ジンハーク城の一角。
悲鳴にも似た怒声が飛び交う会議は終わり、部屋から頭の寂しい老人が出てきた。
ロウリア王国宰相のマオスだ。
外はすっかり暗くなっており、マオスのいる廊下は蝋燭の炎で薄暗い程度まで明度が上げられている。
廊下の先を見ればその長さと明りの乏しさで段々と暗く見える。
マオスはそれがこの国の行く末を暗示しているように感じた。
ドイツとの戦争の戦局は絶望的なところまで来ている。
ドイツとの開戦はロウリア上層部に衝撃と畏怖を以て伝えられた。
たった一晩で国境線に並べていた部隊が壊滅したと思ったら、その2日後にはビーズルを無視したドイツ軍がジンハークを包囲した。
では、ビーズルの部隊と挟み撃ちにすれば良いと結論が出たが、それもビーズルに対するドイツ軍のハラスメント攻撃と大量の疎開民により決行が不可能になった。
悪い知らせは重なる物らしい、今日と言う日は恐らくロウリア王国史で最悪な日として刻まれるだろう。
民が朝食をとっている頃、ロウリアの誇る4400隻の大艦隊とドイツの巨大戦艦が激突、海戦が始まった。
本国はすぐにワイバーンを派遣したが数刻の時を得ず壊滅、その後を追うように大艦隊との連絡も途絶した。また、夕暮れの少し前にはビーズルからの連絡も完全に途切れドイツとの講和の希望が消えた。
このように外患ばかり目立つがロウリアは内患まで患っていた。
ロウリア王国は中世ではよくある封建制度を持った国だ。いや、どちらかと言ったら中央集権と封建制度のどちらとも持った国だ。例えるならば江戸時代の日本に近いだろう。
ただし、中世程度の文明のロウリアの統治能力は近代国家と比べるのも烏滸がましい程度の物であり、そのため地方、特に南方の広大な地域の統治は貴族らに任せていた。
そしてこれら貴族の当主や嫡男のほとんどはロウリア‐クワトイネ国境で焼け死んでおり、それらの領地は統治能力が喪失していた。
また、ドイツ軍は貴族たちの中心都市を集中的に爆撃していることもそれらの混乱に拍車をかけていた。
一応、中央から代官を派遣したり、大王の玉音放送を通してナショナリズムを煽ったりしているが混乱を完全に収めているとは言えなかった。
さらにジンハークが包囲されているため代官を派遣しても中央の意志が完全に伝わらなくなっており、一部地域では代官と貴族が手を取り分離独立を目指す動きも確認されていた。
マオスはそんな祖国の現状を憂いながら歩く。
平時ならあちらこちらで見える侍女や騎士の姿が確認できない。彼ら彼女らは今でもジンハークを包囲しているドイツ軍に対抗する為、徴兵されているのだ。
マオスは自分一人しか確認できない廊下を進む。
暫くして執務室にたどり着いた。
ドアノブに手をかけ中に入る。
マオスは迷うことなく机へとむかった。
月光に照らされるマオスの顔は覚悟を決めた男の顔だった。
机に付属している棚。
その鍵を開ける。中からは何かの線に繋がった手のひらに乗る程の黒い箱があった。
マオスはそれを手に取ると、箱の側面についた赤いボタンを押した。
「ロウリア王国宰相のマオスだ。聞こえているか」
『ええ、聞こえています。ハッキリと』
マオスが話しかけると、間を空けず訛りのある
「単刀直入に言おう。貴様らの案に乗る」
『ようやくですか……わかりました。決行の時はそちらに任せます。協力者ともしっかり打ち合わせてください』
「ああ、わかっている。貴様らも条件は覚えているな」
『はい、安心してください。王家の存続とロウリア国家の主権の尊重ですよね。わかっていますとも、我々はどのような国の外交団でも礼節をもって接する文明国なので』
チッ
マオスは相手の程度の低い皮肉に舌打ちで返した。
「そうか、では期待しているぞ礼節を弁えた文明国よ」
そう言うとマオスは乱暴に通信を切った。
彼は歴史を知らなかった。
―――――――――――
ロウリア王国 首都ジンハーク城壁付近
ジンハークを囲う巨大な城壁。
その内部には城壁からそれなりの距離まで建物が建っていない空き地がある。
平時であれば子供たちの遊び場として、戦時であれば兵たちの詰め所、ワイバーンの離着陸空間、城壁内から弓矢や投石機で攻撃するための場所として使われる。
もちろん、ドイツとの戦争中で、しかも首都が包囲されているため、その場には多くの武装した者たちがいた。
しかし、よく見るとその場にいる者は本職の騎士ばかりではない。
かつては60万を数えたロウリア軍。
その殆どは開戦間もなく消滅した。さらにドイツ軍は追い打ちをかけるようにビーズルとジンハークを分断。残存兵力のほぼ全てをビーズルに配備していたロウリアは王都を無防備な状態で包囲されたのだ。
そのため、現在のジンハークでは無際限徴兵が敷かれ、動ける者には槍や剣、足りない場合は調理用包丁や鍬が渡された。
総人口80万を誇るジンハーク、そこから得られる人的資源は膨大であり、徴兵された人数は30万に到達し、ジンハークを防衛している部隊は35万に上った。
彼ら、彼女らは三交代制で入れ替わるよう配置された。
常時10万以上の人員が防衛する城塞。
それに加え、少数ながらもマスケット銃や魔導砲も加わり、その防衛力は同レベルの文明国では攻略がほぼ不可能な代物であった。
では、それで安心か?と聞かれれば彼らは口をそろえてNo!と言ったことだろう。
彼らはすでにドイツ軍の強さを嫌という程見てきた。
威力偵察のために突撃した重騎兵部隊は光る礫に貫かれ壊滅した。
では、さらに重装備な重歩兵をだしてみても結果は変わらなかった。ただ一人その礫に耐えた勇者がいたがその者もさらに強力な礫によって貫かれた。
今日、ドイツ軍の艦隊を攻撃するため飛び立ったワイバーン部隊は一向に戻ってこない、恐らく壊滅したのだろう。
すでに、攻勢可能戦力は底を尽き勝機はない、誰もがそう思っていた。
そして、ここ城壁の上にいる男、ターナケインもそう考えるうちの一人であった。
彼は新人の竜騎士であった。
ドイツとの戦争が始まるまでは。
彼は運がよかった。彼が配属されていた基地はドイツとの全面衝突に備え、整備されていた前線の基地であった。
その基地はもうない、開戦と同時に行われた無慈悲な爆撃により壊滅したのだ。
彼ターナケインを除いて。
ターナケインはその日偶然ジンハークに帰省していた。
おかげで救われたのだ。
基地が壊滅した時、彼の相棒であったワイバーンも焼かれていた。
王都にいる予備のワイバーンを使おうにも、それらはベテラン竜騎士に優先されていたため、新人であるターナケインは地上勤務を行っているのだ。
「たく、暇だな。艦隊の連中が羨ましいぜ」
城壁の上にいるターナケイン。
彼に課せられた任務は城壁から2km離れた位置に陣取っているドイツ軍の監視であった。
そのドイツ軍はジンハークを包囲してから全くと言っていいほど動いていない。
それこそ、上記の重騎兵と重歩兵が出ていった時以外では。
そのため、ここ最近の監視報告書にもっぱら『異変なし』と、しか書かれていなかった。
このことからわかる通りターナケインの仕事は変化の乏しい、とても退屈なものなのだ。
それをすでに何日と経験しているターナケインが愚痴るのもおかしくないだろう。
「まあ、そう言わないでください」
それを咎めるのはターナケインと一緒に監視任務に従事している徴収兵の男だ。
何処にもいそうな平凡な顔立ち、前髪で少し目が隠れており影も薄い、彼はよくターナケインに親しそうに話しかけるがターナケインは彼の名前を未だに知らない。そんな可哀想な男だ。
「何でこんな退屈な仕事があるんだが。やっぱ、ワイバーンに乗りてぇな」
「突然ドイツ軍が動いたら困りますからね、これも必要な仕事だと思いますよ」
「それは分かってるけど……なぁ」
「はは、ターナケインさんの言いたいことはわかりますよ。こんな動かない連中見ててもつまらないですよね。なので、これ。どうですか?」
「なッ!これは」
可哀想な男が懐から取り出した物、それは……
タバコであった。
地球ではコロンブスが現地民に貰った物が起源とされ、その後、世界中で多くの人々を堕落させ、戦争すら引き起こした麻薬擬きだ。
それはこの世界でも変わらない。
文明国に行けば少なくない人々がタバコを吸っているのを見ることができる。
乞食をしている者たちが粗悪なタバコを吸い肺炎で早死にするのはよくある話だ。
ここロウリアでも戦前まではそうであった。
ただし、殆どがクワトイネ産である。
戦争が始まってからと言うものクワトイネからの輸入が全て途絶え、一部高級貴族しか手に入らない物になってしまったのだ。
では、なぜこの可哀想な男がそんな物を持っているのか。
「僕の親戚に商人をやっている人がいまして、徴兵された時に餞別にくれたんですよ。けど、僕タバコが吸えないので」
「お、おう。じゃあ、ありがたく貰っとくぜ」
受け取ったターナケインはタバコを口元に寄せタバコの先端に人差し指を近づけた。
「え、今吸うんですか」
「何だ、わるいか?」
「いえ、その。タバコの煙を目印に攻撃されないか……」
「そんなことある分けねぇだろ。第一、こんなもん持って帰って吸ってみろ。他の連中が黙ってねぇぞ」
「そ、そうですよね」
ターナケインは魔法で指先に炎を作り、タバコに移した。
胸を膨らませ大きく吸い込む。
「はぁ、やっぱタバコはいいな」
もう出来上がっていた。
「あれ、ターナケインさん何か聞こえませんか?」
「そうか、何も聞こえない、が……」
耳を澄ませてみると何かの衝撃音が連続して聞こえてきた。
「何なんでしょうn―――――
二人の意識は何かによって押しつぶされた。
――――――――
大ドイツ国国防陸軍対ロウリア懲罰軍集団 ジンハーク前線司令部
ドーーーーーーンッッ!!!
巨大な爆発が立て続けにジンハークを囲う城砦で起きた。
その砂煙は爆破地点から2km離れた塹壕陣地まで押し寄せた。
「着弾を確認。誤差なし。次弾の目標をフリングホルニに通達」
塹壕陣地から10kmほど離れた位置に鎮座する司令部。
その中にいる通信兵が読み上げた。
城壁での爆発を起こした張本人、フリングホルニ級戦艦一番艦フリングホルニ。
陸軍からの地上誘導を元に主砲から放たれた劣化ウラン弾は容易く成層圏を突き抜け、宇宙空間に到達した。
運動エネルギーを使い果たしたそれは宇宙空間から地表に向け急降下。
圧縮熱で爆音を轟かせながら加速。
純粋な位置エネルギーと質量のみで石で築かれた頑丈な城壁を木っ端みじんに吹き飛ばした。
劣化ウランでできた直径50cm越えの隕石は城壁をなぎ倒すだけでは飽き足らず、空き地にいた幾万もの徴収兵と騎士をただの有機物の塊にした。
ドーーーーーーンッッ!!!
再び轟音が響く。
またもや、隕石が着弾した。
「全砲兵部隊に通達。事前の作戦通りにやれ」
マンシュタイン上級大将の一声でさらなる攻撃がジンハークに降り注いた。
ドイツ国防軍の砲兵は普段の半分ほどの距離から事前に定められた目標に強力無比な凶弾を叩きつけた。
市内を駆け巡る悲鳴と怒声と炸裂音。
あたりに散見するグロテスクな現場。
それらはドローンを通してマンシュタインやその周辺にいる参謀たちの目に入る。
しかし、誰も不快に顔を歪めたりしない、むしろそれが当然のように頷く。
そんな中、何も反応しないマンシュタインが再び口を開いた。
「ふむ、これだけ派手にやればやつらも動くだろう。
異世界のヴィドクン・クヴィスリングは動いた。
ヴィドクン・クヴィスリング、ノルウェーでは死ぬほど嫌われてるけど自分は結構好き。
・この世界線の歴史
日本が日米交渉に乗り出したころ中国情勢も大きな変化を迎えていた。
今まで奉天軍閥、中華民国、中華ソビエト共和国の三つ巴で内戦していたが、米ソの仲介により中華民国と中華ソビエト共和国が和解。そして奉天軍閥を倭人攘夷の先兵と糾弾し中華統一戦線を形成した。
今まで三つ巴により拮抗していた戦況が一変、奉天軍閥が劣勢となった。さらに追い打ちをかけるように米ソが本格介入、義勇軍と称して数十万規模での軍を派遣した。
また、これと同時期にNKVDにより張作霖の乗っていた列車が爆破。
張作霖以下、息子や奉天軍閥の重鎮が軒並み死亡した。
これに際し、日本は日本に亡命していた溥儀を満州の地の支配者として用立て何とかソ連による満州の切り取りを防いだ。
また、同時期、ノモンハンで日ソ両軍が衝突するノモンハン事件が発生。この時のソ連戦車の性能に驚愕した陸軍は今までにない新機軸の戦車の開発を始めることになるがこれはまたべつの話。
奉天軍閥が崩壊し新たにできた満州国。
それを支援するため日本は支那という底なし沼に足を突っ込むことになった。
to be continued
中央暦1639年4月27日我々はロウリア王国に対して外交団を派遣した。しかし、彼らは我々と話すこともなく蛮国と罵り、挙句の果てには火矢を用いて攻撃を行ってきた。そのため我が国ドイツは国家の威厳を保つための懲罰行為が必要だ。だが結果は見えている。やつらはどのように我が国に貢献してくれようか?
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ラウリーア国家弁務官区の作成
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我が国が管理するほど豊かとは思えん
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仲間たちに分け与えよう(分割)
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ゲルマン人の箱庭を再び(完全併合)