キリの問題でいつもより短いです。
可哀想なフェン王国と危なかったガハラ神国①
中央暦1639年 7月28日
大ドイツ国 首都ゲルマニア 陸軍総司令部
かつての世界において政治の中心の両翼の一つとして機能した大都市ゲルマニア。
その南、巨大なメインストリートの端であり、弩級の凱旋門を境に広がる国家中枢区画。その一角を独占してそびえたつのが陸軍総司令部ビルだ。
海軍総司令部や空軍総司令部が合同でビルを共有しているのに陸軍総司令部のみが一つのビルを独占していることから国防軍内の発言力の大きい組織がなんなのかよくわかるだろう。
「ラウリーアはプロイセン派に全て持って行かれたか」
ビルの中に設置された一際巨大な執務室。そこで嘆いているのは、陸軍総司令官のギルベルト・フォン・ライヒェナウだ。彼は、ナチ党が政権掌握する時、多大な貢献を行ったヴァルター・フォン・ライヒェナウを祖父に持つ人物だ。
「そうでしょうか、クワトイネ基地司令官のギュルトナーや任務艦隊提督のベーベルはこちら側の者ですよ」
そう返すのは、陸軍参謀総長のエリッヒ・ペッシュナーだ。
「そんな訳がないだろう。彼らは陸軍の者ではないだろう。それに、後片付けも政権の犬どもがした。これでは、ただでさえ崖っぷちの中央派なのに、さらにその一歩先を行ってしまう」
陸軍総司令部、陸軍と銘打っているが、かつてはドイツ軍全体を指揮していた巨大組織である。
例えば独ソ戦を指揮したのもこの組織だ。
この組織の権力は巨大でありヒトラーも恐れた。
そこで対抗馬として組織されたのが国防軍総司令部。
この二つの組織は互いに国防軍のイニシアチブを求めて政治的に争った。
そして、2000年代初頭、シュペーア革命が発生。
この時、政権を掌握したシュペーア派は政府が強力な実行力を失ったときに、例えば第一次世界大戦時のように軍部独裁が起きるのを酷く恐れた。
そのため、第二次西ロシア戦争の敗北や生存圏の崩壊の煽りを受け、権威が失墜している陸軍総司令部からあらゆる権限をはく奪した。ゲシュタポを情報保安局に統合したのもこの為である。
そして、国防軍総司令部は正式に国防軍の総司令部となった。
この時、国防軍総司令部に入った国防軍人の殆どは国家第一主義の所謂プロイセン派と呼ばれる者たちであり、陸軍総司令部を構成する国防軍人、軍部独裁や軍部の政治的権力の復権を渇望する勢力、所謂、中央復権派の扱いは非常に冷淡な物だった。
この執務室にいるライヒェナウとペッシュナーはその中央復権派、中央派の元締めであった。
「これを見てみろ」
ライヒェナウはそう言うと手に持っていた新聞誌をペッシュナーに投げた。
「これはフェルキッシャー・ベオバハター*1の夕刊か?」
「そうだ、情報保安局の知り合いから貰った。まだ未発行のものだ」
「“陸軍総司令部の怠慢と浪費”か……」
ペッシュナーが夕刊にでかでかと書かれた見出しを読む。
「政権の連中は意地でも我々を社会的に殺したいらしい。幸い私やお前は、出ていないが局長3人、部長2人、課長8人挙句には装甲兵監督が贅沢している所をスクープされている。奴らが言うには国防軍総司令部が頑張ってる中、我々は国民の血税で遊んでいたから権限の縮小を行え、とのことだ」
「ダス・ベヒター・コーア*2を使ってどうにかならないのか」
「それ以前の問題だ。正直我々の権威はかなり前から停滞している。ここでこんなスクープを出されても頭を挿げ替えるだけで大した痛手にはならん。それ以上に問題なのが中立派の連中だ」
中立派、その名の通りプロイセン派にも中央派にも属さない尉官以上の国防軍人のことを指す。
基本的に権力争いに関わりたくない軍人が自分たちの政治基盤を維持する為に集まったのがこの派閥だ。
「確かにそうだな」
ペッシュナーはハッとしたように顎を撫でた。
「プロイセン派のドン(マンシュタインのこと)が直接指揮を執ったんだ。中立派からプロイセン派に流れる奴らが増える」
「空挺旅団もマズくないか?ただでさえ空挺団の大半はプロイセン派だ。今回作戦に参加した中立派の26空挺旅団もあっち側にいったらさらに差が付く」
「安心しろあそこの旅団長、たしか……エヴァンズだったか?やつはプロイセン派には行かんよ。彼奴は恐らく人道派だ」
「人道派!」
ペッシュナーが驚く。
人道派、人道と言っているがその実態は全く分かっていない派閥であり、主に現体制の完全な変革をうたっている以外分かっていない。革命組織と繋がっているとも噂されている。
プロイセン派、中央派の両方から狙われており、完全に孤立している派閥だ。
「まあ、それよりもだ。我々には現状を打開する必要がある。最も手っ取り早い方法を私は使おうと思っている」
「戦争か……しかし、そんな金も国民感情もないぞ」
「安心しろ、今回の相手は弱小でありながら我が国の安全保障を脅かしていて、さらに攻撃したら国民も喜ぶ至れり尽くせりの国だ」
ライヒェナウはペッシュナーに再び紙を投げた。
今回は先程の新聞よりも分厚い報告書だ。
「“フェン、ガハラ両国の文化的、民族的完全破壊に関する報告書”……なるほど、あそこなら丁度いいな。確かパーパルディアも狙っていたはずだ。外務省の知り合いにも掛け合ったみよう」
「たのんだぞ」
去っていくペッシュナーの後ろ姿を見るライヒェナウはただ笑っていた。悪意と自尊心に塗り固められた顔で。
悪意のみで塗装された地獄への道。
―――――
中央暦1639年 8月 3日
パーパルディア皇国 皇都エストシラント 第一外務局
対独担当外務官に任命されたタールはズキズキと痛む胃を押さえていた。
事の発端は数日前、ドイツ大使館からの連絡であった。
『フェン及びガハラ両地域の分割案』
最初にそれを受けとったタールはそこまで驚くことはなかった。
仮にも対独担当外務官なのだ、ドイツのことについては調べている。
そこでわかるのは、ドイツの繁栄の裏にある大量の侵略の歴史だ。
勿論それを知っているタールは、ドイツの提示する案にそこまで疑問を持たなかったし、何なら皇国に利益を齎したとして昇進もありえる。まさに渡りに船であった。
その後の地獄を知るまでは。
どこから漏れたのかは分からないが、このことを知った第三外務局からは、フェンに保有することになる利権*3が侵害されることを危惧しての介入があり。皇政府からもガハラ地域への軍事作戦は国際外交上よろしくないとして、介入を受けた。
その結果、タールは第三外務局や皇政府、その他諸々の皇国内の利権や意見の調整をこの短時間の間にする必要が生まれ、胃に大ダメージを受けたのだ。
第三外務局も関わていることから、今回ドイツ外務官と話すことになるこの部屋には、タールのみならず第三外務局長のカイオスまでもがいる。
黄金や宝石などで飾り付けられた応接室、とても煌びやかな外見ではあるが、外務官が揃ったら、ここで行われるのは花の咲く茶会ではなく、ペンと紙でヤリあう戦争だ。
この感覚はベテランのタールも未だに慣れない。
会談とデスワークのストレスで胃に穴が開きかけるタール。
そんな彼の事情をドイツが知るわけもなく、ドアからノック音が聞こえた。
「失礼します」
そう言って入って来たのは眼鏡をかけた長身で細身の男。
「私、大ドイツ国外務省第三文明局大東洋課所属、今回は臨時でパーパルディア皇国大使館付外務官として派遣されましたアードマン・レードリッヒと申します」
「どうも、お初にお目にかかります。私はドイツ担当外務官のタールと申します」
「私は第三外務局長のマイラスだ。よろしく頼む」
互いに挨拶と自己紹介が終わるとレードリッヒはタールとカイオスと向き合える位置に設置されたソファーに腰かけた。
「ところで、レードリッヒ殿、今回の会談はエバリー女史ではないのですね」
「ええ、彼女は先日の件*4で本国にて聴取を受けていますので」
それを聞き、タールはハッとした。
「その節は誠に申し訳ございませんでした」
「いえ、大丈夫ですよ。本国は
その後しばらくの間、腹の探り合いを兼ねた談笑が続き、場が温まった頃にレードリッヒが切り出した。
「……ところで、先日渡した案について、貴国の回答をお聞きしたい」
「それについてまず私が」
カイオスが言う。
「我々第三外務局は昨年からフェン王国に対して臨海部の森林にある20km四方の土地に割譲、若しくは租借を求めて交渉を行ってきました。貴国がフェン含めガハラの両地域に軍事作戦を行う場合、我が国の得られたはずの利益が果たして、還元されるのかはっきりしてもらいたい」
「ご安心を、我が国としてはフェン、ガハラ両地域への軍事作戦は安全保障の観点で実施したい事柄であり、友好国である皇国の領土が増えることはまったく吝かではありません。そこで我が国としては、貴国が将来得ることが確定している先程の地域は、貴国に必ず還元されると約束いたします。また、その他の領土に関しても両国の共同作戦時の貢献度を元に明文化することを約束します」
「ふむわかった」
カイオスはレードリッヒから確約を得られると満足したように椅子についた。
「レードリッヒ殿。質問なのですが」
「なんでしょうか」
「貴国が平定予定の地域にはガハラも含まれているようですが、ガハラ神国に対する侵攻は確定なのですか」
「ええ、
「そうですか。我が国としてはガハラ神国に対する侵攻はとても看過できません」
レードリッヒは驚いた。
彼が知るパーパルディア皇国というのはとても好戦的であり、領土的野心を隠そうともしない野獣が如き国家であった。
そのためガハラに対する侵攻を否定されたことはその事実以上にレードリッヒを驚かせた。
「……それは、一体どうしてでしょうか?」
「はい、我が国、パーパルディア皇国は初代皇帝からガハラ神国とは厚い親交があります。そのため我が国としてはガハラ地域に対しての軍事作戦は、断じて許さない立場であります」
「そうですか、わかりました……実は我々ドイツ外務省は前々からガハラ神国との国交樹立、安全保障に関する諸条約を考えてきました。ですが、国民感情からそれが出来ず*5、その結果、今回の軍事作戦に行きつきました」
レードリッヒはそう言いながら頭を押さえ、あからさまに肩を落とした。
「私としても戦争は本意ではありません。そこで、貴国に我が国の国民感情を抑制する手伝いをして頂きたい。もちろん。フェン地域に対する軍事作戦は行いますけどね」
「わかりました。そういうことでしたら我が国も文句はありません。ぜひご協力させていただきます」
「よろしくお願いします。それと、我が国と貴国の軍で別々に作戦行動を行うのは余りにも非効率的なはずです。そこで、両国共通の作戦本部の設置を提案いたします。後、できればでいいのですが、フェン地域に対する軍事作戦が終了次第、両軍の交流の場や我が国の出張所として残すことも併せて提案いたします」
「了解しました。このことは私の権限のみでは決めかねますので、後日の会談にて回答をお伝えしたいと思います」
「わかりました。ではそういうことでお願いします」
フェンの滅亡とガハラの主権の喪失が確定した瞬間であった。
・この世界線の歴史
この一連の戦闘から日米首脳部が導いた結論は全く逆の物だった。
アメリカは9本もの魚雷を使っても大和を沈めなかったこと、大和というモンスターが国民に知れ渡りそれの対抗馬を国民が求めたことで極端な大艦巨砲主義に傾倒した。一応、太平洋艦隊が壊滅した理由は連合艦隊(分隊)の航空攻撃によるものであったがアメリカは大和との戦闘で対空砲や副砲が破損していたからと処理した。
一方の日本は大和に魚雷が9本も突き刺さったこと、太平洋艦隊が航空攻撃であっさり壊滅したことに大きな衝撃を受けた。
大和が生存した理由も刺さった魚雷の内半分が動作不良で起爆しなかっただけであり、ifを考えると日本の関係者は肝を冷やした。
このため日本はアメリと真逆の空母万能論に傾倒し始める。
例えばすでに進水していた大和型二番艦の武蔵も極秘の建造だったのをいいことに、何の躊躇いもなく上部構造を取っ払って空母に改造した。それにより生まれた部品類は中破した大和の修理に使われた。
また、この世界線の日本は欧米に対するコンプレックスと八木アンテナに即発され史実以上に電子技術が発達していた。
日米開戦以降の日本は、初戦の結果と欧米に対するコンプレックスを燃料に防空装備と航空機、電子技術の大幅な発展を始める。
to be continued