詰める最高の方法を教えてもらっている。
「…………」
「違う! 違う!」
「……………………」
「ちっ、ちがっ、うっ」
「…………………………………………」
「ちっ…………」
「……………………………………………………………………………………」
じーっと無言で見つめていると凰さんは段々と消沈していき、最後には小さく縮こまった。こうなっちゃうと可愛いもんだね。
「くぅ〜〜〜〜〜! そうよ! 一世一代の大告白だったのよ! それなのにあいつときたら…………ッ! 酢豚を毎日奢ってくれるのかですって!? せっかく再会できたのに邪険にも扱ってくれちゃって! ふッざけんじゃないわよ!」
激昂して立ち上がった凰さんは右手にISを展開してベンチを叩き壊した。
「うわー! 何やってんだよ!?」
候補生とはいえ国家の顔たる人材が激昂して学校備品の破壊!? しかもISの私的利用!?
「あ゛あ゛ッ!?」
だがそんな正論怖くて言えなかった。鬼だ、鬼がいた。小さく弱らせたかと思ったら激情を圧縮してしまったらしい。それが爆発した。織斑先生、ごめんなさい。素人が達人の猿真似はやらない方が良かったみたいです。
「ふう……ふう……。まあ、そんな訳でね。思わず手がでちゃったのよ」
「そ、そうですか。それは仕方がない。でも…………」
「でも、何よ? 言いなさいよ」
ISの尖った指を突きつけないでほしい。
「言います。言いますから、ISしまって」
両手で制すると凰さんは素直にISをしまってくれた。
「あの……正直わかりづらいです」
「なぁっ!?」
ガビーン! そんな音が聞こえてきそうな顔になった。
「多分なんですけど、一夏君ってあまり恋愛に興味ないと思うんですよ。酢豚じゃ告白って気付いてないと思います。そんな人に告白するからには、日本人に馴染みのある表現か、もっとダイレクトに思いの丈をぶつける以外に方法はないんじゃないかと」
「そんな………そんな……………」
凰さんはこの世の終わりなんじゃないかってくらいの顔をして崩れ落ちた。恋愛経験ゼロの意味があるか不明なアドバイスも途中から聞こえていないのだろう。
「う、うええええええん!」
「ええ……」
泣き出してしまった。
「もー最悪ー! 告白は失敗して、その上引っ叩いちゃって! なんでこうなるのよー!」
涙がアーチ状になっている。わー、漫画みたいだ。
「なになにー?」
「誰かいるのー?」
あ、やば。人が来た。
「あー! 松尾くんが女の子を泣かせてる!」
「なんて悪い男なの! SNSで拡散しなきゃ!」
「待って! 違うから! 拡散しないで!」
「きゃー! 泣かされるー!」
伸ばした手は虚しく空を掴み、スマホをいじる二人は夕闇の中に消えていった。あ、明日学校行きたくなくなった。仮病でズル休み………ダメだ、織斑先生を誤魔化せる自信がない。
「だ、大丈夫。大丈夫だから。まだチャンスはあるから」
とにかく泣き止ませないと。
「ぐすっ、くすんっ チャンスって、何よ?」
涙目の上目遣いは感動物の光景だが、状況が状況なので気が気ではない。と言うかチャンスと適当に言ったから何も思いつかない。だがそんな事言えば命が危ない。
「えーと……ほら! まだ三年も時間があるわけじゃん? その間に仲直りと告白するチャンスなんてらいくらでもあるわけだしさ。例えば……その……そうだ! この後一夏君の部屋に行って謝ろう! 関係の修復は早い方が」
「できる訳ないでしょうが!」
立ち上がった凰さん突っつかれる。
「あいつが悪いのにアタシが頭下げるなんてプライドが許さないのよ! 第一昨日の今日で謝るなんてできないのよ! テキトー抜かしてんじゃないわよ! このスケベマヌケ!」
「ひ、人が善意で言っているのに……! そんなんだから告白が失敗するんだよ! このドチビ! 貧乳!」
「あ、あんたねぇ! よくも人が気にしている事を! アンタだって男の割に身長低いでしょーがッ!」
「そっちこそ! 大体初対面の時からツンケンして! この暴力ヒロイン!」
ヒートアップした僕たちは互いに罵り合った。思いつく限りの悪口をぶつけ合い、憎しみ合い、日中関係を悪化させた。
「バーカ! バーカ! バーカ!」
「バーカ! バーカ! バーカ!」
そして喧嘩別れした。クソう、気分最悪だ。トレーニングでストレス発散だ。